第21話「きっと救われるだろう」だったらいいな…。
4月28日
今日は祖母に貸した本がちょっとだけ読みたくなって、
「どのくらい読んだ?」
って聞いたら、半分? 三分の一くらい、読み進めていた。
昔から勉強家だからなあ、と思って返ってくるまで我慢しようと思いました。
「このシリーズ、あと二冊あるのよ。アインシュタインの言葉とか」
というと、母はえーっと嫌そうに言うけれど、友人がURL紹介してくれた、アインシュタインの手紙のくだりを話したら笑ってくれた。
いわく、
「アインシュタインは答えが先に見えており、それを論証するのに人生を費やした人。娘さんへの手紙に、愛は見える、わたしにとって娘は愛だ。しかしそれを論証するのはとても難しいって言ってる」
「アインシュタインは科学者だから……ふふふ」
「娘への手紙なんだから、おまえを愛してるよでいいのに」
「男のひとだから、頭で考えちゃうのね」
そういう女性は子宮で物を考えると言われて久しい。
誰がそんなことを言いだしたのかはわからないが、この場では話題に出さない。
わたくしの好きなニーチェの言葉を引用する。
「竜を追うものはいつしか自らも竜と化す。暗闇を覗きこむときは気をつけよ、暗闇もまたこちらを覗きこんでいるのだ、っていうのがあったんだけど、あちこちの漫画で引用されてる。かっこいいんだ」
しかしわたくしは余計な一言を付け加えた。
「ニーチェって女に魂はないって言ったんだ。そこだけはいや。だいたい魂がないかどうかの証明は、悪魔の証明だよ。世界中の女の人を集めて魂がないってことを確認しなきゃ証明できない」
(だいたい男には魂があるって証明できるのか?)
なんで好きなのにツッコんじゃうんだろう、わたくしちょっとひねくれてる……?
と思ったら、母が、昔の女の人は言葉で魂があるってことを言えなかったのよ、着飾って男のひとの気を惹いて家にいるだけの人形みたいなもので、だから人形の家という小説もあるくらい、と教えてくれた。
言葉で魂があるってことを証明できなかった、つまりそれは学がなかったから、と母は言う。
お金持ちの子は学校へ通ったり、家庭教師を雇ってもらったりということがあったけれど、とここで話は1800年代前半のリンカーンの話にシフトする。
雑談だからにゃ。
リンカーンは父親が開拓者で、学校へは一、二年しか行かせてもらえなかったらしい。
しかしその一年か二年の間に文字を憶え、独学で学んだ結果、一時期弁護士の仕事をしてたりで、偽の契約書で騙されるところだった父親を助けたり、背が高く力持ちなので悪漢をやっつけたりして町の人気者だったりしたらしい。
それで選挙で選ばれて、南北戦争のころ大統領にまでなったんですって。
おやまあ! それで戦争へ行くという息子を止めるために、戦争を終わらせたのね? 映画ではそうだった、というと、それはわからないけれど、と言われた。
映画って脚色されてるのかな。
母の読んでいる本は児童向けの伝記らしいんだけど、わかりやすくていい。
わたくしも読んでみたい。
☆☆☆
同日。
わがまま言いたいんじゃないんだ。
だけど、思うがままにしゃべっていると、結果的にわがままになっている。
今日は動物病院に愛猫を見舞いに行った、彼はずっとなにも食べてなくって、今朝少し食べたか……というくらいの状態だった、のだが。
わたくし、ここでどうしても聞きたいことがあった、なので容赦なく聞く。
「あの子、心音に雑音が混じるってお聞きしたのですが、どういう状態なのですか? すみません、前回ぽかっとそこだけ記憶がなくなってて……」
すると、獣医師は一呼吸おいて丁寧に教えてくれた。
「心臓の中に糸があるのですが、それが古くなって切れた状態です。糸は何本もある。そのうちの何本かが切れている。他に疾患がなければ問題ですが、お宅の子は腎臓が問題ですから、そちらは気にしません」
