伝説の忍者、ソシャゲにハマる~相棒はくノ一な俺~
儚 無理
第1話 ゲームの世界でござる
六月の大学は微妙だ。
五月の長期休みを境に一度大幅に消えた人々が、「あ、そういえば俺って大学生じゃん!」と自分の本分を思いだして、徐々に通学を再開する時期と言えるだろう。
四月の初めにはきらきらした目と微妙にぎくしゃくした会話でごった返していた食堂には今はわずかにゆとりができ、昼休み前などは割とのんびり食事を楽しむことが出来る。
俺は一番安いかけうどんののった盆をテーブルに載せ、会計を済ませている最中の友人を待った。「クラスオリジナルTシャツを作りませんか? 今なら二十人以上で割引!」という割引期間のすでに過ぎた卓上プレートを一瞥してからスマイルフォン、通称スマホを取り出す。
開くのはもちろん、スマホアプリ“タップ&ブレイバーズ”だ。
リーダー一人とサポート四人、最大五人からなるパーティをガチャ、ダンジョンドロップのキャラクターで編成し、強大な”ボス”と呼ばれるキャラクターを倒すことを目的とするソーシャルゲーム。それだけ聞くとどこにでもある量産型ソシャゲと変わらないようだが、しかしそのイラストの美しさ、何より微妙なバランス調整によってパワーインフレが起きたときの軌道修正がうまいと評判のゲームだ。
俺も見事にその魅力にからめとられた一人だった。
「すまん、待たせた。お、タップ&ブレイバーズじゃん。そういえばハトリ、お前ランクどれくらいになったん?」
「ん? ああ、今883」
「ヤバくね!?」
俺はスマホの画面を慣れた手つきでタップし続ける。画面は次々と切り替わり、そして最後にはホーム画面、美麗なイラストがでかでかと映る俺の拠点へと戻ってくる。タップ&ブレイバーズもすっかり有名になったものだ。初期からプレイしている身としては、なかなかに感慨深い。やっぱり基本プレイ無料ってのが大事なんだろうな。まあ、俺は課金してるけど。
そろそろ総額五十万を超えたくらいだろうか。
アルバイトで稼いだ金をほとんどつぎ込んでいる気がする。
「それにしてもお前、ずっとリーダーそいつだよな。ぶっちゃけ時代遅れじゃね?」
「いいんだよ」
俺は画面中央を陣取るキャラクターの名前を見る。
“闇夜にまぎれる漆黒、服部忍三”
攻撃力はすさまじく高いが、その代り体力が著しく低い。このゲームも一時期パワーインフレに陥りかけ、その時にこの高すぎる攻撃力に注目が集まり“やられる前にやれ”をコンセプトに一時代を築いたキャラクターだ。ただ最近はそう言った上がりすぎた火力を抑えるための処置が再三なされ、めっきり姿を消した。
俺のフレンドにも、もうこいつを使っている奴は一人もいない。
忘れ去られたキャラクター。
時代に取り残された忍。
それは図らずも五百年前、かつてこの世界に実在した伝説の忍者、服部忍三の生きざまに近いものがあった。
俺は思わず、ため息を吐く。
「あーあれね、いわゆる嫁キャラ的な」
「ちっげーよ」
「いや、じゃあなんでそいつ使い続けんのよ? イラスト好きだからじゃねえの? ほら、めっちゃ可愛いし」
「か、可愛くねーし!」
「え? なんでそんな否定的なん?」
俺はイラストを見下ろす。
闇夜にまぎれる漆黒、服部忍三。
そのあまりに中二病的な名前に、思わず頭を抱えたくなる。
いや正直なところ、イラストは可愛いと思う。服部忍三と銘打たれた、紫の髪の毛の少女。顔の半分が隠れているというのに、その容姿はこのソシャゲ、タップ&ブレイバーズの多くのプレイヤーを虜にした。おそらくこのイラストがむさいおっさんならば一時代を築くまでには至らなかっただろうと言われるほどに。
しかし、だ。
俺の名前は服部祐樹。アカウント名、ハトリ。
生まれ変わる前、つまりは前世において『服部忍三』と呼ばれた、いわゆる忍者であった。
そう、つまりこの紫髪の少女は、前世の俺を『女体化』したキャラクターなのだ。
*
意識が覚醒した時は本当に驚いた。
俺は確かに、仕えた主君とともに燃え盛る大火に抱かれて死んだはずなのに。
