アーカーシャ・ミソロジー

キール・アーカーシャ

第1話


第一話 偽りの平和 


[あらすじ]

『ヤクト国皇子(おうじ)クオン・ヤクト・アウルムは仲間達と共に平穏な日常を送っていた。さらに、長年、冷戦状態にあった

ラース-ベルゼ国との和平協定が成立し、一層(いっそう)ヤクト国は安泰(あんたい)に見えた。

しかし、それは偽(いつわ)りの平和であった。偽りが破れ、真実が

襲い来る時、古(いにしえ)の王による啓示(けいじ)により、クオンは戦う覚悟、

そして、殺す覚悟を決め、王(おう)剣(けん)を抜くのだった。

 朱(あか)の魔弾手、心眼のソーサレスといった異能者達がヤクト国皇子であるクオンを襲う。後の英雄であるウィルと部下達

の協力で、クオンは窮地(きゅうち)を脱(だっ)するも、親を殺された子供達を無事に逃がす為、クオンは単身、囮(おとり)となる。

一方、ニュクスの筆頭(ひっとう)騎士シャインは軍上層部よりの、非道(ひどう)

な命(めい)を遂行(すいこう)する事に悩んでいた。

最高峰(さいこうほう)の能力者同士の死闘が繰り広げられる中、クオンは

使徒トゥルネスの名を継ぐ兄妹と共に、神託(しんたく)に従い、霧に包まれた貴族院(きぞくいん)を目指すのであった。

そして、これこそが、

後のヤクト国-最後の王、クオン・ヤクト・アウルムと

後のウイルダ帝王、ソウル・フォン・トゥルネスの

最初にして最後の邂逅(かいこう)であった』


部屋には、放熱用ファンの回転音が微(かす)かに響いていた。

『・・・・・・・・・・・・』


夜のニューヨークは閑散(かんさん)としていた。それを象徴(しょうちょう)するかのように真っ二つに折れた女神像は、ただ風と波に吹かれるままだった。そんな最中、突如(とつじょ)、輸送ヘリのプロペラ音が響いた。

 

 輸送ヘリ内部にて

分(ぶん)隊長(たいちょう)「総員、サプレス(抑制剤(よくせいざい))注入を開始せよ」

隊員達「了解」                      

 そして、隊員達は腕に次々と注射をしていった。

 南方(なんぽう)系(けい)の男、マイケルは顔をしかめた。

マイケル「チッ・・・・・・やってらんねぇぜ。サプレスだか何だか知らねぇが、これ打つと、ダルくなるぜ」

 それに対し、隣の金髪の男、トニーは苦笑した。

トニー「分隊長に聞こえるぜ」

マイケル「聞こえねぇよ。この轟音(ごうおん)の中じゃよ。これだから、ヘリは嫌いだぜ。耳(みみ)鳴(な)りが絶えねぇ」

トニー「はは、文句ばっかだな」

マイケル「うるせぇ」

トニー「でも、これでもマシなんだろ?昔に比べりゃ、騒音(そうおん)も少なくなったとか、かんとか」

マイケル「ああ・・・・・・ダルくなってきやがった・・・・・・。

ミトコンドリア抑制剤だか何だか知らねぇが、何とかならねぇのか?ほんと」               

トニー「仕方ないさ。こうして、ミトコンドリアの働きを抑え 

    ておかなきゃ、自然発火で死んじまうんだからな」

マイケル「だからって、後でミトコンドリア症候群(しょうこうぐん)にでも成(な)ったら、絶対に政府を訴(うった)えてやる」

トニー「ハハッ。生きて帰れたらな。それまでは、コエンザイムQ10でも飲んで我    慢(がまん)するんだな」

マイケル「買ってねぇよ」

トニー「俺の分(わ)けてやるよ」

分隊長「総員、降下-用意!」

 との分隊長の怒鳴(どな)り声が響いた。             

マイケル「ヘリで直接、降ろしてくれりゃいいのによ」

トニー「仕方ないさ。あいつ等(ら)はヘリに寄生して操ってくる」

 そして、ヘリの扉が開かれ、内部に風が吹き荒れた。

分隊長「順次(じゅんじ)、降下-開始せよ!」

 との言葉に一人、また一人と夜の闇を降下していった。

 パラシュートが開き、次々と隊員達は着地に成功していった。

 マイケル達はパラシュートを外し、付近を警戒し出した。


『皇子(おうじ)!皇子!』

『・・・・・・・・・・・・』 


マイケル達の映る『テレビ画面』はいつしかFPS(一人称視点)に切り替わっていた。

HPバーや残弾数や体力ゲージ等が表示され、『ゲーム』操作可能となっていた。

「皇子(おうじ)!」

「……ん?ああ……」

 と、ヤクト国-皇子クオンは答え、『ゲーム』をポーズにした。『架空(かくう)』の惑星『地球』での、マイケル達の『架空(かくう)の物語』は中断された。

クオンの後ろには南方系の男、サム(サムエル)が立っていた。

 彼はクオンの剣術指南(しなん)、兼(けん)、護衛だった。

クオン「あと、10分……。駄目?」

と、クオンはゲームのコントローラーを持ちながら振り返って、切(せつ)に哀願(あいがん)した。しかし、無駄だった。

サム「駄目ですねぇ」

クオン「そこを、何とか」           

サム「駄目なものは、駄目です」

 と、クオンはきっぱりと断られた。

クオン「あんまりだ……」

サム「皇子、公務に遅れます。12・00より……」

クオン「分かった。分かったよ……。行けばいいんだろ?」

サム「ええ」

 そして、クオンはコントローラーの中央ボタンを押し、操作で本体の電源を切った。そして、リモコンでテレビ画面を消し、名残惜(なごりお)しそうに立ち上がった。

サム「で、さっき何のゲームをやってらしたんですか?」

 と、廊下(ろうか)を歩きながらサムは尋(たず)ねてきた。

クオン「アカシャの最新作……。レインが主人公の奴。まだ、

オープニング・ムービーが終わったばっかだったのに」

 と、クオンは恨めしそうに言った。

サム「ハハ。最近のゲームはムービーが長いですからねぇ。まるで映画見てる感じしません?」

クオン「まぁね。でも、サム。それはそれで、いいんだよ」

サム「そんなものですか」

クオン「そうそう」

 そして、二人は長い廊下(ろうか)から外へ出て行った。


午後四時半頃。

国道を3台のリムジンが縦に並んで疾走していた。

 その中央の車にサム(運転手)とクオンは乗っていた。中央

に護衛対象を配置する事で、前後よりの攻撃から守るのであっ

た。

   クオンの乗るリムジンにはサム以外、二名のSP(王都-警視庁警護課員)が乗っていたが、二名とも何もしゃべろうとしなかった。

クオン「なぁ、何かさ、話さない?あ、そうだ。何か好きな

    本とか-ある?」

 と、クオンはSPに聞くも、SPは困るばかりだった。

サム「皇子。あんまり、SPを困らせないで下さい。ラジオでもつけますか?」

クオン「あ、うん。つけてくれ」

 と、クオンは答えた。クオンはSPの人と仲良くなりたかっただけなのだが、それをあえて口にはしなかった。

 すると、おりしもニュースが流れていた。

ニュース『本日-正午過ぎ、ヤクト・ラース-ベルゼ同盟協定が

両国代表の、ヤクト国ケルサス国王陛下と、ラース-ベルゼ国エルダー・ゼノン国家副主席による合意の下(もと)、無事-締結(ていけつ)されました』

ニュース『この協定により、我が国はラース-ベルゼに対し

人工魔石-製造技術の無償(むしょう)供与(きょうよ)を約束し、さらに、

長年、領土問題となっていたカリン諸島に対する

ラース-ベルゼの指導、監督(かんとく)、保護権を承認しました』

ニュース『さらに我が国は共鳴-結界塔に関し、ラース-ベルゼと

     今後、データ・リンクを行う方針を示しました』

ニュース『以上の同盟協定が無事、調印された事により、

     長年、緊張気味にあった両国間の関係は、劇的に

     改善される見通(みとお)しです』

ニュース『次のニュースです。クオン皇子殿下、帯剣(たいけん)の儀(ぎ)

     に合わせ行われる王立祭の準備で王都エデンは大変

     な、にぎわいを見せています』

ニュース『この大祭はラース-ベルゼ国を含む、各国の大使、

     高官等が参加する運びとなっており、我が国と

     ラース-ベルゼを含む諸国との親善(しんぜん)が期待されます』


クオン「はぁ・・・・・・」

サム「いやぁ・・・・・・しかし、大役ですねぇ、クオン皇子殿下」

クオン「やめてくれよ。俺なんか皇子の器(うつわ)じゃないって」

サム「またまた」

 と、サムは面白そうに答えた。

クオン「それにしても、この国は結局、自分の大切なモノ

    領土や資源や技術を相手にやって和平を結んだって

    事か」

サム「まぁ、平和が一番ですからねぇ」

クオン「でも、ああして首都の警備までラース-ベルゼ軍が

    してるのを見てると、何か嫌な気分だな・・・・・・」

 と、クオンはスモーク・フィルム越(ご)しに映る、ラース-ベルゼの飛翔(ひしょう)艇(てい)と戦車を見て言った。 

サム「ハハ、まぁ、防衛予算の削減になって、いいんじゃないですか?ヤクトの防衛予算はGDP(国民-総生産)の0.8%ですからねぇ。これを半分の0.4%にすれば随分(ずいぶん)、予算に余裕が出来るんじゃないですか?」

クオン「俺はそこら辺はよく分からないけど、何か嫌な予感がするんだよなぁ・・・・・・。親父も何考えてるんだか」

サム「まぁまぁ。それより、素直にお祭りを楽しまれたらどう

   です?」

クオン「うーん、でも、楽しもうにも外に出れないし」

サム「ハハ、街宣車の上に立って、通られるじゃないですか」

クオン「・・・・・・でも、俺なんかが手を振るのを見て、民衆は何が楽しいんだか」

サム「皇子は(無駄)に人気がありますからねぇ。特に女性

から」

クオン「って、じょ、女性に人気って・・・・・・。とっ、ともかく、

一回くらいファス達と下町に行きたいなぁ」

サム「大祭中は難しいでしょうねぇ」

クオン「分かってるよ。まぁ、のんびりと、ゲームでもして

過ごしてるよ」

サム「アカシャの最新作、クリア出来るといいですね」

クオン「そうなんだよなぁ」

 と言って、クオンは微笑(ほほえ)んだ。


 帝都ホテルに三台のリムジンが到着した。

サム『マル対(護衛対象)到着』

 と、サムは現地に待機させてあるSPに無線で連絡した。

 そして、皇子達はリムジンを降りて最上層のパーティ会場へと向かった。


 46階、パーティー・フロア。

クオン「早く着きすぎじゃないのか?晩餐会(ばんさんかい)は7時からだろ?」

サム「皇子にはスピーチの練習をしてもらわなくてはいけませんから」

クオン「昨日、やったじゃん」

サム「もう一度です」

クオン「分かったよ」

 すると、後方で騒ぎが起きていた。

係員「大変だ!贈呈用(ぞうていよう)の羽ウサギが逃げ出したぞ!」

 との言葉にクオンは反応した。

クオン「任せてくれ!俺、羽ウサギ、好きなんだ!」

 そして、クオンは周囲を見渡した。すると、空中にウサギに似た小動物、羽ウサギが浮かんでいた。

 (羽ウサギは-ある程度の知能を有(ゆう)し、しゃべる事も出来る)

この羽ウサギは中々、素早く、ホテルマン達の繰(く)り出す-

虫取り網を軽やかに避けていた。

クオン「か・・・・・・」

サム「か?」

クオン「かわいい・・・・・・」

 とのクオンの言葉に、サムは頭を抱えた。

クオン「っと、ひたってる場合じゃなかった。待てー、

羽ウサギちゃーん」

 と、クオンは羽ウサギを追って、駆けて行った

 しかし、羽ウサギは怯(おび)えているのか、逃げ続けていた。

 クオン「とうっ」

 と、叫びクオンはジャンプをした。

 しかし、後一歩という所でクオンの手は届かず、クオンは

態勢を崩し、地面にぶつかり、転がった。

クオン「あっ、いたっ、いたたたた・・・・・・。受け身をとっても          痛い・・・・・・」

 と、クオンは悲痛の声をあげた。

 その様子を遠目でチラチラ見ていたサムは、手を顔に当て、

嘆(なげ)いていた。

羽ウサギ「大丈夫?」

 すると、羽ウサギは心配そうに近づいてきた。

クオン「あ、うん・・・・・・。なぁ、良ければ、元に居た所に

    戻ってくれないか?それとも、そんなに嫌だった

    のかな?」

羽ウサギ「ううん。でも、たまには広い所で飛びたかったの」

クオン「そっか・・・・・・」

羽ウサギ「でも、もう-いっぱい飛んだの。だから、へーき。

     ごめんなさい」

クオン「いや・・・・・・いいんだ。いいんだよ・・・・・・」

 と言って、クオンは羽ウサギを抱きしめた。

羽ウサギ「モフ?」

クオン「ごめん、ごめんな。おかしいよな。君の俺達と本当は

    何も変わらないのに、贈呈用(ぞうていよう)だなんて。ごめんな」

羽ウサギ「私、大丈夫だよ。だから、泣かないで」

クオン「え?俺、泣いて・・・・・・」

 クオンは急いで涙を拭(ぬぐ)った。

 すると、係員が-やって来た。

係員「皇子殿下、お手をわずらわせてしまい、申(もう)し訳(わけ)ありません」

クオン「いや、ただ、これからは、この子をきちんと尊重して

    くれ。頼むから」

係員「は、はい。かしこまりました・・・・・・」

 そして、係員は羽ウサギを連れて、去って行くのだった。

クオン(俺達は気付かぬ内(うち)に、どれ程(ほど)の差別を繰り返している

    んだろう・・・・・・)

 と、思うのだった。


 ・・・・・・・・・・

 ヤクト国、アルビオン空港の第二ターミナル(空港施設)に一団があった。その中で、一人の銀髪の女性、シャイン         

(本名シルヴィス・シャイン)は周囲を警戒していた。

 しかし、特に異常は無く、一団は分かれて車に乗り込んでいった。そして、護衛対象とは別の車に乗ったシャインは、疲れから、ため息をつき、そして、しばしの回想にふけった。


 四日前。

 ニュクス軍クルセリア駐屯地(ちゅうとんち)、一般開放グラウンドで、

シャインは軽快にランニングしていた。

 さらに、何周かした後、シャインは立ち止まり、

スポーツ・ボトル(水筒)に口をつけた。

シャイン「うん・・・・・・だいぶ、戻ったかな」

 と、シャインは満足そうに呟(つぶや)いた。

一年前のモンスターとの大戦での怪我も完治していた。 

すると、一人の下士官(げしかん)が駆けてきて、敬礼してきた。

下士官「シャイン大尉(たいい)、レザン中佐(ちゅうさ)殿(どの)が執務室(しつむしつ)で、お呼びです」

シャイン「了解。直(ただ)ちに向かう」

 それから、シャインは携帯の電池が切れている事に気付き、

自らの失態に、ため息をついた。

そして、これからは予備バッテリーを用意しておこうと、

思い立った。

シャインは急いで駐屯地(ちゅうとんち)-内(ない)に戻り、軍服に着替えて、レザン

中佐の元へ向かった。


シャイン「シャイン大尉、入ります」

 と、ノックした後に、シャインは言った。

レザン「入れ」

 との声が扉越(とびらご)しに響いた。

 そして、シャインは部屋に入っていった。

シャイン「申(もう)し訳(わけ)ありません。携帯のバッテリー残量への注意

     を怠(おこた)りました」

レザン「以後、注意したまえ。それより辞令だ。本日付(づけ)で、

貴官をニュクス第一皇女-親衛中隊に転属とする。

親衛中隊長はアナトール少佐だ。以後、貴官は

アナトール少佐の隷下(れいか)に入る事となる」

 と、言って、レザンはシャインに辞令書(じれいしょ)を差し出した。

シャイン「辞令を受領しました」

 辞令書を受け取り、シャインは敬礼をした。

レザン「さて、辞令書にも書いてあるが、明後日(あさって)の12:00

    にパンデミア王宮に着任(ちゃくにん)してもらう事になる。それまでに引き継ぎを含め、全ての支度(したく)を整えておくように」

シャイン「了解(りょうかい)」

 とのシャインの返事にレザンは満足そうに頷(うなず)いた。

レザン「急な話で君もとまどうだろうが、これも命令だ。我慢(がまん)

    したまえ」

シャイン「いえ、国境警備に比べれば、これしきの事」

レザン「成る程、やはり、国境警備隊は違うのだな。しかし、

    何の因果か。君とアナトール少佐は士官学校の

    同期・・・・・・。なつかしいものだ。当時は私も教官を

     していた」

シャイン「はい。ご指導を賜(たまわ)りました」

レザン「君達、二人は本当に優秀だった。本当に。君達二人を

    手がける事が出来たのを私は誇りに思っているよ」

シャイン「ありがとうございます」

レザン「しかし、君は本当に惜(お)しいな。随分(ずいぶん)前(まえ)にはなるが、

出世コースから外れる国境警備を自ら志願するとはな・・・・・・。私はてっきり、君とアナトール君が、良き

ライバルとして、次代の上級士官の出世争いを、するのかと思っていたよ」

レザン「だが、君のその判断は正しかった。愚かな上層部の過(あやま)

    ちによるモンスターの変異種の出現。そして、それに

    伴うモンスターの大侵攻・・・・・・。三度の幻魔大戦。

    それを乗り越え、こうしてニュクスに日常があるの

    も、シャイン君。いや、黒騎士シャイン・・・・・・。

    君が国境を守り抜いたおかげだ。どうだね?一年前の傷は癒(い)えたか      ね?」

 とのレザンの言葉に、シャインは過去を思いだし、少し、

沈黙した。

シャイン「・・・・・・はい。おかげさまで。戦闘の勘は、まだ戻っていませんが、護衛任務に支障をきたす程(ほど)ではありません」

レザン「そうか。それは何とも頼もしい。幸い、あれ以来、

    モンスターの活動も目に見えて大人しくなっている。

    ところで、これはあくまで噂だが、セレネ姫は

アークレイ世界のヤクトへと行(ゆ)かれるらしい。当然、君もそれに同行する事となるだろう。君がニュクスを空(あ)けるのは気がかりではあるが、今の状況なら問題はないだろう。気兼(きが)ねする事無く、任務に傾注(けいちゅう)してくれたまえ」

シャイン「はい」

レザン「しかし、セレネ姫に、アナトール少佐に、シャイン君(くん)、 

    君(きみ)までヤクトに赴くとなれば、ヤクトの男性諸君(しょくん)は

    熱狂する事だろうな」

シャイン「ご冗談を。セレネ姫は、お美しくなられましたが・・・・・・」

レザン「フフ、君やアナトール君(くん)のファンは世界中に居るのだ

    よ。恥ずかしながら、私の娘も君の大ファンでね。

    実はサインを貰(もら)ってもらうよう、ねだられたよ」

シャイン「私ごときのサインでよければ、いくらでも」

レザン「いや、それには及(およ)ばんよ。それに、あいつは最近では

    クオン皇子殿下のファンになっててなぁ。ハァ、

    将来が心配だよ」

シャイン「お若い内(うち)は、そのくらいが-ご健全では?」

レザン「かもしれんが、君くらい落ち着いていてくれた方が、

    私としては安心-出来(でき)るんだがねぇ」

シャイン「ありがとうございます」

レザン「やれやれ、話が脱線してしまったな。さて、シャイン

    君(くん)、本題に入らせてもらおう。ここだけの話だが、

    どうも、きな臭い事になっているようだ」

シャイン「と、言いますと?」

レザン「あくまで噂(うわさ)だが、最大野党である社会統一党が妙な

    動きをしているらしい。公安部(警察)の知り合い

    筋(すじ)からの情報なのだがね。・・・・・・社会統一党、奴等(やつら)は

    親ラース-ベルゼどころか、国をラース-ベルゼに売り渡してもいいと考える程の売国奴(ばいこくど)だ。しかし、政治家、官僚(かんりょう)、警察、そして、軍内部にすら、奴らのシンパ

    は多い。そう、これから君の上司にあたるアナトール

    少佐もな。しかも、彼女は時期(じき)、中佐となるらしい。

    これは異例だ」

シャイン「何かが起きようとしていると?」

レザン「断言は出来ない。だが、シャイン君。いや黒騎士シャインよ。君なら、どのような難局も乗り越えてゆく事だろう。しかし、気をつけたまえ。何か嫌な予感がするのだ。今までの世界の均衡が崩れてしまう程の何かが起きる。そんな予感が・・・・・・」

 と、レザンは重々しく言った。

シャイン「分かりました。レザン中佐、今までお世話になりま

した」                     

 と言い、シャインは敬礼をした。


 二日前。王都クルセリア、パンデミア王宮にて。

 ノワール・アナトール中佐はシャインを待ちわびていた。

その為(ため)、こうして王宮前に立って、待っていたのだった。

 しかし、着任時間の十分前になっても、シャインは現れなかった。そして、三分前になりノワールが王宮内に戻ろうとした、

まさにその時、シャインが駆けてきた。

ノワール「遅い!何をしていた!」

シャイン「申し訳ありません」

ノワール「言い訳(わけ)をいってみろ」

シャイン「暴走能力者と遭遇(そうぐう)し、これを鎮圧してました」

ノワール「あのねぇ、嘘をつくならもっとマシな嘘をつきな

さい」

シャイン「申し訳ありません」

ノワール「ハァ・・・・・・幻滅(げんめつ)したわ。ともかく付いてきなさい。

     編成は向こうで行うわ」

シャイン「了解」

 そして、シャイン達は王宮へと入っていった。


 中隊員が見守る中、ノワールとシャインは向かい合っていた。

シャイン「シルヴィス・シャイン大尉は、第一皇女・親衛中隊、

    勤務を命ぜられました」

 と、敬礼をしながら言った。

ノワール「ご苦労。現在時をもって、シャイン大尉を親衛中隊、

     第一小隊長と定め、編成をする」

 そして、中隊の編成はつつがなく行われた。


 ノワールの個室にシャインは招かれていた。

ノワール「久しぶりね。シャイン。プライベートで敬語は必要ないわ。私達、同期でしょ?」

シャイン「・・・・・・久しぶりね、ノワール」

ノワール「フフ。随分(ずいぶん)、出世したでしょ。私も本日付(づけ)で中佐(ちゅうさ)よ。

     28歳で中佐。新記録よ。しかも、女性でなんて、

     歴史に名が残るんじゃないかしら?」

シャイン「随分と出世したものね」

ノワール「何よ、その言い方。あぁ、そうよ。確かに貴方(あなた)の

     方が、はるかに国民にその名を知られて居るわ。

ニュクスの危機を、この五年間で三度も救った

んですからね。しかも、ニュクスの筆頭(ひっとう)騎士に

まで任命されるなんて」

シャイン「私以上の騎士は、この国にも居るわ。第一、私の

     能力値は、それ程、高く無いわ」

ノワール「だとしても国民は貴方(あなた)を最強だと思っている。

     でもね、シャイン。貴方の階級はこれ以上、あがる

     事はまず無いわ。死んで二階級特進とかならあるで

     しょうけど。貴方はもう出世コースから外れた。

     勲章の数は増えても、階級は上がらない。ねぇ、

     どんな気分かしら?惨(みじ)めなものね」

シャイン「私は自分を惨めだなんて思っていない。階級が何?

     何の意味がある?それは一つの目安になるかもしれ  ないけど、その人の本質なんかじゃない」

ノワール「何が言いたいの?」

シャイン「あんまり階級や地位に、こだわっていると、

それこそ惨めな想(おも)いをするわよ」

ノワール「どういう事よ?」

シャイン「私は軍に、こだわる気はないわ。私は国に尽(つ)くし

たい。でも、その方法は決して軍人としてだけではない。政治、経済、あらゆる面に、その道は開かれているわ」

ノワール「アハハ、やめるって事?軍を?貴方が?そう。

     これは傑作(けっさく)だわ。じゃあ、さようなら、シャイン」

シャイン「まだ、辞めるつもりは無いわ。国境警備が万全になったら少し身を退(ひ)こうと思ってるだけ。でも、ノワール。もし、私が政治家になり、成功してしまって、

     防衛大臣や首相府-長官に任命されたら、ノワール、

     軍人である貴方は、どれ程、階級が高くても、私に

     従う事になるのよ」

ノワール「な・・・・・・そ、それは本気で言ってるの?」

シャイン「さぁ、どうかしら。まぁ、私が言いたいのは、

     そうやって階級に捕らわれていると、いつか痛い目にあうわよって事。もちろん、軍隊の命令面において、階級は絶対だけどね」

ノワール「・・・・・・ともかく、明日、ラース-ベルゼの第一ゲート

     を経由してヤクト国へと赴(おもむ)くわ。着任早々(そうそう)、大変

     でしょうけど、支度(したく)しときなさい」

シャイン「了解」

ノワール「フン、もういいわ。もう下がりなさい」

シャイン「了解」

 そして、シャインは部屋を去って行った。

 部屋に一人、ポツンと残されたノワールは、気をまぎらわす

ため、テレビの電源をつけた。すると、ニュースがやっていた。

ニュース『・・・・・・で起きた、能力者の暴走を、我が国の

     筆頭騎士、シルヴィス・シャイン大尉

     が見事、怪我人を一人も出すこと無く、鎮圧されました。これに対し、アナハイム都長はシャイン筆頭騎士に対し、感謝の意を示すと共に・・・・・・」

ノワール「何なのよ、もうッ!」

 と、ノワールはヒステリックに叫び、テレビを消した。


 それから、翌日、シャイン達、親衛隊は第一皇女である

セレネ姫と共に飛行機でニュクス国からラース-ベルゼ国へと

向かった。

 そして、一行(いっこう)はラース-ベルゼで一晩を過ごした。それから、ラース-ベルゼに存在する、異世界への門、第一ゲートをくぐり、

異世界のヤクト諸島の北端部へと着いた。

(ここでは二つの世界が隣接しており、ゲートを通じてのみ

行き来出来る。一つの世界はラース-ベルゼやニュクスがある

世界。そして、もう一つはヤクト国のあるアークレイ世界だった)

それから、一行はヤクト諸島の北端から、中央部へと飛行機で移動した。

(ヤクト諸島の北端部、第一ゲート周辺はラース-ベルゼが占領している。ただし、国際法的にはヤクト国の領土である。

しかし、この北端部はラース-ベルゼにより実効支配されており、

許可証が無ければ行き来できない)


そして、シャインは回想を止めた。

車はヤクト国、首都エデンの帝都ホテル目前まで迫っていた。

 

・・・・・・・・・・

 一方、ヤクト国皇子、クオンは晩餐会(ばんさんかい)で、ぎこちなく

女性とダンスを踊(おど)っていた。

クオン(あーーーー、早く終わってくれーーー)

 と、クオンは心の内で悲鳴をあげていた。

 しかし、クオンとダンスを踊(おど)るため貴婦人達は順番待ちを

している程だった。それを手際(てぎわ)よくサムが整理していた。

サム「はい、お嬢(じょう)様(さま)、少々、詰めて下さいね。ダンスの邪魔に

   なってしまいます。こらこら、サリア婦人、割り込みは

   禁止ですよ。クオン皇子は逃げませんからねぇ」

クオン(勘弁(かんべん)してくれ。何か、サム、楽しんでるし・・・・・・)

 と、思いつつ、やっと、曲に区切(くぎ)りがついた。

 クオンは相手の女性に適当に返事をし、次の相手の方へ歩いて行った。

クオン(あぁ、またか)

 と、クオンは内心、ため息をついた。

 すると、司会の声が響いた。

司会「皆さん!突然のご来賓(らいひん)です!ニュクス国-

   第一皇女セレネ・ニュクス・フォルテ殿下と、

   親衛隊の皆さんです!」

 との司会の言葉に会場はどよめいた。そして、扉が開かれ、

セレネ姫と親衛隊・数名と侍女が入って来た。

 先頭はセレネ。その後ろにはスーツを着たノワールが。

その後ろには漆黒(しっこく)の鎧(よろい)と仮面を身に付けたシャインと、

鎧と兜(かぶと)を身につけた大男が付き添(そ)っていた。

さらに、その後ろでは侍女(じじょ)が申し訳なさそうに付いていた。

 それに対し、元からパーティーに参加していた者達は、あれこれと話し出した。

 

男A「オオ・・・・・・。あれはセレネ姫。まことに、お美しくなら

   れた」

男B「まさしく・・・・・・。しかし、もし、セレネ姫がクオン

   殿下(でんか)と御(ご)結婚(けっこん)なされるのなら、そのお子様も、さぞか   しお美しいのでしょうなぁ」

男C「まさに、それよ。この十年、親ラース-ベルゼである

ニュクスとは、我がヤクト国は、国交があまり無かっ

たが、ラース-ベルゼとの講話(こうわ)がなった以上、

セレネ姫との御婚姻(こんいん)もあり得るのだよ」

男A「そうなれば、ヤクトも王家も安泰(あんたい)というものよ」

三名「アッ、ハッハッハッハ」

 と、満足そうにしていた。

 

 一方、貴婦人達は、さながら宮廷(きゅうてい)スズメの如(ごと)く、さえずっていた。

女A「ねぇ、ご覧(らん)になって。あの方。バルボス・ベアボーン殿」

 と、女は親衛隊の一人の大男を見て言った。

女B「ええ、まさしく、神話の巨兵と呼ぶに、ふさわしい御方(おかた)

   だわ。ああ、何て、たくましいのかしら」

女C「後で是非(ぜひ)、武勇伝をお伺(うかが)いしなくては、いけないわ」

 との言葉に、他の二人も大きく、頷(うなず)くのであった


男D「しかし、ノワール嬢(じょう)が来られるとは」

男E「あぁ、お前、ファンだったもんな。俺はシャイン様だな、

   断然(だんぜん)」

男F「しかし、シャイン殿も、仮面で顔が見えない。ここは

   仮面舞踏会ではないというのに」

男D「それも配慮(はいりょ)なんじゃないのか?」

男E「というと?」

男D「シャイン殿はセレネ姫と同じく銀髪の美女だ。いや、

その素顔を俺は見た事は無いのだが。だが、絶世(ぜっせい)の美女であるという噂(うわさ)だ。もちろん、セレネ姫も、お美しい。

   しかし、両者が並んでしまうと、こういった言い方は

   不敬かもしれんが、シャイン殿がセレネ姫を喰ってしまう形になるやもしれん」

男F「成(な)る程(ほど)。主君より目立つのは確かにまずいな。それ故(ゆえ)の

   配慮というわけか」

男E「かもしれんな。ただ、シャイン様は元々、目立つのを

嫌うたちだ。まぁ、そこがイジらしくて、またいいんだ」

男D「しかし、あの侍女(じじょ)もまた、中々(なかなか)に可愛らしい。

   ニュクスは美女が多いと聞くが、まことだな」

男F「ニュクスは女系、ヤクトは男系。これはよく言われる

   事ではあるがな」

男E「ニュクス王家もヤクト王家も、元を辿(たど)ればクロス王に

   繋がる。クロス王の第一皇女がニュクスへ。

   そして、第二皇子がヤクトへ。その因縁(いんねん)なのだろうな」

男D「しかし、本家であるラース-ベルゼでは王家は途絶(とぜつ)した。

   何の因果(いんが)かな・・・・・・。今この三国の重鎮(じゅうちん)がヤクトに

   集(つど)うというのは」

男E「そういう小難(こむずか)しい話はやめだ。ともかく、一段落(ひとだんらく)したら

   声を掛けてみよう」


 すると、大きなドヨメキが、あがった。

 クオンとセレネ一行が、ついに接触したのだった。

セレネ「ご機嫌(きげん)うるわしゅうございます。クオン皇子(おうじ)殿下(でんか)。

    本日は、こうして謁見(えっけん)の機会を得られた事、真(まこと)に

    心よりの慶(よろこ)びにございます」

クオン「・・・・・・、はっはい。セレネ姫殿下も慣れぬ長旅で、

    お疲れでしょう。旅の疲れを、お癒(い)やし下さい」

サム[皇子、それでは帰って休んでろという意味になりますよ。

   それと、姫殿下じゃなくて皇女(おうじょ)殿下です]

