MeteoriteBox

37

 真紅色のラインライトが輪郭を映し出す四角い部屋を後にして、再び私は入り口から各部屋へと道が分かれる四叉路へ戻ってきた。通路で立ち止まって例の音声ガイドに心配されることもなく最後の部屋へと向かう。音声ガイドが言っていたことを思い出すと、3つ目の箱は2つ目の箱と同じように流行りものが込められた(?)箱だったはずだ。ただ、箱の中身は私の知る映画のように一般の人間が気軽に感想を述べられるようなものではないかもしれない。多分それは批評家であっても。


“平和ボケしたあたしら基準”だっけ、私には少し……とは言えない。かなり、重い。ケイコの言うその平和ボケの理由が、長いようで短い年月の間に刺激を受けすぎたからなのか、ともすれば何かの法則に導かれていることを隠しながら彼らの周りを構成するようになった(認識の上では)人工物が彼らの感受性を鈍化させたからなのか、私には分からない。それでも次の箱を見て、あるいはこの最初の仮想箱館から出れば、曖昧ながら私の中で輪郭を取り始めた何かが掴めると思う。



* * * *



 最後の部屋には前の部屋のような控えめな飾り気もなく、艶の無いプラスチックのような質感の灰色の壁が目に入った。三面全てがそれで、三面ともにスクリーンが設置してある。少し違和感を覚えたのは、これまでスクリーンは未来を思わせる技術で壁と同化していたのに今回はそうではないということ。黒い素材で太めの縁があり、スクリーンはスクリーンでそこに設置されていることが分かるようになっている。中央に椅子が設置してある構造は他の部屋と変わらない。まあ座ろうかと椅子に近付くと、背もたれに隠れて入り口からでは見えなかった“妙なもの”が目に留まった。


「ゲームのコントローラー……?」


 十字ボタンと〇と×のボタンが『∞』の形をした両手で持ちやすいサイズに収まっている。ここで部屋側が私の存在を感知したかのような演出で、前面のスクリーンに『準備ができたらコントローラーを握ってね』と文字が浮かび上がった。真っ黒画面にシンプルなゴシック体の白い文字。

 もしかするとこれはなんとも楽しい箱なのかもしれない。手に汗握る体験ができるとか、そんな感じの。もう使い方をすっかり覚えてしまったヘッドセットを装着してコントローラーを握る。

 まだ意識は箱の外にあった。つまり、自分がただ映像を見ていることが分かる。


『時間を選んでください』の一言と共に『20秒』『20分』『2時間』と、時間を表す数と文字が縦に三つ並んだ。さっきのシンプルなフォントだ。


(えっとこれは、こういうことかな)


 十字キーの下を押すと『>>』の記号が表示されて『20秒』を指した。カーソルを表す記号のようだ。もう一度下を押す。


「あら?」


 押せていないのかと思ってもう一度押すが、今度もカーソルが動かない。すると『※最初は選べません』の文字が『時間を選んでください』の文字の下に新たに表示された。よく見ると三つの時間は並んではいるけれど、下の二つは文字が灰色になっている。グレーアウト、選択できないということを示すものだ。ひとつ気になる単語を拾った。「最初は」ということは、この箱は二度目以降、つまり複数回の体験を明確に提示している。それなら最初の『20秒』の体験はチュートリアルのようなものなのだろうと想像が付く。でもちょっと短すぎるような……? この仮想箱は(多分この時代の感覚からすれば私よりもっと)懐かしい感じのする“コントローラー”なる装置を使ったゲーム要素のあるタイトルで、箱の中では進んだ技術をフルに使った演出があり、彼らの刺激欲求を満たし人気となった。そんなところだろうか。なんとも分かりやすい流れである気がするけれど、だからこそ推測が正解であるなら少々残念かもしれない。


 念のため深呼吸をして、『20秒』にカーソルを合わせた状態でなんとなく×ボタンから押してみる。反応なし。〇と×の概念が私とこの時代の人とで逆だったらどうしようかと思って確かめたわけでもなく、単に自分に少し余裕ができたことを確かめた。もう一度深呼吸をする。ただエキサイティングであるだけならいいのだけど、そうもいかないかもしれない。細かな心の調律を自分なりの方法で行い、〇ボタンを押した。

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