しかし目が覚めたのは夢のように平和な一室。
赤ん坊の俺を抱きかかえる母親と、眼鏡をかけた温和な笑みを浮かべる父親。
そこは、俺が死んでから五百年後の世界だった。
文化はかつての面影をわずかに残すばかりで、食も娯楽も、より多彩に成長を遂げていた。誰でも勉強でき、飢えることなんてほとんどなく、人が人を殺さずとも生きていける平和な国。
たったの五百年、だがその五百年が与えた変化は俺の心を打った。
他にも驚くことがあった。かつての自分が後の世において“伝説の忍者”なんて呼ばれていたことだ。
多くの漫画の中に俺の名前がそのまま使われていることや、少しモジって使われていることがあった。その性格はそれぞれで、ギャグマンガでどこか抜けているキャラクターにされていることもあればダークファンタジーで主人公を陰で支えるクールなキャラクターであったりもした。
今の自分とは別人だし、誰にも前世の記憶があるなんて言えないからだろうか。俺はいつの間にかかつての自分が残したものを追って、そう言った作品を多く読んだ。
正直、うれしかった。
忍者なんて、決して表舞台に出るような役割を持たなかった。同じ世界の住人の間だけで、ひっそりと凄腕の忍者がいるらしいなどと噂されることはあれど、その噂をする多くの者もまた、ひっそりと生きてひっそりと死んでいく。
俺がこの世に残せるものなんて、何もないのだと思っていた。
しかし、違った。
俺は後世にその名を残せた。
外国では忍者が一大ブームを巻き起こし、嬉しそうにそれが語られる。
それが俺には、本当にうれしかったのだ。
……だがそのうれしさが、ある一つのゲームを理由に陰りを見せる。
タップ&ブレイバーズ。
伝説を創り上げた英雄たちを従え、君自身が新たな英雄となれ!
とかいうキャッチコピーだった気がする。流行した後はそのキャッチコピーが大々的に使われることもなくなり、今ではそんな文句があったことすら誰も知らないだろうが。
まあともかく、タップ&ブレイバーズである。
その中にも、伝説の忍、服部忍三は登場した。
……紫の髪を持つ可憐な『少女』として。
*
食堂を出て大学の構内を友人と並んで歩く。暇な大学生にソーシャルゲームと言うのは相性がいいらしく、同回生の間でもそれは広く流行っていた。そこまで本格的にやるわけでなくても、まあ話のタネくらいにはなるかと始めるものも多い。
俺の友人たちも多くがその口だった。
種子島明人、ランク43。
「なあ、そういえばハトリさ、タップ&ブレイバーズから手紙来たんだろ? 中、確認したん?」
「ああ、なんかトップランカー百人を集めてイベントするらしい。まあ、暇だし行ってみようかなとは思ってるけどさ」
「へー、コネとか作っとけばゲーム会社に就職とかできんのかね?」
「ソシャゲ廃人なんか雇うかよ」
「それもそうか」
タップ&ブレイバーズ、トップランカーイベントは次の日曜日に予定されていた。
俺はその中でちょうど百番目としてお声がかかったというわけ。
「それにしても、とうとうお前のニンゾー好きも世界に羽ばたくのか」
「別に好きくねーよ」
「いや、でもお前みんなにニンゾー厨って呼ばれてんぞ?」
「まじで!?」
陰でそんなことを言われていたのか。
ちょっとショック。
俺は歩きながらスマホを取り出し、ホーム画面右下、親指が最も届きやすい位置に配置されたアプリを起動する。当然、それはタップ&ブレイバーズであり、リーダーに設定されている服部忍三(女)がでかでかと踊る。
……やっぱりなあ、女体化っておい。
かつて、ニンゾーが多くの廃ブレイバーズたちの間で最強とあがめられていた時、俺はどうしてかその誰よりもこのキャラクターを使おうと躍起になっていた。改めて考えても謎な行動だが、どうしてかそうしなくてはならない気がして。
だってさ、ネットでニンゾーたそ~まじ天使~とか言われてんだぜ。
なんか耐えられないじゃん? しかしゲーム自体が面白いせいでやめるにもやめられず、知らないところで天使とあがめられるくらいなら自分で使ったるわいと、ムキになっていたのだろう。
