第93話 帝国決戦 後日談 Ⅰ
帝国革命終了から一日。
未だ帝国に刻まれた傷は深く、各州からも救援を招き復興作業中だ。
美しかった町並みは破壊され、人々は蹂躙された。
生き残った者の中には大切な人を失った人も多くない。
未だそのショックが抜けずに蹲ったままの市民もいる。
それでも。
帝国はやっと暗黒期から解き放たれたのだと。
次期皇帝筆頭であり革命軍トップのプラナリアが王国勇者を引き連れ悪しき帝国勇者、皇帝、そしてそれらを利用していた魔族を討ち滅ぼさなければこの被害は帝都だけでは収まらず帝国全域ひいては人族全域を犯しつくしていただろう。
プラナリア率いる革命軍がこれからの帝国の中枢になっていくのはもう帝国内では共通認識であるし、傍観していた他の州がその権利を求めることはしない。
帝都程ではないとはいえ、他の州でもヴィジョンズの被害は少なくなかったしその復興に追われているのもある。
それに、プラナリアという存在は帝国内に轟きすぎた。
革命前はプラナリアの父親でありユーズヘルム州領主であったアリレムラ・ユーズヘルムがその任を追う筈だったが、アリレムラ及び長男であるリウリスは今回の騒動で死亡。
実際、二人が生きていようとも帝国革命を成し遂げたプラナリアを押し上げる勢力はあったのだが……二人の死亡によりそれも杞憂となり、そのままプラナリアが新皇帝に就任するだろう。
力こそすべてを掲げた帝国。
その力を持って、帝国を悪しき勢力から取り戻したプラナリアは、内外ともに英雄だ。
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帝国城にある一つの客室。
そこは、上級貴族が帝国を訪れた際に使用するよう整えられた最高峰の部屋。
その部屋のベットの上に一人の少女が眠っていた。
頭の後ろで結われていた金色の髪を下し、安らかに寝息を立てる少女。
帝国勇者 音ノ坂芽愛兎が寝ていた。
そのベットの横に腰かけ、芽愛兎の手を握りながら見つめる一人の少年。
白く染まった髪に紅い瞳。所々ひび割れの様に亀裂の模様は頬に残る。
幻想種にその身体を乗っ取られ、目の前の少女に助けてもらった者。
帝国勇者 喰真涯健也はそこに居た。
芽愛兎を握るその手は優しく添えられ、彼女の頬を優しく撫でる。
「…………」
音ノ坂芽愛兎の心は完全に壊れていた。
その意識は戻る事も無く、未だに寝たままだ。
『暴食』を使用し、その身に過ぎた力で心身ともに破壊された。
この場に、その身体が五体満足で存在する事自体が奇跡。
故に、喰真涯であっても彼女の心までもを取り返すことは出来なかった。
彼女の粉々に崩れ去った心を何とか拾い集め、身体と共に救う事には成功したが……バラバラの心は治ることは無く今後も彼女が目を覚ます可能性は少ない。
音ノ坂芽愛兎は死んだ。奇跡が起きない限りもう彼女に会うことは出来ないだろう。
革命において人族は、現状三人の勇者を失った。
呂利根福寿
九図ヶ原戒能
そして、音ノ坂芽愛兎
「ごめん。芽愛兎。俺が……」
喰真涯の瞳には涙が溜まる。
今まで。幻想種に身体を支配されてからの記憶はほとんど彼にはない。
しかし、自分の身体で帝国にどのような酷いことをして来たか……芽愛兎をどれだけ痛めつけてしまったのか。
それだけは、感覚が覚えている。
怒りで、不甲斐なさで、情けない自分を殺したくなってくる。
「ぅ……ん?」
拳を握りしめ、俯いていた喰真涯の耳に一人の少女の声が聞こえた。
すぐさま、喰真涯は落としていた視線を目の前の少女へと向ける。
その手を握ると、感覚は弱いながらも、自分の手を握り返してくる力が微かに感じられた。