 と、サムは小声でクオンに耳打ちした。

クオン「ゲッ・・・・・・。皇女殿下、宴(うたげ)はまだ始まったばかりです。

    ごゆるりと、お楽しみ下さい」

セレネ「はい。もったいないお言葉、殿下の篤(あつ)きタマモノと、感謝致します」

クオン「はっはい。あ、あの。セレネ姫。あまり堅苦(かたくる)しいのは

    抜きにしませんか?この宴は、より広く開かれている

    わけですし」

セレネ「これは申し訳ありませんでした。では、クオン

皇子。お久しぶりです。もう十年になりますね」

クオン「え・・・・・・あ、はい・・・・・・。そうでした」

 すると、侍女(じじょ)がセレネに耳打ちした。

セレネ「クオン皇子、申(もう)し訳(わけ)無いのですが、スピーチが

    あるようなのです。お話したい事は、積もり積もって

    いるのですが・・・・・・。どうぞ、お許し下(くだ)さい」

クオン「あ、いえ。お気になさらず。で、では、後(のち)ほど」

セレネ「はい。では、よしなに」

 と言い残し、セレネは去って行った。

クオン「ふぅ。よし。乗り切った」

 と、クオンはホッとしながら、呟(つぶや)いた。


それからセレネのスピーチが始まった。

 そんな様子をクオンとサムは見つめていた。

 すると、仮面を付けた女、シャインがクオンのもとへ、

歩いて来た。

シャイン「皇子殿下、少し、よろしいでしょうか?」

クオン「あ、はい。あ、貴方(あなた)は」

シャイン「シルヴィス・シャインと申します。このような格好

     で申(もう)し訳(わけ)ありません」

サム「これはシャイン殿。貴公の武勇伝は聞き及んでおります。ニュクス国の筆頭騎士であり英雄である貴公とこうして

   相まみえる事が出来、光栄の限りです」

シャイン「こちらこそ光栄です。護衛官サム殿」

 そして、サムとシャインは握手を交(か)わした。

クオン「あ、あの、どうかなされたのですか?」

シャイン「いえ。実は、スピーチが終わり次第(しだい)、セレネ姫-殿下を先に離宮に-お連れする事となりまして」

サム「どうかなされたのですか?」

シャイン「いえ、どうも見たところ、セレネ姫殿下も-お疲れの

     ご様子ですし。今、お体に障(さわ)りがあっては、いけませんから」

サム「なる程(ほど)。では、すぐに手配させましょう」

シャイン「ありがとうございます。それと、皇子殿下、セレネ

     姫殿下とのご歓談は、また後(のち)の機会となられる事を、

     お許しください」

クオン「い、いえ。お気になさらず。あっあの・・・・・・」

シャイン「どうかなされましたか?」

クオン「ファ、ファンなんです。サインを」

サム「皇子・・・・・・。冗談ですよね」

クオン「え?俺は本気で・・・・・・」

サム「シャイン殿。申(もう)し訳(わけ)ありません。お気になさらないで

下(くだ)さい」

シャイン「はぁ・・・・・・?では、サム殿」

サム「ええ。では、皇子殿下、しばらく離れます」

クオン「あ、うん・・・・・・」

 すると丁度(ちょうど)、セレネのスピーチは終了した。

シャイン「では、皇子殿下、失礼いたします」

と言って、シャインはサムと共に、セレネの方に向かって

行くのだった。すると、シャインとノワールが何かを言い合

っているように見えた。

それから、セレネ姫は護衛やサムと一緒に場を後にするの

だった。

 だが、セレナ姫が退出した後も、シャインはパーティ会場に残っていた。そしてシャインは手持(ても)ち無沙汰(ぶさた)に夜景を眺(なが)め入(い)っていた。

 不思議に思ったクオンは、サムも居ない事だしシャインに近づいていくのだった。

クオン「あ、あの。どうしたんですか?」

シャイン「これは皇子殿下。いえ、実は上司であるノワールに

     会場に残るように命じられまして」

クオン「あ、そうだったんですか」

シャイン「私としてはセレネ姫のお傍(そば)に付(つ)き添(そ)いたかったのですが・・・・・・」

クオン「確かに心配ですよね」

シャイン「はい」

 そして、二人の間に奇妙な沈黙が生じた。

クオン「や、夜景、綺麗(きれい)ですね」

 と恥ずかしそうにクオンは声を掛(か)けた。すると、シャインは

心なしか、わずかに微笑(ほほえ)みを見せた。

シャイン「はい。この国は豊かですね。治安も良いですし。

羨(うらや)ましい限りです」

クオン「そ、そうかもしれませんね。あ、そうだ。あ、あの。

    よければサイン・・・・・・もらえますか?」

シャイン「・・・・・・分かりました。あまりサインはしないので、

     上手く出来るかは分かりませんが」

クオン「は、はい。じゃ、じゃあ、この手帳にでも」

 そう言って、クオンは小さな手帳を取り出した。

 手帳を恭(うやうや)しく受け取り、シャインは少し戸惑(とまど)いながらも

サインをするのだった。

シャイン「こんなもので宜(よろ)しいでしょうか?」

クオン「は、はい。ゆ、夢のようです。本当に前からファンでして」

シャイン「光栄の限りです。ただ、この事は内緒にしてくださいね」

クオン「あ、はい。二人だけの秘密ですね」

シャイン「?ま、まぁ。そうですね」

 とシャインは微(かす)かに首を傾(かし)げるのだった。

 それから二人はとりとめの無い会話を続けるのだった。

 この時、クオンは不思議な感覚に陥(おちい)っていた。

 妙な既(き)視感(しかん)とでも呼ぶべきであろうか?

 しかし、それも当然なのであった。

 シャインとクオン。この二人は遠い前世から幾度となく

出会い続けていたのだから。

 無意識の内(うち)に、クオンはそれに気付いて居たのだった。

 そして、それはシャインも同じなのである。


・・・・・・・・・・

 翌朝、クオンは部屋でソファに座ってソワソワしていた。

サム「皇子、皇子は朝にアニメのある日曜日と土曜日は、パッ

   と起きて、すぐに支度を終えますよね」

クオン「まぁね」

サム「平日もそうあって欲しいものです。起こす身としては」

クオン「まぁ、それよりさ。これから《トリー》のアニメ

    が始まるんだよ。ちなみに第一部の最終話。

これは見逃せないよ」

サム「ほんと、皇子は好きですねぇ」

クオン「まぁまぁ、サム、一緒に座って見ようよ」

サム「では、お言葉に甘えて」

 そして、サムもソファに腰を落ち着けた。

サム(しかし、皇子とアニメを見るのは一ヶ月ぶりくらいですかねぇ?そう、あの時は・・・・・・) 

 そして、サムは一ヶ月前に思いをよせた。


一ヶ月前。

 クオンは《トリー》のアニメを

見ていた。(子供向け番組。小学生向けアニメ)

クオン「うう、ううううう」

 と、クオンは、むせび泣いていた。

 サムが渡したティッシュ箱の中身は、どんどんと消費されて

いった。

クオン「トリーちゃん。良い子過ぎる。ウサちゃんも・・・・・・」

 と、クオンは頷(うなず)いた。

 そして、しばらくしてエンディング・テーマが流れ出した。

テーマ『モフ、モフ、モフ、モーフ、モフ・・・・・・・』

 という曲に会わせてクオンも、

クオン「モフ、モフ、モフモー」

 と、歌っていた。

 それに対しサムは頭を抱えた。

サム(ケルサス陛下、申し訳ありません。サムは皇子の育て方

   を間違えました。時期(じき)、二十歳だというのにモフモフ

   言ってるなんて・・・・・・)

 と、サムは心の中で嘆(なげ)いた。

 すると、エンディング・テーマも終わり、次回予告的な

コーナーに移った。そのコーナーでは登場人物の一人、イリナ

(治癒(ちゆ)術士(じゅつし)の女性)が司会を務めていた。

イリナ『イリナだよ。さて、ここで問題だよ。ツンツン

    すると、ポンッとしちゃう子、だーれだ?

    チッ、チッ、チッ、チッ

答えはポンちゃん。次回、[城塞(じょうさい)の浮上]。内容は

    来週まで、ひみつ、だよ』

サム(これ、答え言ってないか?)

などというサムの心の内(うち)での突っ込みも余所(よそ)に、番組は終了した。そして、その後、クオンによるアニメの考察を聞くハメと-なったのだった。


 サムは回想から戻り、テレビに集中した。

 しかし、まだアニメは始まりそうになかった。

サム「ところで、皇子。そろそろ番組が始まっても-いい頃では?」

クオン「え?あれ?アッ、これES(衛生放送)の番組だ。

    地デジにかえないと」

 と言って、クオンは慌てて、リモコンで操作した。

クオン「ああ・・・・・・よかった。まだ、始まってなかった。フゥ。

    あっ、そうだ。サム、これ終わるまで、音をたてるの

    禁止にしよう。お互い貧乏(びんぼう)ゆすり-も我慢(がまん)しよう」

サム「・・・・・・はい」

サム(皇子・・・・・・貧乏ゆすり-するのは皇子だけです)

 と、サムは内心つっこむ-のを忘れなかった。


 そして、アニメが始まった。

 クオンは瞬(またた)き一つせず、見入っていた。

 画面には地(ち)鳥(どり)(大きな鳥)のトリーと、羽ウサギのウサ

が映っていた。

さらに二匹に対し、巨大なモンスター、ファングスが対峙(たいじ)

していた。

 トリーとモフは、ぼろぼろで、特にトリーは立ち上がる事

すら出来なかった。

ファングス「ハッハッハッ。お前達も、ここで終わりだ!」

 と、悪役らしい台詞(せりふ)をはいた。

トリー「そんなぁ」

 と、トリーは、真(ま)に受けてしまった。

ウサ「トリーちゃん。諦(あきら)めちゃ駄目だよ」

トリー「う、うん。でも・・・・・・」

 すると、壁に穴が空いて、中から黒騎士の女が出てきた。

トリー「黒騎士さん!」

ファングス「何!あの罠を抜けて来ただと。しかも、壁を壊し

      てくるとは、何て卑怯(ひきょう)な」

黒騎士「うるさい。お前には言われたくない・・・・・・。

    それより、トリー、何をやってる・・・・・・。

    村を守るんじゃなかったのか?」

 と、言いつつ、黒騎士は片(かた)膝(ひざ)をついた。

ウサ「黒騎士さん」

 ウサは黒騎士に駆け寄った。

ファングス「フン・・・・・・何しに来た。この雑魚(ざこ)人間が」

 と、ファングスは冷たく言い放った。

トリー「クーーーーーーー」

 と叫び、トリーは必死に立ち上がった。

ファングス「な、何―――――――。」

トリー「黒騎士さんを、馬鹿にするなーーーーーー」

 と叫び、トリーはファングスへと体当たりした。

 次の瞬間、辺りは白い光に包まれた。


 

そこでCMが入った。

クオン「やばい、やばすぎる・・・・・・」

サム「子供向けにしては中々、やりますね」

クオン「ああ。それにしても、Aパート(前半)だけで、

こんなに長く感じるなんて・・・・・・」

 そして、CMが終わり、後半のBパートが始まった。



ファングス「グワ――――!なっ、何だ。この技は・・・・・・」

黒騎士「あれはエスケープ・アタック。逃げれば逃げるほど、

    威力が強くなる技」

ウサ「トリーちゃん、すごいモフ」

トリー「えへへ」

ファングス「クゥ・・・・・・弱虫ほど、強くなる技か・・・・・・」

黒騎士「違う!トリーは相手を、なるべく傷つけたくないんだ。

    だから、なるべく戦わずに逃げ続けたんだ」

ファングス「ク・・・・・・そのくせ、いざとなると攻撃してくる

      わけか」

黒騎士「誰かを守る為(ため)に戦う必要もある。トリーは自らの信念

    を曲げてまで、村を守ろうとしたんだ」

ファングス「・・・・・・フン、もういい。疲れた・・・・・・」

 すると、トリー達の居る浮遊城が揺れ出した。

ウサ「なっ何、モフ?」

ファングス「大方(おおかた)、そこの黒騎士が、この城の動力部を壊して

      しまったんだろう。もう、この城は落ちる・・・・・・」

トリー「そ、そんなぁ・・・・・・」

ウサ「大変。早く逃げなきゃ」

 すると、天井から次々とガレキが降ってきた。

黒騎士「トリー、何やってる。早く、こっちへ来い」

トリー「でも、このままじゃ、ファングスさん、潰れちゃうよ」

 ファングスは動けそうになかった。

ファングス「ハッ!この馬鹿!」

 と言って、ファングスは最後の力を振り絞り、トリーを突き飛ばした。次の瞬間、大量のガレキがトリーの居た場所に降り注いだ。ファングスはガレキの下敷(したじ)きになっていた。

ウサ「トリーちゃん、大丈夫?」

トリー「うん、でも、ファングスさんが・・・・・・」

 すると、ガレキの中から声が聞こえた。

ファングス「もういい・・・・・・早くあっちへ行け・・・・・・。クソ、

      優しくするなよ・・・・・・戦えなくなるだろ・・・・・・」

トリー「ファングスさん・・・・・・」

ファングス「早く、行けって・・・・・・言って、るんだ」

トリー「でも」

黒騎士「ファングス、トリーを助けてくれた事には感謝する。

    ありがとう」

ファングス「・・・・・・・うるせぇ・・・・・・さっさと、いっち、まえ」

黒騎士「ああ」

 そして、黒騎士はトリーを頑張って抱え、去って行った。

トリー「ファングスさーーーーん!」

 トリー達が出ると、ほぼ同時に、部屋はガレキに埋もれた。


 黒騎士達は飛翔(ひしょう)艇(てい)の元に辿(たど)り着くも、飛翔艇は壊れていた。

トリー「ファングスさん・・・・・・」

モフ「モフ・・・・・・」

黒騎士「駄目だ。ガレキで安定翼がやられてる。これじゃ、

    飛ばしてもすぐ、バランスを崩して落ちてしまう」

トリー「・・・・・・」

黒騎士「すまない。私のせいだ。私の浅(あさ)はかな行動のせいで」

ウサ「ううん。黒騎士さんは悪くない」

黒騎士「・・・・・・すまない。だが、このままじゃ、海に激突だ」

ウサ「ウサも魔力切(ぎ)れで、もう飛べない・・・・・・」

黒騎士「打つ手なしか」

 浮遊城は段々と高度を下げていた。

トリー「クー!モフちゃん、黒騎士さん!

私ね、飛べる気がする!」

ウサ「モフ?」

黒騎士「・・・・・・信じていいのか?」

 との黒騎士の言葉にトリーは、うなずいた。

トリー「・・・・・・頑張(がんば)る!」

黒騎士「分かった」

 そう言って、黒騎士はトリーの頭を優しく撫(な)でた。

 そして、黒騎士とウサはトリーの上に乗った。

 黒騎士は全ての装備をパージ(解除)し、身を軽くした。

黒騎士「最悪、私が途中で降りるから、二匹だけで飛べ。

    いいな」

トリー「ううん、ずっと一緒」

ウサ「一緒・・・・・・」

黒騎士「・・・・・・お前達・・・・・・。よし、行こう!」

トリー「クーッ!」

 そして、トリーは勢いよく駆け出して行った。

トリー「クーーーーーーーー!」

 と叫び、トリーは空へと飛び出して行った。

 しかし、すぐにトリーは落ちていった。

トリー「クー~~~~~~~~~!」

ウサ「モフ~~~~~~~~~!」

黒騎士(ああ・・・・・・駄目か・・・・・・)


 薄れ行く意識の中、トリーはかつての情景を見た。

 そこにはトリーのお爺さんのジイジ・地(ち)鳥(どり)が居た。

ジイジ「トリーや。ジイジはな。昔は空を飛ぶ事が

    出来たんだよ」

トリー「すごーーーーい。ジイジ、すごーーーーーい」

ジイジ「トリーも、きっと飛べるようになる日が来る。

    いつか・・・・・・いつか・・・・・・、その時は、ジイジが

    見守っててあげるからね」

トリー「うん」


消えゆく意識の中、空か海か分からない青の中、トリーは

ジイジ・地(ち)鳥(どり)の後ろ姿を確かに見た。

『ほら、トリー、風を感じてごらん。

 風はトリーと共にあるよ』


トリー(ジ、イ、ジ・・・・・・?)


 そして、トリーは大空を飛び立っていた。

ウサ「あれ・・・・・・?」

黒騎士「これが・・・・・・空-地(ち)鳥(どり)」

トリー「クーーーーー!飛べた。飛べたよ。モフちゃん、

    黒騎士さん!ワーイ、ワーイ」

黒騎士「こ、こら、あんまし、はしゃぐな。落ちる」

トリー「ご、ごめんなさい」

黒騎士「いいよ。ありがとね。トリーちゃん・・・・・・」

トリー「クー」

トリー(ジイジ・・・・・・ありがとう)

 そして、トリーは陸地へ向かって飛び続けた。


 陸からは空中要塞(ようさい)でもある浮遊城が崩れていくのが見えた。

イリナ「トリーちゃん、ウサちゃん、黒騎士さん・・・・・・」

サキナ「・・・・・・」

トロン「あいつら」

機械人形「?あれ・・・・・・」

 と言って、機械人形は空の一点を指し示した。

 砂粒のようにしか見えないそれは、確かにトリー達だった。

ポン「あれは・・・・・・」

イリナ「トリーちゃん達?」

ワーベア「オーーーーーーイ!

 ワーベアは砂浜を海めがけて駆けて行った。

 それに皆(みな)も続き、皆、海の中に膝(ひざ)までつかった。

トリー「みんなーーーーーーー!」

 その声と姿に、イリナはハンカチで涙をぬぐった。

 そして、トリーは海へと降り立った。

 黒騎士は颯爽(さっそう)とトリーから降りた。

 イリナはトリーとモフに抱きついた。

イリナ「バカ・・・・・・バカ・・・・・・心配したんだよ」

トリー・ウサ「ごめんなさい・・・・・・」

イリナ「でも、いいの。無事に帰ってきてくれたから。

    黒騎士さんも」

黒騎士「シャインだ・・・・・・私の名前はシャイン・・・・・・」

 その黒い髪が潮風(しおかぜ)でなびいていた。

イリナ「シャイン・・・・・・光の勇者・・・・・・」

トリー「シャインさん」

ウサ「シャイン、お姉ちゃんだモフ。わーい、だモフ」

トリー「お姉ちゃん」

シャイン「もう、何でもいいわ・・・・・・はぁ」

 と言いつつも、シャインは二匹を撫(な)で撫(な)でした。

トロン「ともかく宴(うたげ)だ!ハッハッハッ!これ程(ほど)、めでたい日は-ないぜ!ハッハッハッ!」

 とのトロンの言葉に、皆、笑顔を見せた。


 それから、しばし月日が過ぎた。

イリナ「本当に、もう行くの?」

シャイン「ああ、この世界の謎を解き明かさないとな。

    それに、前にファングスが言ってた言葉も

    気になる」

イリナ「そう・・・・・・、気をつけて」       

シャイン「ああ」

トリー「行こーーー、シャインお姉ちゃん」

ウサ「シャインお姉ちゃん」

シャイン「ああ・・・・・・。行こう、二人とも」

 そして、シャイン達はイリナ達に別れを告げて、

旅だって行った。


イリナ「・・・・・・寂(さみ)しくなるなぁ」

 イリナは海岸で一人、トリー達が見えなくなっても、

残っていた。

 しかし、意を決し、家へと歩いて行った。

 すると、モンスターの卵が木の陰(かげ)に落ちていた。

イリナ「これって・・・・・・」

 すると、卵にヒビが入り、中からモンスター、ハイリス

(リスに似た魔物)が出てきた。

 イリナの目には、その姿がファングスに、かぶって見えた。

イリナ(ああ、この子はファングスの生まれ変わりなのね)

 と、イリナは直感した。

ハイリス「いじめる?」

 と、小さなハイリスは、泣きそうになりながら、聞いてきた。

イリナ「いじめないよ・・・・・・」

 と言い、イリナは優しくハイリスを抱きしめた。

 そして、運命が変わった。ハイリスがファングスになる事は

無くなった。ファングスのイメージは消え、ただ泣き笑いする

ハイリスの姿のみが、そこにはあった。

イリナ「さ、私の家においで。一人で寂しかったところなの。

    一緒に暮らしましょうね」

ハイリス「うん・・・・・・」

 そして、イリナはハイリスを抱(だ)きしめながら、海岸線を

歩いて行った。


 いつの間にか、エンディング・テーマが流れ出していた。

サム(み、見入ってしまった・・・・・・。って、クオン皇子

   また、泣いてるし。まぁ、今回は分かりますけどね)

クオン「やばい、やばいって。これは、やばい。絶対に

    円盤(DVD)買うしかないって。

アニメはヤクトの文化だ!まさしく!

    うぅ、それにしてファングス、よかったなぁ。

    本当、いや、ほんと」

 と言いながら、クオンは何度も、うなずいた。

サム「しかし、あの黒騎士。ニュクスの

シルヴィス・シャイン、筆頭騎士を意識してますよね?

   彼女もジョブ(戦闘職業)は黒騎士ですし。

   シャインなんて呼び方もまさしく、同じですし」

クオン「あぁ、それは脚本家の人がシャインさん、の知り合い

    なんだよ、確か。それで、モチーフにしてるって」

サム「成(な)る程(ほど)、どうりで」

 と、サムは納得した。


そして、しばらくして、ようやくクオンは落ち着いた。

クオン「さぁ、サム!今日の公務は何だ?」

サム「どうしたんです?急に、そんなに張り切って。正直、

   気持ちが悪いですよ?」

クオン「いやいや、俺は気付いたんだ。人間やれば出来るって。

    『トリーちゃん』だって、そうだったろ」

サム「まぁ、そうかもしれませんねぇ」

サム(地(ち)鳥(どり)は鳥ですけどね)

クオン「それでさ、俺も、ちょっとくらいの公務で弱音は

    はいてられないなって」

サム「そうですか。本日は10時から帯剣の儀の予行演習が。

   12時からムガール国-大使夫妻との会食が、ムガール

   大使館にて、あります。ちなみに今回は古代ムガール

   時代よりの伝統料理が出される-との事です。さらに、

   会食後、ヤクト創立期に商館長であった、グン・レイ

   の住居(じゅうきょ)跡(あと)を大使夫妻の案内の元(もと)、訪れるそうです」

クオン「分かった!」

サム「その意気です。まぁ、ムガール料理はパッパと出てきま

   すから、食事と観光-含めて、3時には終わるのでは

   ないかと思いますね」

クオン「しかし、何か、向こうの、お偉いさんの話を聞いてる

    とさ、最近、ヤクトの在外-大使館とかの料理の味が

    落ちてるって話だけど」

サム「ヤクトの在外公館は予算、減らされてますからねぇ。

   特に今の与党、社国党は小さい政府を目指してますし。

   もっとも、福祉(ふくし)とかには力、入れてますけど・・・・・・」

クオン「へぇ、そうなんだ。他の予定は?」

サム「七時より、緑の会、主催のバイキング形式のパーティー

   が、ヘキサスのアニバーサリー・ホールにて開かれますので、それに参加を」

クオン「何それ?緑?」

サム「はい。人工魔石の原料は木ですからね。ラース-ベルゼを

   緑化させようという団体です」

クオン「何それ?環境、エコ団体じゃないの?」

サム「違いますね。ただ、ヤクト政府の補助金を受けており、資金力がある為、かなり、豪勢(ごうせい)な食事や演出が期待

   出来ると思いますよ。ウチの宮廷料理人も出ますし」

クオン「へぇ、そうなんだ」

サム「さてと、本日の予定は以上です。一応、パーティーの-

   閉会時間は10時の予定です。それと、ムガール大使館

   を出てから、ヘキサスのアニバサリー・ホールでの-

   パーティーに参加するまで、移動時間を除き、恐らく

   三時間はあるのではないかと思います。その間は

   自由時間という事になりますね」

クオン「本当か?なら、ファス達と会っていいのか?」

サム「はい。問題ありません。私としても警護が楽に

   なるので助かりますよ」


 そして、ムガール大使との歓談が思ったより早く、かつ、

つつがなく終わった為(ため)、クオンは三時半頃、自由行動

として、帝都大学に着いた。

 帝都大学の一般開放広場にて、三人の男達がクオンを

待っていた。

一人は銀髪で軽快そうな青年、ファス(ファラウス)。

 一人は無精(ぶしょう)ヒゲを生やした、体格のいい、そして、南方の

血が混じっているのが分かる青年、リグナ(リグナラス)。

 最後の一人は知的な印象な、それでいて、よく見ると

かなり体格のよい-長髪でゴーグルをかけた青年、アグリオ、

であった。

 この三人は、幼少期よりのクオンの悪友であり、信頼の置ける仲間であった。さらに、三人とも、それぞれ種類は違うとは

いえ、クオンに勝(まさ)るとも劣(おと)らぬ美(び)男子(なんし)であり、クオン

を含むこの四人が一度(ひとたび)-町を歩けば、道行く女性は皆-振り返ると

言っても過言ではなかった。


クオン「おーい、お前ら!」

 と、クオンは声をかけた。

ファス「あっ、クオン」

リグナ「やれやれ、ようやく、お出ましか」

クオン「いやー、ムガール大使夫妻に気に入られちゃってさ。

    食事は思ったより早く終わったんだけどさ。なんかさ、

    ジャンケンとか教えてた」

リグナ「ああ、ムガールではジャンケンの文化が無いもんな」

クオン「そう言えばリグナの亡くなられた、お婆(ばあ)さんって、

    ムガールから嫁(とつ)いできたんだよな」

リグナ「ああ。ジジイが一目(ひとめ)惚(ぼ)れして連れてきたんだよ。

    全(まった)く」

クオン「へー、そうだったんだ」

サム「ちょっと、いいですか?クオン皇子殿下、親衛隊

   隊長アグリオ・アルマ。警護の任を現在時、15:33

   において、貴官に引き継ぐ。よろしいか?」

アグリオ「了解。アグリオ・アルマ、引き継ぎの任、確認しました」

サム「では、皇子、それにインペリアル・ガード(王族-親衛隊)

   の諸君(しょくん)、しばし、楽しんで下さい。まぁ、時間が来たら

   迎(むか)えに来ますから、18:00までには、ここに居て

   下(くだ)さい」

 そして、サムは去って行った。


クオン「ハァーーーーーー。解放されたぁーーー」

ファス「お疲れ、クオン」

クオン「ところで、お前ら見たか?今日のトリー」

アグリオ「ええ。見させて頂(いただ)きました」

リグナ「いや、まさしく第一部-完って感じだな。第二部

    が楽しみだぜ」

ファス「僕も見たよ。ファー、今日は、ほとんど寝てないから

    あんま頭に入らなかったけど」

クオン「もったいないなぁ」

ファス「まぁねぇ。それよりも、聞いたよ。昨日の晩餐会(ばんさんかい)。凄(すご)かったんだって?セレネ姫に、ノワール中佐?に、筆頭騎士シャイン、それに、巨兵バルボス。これだけの-

人物がニュクスからやって来るなんて」

リグナ「そーいえば、お前も生まれは、ニュクスだったな」

ファス「心はヤクト人だけどね」

クオン「あっそうだ。それだ。昨日さ。シャインさん-と、

    しゃべっちゃったよ」

リグナ「マジかよ!どうだった?絶世の美女って噂だろ?」

アグリオ「しかし、ネットでは昨日の晩餐会(ばんさんかい)も仮面をかぶって

     いたとの事ですよ」

クオン「まさに、その通りだった」

リグナ「何だよ、はぁ」

ファス「リグナ、シャインみたいなのが好みなの?」

リグナ「やっぱ、胸がある程度-ないとな」

 そう言って、リグナは自分の胸板をポンポンと叩いた。

アグリオ「はぁ・・・・・・」

リグナ「で、何しゃべったんだ?」

クオン「え、いや、まぁ、色々」

リグナ「なんだ、そりゃ」

クオン「ほんの少し、話しただけだし」

ファス「何か、怪しいけど、まぁいいや」

リグナ「しかし、シャインか。そう言えば、前、そっち系の

ビデオで、シャイン似の女優が出てくるヤツがあったんだよな」

ファス「好きだね、リグナも」

リグナ「うるせぇ。シャイン似って言っても、仮面をつけて

    たから、本当に似てるかは分からないんだけどよ。

    まぁ、いいや。それでさ、その女優さ、腹筋が-

    割れて無かったんだよ。シャインは絶対、腹筋、

    割れてるだろ?」

アグリオ「でしょうねぇ。彼女は能力者ですから、一般兵と

     比べて、筋肉はそれ程(ほど)ついてませんが、それでも

     腹筋くらいは割れてるでしょうからね」

ファス「能力者は筋肉、付けすぎると魔力制御が難しくなる

    からね」

リグナ「過ぎたるは及(およ)ばざるが如(ごと)しってな」

クオン「楽でいいけどね。能力の訓練に加えて、厳しい筋トレ

    なんて、大変だし」

アグリオ「まぁ、それでも、ファスやクオンは少し筋肉が

     足りませんよ。もう少し、筋肉をつけないと。

     プロテインでも飲んで」

ファス「うう・・・・・・耳が痛い」

リグナ「アグリオは脱(ぬ)ぐと凄(すご)いからな」

クオン「脱(ぬ)ぐと凄(すご)い・・・・・・」

リグナ「クオン・・・・・・お前、何(なん)かアホな事、考えてるだろ?」

クオン「い、いやいや・・・・・・・」

ファス「それに比べて僕は、あんまり筋肉が付きやすいタイプ

    じゃないんだよなぁ。まぁ、やるけどさ。有事(ゆうじ)に

    備(そな)えて」

リグナ「さて・・・・・・じゃあ、下町に行こうぜ」

クオン「え?いいのか?」

リグナ「え、だって、サムさんがアグリオに引き継いだの

    って、そういう事じゃねぇのか?なぁ、アグリオ」

アグリオ「うーーん、まぁ、電車移動が往復で二十分として、

     二時間ありますからねぇ」

クオン「じゃあ、いいのか?」

アグリオ「はい」

ファス「よっし、じゃあ、クオン。パッパと下町に行こう!」

 そして、四人は帝都大学前駅から、ヴァーレ駅へと向かうの

だった。ちなみに、SP達は隠れてクオン達を追っていたので

あった。(サムを除く)


