第104話 公国編 回想Ⅶ『龍人の魔王 グラハラム』
「魔王、グラハラム!?」
敵側の大将である男が自分達の眼前に突然現れたことで蜜柑達は動揺してしまう。
気だるそうに宙に立つこの男が本当に魔王であるのかは蜜柑達には分からない。しかし、第九階梯の魔術を簡単に消し潰したその実力をみれば明らかに尋常ざる者だということは理解できるだろう。
「ゴフッ……ま、魔王様……」
先程まで蜜柑と激戦を繰り広げていた竜人はやはり相当頑丈であったようで焼け焦げた身体を無理矢理に起こす。
しかし、重傷であることは間違いなく身体はふらつき、今にも倒れてしまいそうだった。
「ドラクエン、か。無様な姿だな。一度下がるといい」
「いえ、まだ殺れますっ……お任せを……」
グラハラムは一蹴する。
「いらない。今の君では、邪魔でしかない」
グラハラムは地面に静かに着地をすると、ドラクエンに向けて手を翳す。
すると、そこに闇が生まれ、周囲を呑み込むように拡張していく。
録に身体を動かせないドラクエンはそれを見て自分の主が何をしようとしているのか理解する。そして、それと同時にドラクエンを取り込むように闇が迫る。ドラクエンは闇に呑まれながら必死に叫ぶ。
「お、お待ち下さいっ! 俺はまだっ!」
「……くどいね」
「ま、魔王様ぁぁぁっ」
叫ぶドラクエンが完全に闇の中に消えると、闇は収束していき、跡形もなく消失した。
それを確認したのち、蜜柑と幼女の方に向き直る。
「さて、あまり時間もないんだ。とっとと、済ませてもらおうかな」
世界が震えた。
「あ」
蜜柑から腑抜けた声が漏れた。
それほど圧倒的であった。
先程まで立っていたこの男からは強者特有の覇気といったものが感じとれなかった。
しかし、今は違った。
グラハラムの周囲から溢れでた異常な量の魔素。
その現象に大気が呼応し、震え響き、大地が軋み、割れる。
世界が狂い始めていた。
蜜柑は身体を動かしてもいないのに息切れが起き、思考が停止する。
感覚境界から得られる情報のあり得なさに思考することを拒絶し、戦意すら奪われ、ただ立ち竦む。
「ん? 恐怖で戦意を失ったか……」
グラハラムはつまらなそうに呟く。
「まあ、ちょうどいいか……」
グラハラムが地面を軽く踏み込む。
その瞬間、地面が粉砕する音だけを残し、姿が消えた。
風圧で周囲の倒壊していた建物が吹き飛ぶ。
蜜柑はそれを認識しながらも微動だに身体を動かせなかった。
そんな中、
「蜜柑ちゃんっ‼」
幼女は叫ぶとともに蜜柑を押し飛ばす。
「うっ」
それがどちらの声かは分からなかった。
押し飛ばされた蜜柑が漏らしたのか、それとも、幼女が溢した言葉だったのか。
押し飛ばされた蜜柑はスローになった世界から倒れこむ幼女を見ていた。腕の付け根には本来ならあるはずの右腕がなく、鮮血だけが舞っていた。
苦しそうに呻き地面に横たわる幼女の横にはグラハラムが笑うように笑みを浮かべながら立っていた。
____________。
鮮血が舞う。
倒れ込む幼女。
停滞していた世界が急速に加速し、意識が覚醒する。
聖槍『ブリューナセルク』を握る力が限界を超え、震える。
そして言葉にならない言語で吠え槍を全力で振るう。
「ああぁァっ!」
「怒りで戦意を取り戻したか、まあそれも良い」
その一撃を軽く手で弾く。
グラハラムにとっては勇者が全力で振るった一撃など脅威に値しない。
しかし、己から直ぐに手を出そうとはせず、只値踏みするように蜜柑の一挙一動を捉え離さない。
一方、蜜柑は己が冷静さを欠いている事を自覚していた。
己の不甲斐なさへの怒りをぶつける半面、相対する男との彼我の差を測る。
一切油断した様子も無く此方を捉え離さない視線。