「……んぅ……ボクは……?」
深い眠り。
その深淵から芽愛兎は目を覚ます。
目を覚ましたその先には、見慣れぬ天井。
何故だが痛む身体を無理やりに起こしてぼやけた視界で周囲を確認する。
知らない部屋に……見た事の無いような豪華な部屋とベットに自分が寝ていることを確認して一瞬まだ夢の中なのかを疑ったが、芽愛兎の頭は徐々に覚醒していき夢でない事を自覚する。
そして。
「芽愛兎!!」
突如聞こえて来た少年の声に、芽愛兎はビクッ!!と震える。
そして、自分の右手を握る暖かくて力強い手とその手の主である少年の姿を認識する。
「芽愛兎……良かったッ……本当に、良かった!!」
自分の名前を呼び何度も何度も、よかった、と繰り返す少年。
白髪に紅い瞳。
この少年のことを芽愛兎は……。
「あの……君は誰なのです?ボクの知り合いなのですか?」
知らない。
「……ッ!?」
その事実に、喰真涯は一瞬狼狽えるが、直ぐに表情を戻し微笑んだ。
その微笑みに、芽愛兎の顔は紅潮し、途端、握られている手に意識が行ってしまう。
「あ、あのあのボクは……キミとは、えっと……いや、違うのです、そもそもここはどこなのです?あの、ボクは学校に居た筈なのですが……何故だか全身が妙に痛くて、それにそれにキミに手を握られている状態なのです?」
慌てて言葉をつつなぎ合わせた芽愛兎ではあるが聞きたいことが多すぎてその言葉はぎこちないものになってしまう。
「そっか」
その言葉を聞いて、喰真涯は確信する。
芽愛兎はここに来てからの記憶だけが抜け落ちてしまったのだと。
そして、喰真涯健也を知らなかった頃の彼女に戻ってしまったのだと。
この少女は、帝国に召喚当初の……音ノ坂芽愛兎だ。
もちろん、召喚当初、つまり元の世界では喰真涯健也と音ノ坂芽愛兎の関わりはほぼ皆無だからお互いの名前も姿も知らないのだ。
喰真涯の心にチクり、と棘が刺す。
喰真涯とこの世界で時を過ごした少女は、自分を愛してくれて、自分が愛した少女はもうこの世にはいないのだと。
けれども。これでいいのかもしれない。
音ノ坂芽愛兎のこの世界での経験は決して良いものじゃない。
常に理不尽と痛みを。彼女のような、どこにでもいる普通の少女が経験してはいけないような、そんな地獄のような日々だったのだから。
「……ここは異世界だよ」
「異世界?えっと……えぇ!?」
「驚くのも無理はないと思うけどさ。冗談でも嘘でもないんだよね。これが現実」
喰真涯は握っていないほうの手を芽愛兎の目の前に出して、指を立てる。
瞬間、その指先には炎が灯り、ここが元いた世界とは全くの別世界であることを芽愛兎に示した。
「は……わ。えぇ!?ちょ、ちょっと待つのですよ!?ここが異世界?ならば、ボクはいったい?」
「芽愛兎。君も勇者として召喚されて……」
「ボクが勇者!?ボクなんかが……!?もってことはもしかして君も?」
「……俺もそうだ。けど、俺は勇者なんてそう言って貰えるような存在じゃない。ミスっちゃってやらかしちゃってさ。……それを止めてくれたのが芽愛兎なんだ」
「ボク……?じゃあボクに記憶がないのは……」
「俺のせいだ。俺を助けてくれるために芽愛兎が頑張ってくれて……」
喰真涯が後悔するように呟く。
その言葉を聞くにつれて芽愛兎も何となく自分の置かれている状況が読み込めてきた。
自分は勇者で、目の前の人も勇者で。
自分は目の前の人を助けて、この世界の記憶を全て無くしてしまったと。
詳しいことはわからないけれど、大体の状況を読み込めて。
芽愛兎が次に気になったのは、力強く握られた自分の右手。