それが功を奏してニンゾー厨かあ。
もうニンゾーも下火になってきたし、そろそろ使わなくてもいいのかな。
でもなんか最強じゃなくなったらそれはそれで悔しいのだ。まじ天使は勘弁だが、ニンゾー最強の時代はやはり、うれしくもあった。
複雑なものである。
「まあでも今は、“すまん博徒でよくね”の時代だからな。ハトリ、博徒は持ってなかったよな」
「俺ニンゾー取った後はガチャ回してないしな。別に最強じゃなくなってもボス倒せないわけじゃないし」
「なんだかんだ言ってまだまだ強キャラの部類だもんな、ニンゾー」
博徒。
数週間前に実装された、現在のタップ&ブレイバーズにおいて最強と言われる英雄である。当初のコンセプトは、発動条件が滅茶苦茶きびしいかわりに一撃必殺の攻撃を放つことが出来るというものだった。
しかし、めずらしく開発側が調整ミスをしたのか、その条件が想像以上に簡単だったのだ。
一か八かの大勝負かと思いきや、お手軽バ火力だったと。
トップランカーと呼ばれるくらいになればすでに自分のプレイスタイルが確立されているせいかあまり食いつかなかったが、多くの中堅プレイヤーはその強さの虜となった。
俺もプレイ動画を見て戦慄したね。
あれ、俺達の今までの創意工夫って何だったん? って感じよ。
まあそれが逆に一定のアンチ博徒族を産んだともいえる。安っぽい勝利はいらないのだ、と。俺はちなみに中立派。使いたい人は使えばいいんちゃうって感じ。俺はニンゾー使うし。
やっぱり、ニンゾー厨なのかもしれない。
「あ、やべ、そういえばレポート忘れてた。ハトリあれやった?」
「スポーツ科学と産業の歴史?」
「そう」
「あれ今日の五時までだぞ」
「まじで?」
「8000字な」
「まじで!?」
「次の授業どうするよ」
「サボるっきゃねえええええええ」
種子島明人、ランク43はそう言いながらあわてて進行方向を変え、図書館へと走るのだった。
*
俺自体はごくごく普通の大学生だ。
生まれてすぐのころこそ新たな人生に溶け込めるのかと不安もあったが、思ったよりもそれはスムーズだった。ごくごく当たり前に小学校、中学校、高校と進学し、自分の前世の名前を追いかけていたせいかゲームや漫画など、現代の多様な娯楽文化にもあっさりとなじんだ。
ほんの少し違うと言えば、幼いころから忍者時代の肉体改造を耐えず行ってきたことだろうか。生憎、筋肉が付きにくい体質らしくかつてのような動きをすることはできないが、それでも現代人にしては驚異的な運動能力を得ている。
まあかといってそれを大っぴらにしてもいない。
俺はあくまでごくごく普通の、単位の取得に四苦八苦したりアルバイトに明け暮れたり、友人とたまに飲みに行っては馬鹿話をする大学生なのだ。
……そんな俺が今、真の廃人達の巣窟に迷い込んだわけである。
日曜日。
俺は手紙に記された場所までやってくる。そこはいかにも高級なホテルのホールで、正直ソーシャルゲームのイベント会場には似合わなかった。そこにさらに、似合わない客たちが百人押し寄せるわけだ。
俺のような暇そうな大学生も中にはいる。
しかし明らかにガチ勢な人たちの方がその異様な雰囲気のせいで目立っていた。首からスマホ四台もつりさげた人、やたらと汗をかき、絶えずぬぐっている男、また、明らかな高級品で身の周りを固める紳士などなど。
俺もかなりやりこんでると思うが、この人たちからしたら足元にも及ばないのかもしれない。
……正直言って、帰りたい。
だけど来てしまった以上、退室するのもどこかためらわれる。俺はホールの中でただ静かに、時間が過ぎるのを待った。中には高ランカー同士で知り合いだったのか、楽しそうに会話する声も聞こえる。
「だからさあ、やっぱり最強は博徒かもしんねえけど、俺的にはさいかわはニンゾーたそだと思うわけよ。ほら見てみ、このふともも。さすが忍者きわどい」
「あーわかるわー。俺もネットでニンゾーたそのエロ画像しょっちゅう探す」
ぞわっとした。
は? 服部忍三の太腿? エロ画像?