これを一瞬でも離すことが出来れば。
「能力を使わないのか? それとも使えない?」
グラハラムはぶつぶつと呟いたと思うとちらりと倒れ伏す幼女へと視線を移す。
しかし、そこには幼女の姿が無い。
「いない? こっちに集中しすぎたか……」
幼女へと意識が逸れた瞬間。
その一瞬の隙を逃す筈もなく蜜柑は二人の勇者の限外能力を同時発動する。
『限界突破』により強化された腕力で振るわれる槍。
その先には『空間移動』による繋げたグラハラムの首。
「がっ!」
蒼の軌跡を描きながら、隙を見せたグラハラムの首に直撃し肉を裂くも骨を断ち切る威力には足りなかった。
しかし、充分な成果だ。
続けざまに高速で振るう槍の舞がグラハラムに迫る。
「……注意力が散漫すぎる。これでは駄目だな」
高速で転移する槍の軌道をグラハラムは視認することも無く、受け止める。
「っ」
顔を歪める蜜柑。
余りにも速い対応。
深手とは言わないが死角からの攻撃を受け尚、一切乱れも隙も見せない相手に絶望しか沸いてこなかった。
「これは転移の能力?それと加速したその動き……多重能力者か。となると今回の標的とは違う。まあ、有用性はあるしついでに回収しとくか」
グラハラムは槍の先『空間移動』で繋がる蜜柑へと高速で手を伸ばす。
(無駄です。この能力は生物を通せない)
蜜柑の読み通り、案の定グラハラムの手は拒絶される、が、予想とは異なる結果に終えた事に驚愕する。
『空間移動』によって繋げた境界を力で突き壊したのだ。
「この能力は一方通行か」
半ば、先ほどの戦闘で通じた戦法故に、動揺は大きい。
蜜柑にとっては絶対防御に近いと思っていた能力がこうもあっさりと破られるとは思いもしなかった。
冷静になれと己に呼び掛ける。
生物を拒絶し通さない境界の限界反力はこの魔王の力を受け止めきれない。けど、武器や魔術に対してならこの手段は有効なのは代わりない。
前傾姿勢で槍を構え直し、グラハラムへと意識を集中する。
しかし、視線を向ける先に立っていたグラハラムは突如消える。
「え?」
瞬間、腹に強烈な衝撃が襲う。
内蔵が引きちぎれたと錯覚する程の激痛が全身を走る。
「おごっ!」
重力に反し、小柄な少女が宙に舞い、そして落下する。
「___ッ!うぅぅっあぁうっ!!はっはっァっ」
声にならない程の痛みが襲い、地べたでのたうちまわる。
つい最近まで争いとは無縁の普通の少女が耐えられる痛みではなかった。
「さて、もう一人は何処に?」
グラハラムは蜜柑に興味を失ったのか姿を消した幼女を探し始める。
そんな中、蜜柑は先程コピーしておいた『聖女の祈り』が自動発動される。
痛みが引き、弾けた臓器が修復されていく。
「はあっはあっはあっ……」
痛みによってぐちゃぐちゃに泣き崩れた顔のまま蜜柑は立ち上がる。
立ち上がりたい訳ではない。
先ほどくらった一撃を思い返すだけで恐怖で顔が歪み、身体が震える。
しかし、主人の信頼を裏切る事の方がずっと怖かった。
グラハラムは蜜柑が立ち上がれるとは思っていなかったようで意外そうに身体を蜜柑の方へと向ける。
それだけで腹に受けた痛みがフラッシュバックする。
「ふーっ!ふーっ!」
荒く乱れた呼吸。
互いに牽制するかのように静寂が訪れる。
そして、その静寂は三人目によって破られる。
突如弾けた膨大の魔素。
その気配は。
「上か……」
「蜜柑ちゃん!離れてて!」
空高くで仁王立ちする幼女の頭上には大規模な術式が組まれていた。
「姿を消して、術式を組んでいたか」
魔素量だけで言えば超高位魔法に匹敵する魔術を前にしてもグラハラムは落ち着き払っていた。
蜜柑は巻き込まれるのを想定して慌てて後ろに飛び退く。