記憶をなくす前の自分たちがただならぬ関係であったのでは!?という疑問が芽愛兎の頭を埋め尽くす。
喰真涯の顔に視線を送る。
白髪で赤眼。整った顔で、その頬には亀裂のような模様がついている。
はっきり言ってしまえば、顔は整ってかっこいいけれど、芽愛兎のタイプに位置するではない……が、それでもかっこいい男の子に手を握られていると意識してしまうと顔が紅潮する。
「あ、あああああの、ボ、ボクらのえっと。手こんなに握ってて、あのボクらってもしかして……」
「あぁ。うん。そうだよ芽愛兎」
真っ赤に赤面して慌てながら言葉を紡ぐ芽愛兎に、喰真涯は告げる。
今度はあの時みたいな勘違いじゃない。自分の本心を。
「俺は芽愛兎を愛してる。……芽愛兎の事は俺が守るから」
「はわ……はわわわわわわわなのですぅ……」
プシューっと蒸気を出しそうなほど顔を真っ赤に紅潮させる芽愛兎。
彼女にとってはもうわけがわからなくて、なにがなんだかわからない。
それでも、心が、彼をとっても信頼しているのだけは伝わって来た。
「あ、あのあの。不束者なのですがよろしくお願いしますなのですよ!!」
「……ッ」
芽愛兎のその言葉に、喰真涯の記憶はよみがえる。
あの日。芽愛兎と最後に別れた日。
自分の言葉を勘違いして受け取って、返事をしてくれたあの時の芽愛兎の姿が。
「えッ!?」
気付けば、喰真涯は芽愛兎を抱きしめていた。
自分よりも小さな体を。闘いになんて向いていない少女の柔らかい身体を。
もう会えない自分の事を好きになってくれたあの子の面影を感じながら、力いっぱい抱きしめる。
最初は戸惑っていた芽愛兎だけれど、少しして微笑みながら喰真涯の背中に手を回してその背中をポンポンと叩く。
「もしよければ聞かせて欲しいのですよ」
芽愛兎は言葉を繋げる。
「ボクに何があったのかを」
「それは……」
喰真涯は言葉に詰まる。
これまでの彼女の歩んできた道は決して楽な道ではないのだ。
残酷な救いも無い物語が大半だ。
だから、それを口にして良いのか喰真涯には分からない。
その喰真涯の戸惑った様子から芽愛兎は記憶が無い時の自分がどうだったのか察してしまう。
不安そうに尋ねる芽愛兎。
「ボクは、やっぱり役立たずでしたか?」
「そんなことはない!君はっ、救ってくれた……俺を、帝国を」
間髪入れずに芽愛兎の言葉を喰真涯は否定する。
そのくい気味の否定に芽愛兎は苦笑い浮かべる。
「ふふ、さっきも聞きましたのです……ボクが貴方を、国を救ったって……でも、ボクは、ボクがこんなにも人に必要とされていたことが不思議なのです、こんなボクにって……。だから聞かせて欲しいのです」
「でも、それは……君にとっては辛い話になるかもしれないし……」
「それでもなのです。辛くても悲しくてもボクは知りたいのです、『勇者』としてのボクを」
強い意思でそう答える芽愛兎に喰真涯は手を上げて降参のポーズをとる。
「全く、芽愛兎は相変わらず強いな……ほんと敵わないよ」
そんな事を言われて芽愛兎も疑問を持つ。
「あれ?自分でも不思議なのです……何と言いますか、ボクはこんなにも前向きだったのでしたっけ?」
「どうなんだろ、俺は前の君を知らないから……いや、けど……だからこそ…話そうか。俺の知っている君を」
「はい、話してくださいなのです。君がこんなにも愛してくれた『勇者』の話を」
「あぁ、聞いてほしい……俺を救ってくれた……『勇者』の話を。弱くて頼りなくて……でも、一番正義感に溢れてて立派な『勇者』だった少女の話を」
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