という感じ。
へええ。
そして。
「明日は終日休診日で、わたしは息子の結婚式なので、治療がまったくできません。そこだけは……」
ご了承ください、と言ったのか、譲れません、と言ったのかわからないがどうでもいい。
面会に来たのだ。
顔を見ていく。
しかし。
ケージ部屋に入ると、ニャンコは縦に裂いた新聞紙の詰まったトイレに寝ていた。
丸くなって、わたくしがケージに近づくと、のどをグルグル言わせた。
わかっているのだ、まだ。
餌はステンレス製の器で、右に水、真ん中に白いどろっとしたおもゆのようなもの、左に腎臓病向けの餌が入ってて、真ん中の白いのとおんなじものがちょこっと左の器の中になすったようについていた。
ニャンコは首を一旦、もたげたけれど、わたくしが餌だけ見てるのに気づいたか、また寝てしまった。
わかっている。
はるかぜちゃんが「(ω)はるかぜちゃんのしっぽ(ω)」で言っていたから、見ないようにしたのだ。
顔を背けて、ちらっとだけ眺めて、部屋を出た。
生きてるんならいいんだ。
非常な短時間でそおっと出た。
そして。
母が郵便局で用事を済ませ、セブンイレブンに行ったとき、唐突に! わがままがいいたくなった。
「髪の毛切りたい。前髪だけ切りたい、美容院に電話する!」
しかし、担当の美容師さんは予約でいっぱいだと言う。
「そうですか、じゃあいいです」
よくなんかなかった。
思い通りにいかないことがあると、わがままはお腹の中で膨れるのである。
家に着いたなり、わたくしはこう言った。
「先生、明日治療してくれないんでしょ? 入院費無駄じゃん! ニャンコを今日、ひきとりたい」
べつに借金のこととかは頭になかった。
本当に唐突に、ニャンコとそばで暮らしたくなったのだ。
それがわたくしの、最後の準備が整った瞬間だった。
はるかぜちゃんのご本のおかげで、猫に苦痛を与えないですむ方法がわかったし。
少し自信がついたかも。
だから。
今日の四時に、迎えに行く。
本当はすぐに行きたかったけれど、病院側にも退院の準備が必要なんだって。
そりゃそうか。
前の病院は点滴中だろうが、飼い主が連れて帰ると言ったら、ハイドウゾ、だったが、それなりの準備をしてくれるなら、こちらの方が信頼に値するだろう。
お頼み申しますよ! セ・ン・セ・イ!! らぶゆーニャンコ!!!
部屋の掃除を念入りにしておくかあ……。
コメントをいただきました。返信済。
なんと言ったらいいのかわかりません。
今、ニャンコは隣にいますが、実はもう餌も食べられない状態で。
わたくしがやさしくしたいと思っても、それは彼には苦痛でしかないので、あえてなんでもないフリをしています。
彼は、
「元気でね……」
というオーラをわたくしに向けてきて、それは胸が締め付けられるんですけど、なんでもない顔でPCのキーを打ってます。
ただ、一言、言えることは、猫と人間とでは看取りの形も心も違います。
猫は自分の最期を知っているし、だから姿を隠そうとするし、うちの祖母みたいにしげしげと見やると落ち込みますし、普段声などかけない母が猫なで声を出すと、、まあ、わたくしがいらっときて怒ります。
放っておくと、自分のしたいようにしますから、させてやります。
それが、猫の看取りでないかなと。
そう思います。
☆☆☆
いただいたコメントについて云々言ったったー。
「看取り」の特別な時間感覚
※東洋経済オンライン 精神科医:名越康文 記事抜粋です。
当記事はプレタポルテ(運営:夜間飛行)の提供記事です
たとえばご自分の身内が病院のベッドで、いままさに死に直面しているとします。呼吸器をつけ、自力で動くこともできないし、意識もない(ということになっているけれど、家族としてはどこか意識が残っているようにも感じる場合も多いのです)とき、僕らはどう振る舞うべきなんでしょうか。