「この一撃は本気の本気の!!」
光の第11階悌『亜神之審判デミゴット・ジャッジメント』
空が白銀に染まり、そして降り注ぐ。
「成り損ないとはいえ、神を顕現させるとは……流石勇者と言うべきか」
世界が白に包まれる。
影も音も何もかもが呑み込まれ、静寂が訪れる。
そして、再び世界に色が戻る。
明けた視界に先ほどまでと何も変わりはない。
大地が抉れた様子も、気候が変わった様子も一切無かった。
しかし、一人。只一人だけ。グラハラムだけが全身を業火で焼かれたかのように炭化させ、黒焦げになっていた。
「蜜柑ちゃん!!」
地面に着地し蜜柑に駆け寄る。
「幼女さん、無事でしたか……すみません、情けなくて……」
蜜柑は己の不甲斐なさのせいで幼女に迷惑をかけたことを謝罪した。
視線を向けたのは吹き飛ばされた筈の幼女の右腕。
「じゃじゃん!新しい腕だよっ!」
「いや幼女さん……」
「もう!気にしなくていいよっ!私の能力はこういうの向きなんだから」
腕を吹き飛ばされた事を簡単に笑い飛ばす少女。
そんな幼女を見て小さな身体でもこの少女は私よりもずっと強いのだと蜜柑は自覚させられる。
「それよりあの魔王は!」
「黒焦げにはなってますけど……」
ぴしりと音が響く。
黒焦げの殻に亀裂が入っていく。
そして殻を突き破るように中から男が現れる。
「脱皮してる……」
中から現れた男は当然、魔王グラハラムに他ならない。
身体を硬質化し、半竜化した肉体。
長生き尾の先には蒼き剱が生えている。
「対象だけを焼き尽くす神之御技、正に奇跡の発現、魔術と言うに相応しい一撃だ。……いやそれよりも、その右腕……」
蜜柑の横に立つ幼女に視線を向ける。
視線の先は先程の蜜柑と同じく吹き飛ばした筈の右腕。
「ああそうか、君が幼女か。今日は運が良い方か。俺……僕にしては珍しいこともあるみたいだ」
「狙いは幼女さん? 何の為に?」
蜜柑は幼女の一歩前に出て問い掛ける。
「それは知る必要もないよ」
グラハラムの存在がぶれたかと思うと目の前に突如現れる。
速さの余り認識することが出来なかった結果、瞬間移動したかのように二人の視界には映った。
咄嗟に槍を凪ぎ払う蜜柑。
それを歯牙にもかけず、グラハラムは蜜柑へと手を伸ばす。
「はっ!」
掛け声と共に首に直撃した一撃は龍鱗によって弾かれる。
幼女も咄嗟に後ろに下がろうとするもグラハラムの動きの方が速く、首元を捕まれてしまう。
「うぅっ」
「離せっ!!」
槍を続けざまに振るう。
次は龍化していないまま腕の付け根を狙う。
「ごっ_____!!」
しかし、蜜柑の腹部をしならせた尾が直撃する。
苦悶の声と共に身体が吹き飛ぶ。
「『聖女の祈り』、最高峰の『限外能力』に位置するといっても所詮使い手が弱ければ幾らでもやりようはある」
冷気が辺りを包む。急激に下がる温度。
それと共に幼女は自分の身体の変化に気づく。
「あっ……」
幼女が白い息を吐く。
「凍り眠れ……」
放出された冷気が収束し、幼女を瞬時に凍らせ動かぬ像へと変える。
「君は何かと多彩だな。加速、転移、頑強さ。どれだけ引き出しがあるんだい?」
グラハラムは振り返る事もせずに蜜柑へ問い掛ける。
「うるさい……です」
「まあ、君も持って帰ろう」
グラハラムの足元から出現した氷が蜜柑へと迫る。
朦朧とした意識の中、修復中の身体を強引に動かし避けようとする。
しかし、思うように動かない身体では避けきれず、脚が瞬時に氷結する。
そして、身体が冷えたと同時に冷静さを取り戻す。
(今のは空間転移を使うべきでした……それに限界突破が切れていたことにも気付かないなんて……)
肉体的疲労は急速に治っているとはいえ、ダメージを負った際の精神的消耗が無くなる訳ではない。
