第4話「それはまるで、病室でいやと言うほど読んでいたマンガやアニメのキャラクターみたいだ」
突然ですが。
世の中には大きく分けて、二つの種類の人間が居ると、あたしは思う。
一つは、彼のように生きている人間。
生きている限り、奴等の世界はどこまでも拡がっていく。
最近自分イケてないなー、なんて思ったら、美容室にでも行ってばっさり髪を切ったり、服装を今までのタイプと変えてみたり。
そうすることによって、新しい発見や新しい出会いにめぐり合うことが出来ちゃったりする。
または、映画を見たり、本を読んだりして、自分を内面から変えていっちゃったり。
……あ、そういえば追っかけてたマンガの新刊、発売日もうすぐだったな、ちきしょー。
とにもかくにも、生きている限り。例え、現状に絶望しかなくても、いかようにも世界を拡げて、変えていくことが出来る、という希望が絶対に残されている。本人にその気さえあれば、だけど。
はてさて、もう一つ。
それは言うまでもなく、あたしのような、死んでいる人間だ。
これは、死んでみてえらく痛感したのだけれど。
死んでしまった人間は、この世界から消えることが出来ない。
……いや、他の人は知らないけどさ。現状のことを言っているんじゃなくて。
言い方を変えると、他の人の記憶から消えることが出来ない、だろうか。
死んだ人は、誰かの思い出の中で生き続けてしまう。
例えば、あの時、観覧車で頬っぺたを抓り倒されたなあ、なんて具合に。
そして、死んでしまうと、自分じゃ何も出来ない。
例え、山道を転げ落ちて、白目で草まみれの自分イケてないなー、なんて思っても何も出来ない。死体だから。
死んでしまったら、そこでその人の時は止まってしまう。
止まったまま、生きている人の記憶に残り続ける。
自分の嫌な所とか、直せずにそのまま。
あの、観覧車の中の出来事を謝りたくても、もう謝れない。
彼の中のあたしは、一生、暴力的な幼馴染のままだろう。
あたしは、今、どんなに彼に伝えたいことがあっても。
どんなに、自分を変えたいと思っても。
もう何も、出来ない。
子供の頃のように、自分の好きなようにあちこち探検して、世界を拡げることもできない。
死んだ日で、終わり。
あそこで、ばちっと固められてしまって、「あたしはこういう人間でした、以上」から変えることが出来ない。
それはまるで、病室でいやと言うほど読んでいたマンガやアニメのキャラクターみたいだ。
読者が生きている人で、キャラクターがあたしのような死んだ人。
例え、世界を滅ぼそうとした魔王だって、本当は何か世界を怨むような理由があったのかもしれない。
ただ、その物語が描かれなければ……読者が知らなければ、彼はただの悪役でしかない。
勇者達に倒されて、魔王は死んで、世界は救われました。ちゃんちゃん。ハッピーエンド。
……まあ、最近のマンガやアニメじゃ、そんなステレオタイプな悪役は珍しいけれど。
ただ、それは生きている人と死んでいる人の関係に良く似ていると、あたしは思う。
彼の物語でのあたしは、暴力的で我侭な幼馴染、というキャラクターだろう。
実際、彼の前ではそうだったし。
でも、もしここであたしが死ななかったら、例えば女の子らしい趣味……なんだろう。裁縫とかかな。そういうものに目覚めて、彼の中のあたしのキャラクターが訂正される可能性だってあったわけだ。……多分、生きててもありえないけれど。
でも、あたしは死んでしまったわけで。
あたしの物語は不本意にも最終回を迎え、彼の物語からは退場してしまった。
彼という読者の前から、あたしというキャラクターは退場してしまった。
本当は引っ叩いていた理由の半分位が、照れ隠しだということは、彼は知らない。
あたしが、それを伝える前に退場してしまったから。……死んでしまったから。
神様とかいう奴が作者ならば、彼という読者の前では、あたしというキャラクターのそういう一面を描いてくれなかったから。……いや、あたしが素直じゃないだけっていうのは認めるけどさ。
とにもかくにも。
最終回を迎えてしまったら、登場人物は、それ以上変わることが出来ない。
ばちっと“思い出”という作品名で梱包されて、後は読者に……生きている人に、時折読み返されるだけなのだ。
ああ、こいつはこういうキャラだったなあ、といった具合に。
例え、その人の前で見せなかっただけで、一人で色々と思うところがあったとしても。
それは、その人には、絶対に伝わらない。
死人に口無し、という奴だ。
彼があたしとの“思い出”を読み返すとき。
その時のあたしは、暴力的な、幼馴染。
悪役のバッドエンドは、覆せない。
それだけが、堪らなく、悔しい。
さて、柄にもなく頭を使って……もう死んでいるあたしの場合どこを使っているのか分からないけれど。
とにかく、こうやって哲学もどきなんぞをしている理由はただ一つ。
現実逃避である。
あの後、勝手口が開いて出てきたのは、なんとも爽やかな好青年だった。
そのイケメン青年はあたしの死体を見つけると、一瞬驚いた顔をした後、辺りを窺ってから、手早く葉っぱまみれで白目を向いている、殆どゾンビのようなその物体を自分の家に持ち込んだ。
家の中は広々としていて、あたしのおばあちゃんの家、つまりよくある古い農家の家のようだった。
……そう言えば、おばあちゃん、もうあたしが死んだこと知ってるのかなあ。
そのがらんと無駄に広い家に、青年は一人で暮らしているらしかった。
まあ、あんな大きな私有地を持っているくらいだから、この家はきっとそこそこのお金持ちで、青年が一人の所を見ると、遺産か何かでのんびり一人暮らししているのかもしれない。田舎の方じゃ、たまにある話だ。
ただ、そこまでは普通にある話だとして。
この家の中にずらりと並んでいる人形はなんなのだろうか。
「ほら。新しい子が来たよ。家出してきたらしくてね、家の裏で行き倒れになっていたから、保護してきたんだよ。え。そんな若い子連れ込んでどうするつもりかって? 心配しなくていいよ。俺の一番は君なんだから」
そう言って、青年は人形の中でも、一番大きくて、綺麗にされている一体にキスをした。
仏壇のある広い和室の片隅に、所謂女の子座りの体勢で置かれたあたしは、その光景をただ呆然と見つめていた。
ああ、この人。やばいやーつ、だ。
……現実逃避、再開。
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