クオンはサングラスとマスクをしてヴァーレ街を歩いていた。

ファス「うわ、明らかに怪しい人」

クオン「そんな事、言われても・・・・・・ん?」

 クオンは目の前を歩いてくる日傘(ひがさ)を差した男と、目が合った気がした。クオンは男の瞳に冷たい炎を見た気がした。しかし、何事(なにごと)も無く、男はすれ違って行った。

クオン「・・・・・・今の・・・・・・」

ファス「ん?あー男が日傘、差すなんて珍しいよね」

アグリオ「まぁ、紫外線に弱い人も居ますから。それに、

     老化防止やハゲ防止にも、いいでしょうし。

     あと、夏なら熱中症-対策にもなりますね。正直、

     体の弱った老人には、差(さ)して欲しいものです」

アグリオ「もっとも、あれだけ大きい傘(かさ)だと、通行の邪魔(じゃま)で

     したけどね。まぁ、恐(おそ)らく、折りたたみ傘(がさ)くらいの

     大きさが丁度(ちょうど)いいのでしょうね」

リグナ「しかし、ありゃ、ただ者じゃないぜ。足音が全く

    しなかった」

アグリオ「ですね」

クオン「まぁ、いいや。ともかく軽く何か食べないか?」

ファス「でもいいの?夜、豪勢(ごうせい)なんじゃなかったっけ?」

クオン「それがさ、昼、あんま食えなかったんだよ。食事さぁ、

    お酢(す)、使いまくっててさぁ」

リグナ「そりゃ、災難だったな。まぁ、ムガール料理は

    ヤクト人の口に、あんまし合わないからな」

クオン「リグナの家で食べたのは、おいしかったけどな」

リグナ「嬉しい事、言ってくれるぜ。まぁ、ウチのジジイ

    が口うるさく指導したんだよ。ヤクト人の口にも

    合うようにって」

クオン「成(な)る程(ほど)」

アグリオ「しかし、ムガール大使館も気の毒に。クオンの

     偏食(へんしょく)のせいで、気まずかったでしょう」

クオン「いや、それが、そーでも無かったんだ。大使夫妻は

    二人とも気さくな人でさ。南方(なんぽう)系(けい)の温かさってヤツ

    かなぁ?」

リグナ「まぁ、何にせよ。仲良く出来てよかったじゃねぇか」

クオン「ああ」

ファス「あっ、クオン、タコ焼きがあるよ」

クオン「よし、ファス。どっちが早く食えるか勝負しようぜ!」

ファス「いいねぇ」

リグナ「お前等(まえら)、マジで喉(のど)につまらせんなよ。タコ焼き喉(のど)に

    詰(つ)まらせて死亡とか、洒落(しゃれ)になってないからな」

アグリオ「後世に名を残すでしょうね。歴史上、唯(ただ)一人(ひとり)、

     タコ焼きを喉に詰まらせて死んだ皇子として」

クオン「うう・・・・・・。気をつける」

 そして、クオンとファスはたこ焼きを買い、一気に食べ出した。しかし、数十秒後、喉(のど)にたこ焼きを詰(つ)まらせるファスの姿

が、そこにはあった。

ファス「ゴホッ、ゴホッ。マジ、死ぬかと思った」

 と、ジュースを片手にファスは言った。

リグナ「言わんこっちゃない」

アグリオ「アホですね」

ファス「クゥ、反論できないのが悲しい」

クオン「俺の勝ちだ」

ファス「っていうかさ、誰か一人くらい心配してよ!」

クオン「あっ、ああ。大丈夫か?」

ファス「まぁね」

アグリオ「やれやれ。ム・・・・・・。あんな所に射的(しゃてき)が、全員で

     やりましょうか?」

ファス「へぇ、アグリオ。ジョブ(戦闘職種)がガンナーの僕と

勝負するつもり?」

アグリオ「フッ、ハンデは要りませんよ」

ファス「へー、そんな事、言っていいんだ?アグリオのジョブ

    は灰-魔導士で、何でも屋だけど、プロフェッショナル

    には敵わないんじゃないの?」

アグリオ「なら、試してみましょう」

 そう言って、アグリオはゴーグルをクイッとした。


 そして、四人で勝負をしたが、結果はアグリオの圧勝だった。

ファス「そんな・・・・・・。僕から射的を取ったら何が残るって

    いうのさ・・・・・・」

 と、ファスは嘆いていた。

アグリオ「ファス、貴方は前回やりすぎて、店にマークされて

     しまったんですよ。だから、わざとバネの弱い銃

     を渡されたんです」

ファス「ヒドイ!っていうか、知ってたなら、教えてよ」

アグリオ「諜報(ちょうほう)もまた力ですよ、ファス」

 と言い、アグリオはゴーグルをクイッとした。


 クオン達は、あちこちを散策した。所々で、クオンの正体が

ばれそうになり、逃げ回ったりしていた。

クオン「ところでさ、トリーとモフのアニメあるじゃん。

    あれのイリナにもモデル居るって、知ってた?」

リグナ「へー、初耳(はつみみ)だな」

クオン「いや、噂(うわさ)なんだけど。向こうに居るって話なんだ」

ファス「へぇ、異世界に?」

アグリオ「となると、ニュクスやラース-ベルゼですかね?」

クオン「いや、そこまでは分からない」

リグナ「しっかし、もしかして-お前、イリナみたいなのが好み

    だったりするのか」

クオン「え?い、いや、そんなんじゃなくて、むしろ俺は・・・・・・」

 と、クオンは口ごもった。

ファス「ん?何だ、あれ?」

 右前方に人だかりが出来ていた。その中心には杖を持った-

盲目の男が叫んでいた。

男「故(ゆえ)に、私は声を大にして言いたい!諸君(しょくん)等(ら)は騙(だま)されている

  と!ラース-ベルゼは怖ろしい国だ。必ずや、ヤクトを

  裏切るだろう!今こそ立ち上がれ!ヤクトの民よ!」

 すると、警官が数名、走ってきた。

 そして、許可が無い事を確認し、抵抗する男を引きずっていった。

男「放せ!放せ!売国奴(ばいこくど)めッ!」

 そんな騒動をクオンは遠目に見ていた。

クオン「なぁ」

ファス「クオン、関わっちゃ駄目だ」

クオン「でもさ、あの人の言ってること、そんなに間違って

    ない気がするんだ」

 すると、警官の腕を男が払った。

男「一人で歩ける!」

 すると、男はクオンの方を向いた。クオンは、そんなはず

も無いのに、男と目が合った気がした。

男「オオ・・・・・・見える・・・・・・見えるぞ。私の、めしいた目にも

  ありありと、その様が・・・・・・。この国は未曾有(みぞう)の危機に

瀕(ひん)するだろう。しかし、その時こそ、英雄が現れる。救国の徒(と)が現れる。その者こそ、真の王、真の王なのだ・・・・・・」

 と、男は涙しながら叫び、クオンに向かって頭を下げた。

それから、男は大人しく警官に連れられていった。


アグリオ「しかし、何だったんですかね?あの人は」

リグナ「あれって、ここらのホームレスの親玉じゃないか?」

ファス「え?そーなの?」

リグナ「ああ。ほら、そこの二階の高架(こうか)-通路あるだろ?」

アグリオ「駅ビルの別館の所ですね」

リグナ「ああ。あそこの通路は夜になるとホームレスが集ま

     って来るんだ。特に夏頃は。風通しがいいからさ。

     で、そこの親玉が視覚-障害者って聞いた事がある」

クオン「ただ者じゃ、なかったんだな」

 

 この後、クオン達は気を取り直して、デパートのオモチャ

売り場を巡ったりしていた。

ファス「このプラモ、買っちゃおうかなぁ」

クオン「駄目だ。ゲームが無い・・・・・・」

リグナ「DVD、買うべきか・・・・・・」

アグリオ「この人形・・・・・・いいですね」

 と、アグリオは子供用の怪獣のぬいぐるみを手にしていた。

ファス「アグリオも意外な趣味(しゅみ)だよね」

アグリオ「なっ・・・・・・。こっこれは、孤児院に寄付しようと」

クオン「アグリオは偉いなぁ」

リグナ「でも、寄付するならもっと、実用的な物がいいん

    じゃないか?」

アグリオ「それはそうでしょうね。例えば、キャラクターの

     ペイントされた皿など」

ファス「何か、言ってる事が、メチャクチャだよ、アグリオ」

クオン「アグリオ、照れる必要はないんだ。素直に自分用に

    買えばいいと思うよ」

アグリオ「・・・・・・買ってきます」

 そして、アグリオは会計してきた。

アグリオ「父親と間違われました」

クオン「そんな日もあるさ」

ファス「でも、アグリオなら良い父親になりそうだよね。

    教育熱心な」

クオン「それはあるな。厳しくも、優しい感じの」

アグリオ「ほ、褒(ほ)めても何も出ませんよ」

リグナ「でも、まずは彼女つくるとこからだろうな」

アグリオ「・・・・・・・・・・・・」

ファス「リグナ・・・・・・。台無(だいな)しだよ」

リグナ「すっ、すまん、アグリオ。許せ」

アグリオ「いっいえ、お気になさらず・・・・・・。フフフ」

クオン「あーーーーッ。ヤバイ時間が!」

リグナ「げっ!6時まであと15分しかねぇ」

アグリオ「急ぎましょう!」

 そして、四人は駆けだしていった。


 帝都大学にて。

ファス「ハァハァ。何とか間に合ったね」

クオン「ヴァーレ駅で急行しかなかった時には、マジで

    あせったよ」

アグリオ「帝都大学前には普通列車しか止まりませんからね」

リグナ「お前らが途中でゲーセン行こうとか言い出すから」

クオン「うう・・・・・・すまない、つい」

ファス「全く、それにしても、あのダンス・ゲーム、許せん」

アグリオ「二回も、こけてましたからね」

ファス「床が悪い。床が悪いんだ・・・・・・」

 すると、サムが迎えにやって来た。


 その後、アグリオ達もパーティーに急遽(きゅうきょ)、参加する事に

なった。

アグリオ「クオンの護衛は明日からの予定だったんですがね」

クオン「まぁまぁ。俺は楽しくていいと思うよ」

リグナ「一応、スーツ着といてよかったな」

ファス「・・・・・・」

 ファスは普段(ふだん)着(ぎ)のままだった。

クオン「まっ、まぁ、ファスも似合(にあ)ってるからいいんじゃ

    ないか?パーティーの案内書にもジーンズ可って、

    書いてあるくらいだし」

ファス「それで、本当に着てくるヤツなんて見たことないよ」

リグナ「でも、上下、両方黒だし、そこまで目立ってないぞ」

ファス「そっそうかなぁ?やっぱり、普段からオシャレに気を

    つかってるだけ、あるかな。ハッハッハッ」

リグナ(すぐ、調子のるなぁ、こいつは)

クオン「でも、本当に豪勢な感じだな」

アグリオ「ええ、そうですね。しかし、ヤクトでは夜の食事は

     豪華(ごうか)にする傾向がありますが、昼や朝、特に朝食は

     高級ホテルでも貧相な時がありますよね。あれには

     困ったものです。朝食はチェック・アウト前の最後

     のくつろぎの場であり、そのホテルの印象に大きな

     影響を与えるというのに」

クオン「ミズガルドの朝食は凄かったなぁ。本当、パンだけでお腹(なか)一杯(いっぱい)になれるくらいに」

アグリオ「まぁ、あそこは超が、つくくらいの一流ホテルです

     からね。チップも、それなりに必要でしたね」

ファス「まぁ、でもさ。朝食まで豪華だと、かなり、お金

    かかりそうだけどね」

リグナ「お前ら、それより目の前の食い物、平(たい)らげる事、

    考えろ」

クオン「それもそうだな」

ファス「でもさ、食事のことごとくが緑だよね。サラダとかの

    前菜ならまだしも、主菜まで。まぁ、たまには、

    こういう遊び心もいいかもしれないね」

クオン「ああ・・・・・・それにしても、この豆のスープおいしいな」

アグリオ「ですね。料理人の腕がいいんでしょう。コーンや

     オニオンのスープの場合、下手な料理人でも、ある

     程度、おいしく作れますが、豆は中々に難しい。」

ファス「そんな事より、このアスパラガスのジェノバ風

    スパゲティ。メチャクチャ、おいしいんですけど」

リグナ「アスパラガスが何で、こんなに、おいしく出来んだ?」

アグリオ「オーブンで、きちんと熱を通したんでしょうね」

クオン「手が込(こ)んでるんだなぁ」

アグリオ「それ程(ほど)、宮廷料理人も今回の晩餐(ばんさん)に力を入れてるん

     でしょうね」

ファス「でもさ、料理人が同じでも、普段のクオン用の料理と

    手の込(こ)み方(かた)が違うよね。何か、クオンの普段の食事って、皇子にしては-しょぼいっていうか」

リグナ「まぁ、確かに、手を抜かれてる感は-あるな・・・・・・」

クオン「え?やっぱり-そうなのかなぁ。いや、別に、普通に

    おいしいし、何の問題も無いんだけど。今日も朝には

    俺の好きなホウレン草のソテーとか出たし」

アグリオ(ホウレン草は比較的-すぐに火が通って、簡単に作れるという事は黙っていましょう・・・・・・)

 と、思いつつ、アグリオは食事を進めた。

 

宴(うたげ)も半(なか)ばに差(さ)し掛(か)かり、盛り上がっていた。壇上(だんじょう)では何十人

もの女性アイドルが緑のコスチュームで踊(おど)っていた。

ファス「何で、ここで64のアイドル・グループ出すかなぁ」

リグナ「ほんと、だぜ。こういうのはもっと軽い場でやってくれよ。大体、こいつらは・・・・・・」

ファス「というかさ、ここまで緑だと、いい加減、気持ち悪く

    なってくるんだよね。エメラルドの都じゃないんだし」

アグリオ「まったく、各国の大使も苦笑してますよ」

 すると、ウェイターの女性が何種類もの飲み物を持って、

やってきた。

ウェイター「お飲み物はいかがですか?皇子殿下。それに

      インペリアル・ガードの皆様」

クオン「じゃあ、俺はこれで」

ファス「僕はこれ」

アグリオ「私は結構です」

リグナ「俺も結構だ」

 そして、ウェイターは飲み物をクオンとファスに渡した。

クオン「ありがとな」

ウェイター「い、いえ」

 そして、ウェイターは、顔を赤らめ、そそくさと立ち去っていった。

ファス「何(なん)だかなぁ」

アグリオ「女泣かせですねぇ、クオン」

クオン「何でだよ。ウェイターに礼を言うのは基本だろ?

    そりゃ、ヤクトじゃ無言の事も多いけど」

アグリオ「まぁ、向こうでは料理が運ばれた時や、メニューを

     渡された時に、一々(いちいち)、thank you と言いますからね」

リグナ「だとしても、これでクオンのファンが、また一人

    増えたな」

クオン「そんな事、言われても」

ファス「くぅ、うらやましい奴め。弾(はじ)ければいいのに」

リグナ「まぁ、いいや。ところで、嫌な話題するけど、

     いいか?」

クオン「ん?ああ」

リグナ「イザベル皇后(こうごう)陛下(へいか)、相変(あいか)わらず体調、悪いのか?」

クオン「あぁ・・・・・・みたいだな。ずっと、会ってないけど」

アグリオ「適応障害がひどいんでしょうね」

ファス「そーいえばさ。適応障害とウツ病って、どう違うの?」

アグリオ「適応障害は、その人の居る環境が原因の精神病です。

     故(ゆえ)に環境が変われば、自然と治ります。一方、

     ウツ病は、一種、ストレスで心が壊れてしまった

     状態ですね。一度、壊れてしまった心は、環境が

     変わり、ストレスから解放されても、そう簡単

     には元に戻りません」

クオン「親父が悪いんだ。愛人なんか作って、母さんを

    ないがしろにするから・・・・・・。もっとも、母さん

    からも嫌われてる俺には関係ないけど」

ファス「ま、まぁまぁ、それも噂(うわさ)だしさ。流石(さすが)に今は愛人も

    居ないだろうし」

アグリオ「ファス、もう、この話はやめにしましょう」

ファス「ごめん」

リグナ「いや、悪いのは俺だ。すまない。ただよ。この数日、

     ケルサス国王とイザベル皇后の両陛下が公務(こうむ)に

     出られてない。これは何かあったんじゃないか

     ってな」

クオン「陛下は元気そうだったよ。枢密院(すうみついん)の御前(ごぜん)-会議所に

    引き籠(こ)もってるみたいだ」

ファス「議定書の草案を練(ね)っている最中なのですかね?まぁ、

    だとしても、ラース-ベルゼ側が受け入れるかは、別の

    話なわけですが」

リグナ「それにしても、本当に和平しちまったんだな。信じ

    られねぇぜ」

アグリオ「まぁ、ともかく、今は成(な)り行(ゆ)きを見守りましょう」

クオン「だな」


 そして、宴(うたげ)も無事、終わりを告げた。

 


 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 王宮の庭園にて、クオン達は涼(すず)んでいた。

 外からは花火の音が聞こえた。

クオン「前夜祭-初日も終わりか」

ファス「今年は行けなかったね」

アグリオ「仕方(しかた)ありませんよ。それより、明後日(あさって)はいよいよ、

     帯剣の儀です。本来なら素直にクオンの誕生日を

     祝いたい所ですが、この儀式の重要性を考えると

     そうもいきません。クオン、大丈夫ですか?」

クオン「・・・・・・ああ、大丈夫だ」

ファス「何(なん)か、すっごく心配になってきたんですけど」

クオン「何(なん)でだよ!」

リグナ「それにしても、クオン。お前、今日は、やけに

     色んな人達と話(はなし)回(まわ)ってたな」

クオン「ああ。まぁ、それも仕事だから」

ファス「でも、セレネ姫、来てなかったね」

アグリオ「そのクセ、親衛隊のノワール中佐は来てましたね。

     赤いドレスを着て。全く」

ファス「ノワール中佐か。軍人と言えばさ、今日、ウチの

    レオ・レグルス陸軍大将が来てたね。すっごい、

    機嫌-悪そうだったけど」

リグナ「当たり前だ。そもそも、一般の軍人がパーティーに

    参加するのがおかしいんだ。軍人は政治的に中立で

    あらねばいけないわけで。それに、ヤクト軍人は皆、

    今回の和平協定を苦々(にがにが)しく思ってる。自国の利益を

    捨ててまで、和平をするなんて、戦争で負けた-

    のと、変わらないじゃないか!」

アグリオ「まぁまぁ、仕方ないですよ。議会と国王がそれを

     決めたんですから」

クオン「何事も無く、王立祭が終わるといいけど・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・

 翌日、帯剣の儀をの予行演習を終えたクオンは、その日は

一日中、暇となった。

サム「私は所用で出かけますけど、あんまり遠出はしないで

   下さい。明日が、ありますからね」

クオン「ああ、分かってる」

 そして、クオンは部屋でファス達と対戦ゲームをしたり、

していた。

クオン「今日さ・・・・・・。料理人達がさ、明日の仕込(しこ)みで忙(いそが)しい

    から、食事が出ないんだ・・・・・・」

アグリオ「そ・・・・・・そうだったんですか・・・・・・」

リグナ「朝飯は-どうしたんだ?」

クオン「朝はカップ麺(めん)だったよ」

ファス「ク、クオン。出前でも取ろうよ、出前」

 と、ファスは努めて明るく言った。

リグナ「そ、そうだぜ。ピザやスシでもどうだ?」

クオン「いや、そういう気分じゃないんだ」

アグリオ「じゃあ、何か作りましょうか?スパゲティでも」

ファス「アグリオは料理、得意だからね。でも、スパゲティは

    昨日、食べたばっかじゃないの?」

アグリオ「た、確かに」

リグナ「しかし、あのジェノバ・ソースって、どうやったら、

     あんなにおいしく作れるんだ?」

アグリオ「まぁ、ジェノバ・ソースは普通、バジルとチーズと

黒コショウで味付けして、隠し味にクルミや

マツの実を入れたりしますね」

クオン「ウチの料理人は、さらに、ラハンの実を入れたりする

    けどな・・・・・・。今頃(いまごろ)、作ってるかもな・・・・・・」

 と、乾いた笑いをたたえながら言った。

ファス「そっ、そうだ。じゃあ、どっかに食べに行こうよ。

    クオン、何処(どこ)か食べに行きたい所ない?」

クオン「・・・・・・学校・・・・・・王都学園(中高一貫校)の学食に

行きたいな。あそこの学食、綺麗(きれい)になったって話だし」

アグリオ「いいかも、しれませんね。先生方(がた)にも挨拶(あいさつ)した方(ほう)が

     いいでしょう」

リグナ「よっしゃ!行って見ようぜ!」

 そして、アグリオの運転する車に乗り、クオン達は母校へ

向かった。


 車中にて。

アグリオ「しかし・・・・・・こうして、自由に動けるのも今日が

     最後かもしれませんね」

ファス「え、何で?」

アグリオ「明日で、クオンは王位を正式に継承します。いえ、

     正確に言えば、王位継承を約束される」

リグナ「次代の皇というわけだな」

ファス「ハァ、それにしても気の早い話だよね。ケルサス国王

    も、まだ、そんな年じゃないってのに」

アグリオ「かつて、ヤクトで王位-継承権を持った兄弟同士が、 

     殺し合ったんですよ。だから、先に王位-継承者を

     決めてしまおうという事なんです」

ファス「へぇ、そうなんだ。歴史じゃ、やんなかったな」

アグリオ「まぁ、これは戦乱のドサクサの中、闇に葬(ほうむ)られた

     歴史ですから。あまりに血生臭(ちなまぐさ)いですし。

クオン「嫌な話だ」

リグナ「もっとも、直系男子は今の所、クオンしか居ない

     から、大丈夫だけどな」

アグリオ「いずれにせよ、これで王位継承はクオンに決まる

     わけです。そうなったら、今まで以上に、監視と

     警護が厳しくなるでしょう。だからこそ、今日は

     じっくりと楽しんでおいて下(くだ)さい」

クオン「ああ・・・・・・そうだな」


 そして、クオン達は王都学園の校門に着いた。

クオン「しかし、俺達も一応、大学生なんだよな。春休み中(ちゅう)の」

ファス「ハハッ、クオンが文学部なんてねぇ。マンガくらい

    しか、本読まないくせに」

クオン「うっさい。攻略本やラノベも読むぞ!大体、お前が

    理工ってのにもビックリしたよ」

アグリオ「ファスは理転(文系から理系に志望を変える事)

     でしたからねぇ」

ファス「英断と呼んで欲しいね。でも、アグリオが法学部系

    なのは分かるにして、リグナが防衛系ってのも、

    まさにピッタリだよね」

リグナ「王立祭-後半が終わったら、しばらく会えなくなるな」

ファス「ご愁傷(しゅうしょう)さま」

リグナ「いや、俺は、そんなに辛くねーぞ。まぁ、ああいう

    軍隊生活ってのは合わない奴には、駄目だろうけど。

    大体、お前等(まえら)だって予備兵士として、訓練-受けてる

    だろ?」

ファス「まぁ、能力者の義務としてね」

アグリオ「法的に義務は無いんですがね」

クオン「でも、ある種の強制だよな・・・・・・。俺が公務を強制

    されてるみたいに」

アグリオ「・・・・・・ともかく、食堂に行きましょう。空(あ)いてると

     いいのですが」

リグナ「電話すりゃよかったな」

クオン「やめてくれ・・・・・・・教職員、総出(そうで)で出迎えてくる」

ファス「ともかく、パッパと食べちゃおう」

 そして、4人は食堂へと向かった。


 食堂は開いてはいるようであったが、照明は灯(とも)っておらず、

薄暗い印象であった。

クオン「うう・・・・・・閉まってるのか?」

ファス「うーん、学校が休みでも寮生の為(ため)に、開かれてるはず

    なんだけどなぁ」

アグリオ「ともかく、誰か居ないか見てみましょう」

リグナ「だな」

 そして、4人は扉を開き、中に入っていった。

 食堂の奥の厨房では、一人の中年女性デラが働いていた。

デラ「ん?まだ、昼の時間じゃないよ・・・・・・って、あらあら

   あら、クオンちゃんに、みんな-じゃないかい」

クオン「お久しぶりです。デラさん」

ファス(でも、クオンの事、クオンちゃん、って呼べるの、

    デラおばちゃん、くらいだよね)