強い倦怠感を覚えながら、蜜柑は必死に思考を回す。
「あっ」
しかし、グラハラムがそんな隙を与える筈もなく、蜜柑に音もなく接近し、そして、思考が強制的にシャットアウトされる。
蜜柑は自分が意識を失った事すら認識できずに、氷像へと変えられる。
「成果は二人、まあ上出来過ぎる位か」
氷像と化した蜜柑へ手を伸ばすグラハラムは突如高速で後ろに飛び退く。
刹那、大地が抉れた。
グラハラムは幼女を抱えながら極めて冷静に着地し、目の前に現れた男に問い掛ける。
「君は……不動青雲か」
腰ほどまでの黒色の長髪、女性を見間違う整った顔に感情を感じさせない濁った瞳。
蛇腹剣を構え、グラハラムと蜜柑の間に一人の勇者が割り込んでいた。
「……君がここにいるということは誰かが負けたか」
「不死の軍団と火炎の拳。中々に楽しめた」
「そうか、あの二人は死んだか……。そして彼等相手に無傷とは噂に違わぬ実力、と言ったところか」
「貴様も期待を裏切ってくれるなよ?」
帝国最強の勇者・不動青雲。
帝国に忍ばせている隠者からの報告は、今実際に目にしてグラハラムは実感する。
目の前の男から感じる存在感は、確かに、魔王の域に足を踏み入れている。
グラハラムの知る初代を除いた歴代勇者の中でも最上位の存在、否、最も強い存在であると。
「目的は達成した。君とやりあうのは得策じゃない」
目の前の不動を警戒しながら、グラハラムは呟く。
グラハラムとしては、今この場で不動青雲を処理してもいい。
しかし、今腕の中にある幼女は永年の悲願『龍の姫』。
間違いなく、今この場で不動と一閃を交えれば凍結させた幼女と蜜柑は闘いの余波で跡形もなく砕け散るだろう。
そうなってしまえば、折角のお膳立ても水の泡と化してしまう。
故に、グラハラムの選択は一つだ。
「君を倒すのもいいけど、姫が傷ついてしまっては元も子もない。失礼させてもらうよ……」
間合いを取りながら、お互いの挙動を警戒する。
同時に、グラハラムの真横には黒色の歪みが顕現しグラハラムを包んでいく。
(後ろの勇者も回収したいが、無理は辞めとくべきか。他は次でいい。今は姫の回収が先決か)
「君はまた今度だ」
「そうか」
グラハラムが感じたのは視界の違和感。
不気味なほどに動かない不動の手に持つ武器……それが蛇腹剣から折れた刀に代わっていることに気づく。
それは些細な変化。
しかし、過程が飛び認識すら出来なかった斬撃がグラハラムの胴体に襲った。
「なに……?」
グラハラムはその結果・・に驚愕する。
部分的とはいえ、龍鱗を纏った己をこうも容易く傷付ける者等久しくいなかったからだ。
「逃げられるのも癪だが赦そう、邪魔な荷物を置いてこい。不完全な貴様と闘り合ってもつまらない。だが、代償は貰うぞ?」
不動の呟きと共に、グラハラムにまたノイズが走る。
(また、この違和感。そしてっ……)
結果、腕が吹き飛ばされる。
腕の切断による激痛に一瞬顔を歪めながらグラハラムが呟く。
「恐ろしい能力だ……」
「次は逃げれると思わない方がいい」
不動のその言葉にグラハラムは何も答える事もせずに黒い歪みへと姿を消す。
そして、空が黒に反転する。
「奴の能力か……」
撤収していく魔族達を傍目に凍結させられた少女に視線を向ける。
しかし、少女がその侮蔑の視線に気づくことはない。
魔王によって凍結させられたその肉体は既に思考すらも凍結してしまっている。
「無様だな、王国勇者。貴様等は魔王の糧と成りに来たのか?」
何も答えぬ氷像にぽつりと不動は呟く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます