第8話「ああ。あたしは、少女マンガは苦手だったんだけどなあ」
どこまでも、どこまでも。
まるで、ガラスを砕いて、ばら撒いたような星空が続いている。
それは、さっき彼が砕いた古い窓ガラスの破片なのかもしれなかった。
田園風景の中を、自転車に二人乗りで、走っていく。
それは、さっきの青年の家から拝借したものだった。
これで彼の罪状に窃盗罪が加わったことになる。
あたしも共犯だ。
遠くの方に、鉄塔達がお行儀良く並んで、ちかちかという赤い光で話していた。
その足元には、所々に瓦礫の山をたずさえている。
気づけば、自転車で切り裂く夜風に、潮の匂いが混じっているような気がした。
あたしは、まるで赤ん坊のように、彼の背中に紐で縛り付けられている。
挫いた足が痛むのか、寄りかかる彼の背中が熱かった。熱い、気がした。
それでも、彼のペダルを漕ぐ足は止まることはなかった。
パーカーのフードが、もうすぐ明けてしまう夜空に、旗のようにバタバタとはためいていた。
それは、なんだかあたしの代わりに、必死に「今、ここに居るよ」と言ってくれているような気がした。
このパーカーとも長い付き合いだったなあ……。
そんな旧友のパーカーに代弁してもらっているあたしの囁きに気づいているのかいないのか、彼は自転車に乗ってから一向に振り向かない。
ただ、前を向いたままで、いつも通りの優しい、そして楽しそうな声で、
「いやあ、最後の最後で、大冒険だったなあ」
とか、
「覚えてる? 小学生の時にさ、二人でツチノコ探しに行ったじゃない? あの時も山で迷子になって、大変だったよねえ。それとさ……」
なんて、幼い頃の二人の“思い出”を、背中のあたしに話しかけてくる。
あたしはそれに、
「うん」
とか、
「そうだったっけ?」
とか、
「いや、あの時はあんたが原因で……」
なんて相槌を打つ。
多分、彼には聞こえていないけれど、それでも構わなかった。
彼の話の中のあたしは……そりゃあ少しは暴力的な所はあるけれども。でも本当に、本当に楽しそうで。
それは、つまり。
彼にとってあたしは、単に暴力的で我侭な幼馴染なだけじゃなかった、てことだ。
こんな簡単なことに、どうしてもっと早く気づけなかったのだろうか。
本当に馬鹿だ。
入院している時も、いつも彼はこんな風に、楽しそうな口調であたしとの“思い出”を話してくれていたじゃないか。
あたしは自分が死ぬことばかり考えていて、残してしまう人たちにどう思われるか、そればかり考えていて、本当に大事なことを見逃していた。
あたしが死ぬまでに、生きているうちに伝えなきゃならない言葉が、山程あったのだ。
今では、それはもう叶わない。
でも、まあいいか。なんても思う。
直接口にしなくても、こいつ解ってるっぽいし。
それからしばらく、彼とお互い一方通行の、でもそれはちゃんとキャッチボールになっている変な会話を続けた。
次第に夜の闇が薄くなっていって、気づけば星も月も、もう殆ど見えなくなるまで、その会話は続いた。
それでも、あたし達の物語は尽きることがなかった。
本当にあたしの物語は彼だらけだった。おそらく、彼の物語もあたしだらけだろう。
彼の物語はきっと、乱暴で我侭な女の子に出会ってしまったが為に、賑やかな日々を送るコメディタッチの物語だ。
あたしの物語はというと。
前半部分は、だいたい彼と同じだ。
なんでも言うことを聞いてくれる、でもたまに生意気な手下を手に入れた女の子のドタバタ劇。
でも、物語の途中から女の子は気づく。
犬みたいに自分の後をついて来ていたその手下が、実は、犬でも手下でもなくて、本当は男の子だった、ということに。
本当は自分なんかよりもずっと強くて、ずっと大人で。知らず知らずのうちにその男の子に守られていた、ということに。
そして。
そして……。
ああ。あたしは、少女マンガは苦手だったんだけどなあ。
結局、“思い出”を話し尽くす前に。
あたし達は終着点である、海に着いてしまった。
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