act.7 邂逅
ホールではトロイカ・グランチャーズの四人のメンバーが、中央政府の収監所へと護送されていくところだった。
同時刻、酒場の休息所には、心配そうな面持ちでラファルの左腕に包帯を巻くネシェルの姿があった。
その手際のよさに感心し、心なしか嬉しそうな表情でネシェルを見守るラファル。
隣には仏頂面で二人の様子をうかがうクフィルがいた。
「たいしたことなくてよかったな」含んだ口調をラファルへと向ける。「あんな大げさな痛がり方するから、てっきり撃ち抜かれたのかと思ったぜ」
それにラファルが苦笑いを返した。
「申し訳ありません。弾がかすっただけなのに気分が悪くなってしまって。我ながら情けない限りです」
「まったくだ……、むぐ!」
クフィルの顔をつっぱりで押しのけ、ネシェルが真剣な表情でラファルを見つめる。
「かすめたっていっても実弾だから。ショックで死ぬことだってある。鉄パイプやこん棒で殴られたのとはわけが違う」
「おまえの蹴りはもっと強烈だがな」
「はああ!」
二人のやり取りにくすっとやったラファルに、今度は本当の嫌味をクフィルがぶつけた。
「あんたが余計なことしなけりゃ、こいつが最後の奴もあっさりしとめてたのにな。あやうく撃ち殺されるところだったぞ、あんた」
「クフィル!」
その苦言にラファルの顔色がさっと変わった。
「そうだったのですか。すみません。僕はなんということを……」
「いいえ、違います」深々と頭を垂れるラファルに、ネシェルが焦ったように両手を振って否定した。「あの時一瞬躊躇してしまったのは確かですが、頭に血が上ったまま突っ込んでいたら、私の方が撃ち殺されていたかもしれません。助けていただいてありがとうございます」
深々深々と頭を垂れるネシェル。
それを見て恐縮したラファルが、さらに深々深々深々と頭を垂れ始めた。
「いえいえそんな、こちらこそありがとうございます」
「いえ、そんな、こちらこそ……」
「こちらこそ……」
二人の深々合戦を辟易顔で眺め、不機嫌そうにそっぽを向くクフィル。
「どうでもいいが、俺にも礼の一言くらいあってもいいんじゃないのか。俺がいなけりゃ、今ごろおまえらは全員あの世いきだったんだぜ」
ふいにムッとなり、ネシェルがクフィルを睨みつけた。
「偉そうに言わないでよ。卑怯者のくせに」
「なんだと!」
「だってそうじゃない。また自分だけ安全な場所でこそこそやって。結局、私達を囮にして奴らを不意打ちしただけじゃないの」
「あのなあ! あの状況でいったい俺に何ができたってんだ! 相手は拳銃持ってんだぞ。闇雲に向かっていきゃ、確実に二人ともおだぶつだ。おまえはいつもそうだ。ふたこと目には卑怯だの、仲間じゃないだの。人のこととやかく言う前に、自分の方こそもっと考えて行動しろ!」
「わかってるよ。あんたは正しい」
「ふ?……」
「でも、それだけじゃ割り切れないことがある。たとえ無謀だってわかっていても、私は人のために命がけで飛び出してくれる人間を信用する。仲間のために、どんな危険な場所へでも飛び込んでくれる人を信じる。この人みたいに。間違っているのかもしれない。でも仲間って、そういうものでしょ」
「……」
ネシェルが淋しそうに目を細めるのを見て、それ以上クフィルは何も言えなくなった。
そっぽを向き、ふて腐れたようにクフィルがすねる。
「俺だって身体張ったんだぞ。ちょろっとだが、ケガだってしたし……」
すりむいた小指を天に向かって差し上げた。
すると、ふいに横から現れたタロンがそこに絆創膏を巻き、去り際にクフィルの頬に熱烈なキスと最高の笑顔をお見舞いしていった。
でれんとした様子で頬を手で撫で、タロンを見送るクフィル。
ネシェルとラファルは、ぽかんとその様を眺めていた。
やがてラファルが、おかしくてたまらないといった様子で笑い始める。
「なんだ、何がおかしい」
不機嫌な表情を向けたクフィルに、込みあげる笑いを自制してラファルが完全降伏のポーズをしてみせた。