いや、わかってる。俺じゃなくてゲームの中の“ニンゾーたそ”だってことはわかってる。だけどどうしてだろう。尻がきゅっとなった。
これだ。これが嫌なのだ。
勘弁してくれよな、もう。そう言うのは本人のいないところで話してくれっての。
しばらくして、ホールの前方に男が一人、ゆっくりとした足取りで出てきた。
俺達はみな、そろってその男に注目する。男はマイクを手に、一度深く頭を下げた。
「皆様、今日はようこそお出でくださいました。私、タップ&ブレイバーズのプロデューサーの杉山と申します」
その顔を知っていた。
俺が実際にこのゲームのイベントに参加するのは今回が初めてだが、他のイベントの様子をまとめサイトで見たことならある。あれはこんな高級ホテルではなく、どこかの巨大ショッピングモールで行われたものだったが、そのイベントで壇上に立っていたのもこの杉山と言う男だったはずだ。細い目と明らかな愛想笑いのせいで何を考えてるのかわからない人物だという印象を持っていた。そしてそれは実際にこうして会っても変わることはない。
杉山はにこにこと、丹精込めて作り上げた笑顔で俺達を見回す。
「ではみなさん、今日集まっていただいたのはほかでもありません。我々の用意した“新しい”タップ&ブレイバーズの試験プレイをしていただくためでございます。皆さんは選りすぐりのブレイバーでございますのできっと……」
「ねえ、そのことで質問なんだけど」
俺達百人の中で一人、まだ少年とも呼べるような男の子が手を挙げた。
なんか見たことある、と思って見ていると、周囲で『わくわく動画のケースケ』だという声が上がって、やっと合点がいく。
たしかプレイ動画を投稿していた少年だった。
まあ実際動画はどんなもんだったかと言えば、小学生が課金するなんてだとか声がムカつくだとか散々なコメントが付いてずいぶん荒れていたけれど。
そうか、言われてみたら動画内での彼のランクは俺よりも上だった。この場にいても何ら不思議じゃない。
愛想笑いを浮かべた杉山がどうぞ、と割って入られたにもかかわらず穏やかに譲る。
ケースケ少年は当然のような顔で一歩前に出た。
「俺の友達、俺とほとんどランク変わんないんだけどさ、呼ばれてないらしいんだよね。手紙には上位百名って書かれてたけど、それ、ほんと?」
百人の前での発言だというのに、彼はとても堂々としていた。
どうも他の人も似たようなことを考えていたようで、会場内がにわかにざわつく。しかし杉山は愛想笑いを崩すことはなかった。
「申し訳ありません。表記が少しわかりにくかったですね。ええ、そうです。ここにいらっしゃるのは厳密には上位百名ではありません」
なんと。では百番目に選ばれた俺なんて、この人たちの中では木端もいいところだと。
余計に帰りたくなるぜ。そうだと思ったんだよ。この人たち、どう見ても俺なんかとは廃人レベルの桁が違う。
「ここに集められたのは現在、異なるリーダーキャラクターを常用する、上位百名でございます。たとえばあなた、ケースケ様でしたら博徒を使うもっともランクの高いプレイヤー、と言うわけでございます。おそらく、そのご友人が使われているキャラクターと同じキャラクターを常用しているさらにランクの高いプレイヤーがいらっしゃるのでしょう」
博徒使いのケースケ。
恥ずかしいな。しかし当のケースケはどこか誇らしげだ。そう言うところがやはり、小学生の感覚なのかもしれなかった。オンリーワン、ナンバーワンがうれしいと。
となると、俺はニンゾーをリーダーとして使うもっともランクの高いプレイヤーってことか。
……あれ、ニンゾーって今そんなに人気ないのか? いや、エロ画像とか出回るよりはいいんだけどさ、やっぱりちょっとそれはそれでショックなんだけど。
「では話を再開させてもらいますね。皆様にはこれから、ゲームをテストプレイしていただきます。これから配るのはそれの注意事項でございます。くれぐれも、なくさないようにお願いしますね」
そう言われて、スタッフらしき人々が紙を配って回る。
俺達はそろってその紙に視線を落とした。
その時だった。
「では、ゲームスタート」
そんな声が聞こえた気がする。
俺の意識は一瞬で、真っ暗闇へと落ちた。
*
「は?」
目が覚めた時。
そこは見たことのない四畳半の和室だった。
俺はもう一度、周囲をぐるりと見回す。ごくごく普通の、ぼろアパートを連想させられるようなその部屋に俺はさらに戸惑う。
さっきまで、高級ホテルのホールにいたはずなのだ。
ゆっくりと記憶を振り返る。と言っても、あまり記憶の混乱はない。
意識を失ったというより、少し長い瞬きをした瞬間に他の場所に移されたような、そんな自然さだった。自分の体を見る。当然、さっきまでと格好は変わっていない。いつものジーンズにトレーナーという、とりあえず外れない服装。私服で構わないという表記のままにチョイスした俺のお粗末なコーディネートだったのだが。
それにしても、ここはどこだ?
