(2)
願いは虚しくも却下され、また一人クラスメートが死んだ。拓海の悲劇から僅か二週間後の出来事だった。
殺されたのは風間真一。またも椚中学の同級生だ。
つい先日まで生きていたのに、彼ももうこの世にいないのだ。健二は拓海の葬儀での風間の様子を思い出す。
“殺してやる”
抑えきれない犯人への憎しみがこもった言葉。
親友の仇討とも取れる言葉を残した真一は、残酷にも拓海と同じ末路を辿る事となってしまった。
「それで、分かる範囲で話を聞かせてもらいたいんだが」
健二の暮らす部屋の中で隣には理沙、そして向かいには一人の男が座っていた。
対面に座るこの男は今日突然健二達の前に現れ、こういう者ですと警察手帳を掲げた。
君塚と名乗った刑事は顔に少し皺を刻み始めているものの、しゅっとした顔立ちは分かり易く男前で、すらっとしたスリムなスーツの着こなしは刑事と言うよりも刑事を演じている俳優という感じだった。
刑事というものを初めて目の前にして健二も理沙も最初は少し緊張気味だったが、君塚から真一が殺された事を告げられた瞬間、緊張は一瞬で霧散し衝撃が全身を覆った。刑事と聞いた時点で拓海の事について聞かれるのだろうと予想していた所に更なる殺人の事実だ。信じがたい現実に健二は困惑したが、君塚は淡々と拓海、真一が殺された件について話し始めた。
二人の遺体はポイ捨てでもするかのように捨て置かれていた。どちらもどこか別の場所で殺されたのち、捨てられているようだった。二人の遺体はそれぞれの今住んでいる場所の近くの空き地に捨てられていた。どちらの場所も健二が今暮らしている場所の半径10km圏内である事から、犯人はそう遠くない場所にいる事が予想された。そして、いずれも椚中学の同級生であり、なおかつ中学二年の時同じクラスにいた事から、そこに関係した人物が犯人である可能性が高いと思われる。という所で、最も可能性が高いと思われる椚中学の関係者、その中でも中学二年の時に二人と同じ教室に居た者から中心に捜査を始めているという事だった。
「って事は、俺達も容疑者になるわけですか?」
同じ教室にいた、ただそれだけで疑われているという事実に少し腹が立ち健二は多少棘のある口調を君塚に向けた。
だが、君塚はふっと笑いそれを否定した。刑事だけあってこういうやり取りにはやはり慣れているのだろう。
「さっき聞いた限りじゃ、二人の死亡時刻から見て君達に彼らを殺す事は出来なそうだ。まあ、もちろん外堀は埋めてちゃんと事実確認するけど、十中八九君らは犯人じゃないね」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「勘」
そう言って君塚は自分の目尻の辺りを指でとんとんと叩いて見せた。まるで自分の目に狂いはないとでも言いたげなジェスチャーだった。
「勘って……」
これにはさすがに苦笑を漏らした理沙だったが、それを見て君塚は笑顔を崩さず反論した。
「いやいや、勘を馬鹿にしちゃいけないよ。これでも10年以上刑事やってるんだ。だいたいの情報は目からあらまし吸い上げれる」
自信満々にそう言いきる君塚をとりあえず健二達は信じるほかなかった。
「で、石崎君と風間君。この二人が殺されるような理由とか、思いつかないかな?」
君塚は笑顔を消し、再び聴取を始めた。
「理由って言われても……」
記憶を巡らせてみるが、そんなものがあるだろうかと健二は首をひねった。
同じ不良というグループに属していた拓海と真一。不良と呼ばれながらも底抜けの明るさで嫌味を感じさせなかった拓海に比べれば真一はまた少しタイプが違っていた。
健二は正直真一が少し苦手だった。常に拓海と行動している姿は有能な右腕、または側近といった印象が強い。あまり派手に振舞うほうではなかったがそれなりにグループ内でふざけあっている所を見ると明るさは持ち合わせていたとは思う。だが、どうも何を考えているのか分からないという怖さがあった。笑顔の裏で常に人を推し量るような雰囲気があり、普通に話していても相手の目ではなく更にその奥を覗きこまれているような妙な不気味さがあった。
不良という共通項はあるが、そこから二人の死に繋がるものが何かという点についてはすぐには思い当たらなかった。