デラ「いやー、いやー。久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」

クオン「はい」

デラ「それにしても、一層、格好よくなっちゃってまぁ。私に

   娘が居たらもらって欲しいぐらいだよ。でも、残念、

   ウチには子供は息子が一人しかいないのよ」

クオン「ハハ、デラさん。何か作ってくれませんか?」

デラ「もちろんだとも。いやー、しかし、嬉しいね。一応、

   この学校は貴族のお坊ちゃまが多いけど、こんな

   さびれた食堂に、また、王子様が来て下さるなんて」

ファス「おばちゃん、ここ改装したんじゃないの?」

デラ「あら、ファスちゃん。そうなんだけどねぇ、ウチの

   暴れん坊-達が、すぐ壊しちゃうからねぇ。まぁ、いいの

   よ。若い内(うち)は苦労しといた方が。少しくらいオンボロに

   も慣れとかないと、イザって時が辛いよ」

リグナ「全く、その通りだぜ」

デラ「さて、じゃあ、まずは『かけソバ』でも作るから、

   待ってなさいな。それと、リグナちゃんに、

   アグリオちゃんも久しぶりだねぇ」

アグリオ「はい。ご無沙汰(ぶさた)してます」

リグナ「久しぶり、おばちゃん」

 そして、少したつと、4人分の『かけソバ』が運ばれて来た。

ファス「おー、なつかしい、この匂(にお)い。いっただきまーす」

クオン「いただきます」

 そして、4人はソバを食べ出した。

リグナ「かーッ!うめぇなぁ、本当!さっぱりとしてて

     最高だぜ」

クオン「たまには、こういうシンプルな味わいもいいな」

アグリオ「ええ。しかし、このコンブだしと、カツオだしの

     絶妙なハーモニー。強火で煮立(にた)たせる事により、

     より濃縮され・・・・・・」

 などと、アグリオはブツブツと呟いていた。

デラ「ほら、唐(から)揚(あ)げ出来たよ」

 と言って、デラは大きめの唐揚げを持ってきた。

ファス「これは食欲がそそるわー」

クオン「ところで、デラさん。このソバの麺、前と違うね。

    さらに、おいしくなってる」

アグリオ「確かに、この麺のコシといい、ただの市販麺とは

     違うようですね」

デラ「あら、分かっちゃうかい?実はねぇ、ウチの旦那(だんな)が

   打ってくれた奴なんだよ、それ。旦那の最近の趣味

   でねぇ」

ファス「そうなの?いや、ラッキー、ラッキー」

デラ「おソバ足りなくなったら、言いなよ。すぐ、作るからね」

リグナ「おばちゃん、おかわり」

デラ「はいよ」

 と言って、デラは奥へ引っ込んでいった。

 そして、クオン達は唐揚げを食べ始めた。

クオン「これは、相変(あいか)わらず・・・・・・うまい!」

アグリオ「ええ・・・・・・ショウガとショウ油の混じりあう、その

     タレがしっかりと染みこんでいます。さらに、この

     鶏肉の柔らかさ。タレの染み込んだ鶏肉に、予め卵

     を塗(ぬ)ってから、衣(ころも)をつけたんでしょうね。しかも、

     二度揚げしてあるから、カラッと衣がしあがってる。

     さらに、この独特の、ほんのりとした甘さ・・・・・・、

     まさか、隠し味にスター・アニスを?」

ファス「アグリオ、解説はいいから、早く食べなよ」

アグリオ「す、すいません。つい」

 すると、デラがまたやって来た。

デラ「ほら、鴨スモークの、あぶり、だよ」

ファス「おお、待ってました」

デラ「リグナちゃん-のは、もうすぐ出来るから待っててね」

リグナ「ああ」

クオン「デラさん、俺もおソバ、おかわり」

デラ「はいよ。ちょっと待っててね」

 と言い、デラは慌(あわ)ただしく、去って行った。

アグリオ「鴨スモークを外からバーナーで、あぶる事で、中は

     レア、外はミディアムを実現。一粒で二度おいしい

     とは、まさにこの事。しかも、ブラック・ペッパー

     が、その香りをさらに引き立て」

ファス「食べないなら、もらうよ」

 と言って、ファスは箸(はし)でアグリオの鴨スモークを数枚、

かっさらっていった。

アグリオ「あ・・・・・・」

 ファスの口の中に鴨スモークが入るのを見て、アグリオは声をあげる事すら出来なかった。

クオン「アグリオ、これ、一枚やるよ」

アグリオ「ありがとうございます。クオン・・・・・・」

 そして、アグリオはクオンの鴨スモークを一枚、もらった。

リグナ「こら、ファス、人のモン、取るな!」

 と言って、リグナはファスの唐揚げに手を付けた。

ファス「って、僕の唐揚げーーーーー!」

すると、デラが再びやって来た。

デラ「ほら、リグナちゃんの分だよ」

 そして、デラはリグナのソバを置いた。

リグナ「ありがとよ、おばちゃん」

デラ「クオンちゃんの分はもうすぐだからね」

クオン「了解」

デラ「それと、朝の余り物でよかったら天ぷらあるけど、

   食べるかい?」

ファス「食べる!食べます!それと、おばちゃん、僕も

    ソバ、おかわり」

アグリオ「私も、お願いします」

デラ「はいはい。じゃあ、作ってくるからね」

 そう言って、デラは厨房(ちゅうぼう)に戻っていった。

 それから、すぐ、クオンのソバを持ってきて、デラは再び、

厨房に戻った。

リグナ「しっかし、寮生は何で居ねーんだ?普段は、

    大(おお)賑(にぎ)わいなのによ」

ファス「だって、今日、王立祭-前日じゃん、町中、大騒ぎだ

    よ。僕たちも、隙を見て、外に出かけてたじゃん」

リグナ「そうだったな。・・・・・・でもよ。振り返ってみれば、

    本当に大切な場所ってのは、こういう所なんだな」

デラ「嬉しい事、言ってくれるねぇ。はい、クオンちゃんの

   おソバだよ。それと、天ぷら」

リグナ「来た、来た」

デラ「それと、ファスちゃんとアグリオちゃんの、おソバは

   今、作ってるから待っててね」

 それから、また少ししてデラは二人のソバを持ってきた。

アグリオ「おっ、来た来た」

クオン「デラさん、この天ぷら、やっぱり、おいしいです」

デラ「もう、おだてても何も出やしないよ。あ、そうだ。もう少ししたら、アイス・ダイフク、持って来ようか?」

クオン「あ、お願いします」

 そして、デラは去って行った。

アグリオ「普通の店では、天ぷらを、カリッと揚げる事を

     目指しますが、ここの天ぷらは水分が多めで

     シットリとしてます。しかし、そのおかげで、

     時間がたっても、パサつく事無く食べる事が

     出来ます。まさに、家庭的と言えるでしょう」

アグリオ「さらに、形崩れしづらいので、

キッチン・ペーパーで表面の油を取りやすい

から、健康的とも言えるでしょう」

 と、アグリオはファスの方をチラチラ見ながら、言った。

ファス「そんなに僕の方、警戒しなくても取んないから」

アグリオ「食べ物の恨みは恐ろしいのですよ、ファス」

ファス「うう・・・・・・悪かったよ。ほら、ソバの上に乗ってる

    チクワの天ぷら、少しあげるから」

アグリオ「半分です」

ファス「・・・・・・分かった、分かったよ。だから、許して」

アグリオ「交渉成立ですね」

 そして、アグリオとファスは握手を交わした。

デラ「相変わらず、仲がいいねぇ。ほら、アイス・ダイフク

   だよ。他に何か要るかい?」

リグナ「いや、俺はもういいや」

アグリオ「私もです」

ファス「僕も、これ食べたら、腹、十二分目って感じだよ」

クオン「俺もだいじょうぶです。ありがとうございました」

デラ「いや、いーんだよ。全く、クオンちゃんは礼儀正しくて、

   もー。ウチの子にしちゃいたいくらいだよ」

クオン「はは・・・・・・」

 そして、クオン達の食事はつつがなく終了した。

クオン「じゃあ、デラさん、お元気で。また機会を見て、

    来れたらなって思います」

デラ「うん、うん。いつでも、おいで。心待ちにしてるからね。

   あんま、思い詰(つ)めちゃ駄目だからね」

クオン「はい」

デラ「あんた達もクオンちゃんを、しっかり守るんだよ」

リグナ「分かってるぜ」

ファス「当然」

アグリオ「はい。では、失礼します。デラさん」

 そして、クオン達は食堂を後にした。


 クオン達は学園の中庭で涼んでいた。

クオン「なつかしいな・・・・・・。中学の時は、ここで走り回って

    たんだよな」

リグナ「ハハッ、高校もだろ?」

クオン「そうだったな・・・・・・」

ファス「サッカーやったよね」

アグリオ「でしたね」

リグナ「しかし、卒業して、もう2年か・・・・・・」

クオン「そうだな、もう2年だ」

ファス「あの頃は楽しかったね。6年間、ずっと同じクラス

    だった」

アグリオ「私達のクラスに決まった担任は嘆いたそうですよ」

リグナ「ハハッ。だろうなぁ」

ファス「っていうか、それ。誰に聞いたの?」

アグリオ「ダコス先生ですよ」

ファス「ダコスさん、かぁ。古文の。なつかしいなぁ」

リグナ「で、頭(とう)頂部(ちょうぶ)は相変(あいか)わらずだったか?」

アグリオ「ええ、相変わらず、その、ハゲていましたよ」

ファス「そ、そりゃ、そうだろうね。カツラじゃなきゃ」

 とのファスの言葉に皆、失笑した。

リグナ「なぁ、せっかくだし、サッカーでも-しねぇか?」

クオン「おっ、いいな」

ファス「って事は、僕とアグリオがキーパーか」

アグリオ「いつも通りですね」

リグナ「っていうか、クオン。テメーとは、きちんと決着を

    つけねぇとな」

ファス「はは、そー言えば、決着ついてなかったんだっけ。

    卒業式の日に引き分けで終わっちゃったから」

アグリオ「私の記憶している限りでは、361勝361敗

52引き分け、ですね」

ファス「いやぁ、こんだけやって引き分けるなんて凄い確率

    だね」

リグナ「今度こそ、ケリつけてやんよ」

クオン「望む所だ」

アグリオ「では、勝負は約1時間。13・00まで。魔力の

     使用は禁止。式典前ですので、双方、特にクオン

     は怪我しないようにして下さい」

クオン「ああ」

 そう言って、クオンはサッカー・ボールを拾った。

 そして、試合が始まった。

 序盤、試合は、ほぼ互角であった。しかし、中盤から体力の差が出始めた。

クオン「ハァ、ハァ・・・・・・」

リグナ「どうした?体力、落ちたんじゃないか?」

クオン「そっちがおかしいんだ。これだけ動いて、息切れ一つ

    起こさないなんて・・・・・・」

ファス「いやぁ、やっぱり軍人は違うねぇ」

 と、ファスはクオン側のゴールから言った。

リグナ「まぁな。だてに銃剣、持って延々と走らされては

     いないぜ」

クオン「別に能力者の訓練を受けてるのは、リグナだけじゃ

    ないぞ。俺だって、大学で基礎訓練や、サムの地獄の

    特訓を受けてるんだ」

リグナ「その割には体力ねーじゃねぇか」

クオン「う・・・・・・。お、俺は魔力の扱いに長(た)けてるんだ」

リグナ「言(い)い訳(わけ)は結構。文学部のモヤシ野郎に負ける気は

    しねぇぜ」

クオン「クゥ・・・・・・いいぜ。見てろ」

 すると、クオンの周囲にマナ(超自然的な力)があふれた。

ファス「ク、クオン。魔力の使用は禁止じゃ」

リグナ「違う・・・・・・」

アグリオ「あれは、マナ。大地と大気のマナがクオンに呼応(こおう)

     している。これは、ギリギリ、セーフです。魔力

     とは、あくまで本人の魔法力ですから。

     星のエネルギーは魔力とは言いません

     (逆に本人の魔力を、マナと言うことはある)」

リグナ「へぇ、やるじゃねぇか、クオン。大気中のマナを

     操るのは相当な、マナ制御が必要なはずだぜ」

クオン「マナ制御や魔力制御は、お手の物さ」

リグナ「へっ、じゃあ、俺も使わせてもらおうか!」

 すると、リグナの周囲にも地面からマナが集まりだした。

ファス「これは見逃(みのが)せなくなってきたね。って、アグリオまで」

 見ればアグリオもマナを、まとっていた。

アグリオ「ファス、死にたくなければ、マナをまとう事です」

ファス「え?そ、そんなに?わ、分かった」

 そして、ファスも微量ながらマナをまとった。


 そして、熱戦が繰り広げられた。マナをまとった二人の動きは物理法則を超えてるかのようにすら見えた。

 そして、リグナを渾身(こんしん)のシュートがファスの両手にぶつかった。

ファス「アーーーー、てっ手がぁーー!」

 ファスの両手は真っ赤に腫(は)れ上がっていた。

アグリオ「これはゴール付近にプロテクト(防御魔法)を予め

     かけておいて、正解でしたね」

リグナ「ファス、すまねぇ、やり過ぎたか?」

クオン「ファス、ナイスだ!偶然でも、よくブロックしたな」

ファス「お前等(まえら)!少しは手加減しろッ!」

リグナ「いや、だがよぅ」

クオン「ファス、この戦いは真剣勝負だ。手を抜く事は許され

    ない」

ファス「ハァ、早く終わってくれ・・・・・・」

 しかし、ファスの願い虚(むな)しく、試合はさらに盛り上がりを見せるのであった。


ファス「・・・・・・」

 ファスは疲弊(ひへい)しきっていた。

アグリオ「ファス、情けないですよ。仮にもインペリアル・

     ガードでありながら」

ファス「あのね・・・・・・言っとくけどね。僕は一応、ニュクス

    の生まれなんだよ。もちろん、ヤクト国籍(こくせき)は有してる

    し、ヤクトに忠誠は誓ってるけどね。それでさ、ここ

    からが本題なんだけど、ヤクトの大地はヤクトの民族

    に呼応するんだよ。で、僕は違うわけ。分かる?僕に

    とって、ヤクトでのマナ制御は難し過ぎるんだよ。

    もちろん、通常の戦闘での魔力制御には問題ないけど。

    自分の魔力だし」

クオン「ファス、気合(きあ)いだ」

ファス「気合いで何とかなるかぁーーーーー!」

リグナ「だがよぅ、戦闘中、魔力切(ぎ)れ起こしたら、最後に

    頼れるのは、星のマナだけだぜ。ファス、同じ台詞(せりふ)

    を戦場でもはけるのか?厳しい言い方かもしれんが」

ファス「うぅ、それを言われると辛い。あーもー、ヤケだ!

    どっからでもかかってこいや!」

リグナ「そーこなくっちゃな」


 そして、クオンとリグナは空中でボールを奪い合った。ただし、彼等がボールに触れる時間はそれ程、長くなく、制空権

を獲得する為(ため)に-足で牽制(けんせい)し合う形となった。

 そして、今回はクオンがボールを確保した。先に着地した、

リグナは空中のクオンからボールを奪おうとするも、クオン

の神(かみ)懸(が)かった軌道により、すり抜けられてしまった。

 そして、クオンのシュートが弧を描いてゴールに突き刺さった。

クオン「名付けて、ライオン・シュート」

 と、クオンは格好(かっこう)を付けた。

リグナ「クゥ、なら俺のドラゴン・アタックを見せてやるぜ」

 そして、リグナは遠距離から一気に跳躍(ちょうやく)し、シュートした。

ファス「え?」

 ファスは迫り来る豪球に、一瞬、為(な)す術(すべ)も無く立ち尽(つ)くすも、とっさに右に避けた。しかし、それが幸か不幸か、曲がった

ボールがファスの顔面に直撃する事になった。

 そして、弾かれたボールは、そのまま、校舎の二階の

窓ガラスを突き破っていった。

リグナ「あ・・・・・・」

アグリオ「フム・・・・・・あれは、教員室のようですね」

 と、アグリオは少し声を震わせながら言った。

クオン「丁度(ちょうど)、窓ガラスにかけたプロテクトが切れてる時間帯

    だったって事か」

ファス「――――――――!」

 ファスは顔面を押さえ声ならぬ悲鳴をあげながら、地面を

のたうちまわっていた。

 すると、眼鏡をかけた女性教師が窓から顔を出した。

クオン「やばい、あれは、やばい」

 クオンは震えだした。

教師「コラーーーーーーッ!貴様(きさま)等(ら)、何をしてるか!今、行く

   からな!絶対に逃げるんじゃ、ないぞ!」

リグナ「ゲッ、鬼のリオルだ・・・・・・」

ファス「う、嘘でしょ。逃げなきゃ」

アグリオ「そんな事したら、先生、明日の式典まで乗り込んで

     来そうですよ」

クオン「あり得るから、怖い・・・・・・」


 それから、リオルによる説教が続いた。その間、クオン達は

正座させられていた。

リオル「大体、なんだ!大切な式典前だというのに!」

クオン「すみません・・・・・・」

ファス「・・・・・・」

 ファスは足が限界になっており、こっそり正座を崩そうとした。

リオル「何してる、ファス!誰が正座を崩していいと言った?」

 と言い、竹刀(しない)でファスの足をつついた。

ファス「ファオーーーーー」

 という訳(わけ)の分(わ)からない叫び声を、ファスはあげた。

リグナ「あれは痛い・・・・・・」

リオル「まぁいい。クオン。お前も大事な式典があるんだ

    ろう?説教はこれくらいに、しておいてやる」

クオン「はい、すみません、でした」

 そして、クオン達は痺(しび)れる足の中、立ち上がった。

 その様子をリオルは意味深(いみしん)に見つめていた。

クオン「じゃあ、先生。そ、そろそろ失礼します。すいません

    でした」

 と、クオンは頭を下げた。

リオル「・・・・・・」

クオン「先生?」

リオル「・・・・・・。クオン皇子殿下。そして、インペリアル・

    ガードの皆様。今までの非礼を、お許し下さい。全て

    は貴方がたの教育を任せられた者の務(つと)めとして

    行って参(まい)りました。ヤクトに栄光あれ!

    未来の王と守護者達に、栄光あれ!」

 と、リオルは敬礼しながら、叫んだ。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

クオン「先生、やめて下さいよ・・・・・・。そんな。いつもみたく

    叱って下さいよ」

 と言いつつ、クオンも目をうるませた。

リオル「いえ、ヤクト国に仕(つか)える者として、皇族(おうぞく)には最上の

    敬意を示さねばなりません。特に子供らの範(はん)-足らねば

    ならぬ教育者としては・・・・・・。クオン皇子殿下。

    王位継承・確約式典がつつがなく行われるよう、

    祈り申し上げております」

クオン「・・・・・・先生、六年間、お世話になりました」

 そして、クオン達、四人はリオルに対し敬礼をした。

 それから、クオン達が敬礼を解くのを見届け、リオルも敬礼を解いた。

リオル「また、いつでも、いらして下さい。我等(われら)はいつでも、

    貴方(あなた)がたの、ご来校を心待ちにしております」

クオン「先生・・・・・・」

 と、クオンは感極まって動こうとしなかった。

リオル「ハァ・・・・・・、この馬鹿者・・・・・・。早く王宮に戻って、

    休んでこい。明日の為(ため)にも」

 と、小声で言った。

クオン「はい!」

 と、クオンは嬉しそうに答えるのだった。


 アグリオが運転する車はトンネルにさしかかった。

ファス「いやー、しかし、意外だったね、リオル先生」

リグナ「なっ。結構、カワイイ所あるっていうかさ」

ファス「いや、僕はちょっと無理かな」

リグナ「そうか?強気な女を口説(くど)くのも味だぜ」

ファス「なんか、リグナが縄で縛られてるイメージしか

    湧(わ)かない」

リグナ「・・・・・・ありそうで怖い・・・・・・」

アグリオ「私は以前から好みでしたよ」

ファス「えーーーーーーッ!ちょっと、待ってよ!聞いた?

    今の凄(すご)い爆弾発言ですよね!」

 と、ファスは前に乗り出し、言った。

リグナ「いや、意外だな・・・・・・と、思いきや、そうでも

    ないか。フーン。まぁ、いいんじゃねぇの?で、

    現状は?」

アグリオ「恋にウツツを抜かす暇(ひま)はありませんよ。それに、

     先生は今度、ご結婚なさるそうですし」

クオン「え?誰とだ?」

ファス「あっ、クオン。起きてたんだ」

クオン「いや、ずっと起きてたけど。少し、色々、考えてて」

リグナ「それで相手は誰なんだ?」

アグリオ「ダコス先生ですよ」

ファス「う、嘘でしょ。あのダコス先生とリオル先生が。へぇ、まぁ、いいんじゃないの?ダコス先生も、よく見ると

    結構、格好いいし」

リグナ「しかし、絶対、財布の紐(ひも)、女房に握られるだろ。

    ありゃ」

ファス「あるある」

クオン「でも・・・・・・」

アグリオ「クオン?」

クオン「俺達も、いつか誰かと結婚して、子供が出来たりする

    事もあるのかな?その時は、みんな、今のままで

    居られるのかな?」

リグナ「無理だな」

ファス「リグナ、そー、はっきり言わなくても」

リグナ「人は変わる。人との関係もだ。だが、その根底に

    あるものは、そう簡単には変わらないさ。少なく

とも俺達の場合は。俺は、そう信じてるぜ」

クオン「ああ・・・・・・そうだな」

 そう嬉しそうに答え、クオンは目を瞑(つむ)るのであった。

 

・・・・・・・・・・

 クオン達は王宮に帰り、夜空を見上げていた。

 昨日と同じく空では花火が散っていった。

 そして、最後に一際(ひときわ)大きな華(はな)が夜空を彩(いろど)った。

リグナ「前夜祭、二日目も、これで終了だな。明日からいよ

いよ本祭だ」

クオン「ああ・・・・・・」

ファス「クオン!花火、買ってきたよ」

 と言いながら、ファスは市販の花火を抱えてやってきた。

アグリオ「バケツの用意は済(す)みました」

 アグリオは水の入ったバケツを手に歩いてきた。

クオン「よし、じゃあ、花火しよっか」

 そう言って、クオンは微笑(ほほえ)んだ。


 それは、まさに青春の一幕(ひとまく)だった。そして、失われ行く日常

だった。


クオン「でも、俺はさ、打ち上げ花火よりも、線香花火の方が好きなんだ」

ファス「随分(ずいぶん)、地味な皇子様だねぇ」

クオン「ハハ・・・・・・そうだな。向いてないんだよ、俺は」

 そう言って、クオンは-燃え尽きた線香花火を水面につけ、立ち上がった。

クオン「普通の家に生まれたかった・・・・・・。それこそ、デラ

    さんの家のような・・・・・・。もちろん、その家には、

    その家なりの悩みがあるんだろうけどさ。それに、

世の中には-ホームレスになってしまう人もいるわけで、

    そういう人達に比べたら、毎日、衣食住も足りてる俺

    なんか、ずっと恵まれてるわけでさ・・・・・・。結局、

    贅沢(ぜいたく)な悩みなんだよな、きっと」

リグナ「クオン・・・・・・、そりゃそうだ。だって、お前は」

アグリオ「リグナッ!」

 すると、突然、アグリオは激しい剣幕(けんまく)で怒鳴(どな)った。

 普段、冷静沈着なアグリオが見せる感情的な姿にクオンは、あっけに取られた。

リグナ「わ・・・・・・悪(わり)・・・・・・。何でも無い」

クオン「いや、気にしないでくれ。ごめん、皆(みんな)。頼りない

    皇子で。明日、帯剣の儀だっていうのに」

アグリオ「・・・・・・クオン、私達は貴方が皇子だから、これ程

     まで側に居るわけでは無いのですよ。貴方のその

     謙虚(けんきょ)さ、潔癖(けっぺき)さ、そういったモノに私達は惹(ひ)かれて

     いるんです。私は真(しん)に思います。貴方が皇子で

     よかったと。そして、思うでしょう。貴方が王に

     なってくれてよかったと」

 そのアグリオの言葉にファスとリグナもうなずいた。

クオン「ありがとう・・・・・・皆(みんな)・・・・・・」

リグナ「さーて!じゃあ、残りの花火も、やっちまおうぜ!」

クオン「ああ」

 そして、夜も深まっていくのだった。


 ・・・・・・・・・・

翌日、いよいよ王立祭が始まった。

 その日は皇子の誕生日という記念すべき日であった。

 本来、王立祭は、その一週間後であったが、帯剣の儀は皇子

の20歳の誕生日に行われるので、一週間-前倒しにして、合わせたのだった。

 人々は皇子の出番をテレビの前で今か今かと待ちわびた。

 式場には各国の関係者を始め、名だたる重鎮(じゅうちん)-達が揃(そろ)っていた。

この日ばかりは、ケルサス国王、イザベル皇后の両陛下も公に

姿を現していた。

 そして、控え室にクオンとサムは居た。

サム「皇子?大丈夫ですか?今日は失敗-出来ませんよ」

クオン「サム。大丈夫だよ。行こう」

 そう言って、クオンは立ち上がった。その誇り高い姿を

見て、サムは微笑みを浮かべた。

サム「ええ。行きましょう。クオン皇子殿下」

 そして、サムは先導していった。


『クオン・ヤクト・アウルム皇子殿下、御入場!』

 との声が式場に響いた。

 そして、正装に身を包んだクオンが姿を現した。

 その神々(こうごう)しい姿に、男女問わず、来賓(らいひん)達(たち)は息を飲んだ。

 そして、いよいよ、儀式は厳(おごそ)かに始まるのだった。


 儀式は、つつがなく進んでいった。クオンにとり、一連の動作は体に刻まれており、あまりに自然に行われていった。

 枢密院(すうみついん)の顧問官-達はそれを見て、『彼の者こそ、やはり、真(しん)に

王にふさわしい』と確信するのであった。


クオン「我、クオン・ヤクト・アウルムは王位継承を

    約束された者として、女神アトラとの契約を

果たさん。女神アトラよ。我が力、認めたまえ」

 と言い、クオンは眼前の縦に置かれた巨大な棺(ひつぎ)に手をつけた。その棺の中に、クリスタルが安置されているのだった。

さらに、その正面には王剣が埋め込まれており、クオンは

剣の少し上に手を置いていたのだった。

クオン「・・・・・・」

 すると、突如として棺に魔方陣が浮かんだ。ここまでは

予定通りだった。しかし、次の瞬間、クオンの脳裏に鮮烈な

イメージが浮かんだ。

 それは、幼い頃のクオンであり、そして・・・・・・。

クオン「・・・・・・」

ファス(クオン・・・・・・?)

 ファスはクオンの異変に気付いたが何も出来ずに居た。

 しばらくの沈黙の後、クオンは王剣を棺の正面から取り出した。そして、剣を鞘(さや)から引き抜き、鞘に戻した。それから

クオンは王剣を腰につけた。

クオン「・・・・・・今、契約は交(か)わされた。女神アトラよ

    貴方(あなた)より授かりし、この力、王国と、その民の為(ため)

    にのみ用いる事を、重ねて誓おう」

 そして、クオンは恭(うやうや)しく礼をした。

 それから、クオンは観衆の方を振り返り、頭を下げた。

 次の瞬間、盛大な拍手が巻き起こった。

 すると、クオンは、父であるケルサスと、目が合った気がした。ケルサスは感情を見せず、品定めをするような無機質な目でクオンを見ていた。


クオンは目を逸(そ)らし、ふと何の予感か上方を見た。

クオン(ああ・・・・・・終わったんだな。俺の少年時代が・・・・・・。

    まぁ、いいさ。それでも、俺は俺だ)

 すると、クオンの視線の先に何かが輝きを見せた。

クオン(光・・・・・・光だ。何て幻想的な、そして、神秘的な。

    まるで、吸い込まれそうだ。でも、誰にも見えて

    いない?)

 そして、ふと眼下に目をやると、セレネ姫が、その光を見つめていた。

クオン(あれはセレネさん?見えているのか?あの光を?)

 しかし、深く思惟(しゆい)する暇もなく、儀式は次なる手順へと移っていった。


 ・・・・・・・・・・

 それから三日間の王立祭が終わるまで、あまりに慌ただしかった為か、クオンは、その間の記憶があまり残っていなかった。

 一方、首都エデンは祭の終了で、少し落ち着きを取り戻したものの、あと2日、後(こう)夜祭(やさい)が残っており、祭の空気が残っていた。


 ・・・・・・・・・・

 辺りで後(こう)夜祭(やさい)が行われている中、離宮にてシャインは物憂(ものう)げにたたずんでいた。

 すると、ヤクト人の使用人がモップ掛(が)けをしながら近づいて来た。

使用人「本国で、クーデター発生。軍、並びに、議会は完全に

    社会統一党に掌握(しょうあく)された模様(もよう)。また、ラース-ベルゼに

    不穏な動き-あり」

 と言い、去って行った。

シャイン「・・・・・・始まってしまったか・・・・・・」

 そして、シャインはノワールの元へと向かった。


 そこには、シャインを除く中隊員が全員、揃(そろ)っていた。

ノワール「あら、早かったじゃない。今、呼びに」

 次の瞬間、シャインのニホン刀がノワールの喉元(のどもと)に突きつけられた。あまりの抜刀の早さに、周りの誰もが反応出来なかった。

ノワール「どういうつもりかしら?」

シャイン「とぼけるな。何が目的だ」

ノワール「目的?ああ、知ってしまったのね。我々、

社会統一党が軍事クーデターを起こした事を」

シャイン「この時期・・・・・・お前達はラース-ベルゼ国と共に、

ヤクトを攻める-つもりか?」

ノワール「そう、そうよ。そのために、私達は-ここに居るのよ。ヤクトを制圧するために。あぁ、皇女様は囮(おとり)よ。私達がヤクトに自然に入国する為(ため)の道具だった。

今頃、皇女様も拘束されてるんじゃ-ないかしら?」

シャイン「このような事、許されると思っているのか?」

ノワール「社会を正しい形に導く為(ため)よ」

シャイン「その為(ため)なら、法を破っていいとでも?大勢を殺してもいいとでも?共産主義者め!地獄に墜ちろ!」

ノワール「随分(ずいぶん)な言いぐさね。でも、ニュクス本国では大した抵抗も無く、制圧は済んだと言うわ。国民は受け入れてるのよ」

シャイン「そんなわけがあるか!他に選択肢が無いだけだ。

魔物による脅威にさらされている中、内戦をして

いる余裕はニュクスには無い。それを利用して、

お前達は」

ノワール「なら、どうするのかしら?ここで、私やバルボスを

     殺し、ニュクスへ戻り、レジスタンスでもするの-

     かしら?でもね、シャイン。貴方の大切な部下達の

     身柄は押さえてあるのよ。この意味が分かるかしら」

シャイン「あいつらも死ぬ覚悟は出来ている。私の妹もな」

ノワール「でしょうね。貴方は氷と鉄で出来ている。感情的な

     脅しは有効ではないわね。でも、貴方が育てた

     『黒竜-騎士団』が無くなれば、ニュクスの

     国境警備は大変な事になるでしょうね。次の魔物の

     活動期はいつだったかしら?」

シャイン「国境が破られれば、社会統一党の幹部も死ぬぞ」

ノワール「私達の身柄はラース-ベルゼが保証しているわ。

     だから、シャイン、ニュクスが滅ぼうと滅びまいと

     私には何の関係もないの。分かる?シャイン、長い 

     物には巻かれなさいな。それが出世するコツよ」

シャイン「いつか、それはお前の首を絞める事になるだろうさ」

ノワール「ともかく、その刀をしまいなさいな。貴方の槍を

     用意させてあるわ。黒騎士さん」

 しかし、シャインは刀をノワールから放そうとしなかった。

 すると、巨兵バルボスが口を開いた。

バルボス「シャイン殿。どうか、矛(ほこ)を、お納め下さい。私共(わたしども)は

     救国の徒(と)である貴方と刃を交(まじ)えたく、ありませぬ」

 その言葉にシャインは顔をしかめ、刀を鞘(さや)に納めた。

ノワール「それでいいわ、シャイン。さぁ、特命よ。貴方には、

     ヤクトのクリスタルの守護者たる使徒を殺して

     もらうわ。貴方のお友達と一緒にね」

 と、ノワールはニヤリとしながら告げた。


 ・・・・・・・・・・

 帝都ホテルの最上階にクオンは居た。

クオン「・・・・・・・・・・・・」

ファス「どうしたの、クオン。この数日、ボーッとしてる事が

    多いけど」

クオン「え?ああ、何(なん)か変わっちまったなって」

ファス「フーン。そうかな?」

 すると、サムが近づいて来た。

サム「こら、ファラウス。君の担当は一階下だろう」

ファス「で、でも、サムさん。やっぱり、インペリアル・

    ガードとしては、皇子の側(そば)に居た方が」

サム「本音(ほんね)は?」

ファス「下はダンスばっかで、つまんないです」

サム「素直に下に行ってこような」

ファス「はい・・・・・・」

 そして、ファスはすごすごと退散していった。

サム「では、皇子。私は一階の担当なので、何かあったら、

通常のSPに言って下さい」

クオン「分かった」

 と、クオンは答えた。

 そして、クオンは一人ポツンと取り残される形となった。

 人々はクオンの神妙(しんみょう)な雰囲気(ふんいき)から、話しかけるのをためらって-いたのだった。

 すると、クオンは一人の女性を見つけた。

クオン(そう言えば、あの人、セレネ姫の侍女さん。確か・・・・・・名前はレナだっけ?でも、セレネ姫も護衛のシャインさん-も、見当(みあ)たらないし・・・・・・。というか、シャインさん。今頃、何をしてるんだろう?)

 と、想(おも)うのだった。

クオン「なぁ、ちょっといいかな?」

侍女「これは、クオン皇子殿下。この度は王位継承を確約

   されました事、誠(まこと)におめでとうございます」

 と言って、侍女はカーテシ―(両膝(りょうひざ)を曲げる)で挨拶(あいさつ)をした。

クオン「ああ、ありがとう。君は確か、セレネ姫の侍女さん、

    だったよね。確か名前は・・・・・・」

侍女「レナ・マヨールにございます」

クオン「そうだ。レナさんだ。ごめん、ごめん。名前、覚える

    の苦手でさ」

レナ「いえ、クオン皇子殿下は、ご多忙かと存じており

   ます故。私如(ごと)きの卑しい名を、どうして覚えていられ

   ましょうか?」

クオン「あ、あのさ。もっと、普通にしゃべらない?」

レナ「かしこまりました」

クオン「ところでさ、今日はセレネ姫は来てないんだろ?

    シャインさん-とか親衛隊の人達も居ないし」

レナ「はい。セレネ様は本日、お加減が悪い-ご様子で

   して。大事を取って、お休みになられています。

   そして、私が代わりに参りました」

クオン「親衛隊の人達も、だから今日は居ないんだ」

レナ「はい。姫様の護衛が、あの方(かた)達(たち)の務(つと)めですから」

クオン「そっか、それでセレネ姫は大丈夫なのか?」

レナ「はい。時にあるのです。ひどい頭痛が突発的に起きる

   事が」

クオン「頭痛・・・・・・」

レナ「どうかなされましたか?」

クオン「いや、何でもない。姫にお大事にって、伝えておいて

    くれないか?」

レナ「はい。必ずや」

クオン「ところでさ。レナとセレネさん-は、どういう関係なんだ?」

レナ「主従の関係に、ございます。セレネ様は私の主(あるじ)にござい

   ます」

クオン「そっか、友達って感じ、じゃないのか」

レナ「セレネ様とは同じ中学、高校と通わせて頂きました。

   その意味では学友と言えるやもしれません」

クオン「うーん。その、二人で遊んだりとかって無いのか?