俺は立ち上がり、明り取りのための小さな格子窓から外を見る。
そこから見える光景を見て、ぎょっとした。
そちらは道に面しているらしい、わずかに外の雑踏が聞こえる。この部屋は二階に当たるらしく、俺は人々を見下ろす形になる。
その道行く人々だが、みな、和服を着ていた。
懐かしい、俺がかつて前世で歩いたような街並みだ。
じゃなくて。
「なんじゃこりゃ!?」
声を上げると数人が不思議そうな顔でこちらを見上げたので、俺はあわてて格子窓から離れる。
わけがわからない。
その時点になってやっと、俺はずっと左手に紙を握りこんでいることに気づいた。そうだ、確かあの杉山に見るように言われていた紙だ。
俺はそれを開いた。
そこには、驚くべきことが書かれていた。
1 皆様には今からタップ&ブレイバーズの世界へ行っていただきます。そこで生活し、一年半、十八か月間過ごしてもらうことがこのテストプレイの内容となります。
2 その世界で過ごした時間はこちらの時間には影響しません。皆様が何らかの形でその世界から戻ってこられる場合、そちらの世界に移動する直前の状態へと戻ります。
3 そちらの世界で万が一命を落とされた場合、その時点でテストプレイ終了となりこちらの世界へ強制帰還されます。怪我、障害等は残りませんのでご心配なさらず。また、精神的疾患を患った場合はこちらで治療費およびその後の手当を保証します。
4 そちらにはタップ&ブレイバーズとは異なり、同名のキャラクターは一体しか存在しません。そのため合成、売却等のキャラクターを自ら消失する行為は出来なくなります。それらの点を合わせてご注意ください。
5 また、最初に移動する場所は皆様の“ホーム”となります。タップ&ブレイバーズ内と同様の操作をすることが可能です。詳細は“リーダー”に確認してください。
その次に書かれているのは報酬についてだった。
報酬について
皆様のテストプレイ参加につきまして、わずかながらではありますが報酬が発生いたします。その内容といたしましては、本期間中にそちらの世界で獲得した金銭の十分の一の現金、そして一年半テストプレイを継続された方に限り、パーティを組んだ一人をこちらの世界へ連れてくる権利でございます。
俺はひざを折って畳の上に胡坐を組む。
とりあえず、これがそもそもトップランカーイベントの内容として想定されたことだったこと、そしてどういう原理かはわからないが無事に元の世界へ帰れることに安堵する。もちろん、勝手に連れてこられて怒りもあるが、時間的なロスもないし、その上報酬も出ると言われてほんの少しだけ溜飲を下げることが出来た。
いや、やはりあの愛想笑いを思いだしたら腹が立つが。
それにしても、報酬はこちらで稼いだ額の十分の一か。俺はゲーム中、億に届く額のコインを所持していた。もしシステムが全く同じなら俺はテストプレイ終了時、ほんの一瞬のうちにウン千万もの金額を得られることになる。
なんてこった。課金し放題じゃないか。
と少し前の廃人思考なら考えただろう。冷静に考えて、もう二度とあの愛想笑いに金を落としてやるものかと思わざるを得なかった。
そうだな、家族を旅行にでも連れて行こう。婆ちゃんも爺ちゃんも一緒に。
それから俺は、その金稼ぎをどうしたものかと考えた。これが本当にタップ&ブレイバーズの世界ならダンジョンに潜って稼ぐことになるんだが……。
と、のんきにごろんと寝そべった時だった。
目が、合った。
天井の板が一枚はずされ、くりくりとしたどんぐり眼がこちらを覗く。
俺はぽかんと口を開けた。
そして思い出す。紙に書かれていた内容を。
詳細は“リーダー”に確認してください。
バッと俺はその場を飛び退いた。久しぶりにしては我ながらキレのある動きだったと思う。部屋の壁に背をつけ、天井を見上げる。するとそこから、ちょうどさっきまで俺が寝そべっていた場所めがけてくるりと小さな体が回りながら落ちてきた。
空中で器用に一回転し、足先から音もなく着地する。
その姿はまさしく忍者。
肩口まで伸びるのは紫色の髪の毛。瞳は漆黒。
丈の短い和服から覗く太腿は確かに魅力的だった。
俺は自分の口元がひきつるのがわかった。何の冗談だ、これは。
その“少女”はこちらに向き直り、素早く片膝をついた。顔は伏せたまま。
「主殿」
その言葉遣いにおもわずぞくっとした。
まるで、昔の運動会の様子を映像記録で見せられるようだ。
少女はゆっくりと顔を上げる。
見覚えがある、なんてもんじゃない。
画面の向こうでいつも見ていた顔。どの画面より多く長く、おそらく俺のスマホに映っていた姿。
少女の声は初めて聴くが、何となくそのやや幼い容姿に合っていると思った。
「主殿、拙者は服部忍三と申すものでござる。今後、主殿の忍として仕えることになったため、どうかよろしくお願いするでござる」
少女、“闇夜にまぎれる漆黒、服部忍三”は変化の乏しい表情でそう言った。
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