ここで一足飛びに尊厳死うんぬんの議論をするのは性急に過ぎる、というのが僕の考えです。死に瀕した家族に必要なことは何よりもまず、「死の際にいる人と過ごす時間」を大切にするということです。
例えば今、僕らにとって「10秒」というのは、こうして話している間にも過ぎ去ってしまう、なんでもない時間です。ところが、死に瀕した人や、その身近にいる人にとっては、その10秒の間に起きることが、人生のすべてといっていいぐらいの重みを持つことすらある。客観的な意味での時間の長短は問題ではないのです。
うんにゃ。
猫と人間とでは看取りの姿も心も違う。
ニャンコは「時間の観念」がない。
わたくしは、部屋の時計を倉庫に置いてきました。
人間の十秒と、ニャンコの刻々と削られていく、寿命が同じでたまるものか。
飼い主とニャンコはあくまで! ふっつーに暮らしてゆき、その延長線上での終わりがくるのを拒まない、それだけです。
最期の言葉なんていらない。
明日になればまた陽は昇るさととらえて毎日を過ごす、その終わりが今日でも明日でもおんなじだ。
猫にとって急激な変化は不快なのです。
だから、わたくしはその命を、いつものわたくしの部屋で、ベッドの上で終わらせてやると決めました。
彼と重なったわたくしの時間は、わたくしだけのものです。
彼の命はわたくしのものです。
それがエゴでも。
わたくしは終わりが来た時に、泣かない覚悟を決めました。
だから……もう、つらくない。
☆☆☆
同日。
愛猫の骨がコリコリに見える背中とか、歩くときに右のシュワン腫瘍のせいで、よたっとしてしまう姿を見るたびに、愛はつらい、と感じてしまう。
自分の事のように思えるうちは、まだいい。
わたくしはまだ衰えてはいない。
しかし、彼のようになったら、受け入れて生きるしかないんだろう。
そう思う。
幾時間たったろうか? 時計を倉庫へ入れてしまったのでわからないが、そろそろ点滴の痕のばんそうこうを外してやってもいいだろうか? うむむ。
愛猫のことで頭がいっぱいで、他の事が書けなくなっている。
考えるのもおっくうだ。
ニャンコ……おまえが隣にいるだけで、わたくしは笑って過ごせる。
おまえがいなくなったら? もちろん、おまえを思い出して笑って過ごすよ。
だから、わたくしを見つめて、
「元気でね……」
とかいう、オーラを出さないで欲しい。
大丈夫だから。
おまえを失わないために、さんざん努力した。
おまえをあきらめることは、闇に沈むのと同じだった。
だけど、その終わりを受け入れるのは、わたくしの役目だ。
心配するな。
いや、心配などしてくれるな。
そしてなるべくなら、苦しまずに逝け。
そばにいる。
死んだら、個別火葬で三万円くらいのコースを指定してやるから。
それは、わたくしの心の慰めにしかすぎないが。
まるで、おまえの存在がなかったように過ごすのは、寂しい。
きっとおまえに似たアメショを探すか、正反対のロシアンブルー、スコティッシュフォールドか、ブリティッシュショートヘア―の子猫を手に入れようと躍起になるだろう。
おまえの代わりを探してしまうだろう。
だが、出会いのころの思い出と、わたくしとだけ通じるお遊びを、おまえは思い出させてくれたから。
唯一無二。
想い出抱えて、生きていくさ。
おまえはわたくしには過ぎた純血種だった。
今度は模様の面白い、変な猫に惹かれてしまうかもしれないが。
おまえの影を感じる度に、落ち着かなくなるくらいなら、おまえと同じ血筋の子を飼いたい。
その子がおまえと正反対の性格だったりすると、救われるな。
きっと……。
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