    カラオケ行ったり、ショッピングしたりとか」

レナ「・・・・・・ある事にはありますが、世間一般的な友達同士の

   モノとは異なると思います。カラオケではセレネ様が

   お一人で、歌われますし、ショッピングでは私は-

   荷物持ちに過ぎません」

クオン「そっか、むしろ、それが普通なんだよな。俺とか逆に

    小さい頃、ジャンケンで負けて、荷物、持たされた事あるぞ・・・・・・」

レナ「何と・・・・・・それは真(まこと)にございますか?」

クオン「ま、まぁ。俺ってさ、あんま、この国じゃ尊敬されて

    ないっていうかさ。うん・・・・・・」

レナ「これは、ご謙遜(けんそん)を。クオン皇子殿下の-お名前と

   ご威光(いこう)は、遠くニュクスまで届いております」

クオン「そ、そうなんだ。俺-そっちでは、どう思われてるんだ?」

レナ「・・・・・・」

クオン「・・・・・・な、何か?」

レナ「大変、麗(うるわ)しい、ご容貌(ようぼう)と、称(しょう)されております」

クオン「あ、ありがとう。顔-以外は?」

レナ「・・・・・・実に破天荒(はてんこう)な方(かた)でいっしゃるとか」

クオン「他は?」

レナ「色事を好み、既(すで)に幾(いく)千(せん)もの女性を泣かせてきたとか」

クオン「それは無いから!何てこった・・・・・・。俺って、外国

    で、そんな風に見られてたのか?あぁ、パーティー、

    帰りたくなってきた」

レナ「クオン皇子殿下、申し訳ありません。冗談です」

クオン「へ?冗談?」

レナ「はい」

クオン「そ、そう。レナさんの冗談には、結構、ビックリさせ

    られるね」

レナ「申し訳ございません。場を和(なご)ませるつもりが、いつも、

   凍り付かせてしまうのです」

 と、レナはションボリと言った。

クオン「ま、まぁまぁ。そう、落ちこまないでくれよ。

    ビックリしたけど、刺激的だったよ」

 と、クオンは、よく分からないフォローをした。

レナ「本当でしょうか?」

クオン「あ、ああ。だから、まぁ、あんま気にしない・・・・・・」

ファス「クオン!」

クオン「わっ。ファス?何でって。ちょっ」

 クオンはファスに問答無用で連れて行かれた。

ファス「何やってんのさ」

クオン「え、何って?っていうか、お前、下に行ったんじゃ」

ファス「抜けてきた」

クオン「え?」

ファス「最上階に行くため、抜けてきた」

クオン「お前・・・・・・後が怖いぞ」

ファス「いいんだよ。それより、何で、あの娘(こ)にチョッカイ

    だしてんのさ」

クオン「あれ?ファスって、レナさんと知り合いなのか?」

ファス「知らないよ。大体、僕はニュクスに知り合い、

    ほとんど居ないよ」

クオン「それも、そうか。で、どうした?」

ファス「どうした、じゃないよ!僕、レナさん狙ってたのに」

クオン「狙うって・・・・・・。おいおい、ファス。合コンじゃない

    んだから」

ファス「うっさいわ!この女タラシめ!弾(はじ)ければいいのに、

    ポンのように。ポンッとな。・・・・・・あ、やべ、面白、

    プッ、我ながらツボにはまった」

クオン「ともかく、戻っていいか?」

ファス「クオン」

クオン「何だ?」

ファス「僕にレナさんを紹介してくれるなら許す」

クオン「わ、分かった。じゃあ、一緒に行こう」

ファス「ありがとう、クオン!やっぱ、持つべきモノ

    は友だよね」

クオン「現金な奴だなぁ」

ファス「ハッハッハッ。さぁ、行こう、クオン」


 そして、クオンはレナにファスを紹介し出した。

クオン「えっと、レナさん。こっちが俺の友人であり、護衛の

    ファラウス・フォルトゥーナです」

ファス「ファラウスです。レナさん。どうか、ファスと、お呼び下さい」

レナ「レナ・マヨールと申します。今後とも、よしなに、

   お願いします。ファス様」

 と言って、再び両膝を曲げ、挨拶(あいさつ)した。

ファス『ク、クオン。聞いた、今の。ファス様だって、クゥ』

 と、ファスは小声でささやいた。

クオン『分かった。分かった』

レナ「どうか、なされましたか?」

ファス「いえ、レナさん。僕は貴方の事を知りたいなぁ、と、

    思いまして」

レナ「はぁ・・・・・・?私ですか?」

ファス「はい。マヨール家のご令嬢(れいじょう)でいらっしゃるのですよね。

    いやー、通(どお)りで気品にあふれてらっしゃる」

レナ「ええと・・・・・・私はマヨール家の名は継いでいますが、

   めかけ-の子なのです。申し訳ございません」

ファス「あ、いや、えっと、まぁ、僕も使用人の子供ですし。

    仲良くしましょう。ちなみに、僕はフォルトゥーナ家

    の養子に入ってる形になります」

レナ「そうで、ございましたか。重ねて、よしなに、お願い

   申し上げます、ファス様」

ファス「いえいえ」

クオン「ところでさ。ニュクスって、どんな所?俺、向こう

    に直接、行った事なくてさ」

レナ「ニュクスは、ヤクト国から見て、異世界に位置します。

   ラース-ベルゼの北西に位置し、北の魔境地帯と接して

   います。

気候に関しては、西の方は、ヤクトとあまり変わらない

   と思います。しかし、東に移るにつれ、寒さは増し、

   厳しい天候にさらされる事となります」

クオン「なる程」

ファス「確か、暖流の影響だよね」

レナ「はい。マナの影響もありますが、やはり、暖流の影響は

   強いと言われております。海に接している西部地帯は

   暖流の影響を受けるため、比較的、暖かく、東部地帯は

   内陸部にあたるため、大陸性-気候の厳しい寒さが襲い

   ます」

クオン「なる程。レナさんは、何処(どこ)の生まれなんだ?」

レナ「私は東のヨーツテルの街で生まれました。古い街です。

   古いと言っても、百年程の歴史しかありませんが」

クオン「まぁ、でも、そもそも、ヤクトとニュクスの歴史

    自体がそんなに長く無いからなぁ」

ファス「それで?」

レナ「ヨーツテルの街並みは美しいのですが、実際に住んでみると石造りの家は、とても寒いのです」

ファス「すきま風って事?」

レナ「いえ。石の壁自体が、とても冷たくなるのです。床も

   石で出来ていた為(ため)、足下(あしもと)も、とても冷え込みます」

クオン「何か、話だけで、寒くなってきたなぁ」

レナ「本当に寒かったのです。でも、家に一つ、大きな暖炉が

   あって、そこの周りだけ、とても暖かくて・・・・・・。

   冬は母と身を寄せ合って、暖炉の前で寒さをしのいだ

   ものでした。もっとも、背中が冷えるので困りましたが」

クオン「なる程なぁ、大変だったんだな」

レナ「はい。あの頃は、お金も無くて、色々と苦労しました。

   ですが、母さんが一緒だったから・・・・・・」

ファス「いやぁ、きっと、レナさんのお母様も、大層、美人で

    らっしゃるのでしょうねぇ」

レナ「若い頃の写真は、とても綺麗でした。ひいき目-無しに

しても。ですが、私の心に蘇る母は、やつれ、衰えた姿

   です」

クオン「苦労なされてたんだな」

レナ「はい。クオン皇子殿下は、ご察しやも知れませんが、

私の母は亡くなっております。はやり風邪からの、肺炎

で」

ファス「ええっ、しまった。僕、さっきから、聞いちゃいけない事、聞きまくってる・・・・・・」

レナ「お気になさらないで下さい。母の死とは、もう折り合い

   つけております」

ファス「そ、そうなんだ・・・・・・」

クオン「それから、もしかして、実家に戻ったのか?」

レナ「そういう形になります。実家というか、マヨール家の

   お屋敷に行きました。

そもそも妊娠した母は私を産むため、生まれ故郷である、ヨーツテルの街に戻ってきたのです。なので、私は

マヨールのお屋敷には、母の在世には行った事が一度も

なかったのです。

しかし、職と宿を求め、マヨール家へと、私は向かい

ました。ヨーツテルの家は、母が内緒でしていた借金の

カタに取られてしまいましたから」

クオン「そうなんだ」

レナ「はい。ですが、最初は奥様の命(めい)で門前払いでした。幸い、

   使用人頭が取りなしてくださり、侍女という形で、屋敷

   に入る事を許されました。それから、旦那様のご厚意で、

   セレネ様にお仕えする時、マヨール家を名乗る事を許し

   て頂きました」

クオン「旦那様・・・・・・」

レナ「あの人は嫌いです。私が生まれてから、母さんに一度も会ってくださらなかった。母さんは死の淵(ふち)まで、あの人

   の事を想ってたのに・・・・・・」

クオン「・・・・・・そっか。でも、お母さんは、いい人だったん

だろ?」

レナ「・・・・・・道徳的に見れば、いい人とは言えないでしょう。

   不倫をしたわけですし。それに、母さんは経済観念

   にも乏(とぼ)しいですし、妄想癖(もうそうへき)も激しいですし、駄目な人

   でした。でも、私にはとても、優しくしてくれた。

   料理も得意で、いつもニコニコしながら、ご飯を用意

   してくれました。冬に飲む-野菜スープ・・・・・・

   温(あたた)かくて-おいしかったなぁ・・・・・・」

 とのレナの話にクオン達は黙ってしまった。

レナ「ハッ・・・・・・。も、申し訳ございません。少し感傷に浸ってしまいました。何せ、過去の話をよその方にするのは

   これが初めてでして」

ファス「い、いえいえ、お気になさらず」

クオン「でも、そんなに寒いんじゃ、東の人は大変なんだろうね」

レナ「私の住んでいたヨーツテルの街は貧しい所でしたから。

   ですが、東の一般の家庭は、きちんとした暖房設備を

整えております」

クオン「そうなんだ。じゃあ、レナさんは本当に大変だったん

    だな」

レナ「かもしれません。ですが、本当に大変なのは北東部の

   国境地帯です」

クオン「それって、北の魔境と隣接してる」

レナ「はい。大量のモンスターからの侵攻を食い止めている所

   です。しかし、そこらは地価が安いためか、未だ大勢の

   人々が住んでいます。特に移民で居場所の無い者が、

   大半を占めています」

クオン「聞いた事がある。ニュクスでは移民から、たくさん

    徴兵(ちょうへい)して戦わせてるって」

レナ「はい・・・・・・。彼等は本当に、必死で戦います。もし、

防衛線が破られれば、後ろに住む家族達がモンスターに

殺される事となりますから・・・・・・」

クオン「何か釈然(しゃくぜん)としない話だな」

レナ「数十年前までは本当に悲惨な状態が度々、起きていました。文明が発達し、より高度な兵器を使うようになっても、モンスターはそれに合わせるかのように進化して

   きました。

   ただ、それでも、魔導アルマが導入されて以来、被害

   も大分(だいぶ)、減りました。しかし、そんな矢先、軍上層部の

   過ちにより、ニュクスは未曾有(みぞう)の危機に瀕(ひん)する事に

   なってしまったのです」

ファス「ああ。核爆弾、使ったんでしょ。そのせいで、

    突然変異種が現れちゃって、大変な事になったとか」

レナ「はい。当時から、核の使用を危ぶむ声は有りました。

   しかし、功を焦る軍上層部の声に押され、議会はその

   作戦を承認してしまったのです」

クオン「その結果、突然変異種による大侵攻・・・・・・、俗(ぞく)に言う

    幻魔大戦が行われたんだよな」

ファス「しかも、一度じゃなくて、三度だからね」

レナ「はい。ですが、その時、救国の英雄が現れたのです

   第17国境警備・騎士団、通称、黒竜騎士団を率(ひき)いる

   一人の騎士、シルヴィス・シャインが・・・・・・」

クオン「黒騎士、シャインさん・・・・・・」

レナ「はい。あの方が居なければ、ニュクスは滅んでいたと

   言っても過言ではありません。私、セレネ様の親衛隊の

   方とお話しする機会を得たのですが、誰もがシャイン様の事を尊敬しておりました。軍事に詳しい方の中では、シャイン様の能力値が低い事を指摘(してき)する方も居るようなのです。ですが、親衛隊の方はこう仰(おっしゃ)られました。

   『確かにシャイン殿は最強の能力者では無いやもしれま

    せん。しかし、私は誰が何と言おうと、あの方が

    最高の能力者であると、確信しております』

    と」

クオン「そっか、本当に凄い人なんだな。シャインさんは」

レナ「はい。ニュクスの誇りです。怪我も治られたようで、

   本当に良かったです」

クオン「ところで、今って、休眠期なんだよな」

レナ「はい。モンスターは夏と冬に活動を強める傾向に

   あります。そして、活動を強める時期を活動期、

   活動を弱める時期を休眠期としております。今は春です

   から、休眠期にあたります」

クオン「なる程。なら、シャインさんが、こっちに来てても

安心だな」

レナ「はい。それに、国境警備には、ジュノ殿が一時的に引き継いでいる黒竜騎士団も、おりますので」

ファス「その、ジュノさんも、相当な腕の魔法剣士だって、話

    だよね」

レナ「はい。ただ、あまり、軍は、そういった情報を出さない

   ので、私のような庶民(しょみん)は詳しくないのです」

クオン「そっか。でも、ニュクスとの同盟が結ばれるって

    話もあるし、そしたら、ヤクトもニュクスの国境

    警備を手伝う事もあるかもな」

ファス「ク、クオン。皇子がそういう事、軽々しく言っちゃ

    駄目だよ」

クオン「あ、ごめん。レナさん、今の発言、無かった事に」

レナ「心得ております。ですが、今のお言葉だけで、

   私は涙が出る想いです」

クオン「そ、そんな、大げさな」

レナ「いえ・・・・・・。クオン皇子殿下。皇子殿下とこれ程

   長く、お話、出来た事、私の一生の誇りにございます」

クオン「そ、そんな」

レナ「ですが、侍女である私がこれ以上、お引き留めするわけ

   に参りません・・・・・・」

クオン「そっか。でも、まだヤクトには居るんだろ?また、

    会えるといいな」

レナ「はい」

 と言い、レナは明るい笑顔をクオンに見せた。

ファス「・・・・・・」

クオン「じゃあ、また」

 そう言って、クオンは去って行こうとしたが、ふと立ち止まった。

クオン「あ、そうだ。それと、レナさん」

レナ「は、はい?何でございますか?」

クオン「よければさ、セレネ姫と仲良くしてやってよ。俺も

    仮にも皇子やってるから分かるんだけどさ・・・・・・。

    玉座の周りは冷たいんだ。だからさ、一人でも、

    皇子とか姫とかじゃなくて、心から付き合ってくれる

    人が居ると、助かるんだよ。本当に」

レナ「・・・・・・、分かりました。頑張ってみます」

クオン「うん、じゃあ」

 そして、クオンとファスは去っていった。

ファス「ケッ、格好付(かっこつ)けちゃって」

クオン「ハハ・・・・・・。でもさ、感謝してるんだぜ。

    お前達にはさ」

ファス「・・・・・・、おだてたって、何も出ないんだからね」

クオン「別にいいよ。十分、もらってるから」

ファス「・・・・・・、クオン。これから言う事を忘れないで。何が

    あっても・・・・・・。何があっても、僕はクオンを裏切らないから」

クオン「何だよ、それ?さっ、行こうぜ。」

ファス「うん・・・・・・。あっ、あっちに中々の、ご令嬢を

    発見!」

クオン「いや、あれ、人妻だぞ。ルベール家の。ちなみに

    二児の母ね」

ファス「馬鹿な・・・・・・。整形手術、恐ろしや」

クオン「いや、整形手術じゃないみたいだぞ。リグナ、曰(いわ)く

    整形独特の張りがないそうだ」

ファス「あ、そう。まぁ、いいや。挨拶(あいさつ)ぐらい、しとこ。

    クオン、紹介よろしく」

クオン「はいはい」

 そして、二人は近づいていった。


 一方、レナは悩んでいた。

レナ「仲良く・・・・・・、か。ハァ・・・・・・、うん」

 そして、レナは携帯を取り出し、メールを打ち出した。


 離宮ではセレネはメールの着信に気付いた。

 すると、突然、ドアが勢いよく開けられた。

セレネ「誰です?無礼な」

 そこにはニュクスの騎士が数名居た。

セレネ「あ・・・・・・。もしかして、火急なのですか?」

騎士A「セレネ・ニュクス・フォルテ。貴様を拘束する。

    大人しく、両手を上げ、投降せよ」

セレネ「何を言って」

騎士A「黙れ。この血で操られた人形が。貴族や王の時代は

    終わりを告げたのだ。お前達、無駄飯(むだめし)-喰(ぐ)らいは、

大人しく、我等、社会統一軍に従えばいいのだ。

命があるだけ、マシに思え。おい、何をしてる。

さっさと拘束しろ」

騎士B「で、ですが・・・・・・」

 と、他の騎士達は躊躇(ちゅうちょ)していた。 

セレネ「貴方たち、何をしてるか分かってるのですか?

    誰かッ!誰か、居ないのですかッ!?」

 すると、一人の女が入って来た。

ノワール「何をしてる。早く、拘束しなさい」

騎士A「はっ」

 そして、騎士A、自ら、セレネに手錠をかけた。

セレネ「ノワール!ノワール!どういう事なの?これは」

ノワール「あらあら、姫様、無様な姿ね。ふふっ、いい気味

     だわ」

セレネ「ノワール?」

ノワール「あのね、お姫様。ニュクス王家は、お終(しま)いなの。

     今頃、国王のトゥリス爺(じい)さん-も捕まってるはずよ」

セレネ「嘘ッ!陛下が、そんな」

ノワール「嘘か本当か、じき分かるわよ。でもね、お姫様。

     あまり、私の機嫌を損ねない方がいいんじゃない

     かしら?あなた、まだ処女でしょ?」

 とのノワールの言葉にセレネは顔をこわばらせた。

ノワール「そう、それでいいの。何も言わない方が。まだ

     マシよ。いい子、いい子。安心なさい。あなたには

     使い道があるようだから、ひどい目には合わせたり

     しないわ。あなたが、大人しく私達の言う事を聞いてる限りね」

セレネ「一つだけ、聞かせて」

ノワール「何かしら?一つだけよ」

セレネ「シャインは・・・・・・、シルヴィス・シャインは、この事を知ってるの?」

ノワール「・・・・・・。知っているって、言ったらどうするの

     かしら?」

セレネ「そんな・・・・・・」

ノワール「安心なさい。シャインは知らない。知らないけど、

彼女は今ね、特命を帯びて、待機してる」

セレネ「特命?」

ノワール「質問は一つのはずだけど、特別に教えてあげるわ。

     シャインはね。ヤクト国の使徒を殺しにいったの。

     この意味、わかるかしら?」

セレネ「そ、そんな。戦争になるわ。そんな事をしたら。第一、

    いくら、シャインでも使徒になんて、敵(かな)いっこないわ」

ノワール「そういう事、良くて重傷、悪くて無駄死に。だから、

     シャインに期待するのは止めておきなさい。それにね、あの女も軍人よ。上層部の命(めい)には絶対なの。

重ねて言うけど、諦めなさい。あの女は-あなたを

助ける事はないわ」

セレネ「・・・・・・」

ノワール「さっ、連れて行きなさい」

騎士A「ハッ」

 そして、騎士達は出て行った。

 すると、バルボスが駆けつけて来た。

バルボス「離宮の制圧、完了、致しました」

ノワール「そう。もろい物ね。まぁ、人が少なかったのも大きいわね。で、外には漏(も)れて無いわよね」

バルボス「恐らく。元々、離宮と王宮は特殊な結界で守られており、外部との連絡は、有線か、人員による直接のモノ以外、不可能です。しかし、有線には予(あらかじ)め、細工を仕掛け、コンピュータを遮断(しゃだん)しておきました。さらに、離宮、王宮は物理的に封鎖しております」

ノワール「そう。ラース-ベルゼの方は?」

バルボス「ラース-ベルゼは現在、クリスタルの塔を制圧中の

     模様です」

ノワール「上手く行き過ぎなくらいね。フフ、結界が仇(あだ)になった形ね。外で、こんな事したら、共鳴-結界塔の

魔力探知で、一発で、ヤクト軍が飛んでくるわ」

バルボス「でしょうな」

ノワール「ところで、イザベル皇后は?」

バルボス「大人しく捕まっております。彼女が早めに投降した

     からこそ、他の者も大人しく捕まった所があります」

ノワール「そう。ウツなババアも役立つ時はあるのね。さて、

     後は、浮気性のケルサスの番か・・・・・・」

 と、ノワールは楽しそうに言った。


 ・・・・・・・・・・

王宮、クリスタルの塔、枢密院(すうみついん)・御前(ごぜん)-会議室にて。

 国王であるケルサスと、枢密院の顧問官は立ち上がり、魔力を発動させていた。

 一方、ラース-ベルゼ側(がわ)は魔法の発動を寸前で止めている状態だった。

ケルサス「どういう、つもりかな?エルダー・ゼノン国家-

     副主席?議定書の内容が悪かったなら、謝るが。

     それにしても、悪ふざけが、過ぎるのでは?」

 とのケルサスの言葉に対し、エルダー・ゼノンと呼ばれた

老人は鼻で笑った。

ゼノン「ハッ。いい加減、現実を受け入れたらどうだ、

    ヤクトの豚よ!お前達は、ここで死ぬのだ!」

 その言葉が終わるや否や、展開された魔法が、ケルサスの

張った結界とぶつかり合った。

 そして、一人のメガネを付けた、ヤクトの枢密院の

顧問官が、隠し扉を開き、逃げ出していた。


 ・・・・・・・・・・

 帝都ホテル、最上階にて。

クオン「・・・・・・」

ファス「どうしたの、クオン。また、ボーッとして」

クオン「いや、何か、妙な胸騒ぎがしてさ」

ファス「フーン、やだな。クオンの勘は当たるから」

 すると、アグリオが近づいて来た。

クオン「アグリオ」

アグリオ「ええ。ファス、ちょっと、いいですか?話が」

ファス「え、何?」

アグリオ「一階に不審人物が現れました。とっくに、取り押さえられていますが、警戒が強化されるようです。

     我々は地下-駐車場の担当に決まりました。急ぎ、

     付いてきて下さい」

ファス「え、だって、それなら、むしろ、クオンの側で守って

    なきゃ」

アグリオ「上の判断です。我々はSPに、というより警視庁

     に、信用されていません」

ファス「何だよ、それ。警視庁も大概(たいがい)だなぁ。はぁ。じゃあ、

    クオン。しばらく、お別れだよ。まぁ、楽しんで」

クオン「ああ。リグナにも、よろしくって」

ファス「うん」

 そして、ファス達は去って行った。

 しかし、妙な事にSPがクオンの周りには居なかった。

クオン「はぁ・・・・・・」

 クオンは、ため息をつくと、ホールを歩き回った。

 すると、羽ウサギのウサが居た。

クオン「ウサ」

ウサ「あっ、クオン皇子ーーー!」

クオン「元気にしてたか?」

ウサ「モフ?ウサ、元気だよ」

クオン「・・・・・・待て・・・・・・。なぁ、ウサ。そうだ。俺は三日前

    セレネ姫から、ウサを紹介されて・・・・・・。それで・・・・・・

ウサは王宮に来る事になって。あれ?でも、記憶に無い・・・・・・。いや、紹介されて、ウサが来る事になったって事実は覚えてるのに、実際に紹介されたシーンを、思い出せない・・・・・・」

ウサ「クオン皇子・・・・・・?」

 と、ウサは少しキョトンとしながら、クオンを見つめた。

クオン「あ、ああ。ごめん、ちょっと、頭が痛くて・・・・・・」

 クオンの頭は急に痛み出していた。

ウサ「モフ。ウサ、トリート(回復魔法)、使えるよ。あっ

でも、首輪、無いと使えないんだった」

クオン「なぁ、ウサ。俺は三日前、ウサと友達になったん

    だよな」

ウサ「うん。ペットじゃなくて、友達って、皇子、言ってくれたの。ウサ、嬉しかった」

クオン「そうだ・・・・・・、そうだった。うん、その場面は思い出した」

ウサ「でも・・・・・・、皇子、あの後、少し変だったよ」

クオン「え?変って?」

ウサ「何て言うか、少し怒りっぽい感じだったよ。優しい時と怒りっぽい時が、混じってた感じだった。

   でも、ウサ、クオン皇子と会ったばっかだから、よく

   分からない」

クオン「混じってた?今の俺は、どうだ?」

ウサ「モフ。今の皇子は優しい王子様だよ。友達って

   言ってくれた時と同じ」

クオン「そうか・・・・・・、ごめんな、ウサ。きっと、式典の後で

    少し疲れてたんだ。ごめんな。これからは気をつけ

から」

ウサ「モフ。クオン皇子、頑張りすぎなの。体には気をつけて」

クオン「ああ。そうするよ・・・・・・。え?」

 すると、クオンは一瞬、凍り付いた。

クオン「逃げろッ――――――!窓から離れるんだッ!早く

    しろッッッッッッッッ!」

 と、クオンは突然、叫んだ。人々は何事かと皇子の方を振り返った。

 次の瞬間、小型の飛翔(ひしょう)艇(てい)が窓に突っ込んできた。

 クオンはウサを抱え、カーペットを転がった。そして、急いで首輪型の魔導-制御器を付けた。

クオン『プロテクト、スフィア』

 と、すぐに、二つの守護魔法を唱えた。

 そして、前方から銃声が響いた。血しぶきが舞い、一瞬、

遅れて、絶叫と悲鳴があがった。飛翔艇の中からは、甲冑を

着て、銃を持った兵士が次々と現れていた。

クオン「嘘だ・・・・・・。クソッ」

 クオンは燭(しょく)台(だい)のロウソクの炎を吹き消し、ロウソクを取った。

 その行為を一瞬で行った後、先端の尖った燭台を兵士の一人に投げつけた。

その魔力のこもった燭(しょく)台(だい)は-兵士の甲冑(かっちゅう)を貫き、腹部に

突き刺さった。

 すると、兵士達の視線がクオンに集まった。

 兵士達が一瞬、躊躇(ちゅうちょ)してる内にクオンはウサを抱え、後方に駆けだしていた。

ウサ「クオン皇子、怖いよぅ」

クオン「捕まってろ!」

 としか、クオンは言えなかった。

クオン(戦っちゃ駄目だ。敵はプロだ。だけど、あれは

ラース-ベルゼの兵士?クソッ、何で)

 と、クオンは一瞬で思考しながら、一つ下の階に辿(たど)り着いた。

 すると、前が人ゴミで通れなくなっていた。

 仕方なしに、クオンは壁を蹴って、先へと進もうとした。

 非常階段の扉の上に飛び乗ると、階段の下からも、銃声が

響いた。

クオン(囲まれてる?クッ。そうだ、サム。サムに連絡が

    とれれば)

 そして、クオンは通常の無線機を取り出し、操作するも、

雑音しか流れなかった。

 クオンは扉の上で震えた。

クオン(嘘だ・・・・・・。これは、魔導ジャマー?無線封鎖され

    てる・・・・・・。これじゃ、まるで、本格的な戦争じゃ

    ないか)

 と、クオンは戦慄(せんりつ)するのだった。

 すると、魔力同士の衝突の余波がクオンに触れた。

 みれば、貴族の能力者が次々と、一人の男に殺されていた。

 

その男は、ふざけた事に、日傘を片手で持ちながら、もう

片手でアサルト・ライフルを扱(あつか)い戦っていた。

 すると、一段落したのか、男はクオンの方を向いた。

男[お?ああ、そうだ。また、会ったなぁ!皇子様よぅ!]

 と、男はラース-ベルゼ語で叫び、数発の弾丸を放った。

 クオンはとっさに、その弾を避けたが、魔力のこもった弾丸

はクオンを追尾してきた。

 クオンは足にまとった魔力で、ホールを縦横無尽(じゅうおうむじん)に駆けるも、

弾丸を振り切れなかった。

クオン(魔力を帯びてる分、通常弾より遅いけど、それでも)

 と、クオンは一瞬で思考し、そして、窓を突き破った。

 それから、窓の縁(ふち)を逆さまの状態で蹴り、下方に向けて、

一気に加速した。

 しかし、弾丸は、それでもクオンを追っていった。

ウサ『皇子!ウサ、キャンセル、使えるよ!首輪あれば、

   使えるよ!」

クオン『頼む!』

 と、クオンは念話で一瞬で会話し、羽ウサギに一瞬で予備の魔導機を付けた。

ウサ『キャンセル』

 と、ウサの魔法解除-呪文が発動し、弾丸は無力化され、

あらぬ方向へと飛んでいった。

クオン『フロート』

 と、クオンは浮遊魔法を唱え、衝撃をやわらげ、何とか着地に成功した。

クオン「クゥ・・・・・・」

 しかし、両足の骨は折れかかる程の衝撃が、クオンの全身を

襲っていた。

ウサ「大丈夫?クオン皇子?」

クオン「あ、ああ。大丈夫だ。それより、ここは十階くらいの外周部か?・・・・・・。まずい。下でも戦闘が起きてる。

    いや、違う・・・・・・」

 と言って、クオンは街中から上がる炎を見た。

クオン「首都エデン、全体で戦闘が起きてる?」

 そして、クオンは辺りを急いで見渡した。すると、そこには

通気口があった。それは、ちょうど、小さなウサが入れる程(ほど)の

大きさだった。

 クオンは急いで、通風口のカバーを、無理矢理、開けた。

クオン「ウサ、急いで、この中に隠れるんだ。少し、ホコリっ

    ぽいかもしれないけど、我慢だ」

ウサ「モフ?クオン皇子は?」

クオン「俺はいいんだ。奴らは、きっと、俺を狙ってくる。

    俺と一緒じゃ危ない。早くしないと」

ウサ「でも・・・・・・」

クオン「ごめん」

 そして、クオンは睡眠魔法『スリープ』を唱えた。

 すると、ウサは眠ってしまった。

 クオンはウサにフロートとプロテクトとスフィアの魔法がかかっているのを確認すると、ウサを通風口の中に優しく入れた。

クオン「ごめん・・・・・・、この建物が壊れちゃったら危険だけど。

    俺といるよりは、きっと安全だから」

 と、呟(つぶや)き、クオンは駆けて行った。


 日傘の男、ツヴァイは、群がる貴族達を次々と殺していった。

ツヴァイ[あー、あー、あー。このバカ共(ども)が。皇子を攻撃した

     ら、とたん、発狂しやがって。クソ。時間を無駄に

     した]

 すると、一人の横たわった老人が血を吐きながら、口を開いた。

老人「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・。ラース-ベルゼ・・・・・・。お前達は

   必ず、敗(やぶ)れ去る・・・・・・。クオン、皇子殿下・・・・・・。

   後は・・・・・・」

ツヴァイ[何、言ってっか、わかんねぇんだよ]

 と言い捨て、老人の頭に弾丸を撃ち込んだ。

ツヴァイ[よし、よし。まぁ、こんなもんか?おい、お前等(まえら)、俺は、これから、あのクソ皇子を追う。いいな]

 と、ツヴァイは兵士の一人に言った。

兵士[で、ですが、ツヴァイ様。本部よりの命(めい)はあくまで、

   帝都ホテルの制圧では・・・・・・]

ツヴァイ[俺は誰だ?]

兵士[レベル7能力者の、レザナ・ツヴァイ上級大尉(たいい)-殿で

   あります]

ツヴァイ[そうだ。曹長(そうちょう)、如(ごと)きが、俺に指図するつもりか?]

兵士[ですが、本部よりの命(めい)は、最優先-事項でありまして]

ツヴァイ[なら、本部に連絡しろよ。今すぐ]

兵士[で、ですが、無線封鎖の中での本部への連絡は困難

   かと・・・・・・]

ツヴァイ[いいから、やりゃあ、いいんだよ。本気で走って

きゃ、数分で着くだろ?チッ、それでも、時間が

     かかりすぎるが・・・・・・。何やってる!早く、しろ!]

