(3)

 それは恭介とドライブをした一週間後の事だった。いつものように待ち合わせていた健二の前に現れた理沙の顔はすっかり血の気が引いていた。


「どうしたんだよ!? 顔真っ白だぞ!」

「健二……」


 理沙の声は弱々しく、その表情は困惑や怯えに憑りつかれているようだった。

 下手をすればそのまま倒れ込んでしまいそうな理沙の肩に健二は両手を添えた。


「しっかりしろよ。何があったんだ?」


 普段は芯も強く、決して気の弱い女性ではない。そんな理沙が憔悴するような理由。

 健二には一つしか思いつかなかった。


「事件に関係してる事か?」

「健二。久崎君って死んだんだよね?」


 理沙は問いに答えず、その代りに別の問いを投げかけていた。


「そう聞いている」


 健二がそう言うと、理沙はポケットから自分の携帯を取り出して何か操作を始めた。そして携帯の画面を健二の方へと向けた。


「じゃあ、これは何?」


 健二は理沙の携帯に見入った。

 開かれていたのは受信メールの画面だった。宛先欄に名前は表示されておらず、デタラメな英数字が並んでいた。理沙の電話帳に登録されていない知らないアドレスから来たものという事だ。@マーク以降のドメイン名は携帯ではなく、おそらくPCから送られてきたもののようだった。だが問題はその本文だった。


“お待たせ。そろそろ迎えに行くね”


メールにはその一文しか記載されていなかった。しかしそれだけにシンプルで受け手に対して強烈な印象を残すものだった。

 迎えに行くとは一体どういう意味なのか。そしてその意味に答えを添えるように書かれていた次の一文が、健二に更なる衝撃を与えた。


“KUZAKI SHINYA”


 ――くざきしんや。久崎信也。


「信也!?」


 思わず健二は大きな声を出していた。

 そこにははっきりと、信也の名前が載せられていた。


「ねえ、健二。何なのこれ? 久崎君、死んでるんじゃないの? ねえ、健二!?」


 理沙は健二の胸元を掴み激しく揺さぶった。その姿がいたたまれなくてどうにか理沙の動揺を抑えようと、健二は理沙をぎゅっと抱き締め背中を優しくさすった。


「君塚さんに連絡する。警察に保護してもらおう」


 自分自身で彼女を守る事が出来ればそれに越したことはない。だがかっこつけている場合ではない。相手は3人も殺した凶悪な殺人犯だ。一介の大学生の力だけでもはや太刀打ち出来るものではない。


「大丈夫。大丈夫だよ」


 理沙の体は震え続けていた。

 ひょっとすれば、自分も殺されるかもしれない。その恐怖は相当なもののはずだ。情けない話だが、理沙を抱きとめている健二の手も僅かに震えていた。

 この事件がどこで終わるのか。改めて君塚の言葉を思い出す。

 信也にとっての加害者は拓海達だけではない。健二達も同じ加害者なのだ。


「とりあえず、帰ろう」


 健二は理沙を連れて一旦自室へと戻る事にした。

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