第105話 公国編 回想Ⅶ『龍の姫』
薄暗い城内の最新部に位置する大ホール。
その中央に聳える氷柱の中に一人の少女の姿があった。
『王国勇者』幼女華世。
彼女は竜人族との闘いの末にグラハラムに捕まり、氷によって完全に拘束されてしまっていた。
如何に『聖女の祈り』であっても傷や欠損でない絶対凍度による氷結から逃れる事は不可能であった。
そして、その事をグラハラムは良く理解していた。
「ようやくか、ようやく次へ進めるのか」
グラハラムは地べたに座り込みながら呟く。
その言葉に反応したのは一人、否、一頭の龍であった。
龍はその巨大な体躯を丸め、寝そべりながらグラハラムの言葉に呼応する。
「まことに運が良い。よもや『龍の姫』の素質を持つものが現界するとは」
巨大な身体から発せられた言葉は辺りに震動し響く。
その口から発せられた言葉、『龍の姫』。
それは龍人族が誕生した際の始まりの人であり、龍であった者の事だ。
龍がかつて幻想の王であった時代。人へと落とされた最後の王族。
その存在は本来あった予定を変更してでも手に入れる価値があった。
「普段の僕の運の悪さからは信じられない事なのは確かだ……」
手詰まりであった状況を打開するためにも新たな『限外能力』を取り込む予定であったがそれ以上の成果を得ることが出来たことにグラハラムは内心驚愕していた。
「ッ!」
グラハラムは突如、胸を抑え苦しそうに息をする。
細い肉体から浮かび上がるのは全身に描かれた不規則な刻印。
「刻印が疼くか……。忠告はした筈だったのだがな。龍をその身に宿せばいずれ溢れだすと」
何処か心配そうな声音。
己の身をこの老いた龍が憂いている事は良くわかっていた。
だけど、ここで立ち止まる訳にはいかない。
龍を継ぎ、王になった今、身を滅ぼそうとも悲願を果たさなければならない。
「__大丈夫だ。僕はまだ。それにこれでそう無茶をする必要が無くなる。そうだろ?」
「ふむ、その通りだ。『龍の姫』はそれだけの力がある」
「儀式は直ぐに始められるか?」
今の勇者としての限外能力『聖女の祈り』を手に入れても何も意味がない。
『龍の姫』へと存在を昇華させ、変貌する『限外能力』こそグラハラムが今求めている力だ。
その為にも儀式を行い、『龍の姫』を再誕させなければならない。
「物は揃っている。儂はいつでも良い。しかし、何故だ?何を焦っている?」
「大した事じゃない。只、嫌な予感がしてな」
グラハラムの懸念が外れたことはない。
それを龍は良く理解していた。
だから、その勘を信じ即座に儀式決行を決断する。
「……なら儀式は早々に始めるとしよう」
「そうしてくれ」
「ひひひ、話は終わったか?」
薄気味悪い笑い声が何処からともなく聞こえてきた。
「ふむ、先代か……久しき」
「……エルテリゴか、何のようだ?」
『最悪』の姿はまたここにはない。
奴の能力はそういった類いの物だからそれに対して何か言う事はない。
しかし、ここまで順調に進んできた状況をまた引っ掻き回されるのは御免被りたいところだ。
「穢れ《のろい》が随分と暴れぇているのう、くひひひひ、ひゃひゃひゃっ!」
龍の瞳でないと言うのに何故己の穢れをそこまで見抜くことが出来るのか甚だ疑問だ。
「相変わらず、目敏い奴だ。それで何だ?笑いにでも来たのか僕を」
「ひひひ、ひゃひゃひゃ! それもある。が、ちぃと聞きたい事があっての」
「……」
グラハラムの気配が切り替わる。
その気配はおよそ味方に向けるモノではなかった。
もし、その回答が『龍の姫』に関わることであれば警戒せざるを得なかった。
『最悪』に興味を持たれるとはそういうことなのだ。
一方、場の空気が変わったことを感じ取れない『最悪』ではない。
だからこそ警戒したグラハラムの姿が滑稽に見えて笑い出してしまう。
「くひゃひゃひゃひゃ、くひゃひゃ! 怖いな全く。安心しな、貴様の姫とやらに興味はない。言ったじゃろ。くひゃひゃ儂は楽しければ良いとな」
「新しいおもちゃでも見つけたか?」
「くひゃひゃ、そんなとこだ。で、他の勇者はもういらんか?」
「……『聖女の祈り』が手に入った時点で僕にはもう必要ではないとは言える」
「ひゃひゃ、そうかそうか」
グラハラムは『最悪』が『龍の姫』ではなく他の『勇者』に興味を持っているのを好都合と判断した。
これから儀式に集中したい反面、帝国のあの男が攻めてくれば必然とグラハラム、あるいは『最悪』が相手せざるを得ないだろう。
なら最初からこの男に公国及び勇者を遊び相手として提供してしまえば此方は気にする必要が無くなる。
「遊び相手が欲しいなら他の奴等なら好きにするといい。部下も自由に動かしても問題ない」
「ひゃひゃひゃ、良いのか?儂に全て任せちまって?」
信用出来るかと言われれば否だ。しかし、弱体化したとはいえ、実力だけで言えばこの男以上に信頼出来る者はいない。
「あんたの好きにすればいい、此方の邪魔をしなければな」
「信用がないのう、ひゃひゃひゃひゃ、まあ分かったさ、儂は好きにさせてもらおうかの」
その言葉だけ告げると淀んだ気配が消える。
「行ったか……」
「あ奴は龍人の末路。器を越えればお主も狂人と変わることをゆめゆめ忘れるでない」
「痛いぐらい聞いたさ」
虚空を見つめながらグラハラムは呟いた。
それを見て古龍は大きくため息を吐く。
「なら良いが……」
(昔から龍王を継ぐ者は恐れを知らぬ過ぎる、しかし、だからこそ竜王と呼ばれる存在にまで個の力のみで登り詰めれたのであろうな……)
「それなら儀式の準備を始めてくれ、あいつの気が変わらない内に事を済ませたい」
『最悪』がいつ気まぐれに此方に興味を持つか分からないが早い方が良いのは確かだ。
体内で荒ぶる龍を抑え、力の笑限り笑みを作る。
ああ、そうだ。こう言うときこそ笑わなければ。
「さあ、第六黙示録を実現しよう」
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