不良であった事で、いざこざは少なからずあっただろう。だがそこに殺されるような要因があったのかどうかは分からない。ましてや何年も前の出来事を引きずって、それを今になって殺すなんて余程の恨みがあるとしか思えない。そう話すと、
「そういう事だよ」
と、君塚は健二の顔をびしっと指差した。
「え、どういう事ですか?」
「君が今言ったじゃないか。恨みがあるとしか思えないって」
「はい。でもそれは単純に考えてそういう事があるのかなって思っただけで」
「その線は非常に濃い。少なくとも僕らは今回の件、怨恨が原因だと思っている」
「怨恨……。それは、どうして?」
「二人の殺され方だ」
「殺され方?」
「ああ。なんというか、あれは強烈な憎しみを感じさせるね」
君塚はそう言いながら少し顔を歪ませた。
拓海の死体は全身至る所に穴が開けられており、真一の死体は全身丸焼けにされていたとの事だった。これでもかなりオブラートに包んでいる方だと言うのだから実際はもっと凄惨な死体だったのだろう。幸いにもどちらも見たことがないものなので頭の中にイメージが明確に浮かぶ事もなかったが、それでも級友がただ殺されただけではなくそんな無残な姿にいたぶられて殺されたという事実を思うと、気分は悪くなり心が深く沈んでいくようだった。
「快楽殺人の可能性もあり得るが、被害者の共通項を考えるとそっちの方がしっくりくるし、分かり易い。いや、そんな言い方は不謹慎だな。すまない。だが、二人はいわゆる不良だったそうじゃないか。だったら同じ教室内で彼らに当時苦しめられた人間もいたんじゃないか? 例えば二人からイジメを受けていた人間とか」
「イジメ……」
「そう考えれば、元級友の二人がひどい殺され方をした理由にもなり得る」
「それは、勘ですか?」
「いや、これは推測だ。どうだろう。そんな人物に心当たりはないか?」
「そうですね……」
そう言われれば、二人にちょっかいをかけられている生徒は何人かいたような気がする。だが、それがイジメだったのかと言われれば健二には正直分からなかった。ただじゃれ合っているだけのものだったかもしれない。だが当の本人からすれば苦痛極まりないイジメという認識だったのだろうか。
しかし何にしてもそれが誰だったのか、はっきりと顔を思い出す事は出来なかった。
「すみません、ちょっとすぐには思い出せそうにないですね。理沙はどう?」
「うーん……結構昔の事だしね。あったと言われればあった気もするし……」
理沙も健二と同様らしく、首をかしげ分からないと言った様子だった。
「卒アルとかを見れば、何か思い出すかもしれませんが今手元にはないので、すぐには確認できませんね……」
理沙がそう言うと君塚は、じゃあそれはまた確認しておいて欲しいと、何も情報を得られなかった事を特に残念がる事もなくそう口にし、それから名刺を健二と理沙それぞれに一枚ずつ手渡した。
「じゃあ、何か思い出した事があれば連絡してくれ。ああは言ったものの、イジメの被害者が犯人と決まったわけではない。二人をつなぐ共通項は別にあるかもしれないからね。だが」
そこで一旦君塚は次に言う言葉が重要である事を強調するように言葉をくぎった。
「もし君達の元クラスメートが犯人だとすれば、君達の身にも危険が及ぶ可能性がある。イジメ被害者にとって加害者というのは実際に手をあげた者だけとは限らない。それを見て手を差し伸べなかった傍観者も同じ加害者だ。君達に加害者の意識がなくても、犯人にとってはそうじゃないかもしれない。脅すつもりで言うわけじゃないが、用心はしてもらいたい。そして出来る限りの協力をして欲しい。僕らも早いとこ犯人を捕まえて、君らに安心して過ごしてもらいたいからね」
そして、じゃあまた何かあったらと言い残し、君塚は部屋を後にした。
自分達のクラスに犯人がいるかもしれない。
そんなまさかと思う一方で、否定しきれない所もあった。
確かに君塚の言う通り考えれば、今回の事件の構成は分かり易い。
イジメを軸とした犯人の復讐劇。
当時の恨みと共に成長した犯人がとうとうその恨みを晴らす為に動き出した。
だが、健二にはその感情を想像する事出来なかった。
そんな感情を持ち続け生きていくなんて、どれだけ辛く苦しい事なのだろうか。
――誰なんだ。
しかし結局その日、めぼしい記憶に思い当たる事はなかった。
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