「いえ、すみません。そういうつもりで笑ったのではないのです」
「じゃあ、なんだってんだ」
「どうもお二人が勘違いをされているようで、それがおかしくて」
「ほらみろ、おかしいんじゃねえか!」
「クフィル!」
「というよりも、自分の行動があまりにも滑稽だったからでしょうね。どちらかといえば、僕の方こそ卑怯者みたいですから」
「は……」
「何言ってんだ……」
ハテナマークを向けてくる二人に、一息ついたラファルが説明を始めた。
「同僚達からの僕に対する客観的なイメージです。計算高くて、冷静というよりは冷酷で、決して無謀な真似はしない。他人の危機に身体一つで飛び込んでいくなんて、もってのほかです。僕自身もそう思います。だから先ほどの評価は普段の僕とは正反対の、勘違いもはなはだしいという感じでしょうね」
「違うと思う」
ラファルの顔を見つめ、ネシェルが小さく呟く。
ふいをつかれたように笑みを忘れたラファルをしっかりと見据え、ネシェルはその後につないでいった。
「あなたはそんな人じゃない。いつもまわりに気を遣って、常に仲間達のためにどう動くべきかを考えて行動しているはず。でもそれがうまく伝わっていないから、いえ、彼らにはそういった行動が理解できないから、あなただけが損な役回りや責任を押し付けられているのだと思う」
「見事な分析ですね」ラファルがふっと笑う。「こういった状況に遭遇することは滅多にないですからね。きっとあなたの中で、ちょっとした犠牲を払っただけの僕の存在が何倍にも美化されてしまっているのでしょうね。残念ですが、僕はそんなに立派な人間ではありませんよ」
「そうかもしれない。勘違いかもしれない。でも、あなたは何か大切なものを背負っているような気がする。それがある限り、あなたは仲間達の期待を裏切るようなことは決してしない。なんとなくだけど、私にはそんなふうに見える」
「あなたもそうだからですか」
「!」
「冗談です」ラファルがまた笑った。今度は少しだけ淋しそうに。「買いかぶりすぎです。第一、彼らは僕のことを仲間とすら思っていない。今まで誰からも仲間だと認めてもらったことがないですからね。自分のせいだとわかってはいますが。なのにあなたは僕のことを自分の仲間のように語ってくれた。それだけは素直に嬉しかったです。ありがとうございます」
「そんな……」
「本当ですよ。いいですね、信頼のおける仲間同士というのは。見事な連携でしたよ。あの短時間によくあそこまで申し合わせられたものですね。羨ましい限りです」
それからクフィルの顔を見た。
クフィルはわずかに眉を揺らしたが何も言おうとはしなかった。
ただ二人がばつが悪そうに顔をそむけ合ったのを、ラファルは不思議そうに眺めていた。
上着を着込み、懐から懐中時計を取り出そうとして、ラファルが何ものかを床に落とす。
煌びやかな装飾が施された羽飾りだった。
「おっと、いけない」
拾い上げ、何気なく顔を上げると、二人が注目していることに気がつく。
ネシェルもクフィルも、まばたきすら忘れて、ラファルが手にする羽飾りを眺めていた。
「これを知っているのですか」
ラファルからの問いかけに、複雑そうな表情で眉を寄せるクフィル。
ネシェルはやや困ったような顔になり、取り繕うように口を開いた。
「あ、いえ……。綺麗だなって思って」
するとラファルが嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。これは幸福の羽飾りというものですが、ご存知ありませんよね」
「あ、ええ……」
「母の形見なのです。お守りがわりにこうして持っているのですが、我ながら女々しいと思います」
金色がかった白く真っ直ぐな羽を手に取り、ラファルがライトにかざす。それは角度を変えるたび、様々な色に変化した。
魅せられるように注目する二人の視線を眺め、ラファルが満足げに笑った。
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