ランチ

昼飯時になると、俺はオフィスを飛び出し、近くの公園に向かう。

近所のコンビニで買うパンやおにぎりが俺のランチだ。

この公園は、風通しがよく、木陰も多いため、俺と同じように仕事の疲れを癒しにくる連中は多かった。

……いつの頃だろう、俺がその群れの中から彼女に気付いてしまったのは。



確か最初は、彼女は本を読みながらサンドイッチを食べていた。

食べ始めた時には文庫本の一ページ分ほどあったサンドイッチは、彼女が本を読み進めると同時に少しずつ小さくなっていき、

最後に彼女は自分の手を噛んだ。

ぼーっとだが一部始終を見ていた俺は思わずコーヒーを吹き出しそうになった。


次に見かけたとき、彼女は公孫樹の木の下を歩いていた。

拾ったのだろう、黄色く色付いた公孫樹の葉を一枚、手に持って。

軸をねじっては、くるくると回る葉を見て、何だか嬉しそうにしていた。


自動販売機の前で難しい顔をしているところを見かけたこともある。

一分ぐらいサンプルをじっと見つめた後、ようやく思い切ったように飲み物を一つ買っていた。


公園をねぐらにしている鳩に、餌をやっていた姿も見た。

最初二、三羽だったが、少しずつ餌をやるうちに、気がつけば十数羽に増えていった。

彼女は鳩の集団をじーっと見てから、手にしていたパンの大半を足元に千切り配って、自分は隣のベンチに移っていた。



なんだか目が離せない。

うっすらとそんな事を考えた日から、昼になる度に、公園に来る度に、彼女の姿を探すようになっていた。

見かければ何となく見ていた。

居なければ居ないで俺の昼食には何の変わりもなかった。


「いないのか……」

その日、無意識に呟いた自分に激しく驚いた。

何でこんなに落胆しているのか。

答えは実にシンプルだったのだが、そこに辿り着くまでに、俺にはもう一つの驚きを超える必要があった。

「あの」

「はい?」

呼びかけられて振り返ると、そこに彼女が立っていた。

両手に小さな荷物をそれぞれ下げて。

「あのっ、砂糖味の卵焼きはお嫌いですか?」

「え?」

一瞬真意が読み取れず、彼女の顔を見た。

彼女はすぐに顔を伏せてしまった。

俺は両手の荷物をもう一度よく見てから、こう答えた。

「卵焼きは塩派だけど、今日は甘くてもいい気分、かな。」

彼女は自分の手を噛んだ時と同じ驚きの顔で俺を見上げ、それから、鳩を見守る時の優しい笑顔を浮かべた。







昔から、夢を見すぎだと言われてた。

御伽噺は現実には存在しないと何度も言われた。

私は、周りの人に言わせれば、よほどふわふわしているらしい。

これでも自分なりには歩いていたつもりだけど。


だから、白馬の王子様を見つけたと友達に言った時は随分驚いていたっけ。

もっとも、王子様が乗っていたのは馬ではなく白い自転車で。

毎日お昼ご飯を食べる公園の入口で、

入れ違いに出ていくところだったあの人の自転車に少しぶつかりそうになって。

驚いて立ちすくんだ私に、あの人は言った。

「ごめん、大丈夫?」

私が頷くと、あの人はもう一度ごめんねと言って、自転車で駆けて行った。


雨の日以外は、あの人は大抵公園に来てた。

自転車のハンドルにコンビニの袋をぶら下げて。

お弁当ではなくて、パンやおにぎり。

パン党の私は、あの人が食べていたパンをコンビニで見かけて、次の日のお昼ご飯に買ってみたりして。

それだけで、何となく嬉しかった。


公園に来る時間はいつもばらばらだったけど、

ついたらまずネクタイを緩めて、両足を投げ出して、はぁーって大きな息をついて。

上を見ながら眩しそうにするのを、いつも見てた。


広場を挟んで正面の方向にあるベンチにあの人が腰掛けた時、別にこっちを見ていたわけではないのに、体も顔もこっちを向いているだけで、ひどく顔が赤くなった。


それを思いついたのは、給湯室で友達の話を聞いた時。

休みの日に、ピクニックに行って、二人で外でお弁当を食べたって。

私、いいなーって思った。

日ごろ料理なんてしないのに、いいなーって。


それで、何日か悩んで。

何日か練習して。

それからまた何日か悩んで。


がんばってがんばって、渡せるお弁当を作れた日、

あの人の姿を見かけて、声をかけられる距離まで走って、

思わず口が動いた。

「あの。」

「はい?」

……なんて続けようか、考えてなかった……

両手のお弁当を見て、私の口はまた勝手に動いてた。

「あのっ、砂糖味の卵焼きはお嫌いですか?」

「え?」

うわっ、なんて事を……

私は自分が言った事に驚き、恥ずかしくてうつむいてしまった。

そうしたら、聞こえてきた声。

「卵焼きは塩派だけど、今日は甘くてもいい気分、かな。」

見上げたその先にいたのは、間違いなく私の王子様だった。

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