兵士「はっ、はい!」

 そして、兵士は急いで部下に連絡を命じていた。

ツヴァイ[クソ。レヴィアの手が空いてりゃ、一瞬で念話が

     通じるのによ・・・・・・]

 と、ツヴァイは吐き捨てた。


 一方、クオンは連絡橋を慎重に駆けていた。駅へと通じる、

長い長い-その通路には幸い、敵の姿は無かった。

クオン(下には、ラース-ベルゼ兵が居る。ぎりぎりまで、この

    まま、進めれば・・・・・・)

 と、思いながらクオンは駆けていた。

 一般的に強い防御結界をかけると、その強さの分、動きが遅くなる。クオンは狙撃などを恐れて、かなり、強く防御結界を

張っていた為、移動がどうしても遅くなりがちだった。


 すると、何かがクオン目がけて降ってきた。

クオン(マズイ)

 クオンは、とっさに前に跳躍(ちょうやく)し、守護魔法-プロテクトを重ね

がけした。

 次の瞬間、何かが地面に着弾し、爆風でクオンの魔法障壁は粉々となった。

 さらに、衝撃でクオンは転げ回った。

クオン「・・・・・・プロテクト、スフィア・・・・・・」

 と、クオンは立ち上がりながら、守護魔法を再び張った。

クオン(今のは迫撃砲(はくげきほう)?・・・・・・クッ、また来る!)

 クオンは懸命に避けたが、爆風をかわしきれなかった。

 それでも、クオンは致命傷には、いたってなかった。

クオン(ヤバイ、ヤバイ。逃げないと。早く、逃げないと。

    死ぬ・・・・・・。本当に、死ぬ。何だよ。これ。大体、

    迫撃砲って、もっと、精度が悪いはずなのに・・・・・・。

    いっそ、守護魔法を解いて、全力で駆け出すか?

    駄目だ。狙撃兵(そげきへい)が、その瞬間を狙ってるかもしれない。

    今かけてる-だけの守護魔法なら、狙撃兵の心配はない)

 といった内容を、クオンは瞬時に悟った。

 そして、再び駆けだした。


 クオンから数キロ離れた、その更地(さらち)に、ニュクス特殊戦団、

第五コマンド-中隊が居た。彼等は火力部隊であり、敵を爆散

させる事に特化された部隊だった。

 その中央に、一人の巫女が魔方陣の上に、薄着で座り込んでいた。

巫女『アイン1、こちら、ソーサレス1。着弾確認。対象、なお

   も、駅方面へと前進中。効力(こうりょく)射(しゃ)を要求。着弾点より、

   次の位置へ、修正されたし』

 と、巫女は砲兵にクオンの位置を念話で送った。

砲兵『ソーサレス1、こちら、アイン1。了解。これより、

   効力射に入る。以上』

 と、砲兵は肉声が届く範囲であったが、あえて念話を送った。

 その返事を聞き、巫女は心眼でクオンを見つめた。

 

クオン(見られてる?何処(どこ)だ?)

 と、クオンは直感した。

 すると、クオンの瞳が赤く輝いた。

さらに、クオンの視界が赤く染まった。

クオン(何だ?世界が・・・・・・)

 さらに、クオンの視界は赤から、白黒へと移っていった。

 クオンは上空に巨大な瞳が浮かんでるのを見つけた。

クオン(そこか!)

 次の瞬間、上空から霊体の光の矢が降り注いだ。

 それはクオンが無意識に放った技だった。

 霊体の瞳に霊体の矢が次々と突き刺ささり、瞳は霧散(むさん)して

いった。


巫女「アーーーーーッ!アアアアッッッッッ!」

 と、巫女は絶叫をあげた。その右目はフィード・バック

(はね返り)を喰らい、血にあふれていた。

 右目を押さえ、巫女は、なおも泣き叫び続けた。

護衛「衛生兵を呼べッ!早く!」

 と、叫んだ。

部下「はっはい」

 そして、辺りは騒然(そうぜん)とし出した。彼等(かれら)にクオンを追う事は

不可能だった。


クオン「よし、気配が消えた」

 と、小声で呟(つぶや)き、クオンは駆けだして行った。


 ・・・・・・・・・・

 離宮には人質達が一つの部屋に集められていた。

 そこにはセレネ姫も入っていた。

 セレネは、あまりの状況に涙ぐんでいた。

 すると、一人の女性が近づいて来た。

それは、イザベル皇后だった。(愛称、ベル)

ベル「セレネ姫?大丈夫かしら?」

セレネ「イザベル皇后陛下・・・・・・。申し訳ありません。

    見苦しい所を、お見せしてしまい・・・・・・」

ベル「いえ、当然よ。こんな状況じゃ・・・・・・」

セレネ「陛下は、お強いのですね」

ベル「そんな事ないわ。私だって、内心は震えてるのよ。

   それと、陛下はよして。イザベルでいいわ」

セレネ「はい。イザベル様。これから、私達はどうなるの

    でしょうか?」

ベル「分からないわ。でも、大人しくしてれば、ひどい目に

   合わないと思うのだけど・・・・・・」

セレネ「本当ですか?」

ベル「分からないわ・・・・・・。これは、非日常なのよ。何が起きても、不思議じゃないわ・・・・・・」

セレネ「ケルサス陛下に、クオン皇子殿下は、ご無事なの

    でしょうか?」

ベル「・・・・・・。分からないわ」

セレネ「申し訳ありません。差し出がましい事を」

ベル「いいのよ。今は祈りましょう・・・・・・。神に・・・・・・」

 とのベルの言葉に、セレネは頷(うなず)いた。


 そんな二人の様子を、ラース-ベルゼの将校、バーサレオスは

こっそり、見つめていた。(愛称、バレオス)

バレオス(私は何をしているのだ?無抵抗な女性達を人質に

     取るなど、騎士道に反している。カイザー、・・・・・・。

     お前なら、激昂(げっこう)するのだろうな)

 と、バレオスは心の内で、友の名を呟いた。

 そして、ため息を吐(つ)き、バレオスはセレネ達に近づいた。

バレオス「お二方(ふたかた)、よろしいでしょうか?」

 と、バレオスはヤクトとニュクスの共通言語、イデア語で

優しく語りかけた。

 しかし、イザベルとセレネはビクッとした。

バレオス「申し訳ありません。私はラース-ベルゼの将校である、

バーサレオスと、申します。どうか、そう、怯(おび)えないで下さい。私は騎士であり、この剣に誓い、貴方がた-に危害を加える事はありません」

ベル「信じてもよいのですか?」

バレオス「二言(にごん)はありません」

ベル「ならば、私の命(いのち)は構いません。使用人達、そして、来賓

   である、セレネ姫の安全を保証して下さい」

バレオス「それは、もちろんで、ございます。そのような、命(いのち)

     などという物騒な言葉を、お使いになるのは、

     どうか、ひらにお止(や)め下さい」

ベル「はい・・・・・・」

 と、イザベルはホッとしたように言った。

バレオス「何か必要な物が有れば、何なりと、お申し付け

下さい。女性方(がた)は特に、ご入り用が多いでしょう

から」

ベル「はい。誠意ある対応、感謝いたします」

バレオス「いえ」

 そう言って、バレオスは、怖がらせない為(ため)に、あえて敬礼で無く、ボウ・アンド・スクレイプをした。(帽子を脱ぎ、右足を引き、お辞儀(じぎ)をする。また、その時、右手を水平に胸にあて、左手を左に水平に突き出す)

 それを見て、イザベルとセレネは、ようやく、少し安心したようだった。

バレオス(しかし、イザベル皇后・・・・・・。噂と違い、何と

     気高い方か・・・・・・。それに、その年の割に、何と

     壮麗(そうれい)であられるか・・・・・・。おっと、いかん、いかん。

     こんな事では、またカイザーに笑われるな。美しい

     女性に目が無いと)

 と、生まれながらの騎士、バーサレオスは内心、苦笑した。

 

・・・・・・・・・・

 サムはクオンの魔力を追って、帝都ホテルの外周部まで来ていた。辺りには、どういうわけか、ラース-ベルゼ兵が居なかった。

サム(さてと、ここまで来れたものの・・・・・・、一体、皇子は

   何処(どこ)へ?ここに魔力(まりょく)痕(こん)が-あるのは間違いないが。

   魔導ジャマーの中、魔力痕を追うのは至難(しなん)の技・・・・・・。

   今回は偶然、ここまでたどれたが。第一、急に、ラース-ベルゼ兵の動きが大人しくなった。何故だ?)

 と、思いつつも、連絡橋へと、壁伝いに進んでいった。


 その様子を日傘の男、ツヴァイは気配を断ち、最上階から

うかがっていた。

ツヴァイ(あれが、例の・・・・・・。まぁ、いいさ。面倒事は、

     ニュクスの奴隷(どれい)共(ども)に任せて、高みの見物と

     させてもらいますか)

 と思い、ニヤリとした。


 サムは、すると、何者かが、連絡橋から歩いて来るのを

感じた。

サム(ステルス・・・・・・。この距離に近づくまで気づけなかった。

   インビジブル[姿隠し]の魔法か・・・・・・)

 と、サムは直感した。

 そして、一人の女性が音も無く、歩いてきた。そこで、ようやく、サムは、その者を見た。

 それこそ、ニュクスの筆頭騎士、シャインの完全武装した姿

だった。

サム「貴方は・・・・・・」

シャイン「サムエル護衛官だな」

サム「ええ・・・・・・」

 サムは空中に大剣を召喚し、構え、答えた。

シャイン「お前はヤクト国の使徒、つまり、クリスタルに選ばれた、クリスタルの守護者だな」

サム「・・・・・・なる程、流石(さすが)にばれていた、という事ですか」

シャイン「半年前、我がニュクスの使徒が何者かにより、暗殺

    された。表向きは爆発事故として処理されたが。だが、

    使徒を殺すのは、並の能力者では不可能だ。

しかも、現場に残された魔力痕は、ニュクスの

    データ・ベースに無いタイプの物だった。いや、ご託はいい。その魔力痕のデータを見たが、見事に貴様と

    一致しているな。何か釈明(しゃくめい)の言(げん)はあるか?」

サム「いえ、認めましょう。確かに、私が行(おこな)いました。ヤクトの使徒として、ニュクスの使徒を殺しました。これは

   れっきとした事実です。言い訳をする気はありません」

シャイン「なら、大人しく投降しろ。死にたくなければ」

サム「ハッハッハッ。死にたくなければ?何様のつもりですか?

   ただの人間、如(ごと)きが。筆頭騎士だか、何だか、知りませんが、あまり、神話級の実力を舐(な)めない方がいい」

シャイン「戦闘を辞(じ)するつもりは無いと?」

 と言い、シャインは目を細めた。

サム「むしろ、やめるのは貴方がた-の方(ほう)では無いのですか?

   大体、本当によろしいんですか?これでは、ニュクス

   とラース-ベルゼが協力して、ヤクトを侵攻した事になり

   ますよ」

シャイン「・・・・・・」

 すると、何も無い影から一人の魔女、アイシャが浮かび上がってきた。

アイシャ「シャイン・・・・・・、何を敵としゃべっているの?それとも魔物は殺せても、ヒトは殺せないのかしら?」

シャイン「アイシャ・・・・・・」

サム「ほう、これはニュクス最強の魔女と謳(うた)われた、

   アイシャ・エル・アークライア殿では、ありませんか

   しかし、なる程、これでニュクス最強の魔女と騎士

   が揃(そろ)ったわけですか」

アイシャ「アハハッ。使徒が何いってるのかしら?」

サム「まぁ、いいでしょう。たまには、表だって殺し合うのも

   悪くはない・・・・・・」

 次の瞬間、サムの周囲を自身の炎のマナが覆っていった。

 そして、最高峰(さいこうほう)の能力者同士による、壮絶(そうぜつ)なる死闘が

繰り広げられるのであった。


 戦いの場は王宮前公園の方へと移っていた。

シャイン(せめて、民間人の被害が少ないように)

 と、シャインは戦いの場を誘導していたのだった。

 一方、サムとアイシャは、所構わず魔弾(マナのかたまり)

を放ち、あちこちのビルが爆発していった。

 シャインは、マナを溜(た)め、そして、一気にサムに向けて放った。

 そして、サムはマナの衝撃により、公園へと吹き飛んでいった。さらに、アイシャは両手に巨大なマナを発生させ、それらをサムに放った。

 しかし、サムは高速移動する事で、それらをかわした。

アイシャ『詠唱を開始する』

 とのアイシャの念話がシャインに届いた。

シャイン『了解』

 と、シャインは答え、サムに近接戦を仕掛けていった。

 しかし、サムはシャインから距離を置こうとした。

シャイン『マズイ!対象が詠唱してる!』

 そして、シャインはサムの詠唱を止めようとするも、動きを止める事が出来なかった。

 すると、シャインの持つ巨大な槍が輝きだした。

シャイン『終焉(しゅうえん)を送ろう・・・・・・。ラグナロク!』

 次の瞬間、槍から大量の光弾が放たれ、サムを追尾していった。そして、次々とサムに命中していった。

 さらに、シャインは一気に空高く跳躍した。

 それと、入れ違うように、アイシャの詠唱が完成し、氷の

極大魔法『エクセ・アイス』が完成した。

 そして、公園全体がマナで出来た氷に包まれた。

 しかし、次の瞬間には氷は砕け、今度は公園全体がマナの炎に包まれた。それこそ、サムの詠唱していた、炎の極大魔法、

『エクセ・フレイム』であった。

 マナの炎は、大半はすぐに消滅したも、多くの木々が燃えだしていた。

シャイン(これが、使徒の力・・・・・・)

 と、シャインは空中で思った。

 すると、魔力の兆(きざ)しが、地面に起こった。

 シャインはとっさに、左手に付けてある重力制御装置を使い、

落下の軌道を変えた。

 次の瞬間、シャインが落下するはずだった場所めがけて、次々と炎の渦(うず)が通っていった。

 しかし、その内の一つがとうとう、シャインに直撃し、

シャインは吹き飛ばされていった。

ただし、シャインはとっさに、槍の技により、

炎の渦を攻撃していたので、さほどダメージを

受けなかった。

 そして、シャインは重力制御-装置を使い、重力を軽減し、上手くビル群の一つに跳び乗った。

シャイン「ク・・・・・・」

 それでも、シャインは両腕にⅡ度の深い火傷(やけど)を負っていた。

 シャインは回復剤、エリクシルを取り出し、腕にかけた。

 傷に液体が染み、火傷は見る間に白く固まっていった。

シャイン「ッ・・・・・・、これで、少しは・・・・・・」

 シャインは自身の能力、ペインレスで、痛みをやわらげているも、ある程度の痛みが襲っていた。

 シャインは眼下で行われている戦闘を見据(みす)えた。

 そこでは、激しいマナのぶつかり合いが繰り広げられていた。

 シャインはただ、それを眺めている事しか出来なかった。

 何かをアイシャに語りかけようかと思ったが、この距離では魔導ジャマーが展開されている為、念話も届きそうもなかった。

 さらに、両者の戦いには入り込む余地が無かった。

シャイン「・・・・・・・。これが、真の最強の戦い・・・・・・」

 と、シャインは自らの弱さを噛(か)みしめるように呟いた。

 すると、マナ同士の衝突による、巨大な爆発を最後に、突如(とつじょ)

戦闘は止んだ。

 そして、それはシャインの居るビルの屋上に跳んできた。

 シャインはとっさに距離を取る事しか出来なかった。着地中は最大の攻撃のチャンスだったというのに。

シャイン「う・・・・・・」

 そこにはサムが居た。そして、その左手にはアイシャの生首が掴(つか)まれていた。

 サムはシャインの方を向くと、アイシャの生首をビルから

放り投げた。それに対し、シャインは背筋が凍る想いだった。

サム「どうした?もう、終わりか?」

 炎に包まれた、その姿は、シャインには化け物に見えた。

普段の温厚なサムの姿はそこには無かった。

シャイン「一つ問いたい」

サム「ほう・・・・・・、何だ?」

シャイン「もし、お前が、このまま、ほぼ無傷で生き残ったら、

     ヤクトの市民を救うか?」

サム「・・・・・・。それはない。戦争には大義が必要だ。特に大国

   同士には。故に、ヤクトが本気でラース-ベルゼを倒す為(ため)

   の戦争をするならば、大勢のヤクト人が死ぬ必要がある

   だろう・・・・・・」

シャイン「ラース-ベルゼを潰す戦争をするつもりか」

サム「ヤクトの同盟国であるリベリスもそれを望んでいる」

シャイン「つまり、今、この瞬間も死んでいっている民衆を

見殺すと?」

サム「そうだ。皇子さえ生きていれば、それでいい」

シャイン「そうか。ありがとう。使徒-サムエル。私は、これでお前をためらう事なく殺す事が出来る。貴様のせいで死んだ、ニュクスの民の仇(かたき)、とらせてもらうぞ!」

 と言って、シャインは槍を構えた。

 それを見て、サムは炎を次々と放っていった。

 シャインはビルから一気に飛び降りた。

そして、召喚(しょうかん)獣(じゅう)『オーヴァン』を呼び出した。

 一角獣の姿をした、その幻獣に乗ったシャインはオーヴァンの力で空中にマナの道を作り、そこを疾走していった。

オーヴァン『久しいな、主(あるじ)よ。一年ぶりか?』

シャイン『話は後。急いで!』

オーヴァン『承知した』

 そして、オーヴァンは動きを速めた。

一方、サムは爆風の力を利用し、一気にシャインへと距離を

詰めていった。

 シャインは槍を変形させ、銃剣のモードにした。

 そして、サム目がけて、魔弾の散弾を放っていった。

 突っ込んでいったサムは大量の魔弾をモロに喰らい、失速していき、地面に激突した。

 次の瞬間、シャインは無詠唱で初級魔法『ライトニング』を発動した。さらに、シャインは『乱射魔法』で-ライトニングを何重にも放ち続けた。

 結果、サムの周囲は雷で焼き焦げていった。

オーヴァン『主(あるじ)よ。来るぞ』

シャイン『分かってる』

 そして、シャインは一気にオーヴァンを加速させた。

 次の瞬間、巨大な炎の嵐が出現し、シャインを追った。

オーヴァン『主よ。路地に入る事を勧める』

シャイン『駄目!公園に行く!』

オーヴァン『承知した』

 そして、オーヴァンは公園へと着地した。

シャイン『池の中へ!』

オーヴァン『承知』

 そして、オーヴァンは池の底へと進んでいった。

 しかし、炎の嵐は池の水ごと、巻き上げていった。

シャイン『フロート!』

 シャインは浮遊呪文を炎の嵐にかけた。結果、わずかに炎は

浮いていった。そして、シャインは池の底の窪(くぼ)みに入り、

防御結界を張った。

 その結果、炎の嵐はシャインの頭上を通り過ぎて行き、しばらく対象を求めさまよい、消えた。

シャイン(あのまま、頭上で、炎を止められてたら、死んでた。

    ついているわね)

 と、シャインは一瞬で思った。

 実際には池の水を巻き上げたせいで、炎が力を失ったから、

早く消えたのだった。さらに、池の底の状態は遠くにいるサムには認識し辛(づら)かったのである。

 そして、池は元の状態に戻ろうとしていた。

 シャインはオーヴァンを駆り、池から出た。

 すると、サムが近づいてるのが分かった。

 シャインはオーヴァンを幻界に還(かえ)し、公園を自らの足で

駆けた。

サム『ハッ!』

 そして、サムは大剣に込めたマナを放ってきた。シャインは

華麗に避けるも、元居た所は炎に包まれていた。

 そして、サムはシャインに接近し、直接、大剣で叩き斬ろうと-してきた。さすがのサムも、これだけの戦闘で、かなりの-

マナを消費してしまい、大技を繰り出す余裕が無くなってきたの-だった。故(ゆえ)に、比較的マナの消費の少ない接近戦でとどめを

さそうとしてきたのだった。

サム(殺(と)った!)

 サムはシャインを切断する確信を得た。次の瞬間、サムの

足下が爆発した。さらに、転げ回ったサムを地面からの爆発が襲った。

 それこそ、シャインが張り巡らした、地雷系-魔法、『マイン』

だった。サムはシャインの罠にまんまと、引っかかったのであった。

 そして、シャインは槍をサムに突き立てようとした。

 しかし、大量のマナをまとったサムの大剣がそれを弾いた。

 次の瞬間、シャインを守る、功性結界『リフレクト』が作動し、その破片がサムを襲った。

 この攻撃は強力で、さしものサムも、大きなダメージを受けたようだった。

 そして、シャインは、少し距離をとった。

 サムは地面に埋められていた『マイン』の厄介(やっかい)さに気付き、

空中を飛び、魔弾を放ってきた。

 それに対し、シャインは閃光の如く、魔弾を避け、槍を銃に

変形させて、サムを狙い撃った。

 結果、サムは一方的に銃弾を喰らった。

サム(一撃、一撃は大した事が無いが、確実にこちらの魔力を

   削ってくる。コンディション・イエローに入った・・・・・・。

   残り魔力は35%程か・・・・・・。何と厄介な・・・・・・)

 と、サムは空中を高速で移動しながら、思考した。

シャイン(残りのマナ[魔力]は50%程。奴は3~40%といった所か?でも、元々の保有量が奴と違いすぎる。

だが、勝機はある。ここまで、長かった)

 と、シャインは思った。

サムは再び詠唱を開始した。

 シャインは次々と弾丸を撃ち込むもサムを止める事は出来なかった。

サム(選べ、シャインよ。公園で焼け死ぬか、公園を出て、

民間人を巻き込むか)

 と、サムは心の中でシャインに告げた。

 シャインは急に立ち止まり、そして、ニホン刀を取り出した。

 シャインはニホン刀にマナを通(かよ)わせていった。

サム(正面から挑むというわけか、愚かな。死ねッ!)

 そして、サムは『エクセ・フレイム』の魔法を発動した。

 次の瞬間、シャインは刀を地面に突き立てた。

 すると、地面に浮かびかかった、『エクセ・フレイム』の

魔方陣がマナの光と化して散っていった。

サム(なっ)

 シャインは刀を地面から抜くとともに、一気に振るった。

 そして、放たれたマナの斬撃がサムに直撃した。

 サムの守護魔法は、あっさりと砕け、サムの右腕が切断され、飛んでいった。

 サムは驚愕(きょうがく)し、絶対防御-魔法『オール・ガード』を空中で

発動した。この技は、個人で使える結界としては、最高級の

強度を誇るが、代償として、結界が解けるまで、その場から

動く事が出来なかった。

 それを見て、シャインは全身にマナをチャージし出した。

サム(今、何が起きた?私の魔法が打ち消された?魔導制御は

   完璧だったはずだ。だが、私の魔導制御は崩され、

   エクセ・フレイムだけで無く、守護魔法も、打ち消さ

れた。これが、噂(うわさ)の『フォース・レギュレーション』

なのか?)

サム(私は常人より、遙(はる)かに高い魔力を持つが故に、その分、

   魔導制御には苦心している。さらに、今回、残り魔力が

   少なくなっていた上、そう、熱くなっていた・・・・・・)

サム(これは、驕(おご)りだ。あなどっていた。奴を・・・・・・。

   能力値が低いからと、所詮(しょせん)は人間だからと・・・・・・。

   だが、違った。この者こそ、まさに、最高の能力者と

   呼ぶにふさわしい)

 と、サムは瞬時に思考し、そして、戦いの喜びに震えた。

サム「なる程(ほど)、なる程(ほど)、しかし、これが人だ。私が失った

そのモノだ。ああ、そして、これこそが人なのだ!

   足りない力や能力を、技術と知恵と努力で補ってくる。

   勇気と共に乗り越えてくる」

 と、サムは呟(つぶや)いた。

サム『ハッハッハッハッハッ、シャイン!シルヴィス・

シャイン!光の勇者よ!面白い。面白いぞッ!これ程、血湧き、肉躍るのは、何十年ぶりか。さぁ、見せて見ろ!お前の限界を。人間の限界を!さぁッ!そのことごとくを極大の力で叩きつぶしてくれよう!』

 と、サムは念話で叫んだ。

シャイン『やれるものならなッ!』

 とのシャインの叫びと共に、サムを覆う絶対防御の効果時間が過ぎ、結界は砕けていった。

 それを合図に、再び死闘が始まった。


 空中を高速移動するサムに対し、シャインは槍を幅広(はばひろ)に変形させ、その上に乗って、宙(ちゅう)を飛んだ。

 そして、シャインは近接戦を挑もうと、サムを追った。

 空中で何度もシャインのニホン刀と、サムの大剣が交差した。

 しかし、片腕を失ったサムの方が明らかに不利であった。

サム『出でよ!炎の悪霊、アモンよ!』

 そして、サムは一体の炎の精を召喚した。

アモン『ソナタの死を熱望しようぞ。人の子よ』

 と、シャインに言い放ち、アモンは数百の炎に分裂し、シャインを追尾した。

 アモンは楽しげに上級古代語の詩を謳(うた)い、シャインに迫って

いった。

シャインは必死にかわしてゆくも、次々と迫る炎に、逃げ場を失っていった。そして、シャインはひたすら上空を目指した。

シャイン(これは、悪魔・・・・・・。私に憑依(ひょうい)しようとしている。

    ならば!)

 と思考し、シャインは一枚の札を取り出した。

シャイン『燃(も)ゆる七つの不動明王(ふどうみょうおう)、波断ち不動明王、華炎(かえん)不動の王、大山(たいざん)不動王、きんから不動明王、妙(みょう)吉祥(きっしょう)不動の王、天竺(てんじく)不動明王、天竺山坂(やまさか)不動王。返(かえ)しに行おうか、返しに行ひ-血(ち)花(ばな)を咲かし降らそう、味(み)塵(じん)に

破れよ、そなた』

 と、咒(じゅ)を唱えた。それと共に、大気は鳴動し、悪魔達は怯(おび)えた。

サム『なっ』

 シャインの咒(じゅ)が続く中、シャインは同時に氷結の基礎魔法、

『アイス』を無詠唱で放ち、悪魔を凍り付かせていった。

サム(馬鹿な。アモン程の召喚獣が初級魔法ごときで凍り付くだと?それに何だ?この呪文は?頭がひどく痛む・・・・・・)

 と、サムは痛む頭で思考した。

シャイン『直(ただ)ちに味(み)塵(じん)と、まらべて天竺(てんじく)、七段(しちだん)     国(ごく)に行(おこ)なおう。

     七つの石を集め、七つの墓を作り、七つの石の

     墓標(ぼひょう)を建て、味(み)塵(じん)を七つに分け入れ、七つの石に錠     (じょう)鍵(かぎ)おろして、 おん あうん ら けんび そわか

     《ルビを入力…ルビを入力…》に行(おこ)なおう』

 との、シャインの咒(じゅ)と共に、地面に七つの石棺(せきかん)が出現した。

 さらに、氷結魔法の無詠唱の『魔法乱れ撃ち』により、

全ての炎が少なからず凍り付いた。

シャイン『打ちし式と、返し式と、まはだんごく、反(はん)計(けい)国(こく)と

     七つの無間(むけん)の地獄へと打ち落とす。

     おん あうん ら けんび そわか』

 と、咒(じゅ)を締めくくった。さらに、重力制御-装置を使い、

無詠唱で中級の重力魔法『ハイ・グラビティ』を放った。

 大量のアモン達は強大な重力を受け、地面に落下していった。

 すると、突如、地面の石棺(せきかん)が開き、中から無数の手が出現し、

アモンを掴(つか)んで、引きずり込んでいった。

 アモンの絶叫が響く中、石棺(せきかん)は閉じ、地の底へと消えていった。

サム(はまった・・・・・・。はまってしまった・・・・・・。多大なマナ

   を無駄にしてしまった。あれはアモンに対し、いや、

   悪魔に対し、絶大な効果を発揮する呪文なのだろう。

   クッ。恐らくシャインは、さほど、マナを消費する事

なくアモンを撃退した事になる。何という事だ・・・・・・。

   ここに来て・・・・・・)

 サムは背筋が凍る思いだった。

 この機を逃すまいと、シャインは空中のサムに迫った。

 シャインとサムは刀と剣を次々と打ち合った。

 しかし、片腕のサムは大剣を御し切れなかった。シャインは

サムの見せた一瞬の揺らぎを見逃さなかった。

シャイン『ハッ!』

 そして、サムのもう片腕が大剣と共に飛んでいった。

 次の瞬間、サムの体は炎、そのモノと化した。

 シャインは、とっさに槍を盾にした。荒れ狂う炎が槍を襲い、

槍は溶ける程だった。

 シャインは槍から降り、地面に着地し、そのまま、炎と化したサムから離れて行った。

 炎のサムは、それを見て滑るようにシャインへと近づいていった。

シャイン『オーヴァン!』

 シャインはオーヴァンを召喚し、跳び乗った。

 そして、オーヴァンを加速させるも、サムとの距離は縮まる

ばかりだった。

 

シャインは刀にマナを込め、何度か斬撃を放つも、炎と化した-サムには有効ではなかった。切断できても、すぐに、くっついてしまうのであった。


シャイン(あれが、超越者・・・・・・)

 と、シャインは後方から迫るサムを見ながら、冷静に思った。

シャイン(だけど、私の勝ちよ)

 そして、シャインは別の札を取り出した。

シャイン『衆生(しゅじょう)に対し、我が身を捧げ、帰依(きえ)の想いを起こして供養(くよう)-礼拝させん。かの衆生、我が法(ほっ)身(しん)を元(もと)に、帰依所(きえしょ)とす。多く衆生、知らず非真(ひしん)-邪(じゃ)偽(ぎ)の法に依(よ)る。我、今、まさに、導(みちび)かんが故(ゆえ)に真法(しんぽう)を説くべし』

 との咒と共に、シャインの右眼が金色(こんじき)に輝いた。その瞳には

輪(りん)の紋様が浮かび上がっていた。

 シャインは右眼でサムを見た。すると、サムの霊体は、ぼやけており、上手く特定、出来なかった。

 かまわず、シャインは別の札を取り出した。

シャイン『仏(ほとけ)、滅尽(めつじん)せず。正法(しょうぼう)また滅(めっ)せず。衆生を救わんが為の故(ゆえ)、今、まさに遷化(せんげ)することを示(じ)現(げん)す。世(せ)尊(そん)は

不滅なり。霊妙(れいみょう)に変化(へんげ)はなし。衆生を救わんが故に、願(ねご)うて、諸々の善果(ぜんか)を現(あらわ)したまう』

 との咒と共に、スイレンの華(はな)が何処からともなく、現れた。

 さらに、虹色の輝きが湧出し、辺りを包んでいった。

 サムは恐怖を覚えたが、今更、退く事が出来なかった。

『シャイン、シャイン。ほら、そこだよ。そこにあるよ。ほら、

ほら。聞こえる?私の声、響いてる?ほら、そこにあるんだよ』

 とのスイレンの精霊の声が響いた。

シャイン(うん、聞こえるよ。ありがとうね)

 と、シャインは内心、礼を言った。その言葉を聞き、スイレンの花は消えていった。

サム(何だ?私は、今、何と戦っている?これが人?人と断(だん)じて本当によいのか?恐ろしい・・・・・・。何だ、これは。

   震えているというのか?使徒である、この私が。

   歴戦の勇士である、この私が)

 と、サムは恐怖を覚えていた。

シャイン『真如(しんにょ)ただ、これ実(じつ)にして、世(よ)は皆(みな)、空虚なり。実存 の性(しょう)は、これ、直(ただ)ちに真如にして、真如の体(たい)は、

これ直(ただ)ちに、如来(にょらい)なり。これ、名付けて、涅槃(ねはん)と

なす』

 と、シャインは咒(じゅ)を締めくくった。

 そして、シャインは右眼を少し細め、霊なる世界を見渡した。

 そこではスイレンの残した音が響いていた。音と音が重なり、一点を指し示していた。そして、ぼやけていた、サムの心臓が特定された。

シャイン(見える・・・・・・音が響き、重なる)

 次の瞬間、世界は光に包まれた。

 サムはシャインの姿を一瞬、見失った。


 サムの視界が戻ると、そこにはシャインが居なかった。

 そして、サムは胸に位置する所から、刀が突き出ているのを

見た。

サム『ア・・・・・・・・・・・・』

 サムは振り返る事が出来なかった。しかし、どういうわけか、

確かにオーヴァンに乗ったシャインはサムの背後に居た。


そして、シャインは刀を振り、サムを抜き去っていった。

 すると、サムの炎にヒビが入り、そして、光が凝縮(ぎょうしゅく)していった。

 爆発が起きた。炎のマナがシャインに迫った。

シャイン『オーヴァン!私の力を吸え!』

 とのシャインの言葉にオーヴァンはうなずき、シャインの

マナを喰らい一気に加速していった。

 シャインは世界がスローモーションに感じた。オーヴァンは

懸命に加速するも、爆風は不可避な速さで近づいて来た。

 次の瞬間、シャインと爆風の間に巨大な氷が出現し、炎は、

それ以上、進む事を許されなかった。

 シャインは、そのまま振り返らず、ビルの屋上へとオーヴァンを駆った。

 そこで、ようやく、オーヴァンから降り、状況を把握(はあく)した。

 サムの最後の一撃により、公園一帯は完全に焦土(しょうど)と化していた。

シャイン「勝ったの・・・・・・?」

オーヴァン『奴の反応は無い』

シャイン「そう。ありがとう、オーヴァン。戻ってちょうだい」

 とのシャインの言葉にオーヴァンはうなずき、マナと化して

消えていった。

シャイン(感謝します。み仏よ・・・・・・)

 と念(ねん)じ、シャインは軽く頭を下げた。


 すると、シャインの後ろから何者かが歩いてきた。

シャイン「お前は・・・・・・」

 そこには自らの生首をつかむ、アイシャの姿があった。

シャイン「・・・・・・あの氷結魔法、お前が助けてくれたのか?」

アイシャ「礼には及(およ)ばないわ。面白かったから、見物していたのだから」

 と言って、アイシャは首を胴体に付けた。

シャイン「・・・・・・この化け物め・・・・・・」

アイシャ「化けモノ・・・・・・か。・・・・・・そうね。私は人ならざる

     身(み)。魔女の皇(おう)とも呼ばれる存在。でもね、シャイン。

     化け物を倒すのは、いつだって、人間。人間に勝(まさ)る

     化け物はないのよ。

     故に、化け物が人間に究極的に勝つには、世界を滅ぼすしかないの。

     じきに、黙示録(もくしろく)の時が訪れるわ。裁きが始まる。

     銀河の中心に渦巻(うずま)き眠る、白卑(はくひ)の皇(おう)の波動が一時     的に蘇る」

アイシャ「シャイン・・・・・・光の勇者よ。貴方はそれを乗り越えられるのかしら?世界を救えるのかしら?

     私は観察者にして傍観者。ただ、ただ、輪廻(りんね)しゆく、

     この二つの世界を見守るのみ。

     でも、シャイン、貴方には期待してるのよ。

     貴方には・・・・・・」

 と言い残し、アイシャは煙のように消えていった。

『それと、私はしばらく、表舞台から消えるわ。今回の戦いで

 死んだ事にしておいて、ちょうだい』

 との声が何処からともなく、シャインの耳に届いた。

 勝利したはずなのに、シャインの心は重かった。

シャイン「礼は言っておくよ。ありがとう」

 と、ふと、シャインは呟(つぶや)いた。すると、魔女の声がシャインには聞こえた気がした。

 

・・・・・・・・・・

 クオンは夜の首都を隠れるように進んでいた。駅はラース-

ベルゼに支配され、それ以上、近づく事が出来なかった。

クオン(今が夜でよかった・・・・・・。でも、『姿隠し』の魔法、

    ちゃんと勉強しておくんだったな・・・・・・)

 と、クオンは反省していた。

 クオンは路地裏を中心に移動していた。

 すると、足音がした。クオンはゴミ箱の陰に隠れた。

 しかし、兵士達の音は、そのまま過ぎ去っていった。

クオン(何とか、公園の方まで行ければ・・・・・・。でも、それには、この通りを抜けなきゃいけない)

 と、クオンは裏路地のギリギリまで進み思った。

クオン(居る・・・・・・感じる。何人かの気配がある。クソッ)

 すると、公園の方から一際、大きな爆発音が響いた。

クオン(何だ?これ・・・・・・さっきから、ちょこちょこ-してた

    けど。これ、とんでもない規模の爆発なんじゃないのか?)

 すると、ラース(ベルゼ)兵が慌ただしく話し合うのが、聞こえた。そして、ラース兵はそのまま駆けて行ったようだった。

クオン(チャンスだ・・・・・・。仕方ない。覗こう)

 そして、クオンは一瞬、路地から顔を出し、周囲に兵士が居ないか確認した。

幸い、ラース兵は居ないようだった。

クオン(行こう)

 そして、クオンは大通りを突っ切って行った。


 クオンは、さらに夜の街を進んでいった。

 しかし、公園に近づくにつれ、煙が湧き出した。

クオン(何だ、これ?もしかして、公園の方で爆発が?隠れるのには、いいけど咳が出ないように、注意しないと)

 と思い、クオンは新品-同様のハンカチで鼻と口を押さえた。

 すると、辺りで咳(せき)がした。

 一瞬、クオンはビクついたが、その咳(せき)が女性のモノらしいと

気付くとホッとした。

 すると、血まみれの女性が壁にもたれかかっているのに、

気付いた。

クオン「大丈夫ですか?」

 と、クオンは小声で呼びかけた。本来は意識が無い人に対しては、大声で呼びかけるべきだが、今の状況では不可能だった。

 クオンは女性のホホを軽く叩き、さらに、手足をつねった。

 しかし、女性の意識は戻らなかった。

クオン(これ、まずいぞ。クソッ、俺は回復魔法、使えないし

    エリクシルも持ってない。ともかく、息はしてる。

    耳や鼻から血は出てない。クソッ、駄目だ。手が震えて、落ち着け、落ち着け、俺・・・・・・)

 と、思い、クオンは軽く深呼吸した。

クオン(傷は腹部だ。傷口が心臓より高くなるように、横たわらせて・・・・・・)

 そして、クオンは女性を横にした。

クオン(血が喉(のど)に詰まらないように、顔を横にして・・・・・・・)

 クオンは女性の顔を横向きにした。

クオン(縛って止血しようにも、ガーゼやタオルがない。第一、

    手足と違って、腹部は縛ったって仕方ない。それに、

    手足だって、無理に縛ると、壊死(えし)するかもしれない

    わけで・・・・・・。落ち着け、落ち着け、俺。ともかく、

    傷口を押さえよう)

 そう思い、クオンは上着を脱いで、女性の腹部にあてた。

 さらに、その上から手で傷口を押さえた。

 クオンは両手で患部を強く押さえるも、それでも、血があふれ出していた。

クオン「頼む、頼むよ・・・・・・止まってくれ・・・・・・」

 と祈るように呟(つぶや)くも、生温かい感触は広がるばかりだった。

クオン(ああ・・・・・・・駄目だ。こんな事しても、どうしようも無い。救急車は来てくれない。俺は・・・・・・俺は、何やってるんだ。早く、逃げるべきなのに・・・・・・。馬鹿だ。

    俺は・・・・・・)

 と、クオンは涙をこらえながら思った。

クオン「それでも、それでも・・・・・・」

 と、クオンは呟(つぶや)いた。

 すると、クオンの祈りが通じたのか、女性は微(かす)かに声をあげた。

クオン「大丈夫ですか?しっかり!」

 クオンは思わず声を大きくした。

女性「私は・・・・・・」

クオン「大丈夫です。じき、助けが来ますから」

女性「・・・・・・・ああ・・・・・・これは、夢ですか?・・・・・・皇子殿下?」

クオン「現実です。俺はクオン。皇子です。ともかく、

しっかり。意識を保って!」

女性「皇子殿下・・・・・・お願いです」

 と言って、女性は咳(せ)き込(こ)んだ。口元からは血があふれた。

クオン「大丈夫ですか?ともかく、横を向いて下さい。血が

詰まると大変ですから」

 とのクオンの言葉に女性は従った。

女性「クオン皇子殿下・・・・・・子供が・・・・・・。私の子供達が

   二人・・・・・・男の子と、女の子です・・・・・・。

たすけて・・・・・・」

 そこまで言い、女性は力尽きた。

クオン「大丈夫ですか?駄目だ!死んじゃ駄目だ!クソッ」

 そして、クオンはひたすら、心臓マッサージを繰り返した。

 人工呼吸は、あまり効果が無い為(ため)、省略し、ひたすら、

クオンは心臓を押し続けた。

 しかし、それでも、蘇生は叶わなかった。

 女性の体から白い光の球が浮かび上がるのをクオンは見た。

 光の球はフヨフヨと、クオンを導くかのように、移動していった。

『クオン皇子殿下、申し訳ありません。どうか、どうか、

 子供達を』

 との声がクオンには聞こえた気がした。

 そして、クオンは涙を拭(ぬぐ)い、そして、女性のまぶたを

そっと閉じた。

クオン「必ず、助けます」

 と呟き、クオンは迷い無く駆けだした。進むべき道は、見えていた。

 そして、そこには確かに、ラース兵士に囲まれた、少年、

少女が居た。

 しかし、クオンは焦らなかった。物陰に身を潜め、様子を

うかがった。

クオン(敵は三人。俺一人で勝てるのか・・・・・・?もし、やるなら、殺す覚悟でやるしかない。でも・・・・・・殺すのか?人を・・・・・・)

 と、クオンは、ためらっていた。

 一方、羽ウサギの人形を持った少女は泣きじゃくってた。

少年「お前ら、妹に、ルーナに手を出したら、許さないからな!」

 と、少年は叫んでいた。

兵士A[ほら、大人しくしろ、殺しゃしねぇから。クソッ、

    言葉が通じねぇ。隊長、いっそ殺しちまいませんか?

    副主席からの命(めい)は『ヤクト民族を絶滅させよ』

    でしたよね]

隊長[そんなの、一々、本気にしてたら、やってられんぞ。

   ともかくだ。こいつら、貴族-居住区に住んでるだけ

   あって、顔はいい。高く、売れるぞ]

兵士B[ガキ(少年)の方もですか?]

隊長[バカ。元老院は、そっち系ばっかだろうが。このガキを献上して俺はさらに成り上がるんだよ。もちろん、金も、たんまりと、もらわなきゃな]

兵士B[ハハ、えげつねぇや]

隊長[何、言ってんだ。これが出世のコツだ]

 そして、三人は笑った。



次の瞬間、クオンは怒りのあまり、剣を鞘(さや)に入れたまま、

兵士の一人に叩き付けた。

 さらに、クオンは一人の兵士の喉を鞘(さや)で突いた。

 そして、二人の兵士が倒れていく中、隊長格の兵士が、一瞬

でクオンに詰め寄り、クオンを殴り倒した。

兵士A[クソッ・・・・・・。何だ・・・・・・こいつ]

 兵士Aは頭を押さえながら立ち上がった。

兵士B[ゴホッ、ゴホッ、ころ、ころして・・・・・・・]

 そして、兵士Bは銃を倒れて動かないクオンに向けた。

隊長[待て!待て、待て。やっぱりな。こいつ、皇子だ。

   ヤクトの皇子だ。ハハッ、お前ら喜べ。俺達は最高に

   ついてるぞ!クオン・ヤクト・アウルム皇子殿下だ!

   っと、てめぇら、逃げたら殺すぞ!]

 と、隊長は少年達に怒鳴った。少年達は怯(おび)えて動けなかった。

兵士A[皇子って、マジすか。大手柄じゃないっすか]

隊長[そうだ。よし。ともかく、抑制石で、無力化しておこう]

 と言って、隊長は抑制石の手錠を荷物から探り始めた。


 クオンの意識は、もうろうとしていた。

クオン(俺は・・・・・・死ぬのか・・・・・・?)


 隊長はクオンに手錠をはめようとして、クオンの持つ剣に

気付いた。

隊長[ん?おお、こりゃ流石(さすが)、皇子(おうじ)様。いい剣、持ってるじゃ

   ねぇか。へぇ、こりゃ高く売れそうだ。どれどれ・・・・・・]

 と言って、隊長はクオンの王剣に触れようとした。

 次の瞬間、王剣はマナの輝きを発した。

 そして、辺りは青白い光に包(つつ)まれた。


『クオン・・・・・・クオン・ヤクト・アウルムよ・・・・・・』

 との声がクオンの頭に響いた。

クオン『誰・・・・・・だ?』

『私はクロスと呼ばれし者の残滓(ざんし)・・・・・・』

クオン『クロス?まさか、クロス王?』

クロス『そう呼ばれていた事もある・・・・・・。もっとも、私は

    王の器(うつわ)ではなかったが・・・・・・』

クオン『俺は・・・・・・死んだんですか?』

クロス『クオンよ。お前は死んでなどいない。いや、生きねばならない。クオンよ。我が子孫よ。いや・・・・・・

    我が息子よ。お前は、かつての私そのものだ』

 そう言って、クロスは言葉を区切(くぎ)った。

クロス『人を傷つけるのを怖れ、奴隷達と共に、争いの無い

    新天地を目指し、異世界へと渡った私そのものだ』

クオン『俺は分かってるんです。敵を殺してでも戦わなきゃ

    いけないって。でも、人を殺すのに、ためらって

    しまうんです。あんなクズ相手でも・・・・・・』

クロス『クオン・・・・・・、その気持ちは痛い程、分かる。

    結局、私は生(せい)ある内(うち)に、意図(いと)して人を殺した事は

    無かった。

    だが、不可視の領域に身を置く内に、激しい後悔に

    さいなまれている。クオン、お前には同じ過ちを

    犯して欲しくないのだ・・・・・・』

クオン『過ち?』

クロス『クオンよ、覚悟を決めるのだ。戦う覚悟、そして、殺す覚悟を。前世、お前がそうしたように・・・・・・。

クオン・ヤクト・アウルム・・・・・・。

    王剣はソナタと共にある・・・・・・』

 そして、クロスはクオンに王剣を差し出した。

 クオンは、それをしっかりと受け取り、鞘(さや)から抜いた。


 一方、物理世界では、青白い光は消えていった。

隊長[クソッ、何だ今の・・・・・・は?]

 次の瞬間、隊長の胴体は切断されていた。

 クオンの王剣は鞘(さや)から抜けていた。

兵士A[てめぇッッッッ!]

 兵士Aは銃を構えるも、横に跳躍(ちょうやく)したクオンに首を一瞬

で断ち切られた。

 さらに、兵士Bはクオンから距離を取り、魔弾を放ってくるも、クオンは魔弾を次々と切断し、一瞬で距離を詰め、

兵士の胸を突いた。

兵士B[ガッ・・・・・・]

 クオンは無慈悲(むじひ)に王剣を兵士の胸から引き抜き、血を払った。

クオン「誰かを殺すのが罪なら、誰かを見殺すのだって、罪だ。なら、俺は・・・・・・誰かを守る為(ため)に罪を背負(せお)おう。

クロス王・・・・・・これで、いいんですよね?」

 とのクオンの言葉に王剣は一瞬、輝きを見せた。

少年「す、すごい・・・・・・」

少女「うぅ、お母さん・・・・・・」

 と、少女は未(いま)だ涙していた。

クオン「ごめん、ごめんな。君達のお母さん、守れなかった。

    ごめんな・・・・・・」

 と、クオンは涙した。

 そんなクオンを見て、少年も妹を抱きしめ、泣きじゃくりだした。

クオン「・・・・・・ともかく、ここを離れよう。いいね。付いてきて。絶対、離れちゃ駄目だよ。分かるかな?」

 とのクオンの言葉に少年と少女は頷(うなず)いた。

クオン「よし、二人とも、いい子だ。二人とも絶対、守るからな。俺の命にかえても。よし、こっちだ」

 と言って、クオンは進んでいった。

 

そして、クオン達は路地裏を進んでいった。

クオン(何とか、この子達だけでも、逃がさないと・・・・・・。

    ともかく、誰か味方を探さないと・・・・・・)

 次の瞬間、クオンは上空に殺気を感じた。

 そして、マナの壁を上方に張った。それと、ほぼ同時に大量の弾丸が上方から降り注いだ。

 しかし、間一髪、クオンのマナで弾丸は弾かれていった。

 すると、上から日傘を持った一人の男が降りてきた。

ツヴァイ[へぇ、俺様の殺気に気付くとはなぁ。いい勘してるなぁ。皇子様よう]

クオン[お前は・・・・・・]

 と、クオンは少年達をかばいつつも、ラース-ベルゼ語で話し

かけた。

ツヴァイ[お?流石にラース語は習得-済(ず)みってか?いいねぇ。

     ただのバカ皇子ってわけじゃないみたいだ。さーて。

     あぁ、あいさつが遅れたな。俺はツヴァイ。

     レザナ・ツヴァイ。レベル7能力者だ]

クオン[レベル7・・・・・・]

ツヴァイ[おっと、絶望しちまったか?まぁ、当然さ。だが、

     俺様は慈悲-深い。チャンスをやろう。ゲームをしようじゃないか]

クオン[ゲーム?]

ツヴァイ[そうだ]

少年「皇子、僕たちはいいから逃げて!」

ツヴァイ[ハッ!威勢のいいガキじゃねぇか!褒美(ほうび)だ!苦しまずに殺してやるよッ!]

 とツヴァイは叫び、数発の弾丸を放った。

 しかし、クオンは王剣で、それらを弾いた。

少女「アーーーーーーーン!」

 と、少女は泣き出した。少年も必死に泣くのをこらえていた。

ツヴァイ[へぇ。やっぱ、いい勘してるじゃねぇか。弾丸の

     軌道を読んでくるとはなぁ。いや、まったく。

     いいセンスしてんなぁ、皇子様]

クオン[お前の目的は何だ?俺を本気で殺そうと思ってるなら、

    とっくに殺せているだろう?]

 と、クオンは時間稼ぎの為に、さらに話しかけた。

ツヴァイ[さっきも言っただろう。ゲームをしようってよ]

クオン[ゲーム・・・・・・]

ツヴァイ[そうだ、ゲームだ。フフフ。俺くらいの能力者に

     成っちまうとよ、戦いで刺激ってのが無くなっち

     まうんだよ、これが。とはいえ、本気で同レベルの

     能力者と殺(や)りあうのも、割にあわねぇ。まぁ、

     だから、こうして、いたぶって楽しむのが妥当(だとう)だとは思わない      か?]

クオン[このゲスが・・・・・・]

 と、クオンは吐き捨てるように言った。

ツヴァイ[ハハハ、いいねぇ、正直で。大抵(たいてい)、命乞(いのちご)いしてくる

     からな。戦場で、お話するとよ。まぁ、そういう奴

     は、問答無用で、その場で殺してるけどよ。まぁ、

     いいさ。話が長くなったな。まずは、20発だ。避けるなり、弾(はじ)くな     りしてみな]

 次の瞬間、ツヴァイの銃が次々と火を噴いていった。

 クオンはそれを、必死で弾いていった。

クオン「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

 クオンは何とか、守護魔法で防(ふせ)げそうにない-弾丸だけを弾いた。しかし、大量のマナを消費した為(ため)、息が切れかかっていた。

ツヴァイ[へぇ、本当にやるなぁ、おい!惜しいなぁ。後、

     十年もすりゃ、レベル7だって夢じゃねぇかも

     しれねぇのによ。全く、惜しい。どうかな。

     生かしといてやろうか?]

 次の瞬間、強大な魔弾がツヴァイの銃から放たれた。

 クオンは剣で受けるも、衝撃で飛ばされた。

クオン「・・・・・・」

 それでも、クオンは何とか着地し、態勢を立て直した。

ツヴァイ[へぇ、やるな。まぁ、生かすわけねぇ、ねぇだろ?

     後(のち)の脅威をよぅ。お前は、ここで死ぬんだよ、

皇子様。おっと、逃げたら、そこのガキ共の脳天に

風穴、開くぜ。追いかけっこは、もう飽(あ)きたんでな]

 と、ツヴァイは嬉しそうに言った。

ツヴァイ[さぁ、次は60発だ。そろそろ、魔力-切れかな?

皇子様よぅ!]

 と言って、ツヴァイはマナを使い、片手でライフルに弾丸を

込めだした。

 そして、クオンに弾丸が放たれようとする、その瞬間、何処(どこ)からか、カードが飛んできた。

ツヴァイはカードを避け、そして、飛んできた方向に、反撃

した。

 クオンは遠くに、南方系で細身の-背が高い男を見た。

 ツヴァイは路地の壁を蹴って上昇しながら、カード使いの男

へと、弾丸を放っていった。

 しかし、カード使いの男は器用にツヴァイの攻撃を避けていった。さらに、自身の攻撃がクオン達に当たらないように、

効果距離を計算しているようだった。

 すると、上空から一人の小柄で、それでいて筋肉質な男が

拳を振り上げ、ツヴァイを襲った。

 ツヴァイはとっさに、日傘でガードするも、拳から放たれた

衝撃で地面に叩き付けられた。

ツヴァイ『チィッ!』

 ツヴァイは劣勢とみたのか、格闘家の男を避けながら、路地の壁を蹴って昇(のぼ)っていった。

 ツヴァイは壁を登り切り、建物の屋上へと出た。

 すると、屋上では剣を手にした、普通の顔立ちをした剣士の男が構えていた。

 ツヴァイは、男の見せる意外な速さの剣撃を、とっさに銃で

防御した。

 切断されかけた銃を捨て、ツヴァイは特性の二挺(ちょう)の銃剣を

一瞬で召喚した。

ツヴァイ『死ねッ!』

 と、ツヴァイは両手の銃剣に最大級の魔力を込めた。

剣士『トゥス!撤退だ!』

 と、剣士は仲間に念話で合図を送り、スタン・グレネード

(閃光-手榴弾(しゅりゅうだん))を放った。

 突然の光と爆音で、ツヴァイは一瞬、硬直した。

 その隙(すき)にカード使いは、煙幕の効果のあるカードを、そこら

中に放っていった。

 そんな中、格闘家が壁に穴を空け、クオン達を避難させていった。

 そのあまりの手際のよさで、ツヴァイが硬直から立ち直った頃には、クオン達と剣士達の姿は無かった。

ツヴァイ[ふざけんじゃねぇぞッッッッ!]

 次の瞬間、二つの銃剣から無数の魔弾が放たれ、無差別に

ビル群を襲った。

 次々と建物が崩壊していく中、しかし、ツヴァイは手応(てごた)えを

感じなかった。

ツヴァイ[クソがーーーーーーーーーッッッッ!]

 との叫びが、夜の戦場に響いた。


 ・・・・・・・・・・

 クオン達は雑貨屋の一階に居た。

「おー、吠(ほ)えてる、吠えてる」

 と、カード使いの男。トゥス(トゥスボー)は、ニヤリとしながら言った。

クオン「あの、貴方(あなた)達(たち)は?」

 すると、剣士の男、ウィルが答えた。

ウィル「クオン皇子殿下ですね?私達は、中央方面隊の

    第四空挺(くうてい)団、第二戦竜-中隊に所属しております。

    部下と飲みに・・・・・・、いえ。か、観光に、来ていたら

    このような事態に遭遇した次第に、ございます」

クオン「そ、そうですか。俺はクオン皇子です。助かり

    ました」

ウィル「あ。あいさつが遅れました。私はウィル。一応、中隊の隊長を努めております。こっちのカード使いが

    トゥスボー。こっちの格闘家がアールで」

 とのウィルの紹介にアールとトゥスは頭を下げた。

トゥス「どもども。いやー、しかし、危なかったっすね。俺達

    来なかったら、死んでませんでした?」

アール「こら、トゥス。口を慎(つつし)め」

クオン「いえ、本当に、その通りだと思います。助かりました」

ウィル「しかし、まずい事になりましたねぇ。ラース-ベルゼも

    何、考えてんだか。ともかく、狂った敵に良識を期待

    しない方がいいでしょう。投降した所で、捕虜の待遇

    に関する規定を、守るかどうか怪しいところです。

    ともかく、今は首都を脱出する事だけを考えましょう。

    まぁ、私達も出来るだけ、頑張るんで」

トゥス「隊長、その言い方じゃ、メチャクチャ、不安になりますよ」

ウィル「え?そうか?うーん。ともかく、クオン皇子、

    一応、プロである我々に従ってもらえると、助かるの 

    ですが」

クオン「はい。それは問題ありません。ただ・・・・・・、いや、

    ごめんなさい。ウィルさん。この子達を連れて、

    首都エデンを脱出してくれませんか?」

ウィル「ええと、この男の子と女の子ですか?」

クオン「はい。俺はここに残ります。奴らは血まなこになって、

    俺を探しているはずです。俺がオトリになりますから、

    その隙に逃げて下さい」

トゥス「いやいや、いや。それ、皇子様、死んじゃうでしょ?」

クオン「俺はいいんです。でも、俺はこの子達の母親と約束

    したんです。この子達を助けると」

アール「お気持ちは分かりますが・・・・・・」

ウィル「・・・・・・。分かりました。ご命令とあらば従いましょう」

トゥス「隊長?」

ウィル「トゥス、アール。残酷な言い方だが、敵は皇子殿下

    のマナに対し、探索をかけだしただろう。おそらく、

    じき、包囲網も形成されるだろう。クオン皇子を

    連れて、脱出するのは難しい。特に子供連れでは」

アール「ですが!」

ウィル「ともかく、俺達は軍人だ。俺達は中隊を任されている。

    これから戦争が本格的に始まるだろう。その時、俺達

    空挺団に穴を開けるわけにはいかない。違うか?」

トゥス「まぁ、そうかもしれないっすけど」

クオン「ウィルさん。ありがとうございます」

 と、クオンは悪役をかったウィルの真意に気付き答えた。

ウィル「いえ・・・・・・。皇子殿下、今は何も言いません。しかし、

    徳高き王に、女神アトラの導きがあらん事を・・・・・・。

    ご武運を祈っております」

クオン「貴方達にも」

ウィル「いえ。よし、行くぞ。お前等」

アール「了解」

トゥス「そういうわけだ。ガキんちょ共(ども)。ついてきな」

少女「皇子様は?」

クオン「ごめん、一緒には行けないんだ」

少年「やだ。皇子様も一緒だ」

クオン「ごめんな・・・・・・」

 と言って、クオンは二人の頭を優しく撫(な)でた。

少年「・・・・・・皇子様、帰ってくるよな?」

クオン「・・・・・・。ああ、必ず」

少年「分かった。行こう、ルーナ」

少女「でも・・・・・・」

少年「いいから」

 と言って、少年は妹の手を握った。

 そして、少女は黙って、うなずいた。

ウィル「皇子殿下・・・・・・」

 と言って、ウィル達は敬礼をした。そして、ウィル達は敬礼をとき、去っていった。

クオン「さて、行こう・・・・・・。最後まで、もってくれよ」

 と言い、クオンは剣を軽く撫(な)でた。


 ・・・・・・・・・・

 クオンは敵の小隊に奇襲をかけた。

 そして、すみやかに、デパートの中へ逃げこんた。

 付近に向けて、次々とラース兵による念話が飛び交(か)った。

【クオン皇子、発見せり】との。

 そして、クオンはデパートの中を駆け抜けた。

 クオンを異能が襲った。白い何かがクオンを追ってきた。

 その白いモンスターは分裂していき、辺りのモノを喰いだした。

クオン(自動-制御系の能力か?ともかく、なら、逃げよう)

 クオンは窓から飛び出し、隣のビルへと、飛び移った。

 白い異形はクオンを追うも、路地へと落ちていった。

 付近はラース兵が集まってきた。

 そのラース兵に対し、白い異形が襲いかかった。

 下では怒声と銃声が響いた。

 クオンは、その時、白い光を見た。そして、クオンはその光に従い、道無き道を突き進んだ。

 ラース兵達は次々と同士討ちを繰り返していった。

 不思議と彼等は普段しないような、ミスをしていった。

 一方、クオンは神(かみ)懸(が)かったかのように、追っ手を振り切っていった。

 すると、ラース兵と曲り角で、鉢合(はちあ)わせとなった。

 次の瞬間、一人の兵士の首が切断された。血を吸えば吸う程に王剣の切れ味は増していくかのようだった。

 さらに、崩れようとする、首無し兵を盾にし、次の兵士に迫り、再び首を切った。

 そして、クオンは窓を破り、逃げ出した。

 敵は混乱し、錯乱し、念話で周囲に伝える事を忘れていた。


 777メートルのエデン・タワーの頂上で、日傘の男、

ツヴァイはクオンのマナを追っていた。

ツヴァイ「捕らえたッ!」

 そして、ツヴァイはクオンの位置を特定した。そして、その

場へと向かおうと足にマナを込めた瞬間、ツヴァイの脳に声が

響いた。

『レザナ・ツヴァイ上級大尉。こちら、タワー・レヴィア。

 至急、アステリオ王宮まで来られたし。これは最重要命令

 である』

 との、レベル7能力者の念話が、遠方から届いた。

ツヴァイ『レヴィアッ!それどころじゃねぇ!皇子を、あの

     クソ皇子を捕捉(ほそく)した。今も捕らえ続けてる。今やら

     ねぇで、いつやる!』

レヴィア『ツヴァイ、落ち着いて聞いて下さい。今から、80分

     程前、エルダー・ゼノン国家副主席が王宮の

     クリスタルの塔内で、消息を絶たれました。

     クリスタルの塔は現在、内部より完全に封鎖されて

     います。我等の兵は中に入る事ができません』

ツヴァイ『何?・・・・・・それ、やべぇじゃねぇか。クソッ。あの

     ジジイ、軍人でも無いのに、出しゃばりやがって。

     大体、連絡するのも遅すぎるだろ、どういう事だ?』

レヴィア『政治将校のハーネル大佐が情報伝達を止められました。しかし、バーサレオス中佐の命(めい)で、緊急に救出

     作戦が発令されました』

ツヴァイ『ハーネルはどうしたんだよ?』

レヴィア『お休みになられて、おります』

ツヴァイ『ハッ、バーサレオスもよくやるぜ。で、俺も来いと?』

レヴィア『はい、至急』

ツヴァイ『了解・・・・・・』

 そして、通信は切れた。それと、ほぼ同時にクオンが捕捉-

可能範囲を超えてしまったので、ツヴァイはクオンをいわば、

見失った形となった。

ツヴァイ「クソッ!何なんだ、何なんだよ、これはッ!どうして殺せねぇッ!どうして、あんなボロ切れみてぇな

     皇子一人、殺せねぇッ!クソーーーーーーッッッ!」

 と、ツヴァイは塔の頂上で叫んだ。


 ・・・・・・・・・・

 クオンはダンス・ホールの陰に隠れていた。辺りには人一人居なかった。

 そもそも、辺りは貴族居住区で、夜にはゴースト・タウンと

化すのだった。先程、ウィル達が居たのは、まさに行幸(ぎょうこう)と言えた。

クオン(・・・・・・やばい・・・・・・このままじゃ、魔力切(ぎ)れ、起こしちまう。そうなったら、終わりだ。守護結界、張る事

    すら、出来なくなる)

 すると、扉が開き、誰かが中に入ってきた。見た所、男女が

一名ずつだった。

クオン(民間人?少し、様子を見よう・・・・・・)

女「兄さん、そこに誰かが居ますよ」

男「・・・・・・誰だ?出てこい、ラース-ベルゼ兵じゃねぇだろ。

  俺達は敵じゃ無い。味方でもないがな」

 すると、クオンは立ち上がって二人に姿を見せた。

男「・・・・・・血まみれだな。大丈夫か?」

女「兄さん、あれは全て返り血です」

男「へぇ、なら、よっぽど、優秀な能力者って事か。いいねぇ」

クオン「あなた達は?」

男「俺はソウル、こっちはマナ。マナって言う名前だ。ちなみに兄妹だ。で、あんたは?」

クオン「俺は・・・・・・」

マナ「クオン皇子殿下ですよね。ヤクト国、第一皇子で

あらせられます」

クオン「ま、まぁ、一応」

ソウル「へぇ、皇子様か。あんま、パッとしねぇな」

クオン「はは。かもな。ともかく、俺から離れた方がいい。奴らは、俺を追ってる。ここは危険だ」

ソウル「とは言っても俺達も何人か殺っちまったからなぁ。

俺達、追ってんのも居ると思うけどな。第一、逃げるにせよ、そこら中、ラース兵だらけだ。まぁ、やろうと思えば、やれない事はないだろうけどよ」

クオン「なら、俺がここを出るよ。じゃあ」

 と言って、クオンは去って行こうとした。

ソウル「待てよ」

クオン「何か?」

ソウル「あんた、気に入ったぜ。特別だ。助けてやろうか?」

クオン「え?」

マナ「兄さん?」

ソウル「とは言ってもタダじゃあない。100万でどうだ?」

クオン「100万リル・・・・・・」

ソウル「違う。100万ギアだ」

クオン「100万ギア!それって、大体、一億リルじゃないか」

マナ「兄さん、欲張り過ぎです。第一、私達は元より身を隠している立場です。あんまり派手な行動は慎んだ方が」

ソウル「まぁなぁ・・・・・・」

マナ「ですが、皇子に恩を売っておくのも悪くないでしょう。

   どうでしょう、皇子殿下?500万リルで。私達は傭兵の

   ようなモノです。それだけの、お金を積んで頂ければ、

   この包囲網からの脱出を約束しますよ」

クオン「・・・・・・分かった。頼む」

マナ「交渉成立ですね。代金に関しては」

クオン「これで、足りるか?」

 と言って、クオンは首飾りを渡した。

マナ「これは・・・・・・。ルビーの宝石ですね。このマナの輝き、燃える血のよう・・・・・・。さらに、装飾部もプラチナ。

   なる程、しかし、これでは、少し、お釣りが出るかと

   思いますが。私は鑑定士ではありませんけど」

クオン「いいよ。俺が持っていても仕方ないものだ」

ソウル「よし、決まりだ。ハハッ。やっぱ、あんた気に入ったぜ。かなり、サービスしてやるよ。やれやれ、楽しく

    なってきたぜ」

マナ「さて・・・・・・地図を出しましょう」

 と言って、マナはスマート・フォン(高機能-携帯)を取り出し、予めダウンロードしてあった地図を表示した。

ソウル「えらく、手際がいいじゃねぇか。無線妨害を予想してたのか?」

 無線が使えない今、携帯で使えるのは、既にダウン・ロード

されているモノだけだった。

 そして、マナは地図を二人に見せて説明し出した。

マナ「それくらい、当然の用意です。さて、私達が居るのは、

   ここの多目的ホールの一階部分です。右上が王宮。

   左上が王宮前公園。右下が国会議事堂。この画面には

   表示されてませんが、さらに左下に共鳴結界塔、つまり、

   エデン・タワーがあるわけです。ここまでは、いいですか?」

 とのマナの言葉に二人はうなずいた。

マナ「つまり、この場は重要施設に囲まれている形になります。

   当然、結果として、包囲網のようになっている事でしょ

   う。ここを脱出するのは至難のワザです。しかしですね、

   活路はあります」

クオン「というと?」

マナ「王宮前公園にて戦闘が起きていた事に気付かれましたか?」

クオン「ああ」

マナ「あれは、高能力者-同士によるモノである可能性が高いと

   思われます。となると、その周囲には戦闘に巻き込まれないようにとラース兵達は、少なく配置されるはずです。

   もちろん、既に戦闘が終わっている可能性も高いでしょう。ですが、この無線封鎖下では連絡が後手後手に回るモノです。なので、どうでしょう?このまま左に真っ直(す)ぐ進んで行くのは?」

ソウル「いいぜ。俺も、それがベストだと思う」

クオン「分かった。じゃあ、それで」

 すると、クオンの左目が痛んだ。

ソウル「おい、大丈夫か?」

クオン「・・・・・・」

 クオンの視界は白い光に包まれた。

 クオンはその先に何かを見た。女性的な何かを。

『クオン・ヤクト・アウルムよ。皇(おう)の血を濃く受け継ぎし

 者よ・・・・・・。貴族達の議院へと行きなさい。そこで、貴方は

 宿命と出会うでしょう』

 との神秘的な声が響いた。そして、貴族院のイメージが頭に

浮かんだ。

クオン「・・・・・・」

マナ「大丈夫ですか?」

クオン「ごめん、貴族院に行かないと」

マナ「で、ですが、そこはとっくに・・・・・・」

ソウル「待て、マナ」

マナ「兄さん」

ソウル「何か見たんだな。皇子」

クオン「まぁ、イメージみたいなのを。それと、声を」

ソウル「そうか、ならいい。もう、何も言わない」

マナ「ですが、兄さん」

ソウル「マナ、さっき、俺はクオン皇子の瞳を見た。一瞬、

    皇子の瞳は深紅に染まった。震えたぜ。これが、神に

    選ばれし者かと。神託が降(くだ)ったんだろう。俺は、皇子を信じるぜ」

マナ「はぁ、分かりました。なら、貴族院へと向かいましょう。

   ただし、それなら、私達が向かえるのは貴族院の傍(そば)まで

   です。そこからは、一人で行って下さい。それで、かまいませんか」

クオン「分かった。ありがとう、わがまま聞いてくれて」

マナ「ハァ・・・・・・いえ、依頼人に従うのが私達の流儀ですので」

ソウル「よし、じゃあ、行くか。皇子様よう」

 と言って、ソウルは立ち上がった。

クオン「あ、あのさ。よければ、俺の事、クオンって呼んでくれよ。な」

ソウル「了解した。クオン」

マナ「では、クオンさん、参りましょう」


 それから、クオン達は建物の屋根の上を、音も無く進んでいった。

クオン『でも、屋根の上を行くなんて、発想に無かった』

 と、クオンは仲間内-限定の念話を発した。

 この限定念話は有効距離は短いが、盗聴や探知され辛(づら)い

という特徴があった。

マナ『単純に屋根の上を行っただけでは敵に発見されます。

なるべく、周囲と比べ低い位置にある、つまり、へこんだ所を通るのがコツですね』

ソウル『もしくは、ベランダとかな。ま、いずれにせよ、俺達に付いてくりゃ問題ない』

 そして、クオンはソウル達の先導の元、徐々に進んで行った


ソウル『やべぇな、結構、居やがる』

 周囲の建物の上にはラース兵が索敵(さくてき)していた。

 一方、ソウル達は上手く3階のベランダに隠れていた。

マナ『服を調達してきた方がいいのでは?』

ソウル『だな。ちょっくら、行ってくる。マナとクオンは

    この中で待っててくれ。15分たって戻らなかったら、

    俺の事は置いていけ。いいな』

 とのソウルの言葉にマナ達はうなずいた。そして、マナが

手際よく、鍵のかかった窓を無音で開け、二人は部屋に入っていった。


 そして、ソウルは音も無く、一人のラース兵に忍び寄った。

 ソウルは予め出してあったスタン・ロッド(電気-気絶棒)

を強く握り、ラース兵の首筋にあてた。

 次の瞬間、ラース兵は高圧の電流を喰らい、気絶した。

 さらに、ソウルは、ペアとなってる、もう一人のラース兵の首をナイフで断ち切った。


 ソウルは一人のラース兵を抱え、戻ってきた。

ソウル『一人目、ゲット。もう一人、いけた気もするが、危険だから殺しといた』

マナ『能力が高いと、気絶させるのが難しいですからね』

ソウル『さっ、着替えな、クオン』

クオン『了解』

 そして、クオンは急いでラース兵の服に着替えた。

クオン(交戦規定に反する気もするけど、仕方ないか)

 と、クオンは納得した。

 交戦規定では敵味方が区別出来るように、軍服はそれぞれに

統一されていなければ、いけなかった。


その間にソウルは、もう二人、ラース兵を抱えてきた。

ソウル『着替えたら、急いで移動する。敵さんも、隊員と連絡が付かなくなったのに気付く頃だろう』

 と、手際よく着替えながら言った。

クオン『でも、ソウルって、本当、強いんだな』

ソウル『まぁ、相手の練度が低いだけな気もするけどな。

    一人っ子政策のおかげかもな。甘やかされて育った

結果だ。まぁいい。さっ、行くぞ』

 そして、ソウル達は慎重に進んで行った。


 ソウル達は進んだ先のホテルの一室に忍び込んでいた。

ソウル『おそまつだな。見張り一人、中に置かないなんて』

マナ『仕方ないですよ。ラース兵も兵力が限られてます。

   所詮は奇襲ですから。とりあえず、殺すだけ殺して、

   後は放置するしかなかったんでしょう』

クオン『・・・・・・』

マナ『あ・・・・・・すみません』


クオン『いや、いいんだ』

ソウル『さて、話を変えるが、面白い事、思いついたんだが』

クオン『面白い事?』

ソウル『ああ。さっき、魔導アルマ(乗り込み式-機械)、見ただろ?あれ、乗っ取って、やろうぜ』

マナ『いいですね。いただいちゃいますか』

クオン『ま、待ってくれ。いただいちゃいますかって、

    アニメじゃない-んだから。生体認証は?

    パーソナル・データを含めた、操縦は?というか、

    そもそも、ラース-ベルゼの機体を動かした事、あるのか?』

ソウル『いや、無いね。それでも、俺とマナに動かせない機体は無い。それが俺達の固有能力。だてに、トゥルネス

    の名は継いじゃいねぇさ』

クオン『トゥルネス・・・・・・。クリスタル大戦時代のヤクトの

    使徒(クリスタルの守護者)の名』

ソウル『よく知ってんじゃねぇか。もっとも、直系じゃねぇけどな。まぁ、それはいいや。ともかく、作戦を説明

    するぜ』

 と言って、ソウルは説明し出した。


 ・・・・・・・・・・・

 シャインは夢を見ていた。

 かつての夢。英雄と呼ばれる前の夢。

 そこには、仏僧の女性、イザヨイが居た。

イザヨイ「シャイン、シャイン、駄目なの、駄目なのよ。

真言(しんごん)の法を戦闘に使うなど・・・・・・。

それは、越法(おっぽう)ざんまいに触れるわ。正しく修行をし、資格を持った者のみが法を咒(じゅ)を、自由に使う事が許されるのよ。最悪、

     そんな事したら、死んでしまうのよ」

シャイン「私は騎士よ。そんな事、言ったら永遠に資格なんて得れないわ。第一、イザヨイ、私は悪い事をしようなんて思ってないの」

イザヨイ「シャイン、シャイン・・・・・・どうして、分かってくれないの?どうして」



スイレン「シャイン、シャイン、私には見えるよ。聞こえるよ。貴方が密教を開      く、貴方が密教を世に広げる。そしたら、仏教徒もそうでない人も、み     んな、みんな、咒(じゅ)を読み謳(うた)うんだよ。その時、世界は繋がる     んだよ。シャイン、シャイン、その時は近づいてるんだよ」


『偉大なるかな、偉大なるかな。王の中の王の出現、この宇宙 に、今、再び新たな黄金律が生まれる』


イザヨイ「み仏よ、護法の神々よ、どうか、彼女の罪を、お許し下さい。私が背負います。彼女の罪は全て、ひとえに私が背負います。だから、どうか・・・・・・」



 病院のベッドの中には、痩(や)せたイザヨイの姿があった。

シャイン「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・私のせいで」

イザヨイ「いいのよ、いいのよ、シャイン。貴方は間違っていないわ。貴方は貴方の信じる道を行けばいいの。

私達の出来なかった道を・・・・・・・。シャイン、ごめんね。ごめんなさいね・・・・・・・」


 英雄の出現。人々は彼女を光の勇者と呼んだ。

シャイン(イザヨイ、イザヨイ。この勝利は貴方のおかげだよ。

    痛い・・・・・・痛いよ、胸が手が・・・・・・。ねぇ、イザヨイ、

    私は罪を背負っていくよ。それでも、進んで行くから)


 その勇者は光を進んでいった。

シャイン(私は・・・・・・本当に今、正しい道を歩んでるの?)

 

そして、シャインは目覚めた。

オーヴァン「目覚めたか、主(あるじ)よ」

シャイン「寝てしまったのね・・・・・・」

オーヴァン「問題はない」

シャイン「オーヴァン、やっぱり、私、駄目かもしれない」

オーヴァン「どうした、主よ?」

シャイン「いくら命令でも、ラース-ベルゼに従えないわ」

オーヴァン「フッ、ハハハハ、そうでなくてはな。よかろう。

      何処までも付き従うぞ、主よ。高貴なる戦乙女よ」

シャイン「ありがとう」

 そう言って、シャインはニホン刀を片手に歩いて行った。


 そこでは、兵士達が女性に乱暴しようとしていた。

 次の瞬間、兵士達の腕と足と性器が切断された。

 

 そこでは、兵士達が無抵抗の住民を撃ち殺し、遊んでいた。

 次の瞬間、兵士達の脊髄(せきずい)が破壊され、二度と首から下が動かないようになった。


シャイン「南無(なむ) 懺悔(ざんげ) ざんぎ 六根(りっこん) さいしょう 

めっしょう ぼんのう めっしょう 

ごうしょう・・・・・・」

 と、彼我(ひが)の罪をあがなう咒(じゅ)を、謳(うた)い歩いた。


 一体の魔導アルマと随伴(ずいはん)-歩兵達がシャインに近づいて来た。

 しかし、数分後には、ひっくり返された魔導アルマと、

気絶する兵士達の姿が、そこにはあった。

 シャインは魔導アルマの中から搭(とう)乗員(じょういん)を引きずり出して、

気絶させていた。


 すると、上空から巨兵が降りてきた。

シャイン「バルボス・・・・・・」

バルボス「シャイン殿、これはどういう事でしょうか?」

シャイン「クズ共を無力化してるだけよ」

バルボス「シャイン殿ッ!許されはしませんぞ!分かっておられるか!」

シャイン「覚悟はしているわ。そこをどきなさい」

バルボス「どくわけにはいきませぬ・・・・・・。もし、ここを通りたいというのなら、私の屍(しかばね)を超え進んでください」

シャイン「そう」

 そして、シャインは刀を構えた。

バルボス「この分からず屋がッッッッッッッ!」

 そして、バルボスの全身からマナがあふれ、その巨体はさらに巨大に見えた、

次の瞬間、バルボスの後ろにシャインは居た。

 そして、バルボスの鎧と大剣は砕けていった。

バルボス「馬鹿な・・・・・・」

 バルボスはあまりの実力差に膝(ひざ)をついた。

 そして、シャインは振り返らずに歩いて行った。


 ・・・・・・・・・・

 ソウルとマナは腕に注射をしていた。

クオン「何やってるんだ?」

ソウル「反応剤を打ってる。そろそろ、前、打った奴の効果が

    切れるからな」

クオン「反応剤・・・・・・」

ソウル「ああ、俺達は人工能力者だ。薬無しじゃ、能力は使えない。まぁ、強化-魔導機を使えば、疑似的(ぎじてき)にマナを

    増やす事も可能だが、脳の反応速度までは変えられ

ない。反応速度を高める反応剤は人工能力者にとっては、必須(ひっす)なのさ」

クオン「でも、健康に悪いんじゃないのか?」

ソウル「そういう話もあるな。だが、傭兵(ようへい)がそんな事、いちいち気にしてたら、もたねぇぞ」

クオン「ごめん」

ソウル「そう、謝んな。ヤクト人は謝りすぎだ」

クオン「分かった。でも、二人ってヤクト国籍もってるのか?」

マナ「いえ、私達はリベリス合衆国の国籍を有しています。

   ただ、ヤクト民族の血は濃く継いでますよ。ご先祖が

   ヤクトに移住してたんです」

クオン「なるほど。でも、ヤクト語、上手いな」

ソウル「そうか?ありがとよ。仲間にヤクトのジイさんが居るんだ。そいつから教わったんだがな」

クオン「そうなんだ」

ソウル「ちなみに、マナはアニメで勉強してたんだぜ」

マナ「に、兄さん?」

ソウル「その兄さんってのも、ヤクト独特の表現だろ。面白いよな」

クオン「はは」

ソウル「さぁ、行くぞ」

クオン「ああ」


 ・・・・・・・・・・

クオンと別れた、ヤクト軍人のウィル達と、母親を失った幼い兄妹は、他の市民達と共に戦闘に巻き込まれていた。

トゥス『やべぇ、やべぇって』

 と言いつつも、トゥスは冷静にカードを敵の歩兵に命中

させていった。

 辺りは銃弾が雨あられのようになっていた。

アール『ハッ!』

 次の瞬間、装甲車がアールの拳で吹き飛んだ。

ウィル『お前等、もういいぞ!撤退ッ!撤退だ!』

 とのウィルの言葉に二人は了解した。

 そして、二人はウィル達の居るマンホールの下へと入って

いった。

 ちなみに、トゥスは器用にも一瞬でマンホールの蓋を

閉め、ブービートラップとして、爆発系のカードを大量

に張り付け、開けたら爆発するようにしていた。

 そうとも知らず、ラース兵はマンホールの蓋を開け、

爆発に巻き込まれていった。


ウィル『何だ、ブービートラップの位置をメモってたのに必要無かったか』

 一応、条約では地雷などの位置は記録しておく必要があったが、実際にやっている者は滅多(めった)にいなかった。

トゥス『はは、隊長は真面目すぎっすよ』

ウィル『あのな、いつか、ヤクトの下水工事-業者が爆発に巻き込まれたらどうすんだ。』

トゥス『確かに始末書じゃすまないですしね』

アール『お前なぁ・・・・・・』

トゥス『しかし、大所帯になっちまったな。大丈夫か?

    これ?』

 今、ウィルを先頭に、しんがりをトゥスとアールに、その間には少年達兄妹-以外に十人ほどが居て、進んでいた。

アール『見捨てるわけにもいかないだろう』

ウィル『その通りだ、しかし、ちゃんと、全員、安全地帯に

送り届けれるか、心配になってきたな・・・・・・』

トゥス『隊長、それ絶対、肉声で言わないで下さいよ。彼等を

    不安にさせますからね。まぁ、うちらは、いつもの事

    なんで、いーっすけど』

ウィル『分かってるよ。はぁ。まぁ、やるだけやるさ。命に

    かえてもな』

 そして、ウィル達は入(い)り組んだ下水路を進んで行った。


 ・・・・・・・・・・

ツヴァイ「あーあーあー。へへっ、いいぜ・・・・・・」

 と、日傘の男、ツヴァイは火であぶった煙を吸っていた。

ツヴァイ「大体、何だよ、人の事、呼んどきながらよー、結局

     待機って何だよ・・・・・・へっ、へへっ」

 と言って、ツヴァイは麻薬でおかしくなった頭を回した。

 工兵達が必死にクリスタルの塔の結界を破ろうとしていたが、

攻略のメドはたっていなかった。

すると、生粋(きっすい)の騎士、バレオス(バーサレオス)が歩いて

きた。

バレオス「何をしてる、貴様ッ!」

ツヴァイ「これは・・・・・・中佐どのー、どもっす・・・・・・」

バレオス「貴様・・・・・・何だ、その、ふにゃけた敬礼は!」

ツヴァイ「薬っすよ、薬。中佐もやります?」

バレオス「ばかな・・・・・・貴様」

ツヴァイ「そう、怒りなさんなって、中央のエリートさんには

     分かんないかもしれませんけどねぇ、アーテシア戦

     の時なんか、これ無しじゃ、やってられませんでしたよ。あいつら、特攻して来ますからねぇ。ゼーア

     ばんざーいって。ははっ」

バレオス「つまり、麻薬により恐怖心をやわらげると?」

ツヴァイ「そーですよ、新兵なんてビビッちゃって、弾一発も

     撃たずに死んできますからね。人道的でしょ?」

バレオス「仮にそうだとしても、貴様のような歴戦の兵士が

     使う必要はないのではないか?」

ツヴァイ「これ打つと頭がクラーーーーーーーになるんすよ」

バレオス「クラ?」

ツヴァイ「あっ失敬、クリアですね。ははっ、ほらほら、そこ、

     百メーター先、虫、虫が飛んでる」

 と言って、ツヴァイは小石を投げた。

 バレオスは注意して見ると、確かに虫が石に当たって落ちていた。

バレオス「だが、麻薬に依存すると非人道的-行為を平気で行う

     ようになったりもする。気をつけろよ、ツヴァイ

     上級大尉(たいい)」

ツヴァイ「りょうかーいでーす」

 とツヴァイは笑った。

バレオス(ハァ、これは戦場に送り返した方がいいやも

しれんな)

 と、バレオスは心の内でため息をついた。

ツヴァイ「声、声が聞こえる、女神、女神だッ!俺は愛されている、愛されているぞ、アッハッハッ!『想像してみなさい、想像してみなさい』との声がするッッッ!

     来る、来るぞ!俺の出番だ!大舞台の幕があけるゥッッッッッッッッ!リリアッ、リリアだッ!

     フォーーーーーーッッッッッ!」

 とツヴァイは訳(わけ)の分からない事を叫びだした。


 ・・・・・・・・・・

 一方、ソウル達は作戦を開始していた。

 ラース兵に変装したソウルとマナは、同じくラース兵に偽装した血まみれのクオンを抱え、魔導アルマへと近づいていった。

歩兵[ん?どうした?]

ソウル[おいッ!助けてくれ!同志が怪我をした!頼む、俺達の救急キットじゃ、対処できないレベルなんだ!

頼む!]

 との声に魔導アルマは反応した。

魔導アルマ『・・・・・・お前、少し、イントネーションが変だな?

本当にラース-ベルゼ民族か?』

 と、魔導アルマから声がした。

ソウル[違う、ウイルダ系だ。ハーフだ。頼む、死んじまう!

    こいつは生粋のラース-ベルゼ人だ!]

アルマ『チッ、羊の血が混じっているのか・・・・・・。クソッ、

    だが、半分は竜の血が混じっている。それに、怪我人

    に罪は無いわけで・・・・・・。いいだろう。今、開けるか

    ら、待て』

 そして、パイロットが警戒心も無く、ハッチを開けた。本来、

当然、身分証であるIDカードで顔を確認するべきであったが、

怪我人が居たため焦っていたのだった。もっとも、マナの能力で顔写真すら偽造されていたのだが・・・・・・。


ソウル[すまない、恩に着るぜッ!]

 とソウルがパイロットに言うや、ソウル達は兵士達を強襲した。

 マナは召喚した拷問器具で兵士を串刺しにしていった。

 クオンは俊足(しゅんそく)で敵兵を切断していった。

ソウル『奪わせてもらうぞ!お前の、魂、魂を』

 そして、ソウルはパイロットの胸に片手をかざし、魔力の塊(かたまり)を取り出し、吸収した。

ソウル『お前等、早く、乗り込め』

 そして、三人は魔導アルマのコクピットの中に入った。

ソウル「よし。よしよし、よし。なる程、大体、分かったぜ。

    パーソナル・データ(個人-戦闘記録)とも同調完了

    した。さぁ、動きな」

 すると、魔導アルマがスムーズに動き出した。

クオン「信じられない・・・・・・」

マナ「兄さんは・・・・・・相手の魂を奪い、自分のモノとする事が

   出来ます。そして、その魂の記憶から、操縦方法を学んだんです。それに加え、私達、兄妹の持つ機械-支配能力

   により、複雑な魔導アルマとは言え、操る事が可能なのです」

クオン「なる程」

ソウル「もっとも。最低限、魔導アルマの使い方を理解してるから出来るんだけど    な。まぁ、操縦方法が分からなくても、魔力で無理に操る事は出来るが、    それだと、すぐに壊れちまうし、機動がおかしくなっちまう」

クオン「なる程・・・・・・すごいな、本当」

ソウル「まぁな。さぁ、どんどん、行くぜ」

 と言って、ソウルは魔導アルマを駆り、先に進んでいった。


 貴族院に近づくにつれ、霧(きり)が出だしていた。

ソウル「何だ、この霧?能力か?」

 ソウルはモニターに映る霧を見て、言った。

マナ「何となく、違う気がします。この霧、ただの力では無い気がします。もっと、神(かみ)懸(が)かっているというか・・・・・・」

ソウル「何にせよ、いい事だ。全てが俺達に味方している」

 

すると、検問が近づいた。

兵士[止まれ!どうした?]

ソウル[第11-人機分隊のクルス・アルド軍曹だ。クオン皇子を発見した。現在、多目的ホール付近を逃走中と思われる]

兵士[何?随伴(ずいはん)歩兵は、全てやられたのか?]

ソウル[ああ・・・・・・。しかも、奴は建物の上を駆けて行ったから、魔導アルマでは追えなかった・・・・・・]

兵士[分かった、ともかく、念話で情報を共有せねば・・・・・・。

   待て。何故、魔導アルマの念話-機を使わない?]

ソウル[皇子との戦闘で故障しちまったんだよ]

兵士[ならば、ハッチを開けて直接、念話を使えばいいだろう?]

ソウル[お前、馬鹿か。そんな事して、魔導アルマを乗っ取られたらどうする?ハッチは戦闘中、極力-開けてはならないと、習わなかったのか?]

兵士[・・・・・・すまない。一応、聞いておくが、何処(どこ)へ向かうつもりだ?]

ソウル[・・・・・・ともかく、このまま、周囲に呼びかけを続けて、

    そしたら、整備に本部へ戻ろうと思っている]

兵士[そうか、武運を]

ソウル[お前もな]

 すると、検問の兵士達はどいていった。

そして、ソウルは魔導アルマを進めていった。

兵士[待て・・・・・・]

ソウル[なんだ?]

兵士[本来、検問を通すのにはもっと時間がかかる。後でいいから、見返りをよこせよ]

ソウル[分かったよ。じゃあな。加えて、いつか飯もおごるよ]

兵士[ハハッ、そりゃいい。じゃあな]

 そして、ソウル達は-深い霧へと向かって行った。


マナ「危なかったですね」

ソウル「まぁな。でも、このくらいのスリル、日常茶飯事(さはんじ)だろ?」

マナ「ですね」

クオン「そろそろ、貴族院のはずだ」

マナ「ですね。では、あと、100メートル程、進んだら、

   ハッチを開けましょう」

ソウル「しかし、運がよかったな。あの検問、魔力探知機が置かれてた。恐らく、クオン。お前のマナを探索してたんだぞ」

クオン「えっ。じゃあ、なんで反応しなかったんだ?」

ソウル「魔導アルマ内は魔力的に閉ざされてる。だから、

    そんじょ-そこらの探知機じゃ、反応しないさ」

クオン「なる程、本当、助かったよ。ありがとう、二人とも」

ソウル「本当に行くのか?」

クオン「ああ、行かなきゃいけない。それに、これ以上、二人を巻き込むわけにはいかない」

ソウル「そうか・・・・・・。クオン、いつか、リベリスにお忍(しの)びで

    来る時があったら、ハーレイのディープ・ナイトって

    いう、バーに来い。ハーレイのディープ・ナイトだ。

    いいな。その時、リベリスを案内してやるよ」

クオン「あ、ああ。ハーレイのディープ・ナイト、だな」

ソウル「まぁ、地元の奴に聞きゃ、すぐ分かる。巨乳の黒髪の姉ちゃんがママしてるから、すぐ分かるさ」

クオン「そ、そうか」

ソウル「何だか、名残(なごり)惜(お)しいな。まぁ、いいさ。また会えるさ。

    きっと」

クオン「ああ、きっと、会える」

マナ「クオンさん、幸運を・・・・・・」

クオン「ありがとう、二人とも、気をつけてくれよ」

ソウル「当たり前だ。しかし、マナがこれ程、なつくとは、

    珍しいなぁ」

マナ「兄さん」

ソウル「はは、何でも無いよ。それと、なるべく、俺達と会った事は、公の場で言わないでくれ。一応、裏の人間

    なんでさ」

クオン「分かった。極力、誰にも言わないようにする」

ソウル「ありがとよ。さ、お別れだ」

 と言って、ソウルはクオンに手を差し出した。

 クオンは黙って、ソウルの手を握った。その後、クオンは

マナとも握手をし、魔導アルマから出て行った。

 そして、クオンの姿は霧に紛(まぎ)れ、ソウル達からは、すぐに

見えなくなった。

ソウル「行っちまったな・・・・・・」

マナ「ですね」

ソウル「まぁ。きっと、また会えるさ。また」

マナ「・・・・・・」

ソウル「行こう」

マナ「ええ・・・・・・」

 そして、ソウル達もまた、霧の中を進んで行くのだった。



 しかし、今生(こんじょう)において、クオンとソウルが再び出会う事は無かった。

 また、後(のち)の世において、確(かく)たるモノとして、この二人が出会ったという記録は存在しない。しかし、この日、この場で確かに、この二人は出会っていた。

 

 そして、これこそが、

後のヤクト国、最後の王、クオン・ヤクト・アウルムと

後のウイルダ帝王、ソウル・フォン・トゥルネスの

最初にして最後の邂逅(かいこう)であった。








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アーカーシャ・ミソロジー キール・アーカーシャ @keel-a

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