第91話帝都決戦 ⅩⅠ
帝都首都中心に近い場所。
「いやいや、あんなん無理っしょ」
刀を支えに立ち上がりながら、気怠そうな口調で呟くボロボロのフジネ。
不動の私兵である彼女もまた、ナスネと同じように固有武装を所持しており、その実力は勇者に近しい。
しかし、その彼女をもってしても目の前の敵に、なんとも不安な言葉を吐いてしまう。
「えぇ。ですが、勝たなくてはいけませんから」
同様に、プラナリアもその眼前の敵を見上げながら剣を握りしめる。
目の前にいるのは巨大な怪物だ。
否。
「バルカムリアを討たなければ、私達に明日はありません」
皇帝。
バルカムリア・ダーバック……だったものだ。
その姿は元の原型を保たず。
その体積は膨張に膨張を繰り返し、塔よりも城よりも高く。
ピンク色の肉をむき出しにし、ぐじゅぐじゅと嫌な音を響かせ続ける肉塊に変わり果てた。
バルカムリアとプラナリア達との戦闘が始まって、最初の内はまだ普通の戦闘だったと言える。
プラナリアとフジネの連携によって、幻想種に成りかけているバルカムリアとも互角に戦えたし、ヒューズ達団長達も幻想種に成りかけである
第一騎士団長 『堅牢』 グールス・ゴーガン
第二騎士団長 『炎深』 ファールクダ・クペタ
とも互角に立ち回れていた。
しかし、徐々に異変が現れ始め、皇帝が暴走した。
突如奇声を上げ、膨張を繰り返し、肉塊の様に膨れ上がった。
それと同時に、グールス、ファールクダ両名も奇声を上げだし暴走し皇帝に吸収された。
奇声が帝国に鳴り響き、帝国全土のヴィジョンズ達がそれに呼応するように至る所から出現し空からも飛来し、皇帝に吸収された。
おそらく、帝都全土のヴィジョンズが集まったのだろう。
その肉体は肥大化し、ただの化物になった。
皇帝の面影は無く、ただの醜い肉塊。
それでいて、人のようなものが至る所に生えてそれを伸ばしながらプラナリア達を攻撃する。
「つってもさー。もうグロテスクになっちゃってるし不動様くらいの火力ないと消し飛ばすのむりでしょ。あたしらじゃ火力足んないって」
「いくら言ったところで、バルカムリアは止まってくれませんよ」
「そうなんだけどさー」
「どちらにしても、兵が逃げるまで時間を稼ぐ以外道は有りません」
「んー。援軍に来てくれたのは嬉しいんだけど瞬間的に壊滅したのは困る」
迫りくる肉塊をフジネはその刀で、プラナリアはその剣で切り裂きながら言葉を交わす。
ヒューズ達は生きてはいるが誰もが戦闘出来る状態ではない。
幻想種への成りかけとはいえ、その力は人族を遥かに上回る。
そんな存在を相手してきたのだ。人類最高峰の存在たちと言えど、無事では済まない。
従って、現状この場で闘えるのはフジネとプラナリアの二人のみ。
さらに援軍に来た兵もいたが……この肉塊となった皇帝に餌食にされ半数が壊滅し傷を負った残り半数はフジネとプラナリアの二人に後方にいる。
その兵士たちをプラナリア達は庇いながら闘っている状況だ。
突破口を見いだせず、ただ時間のみを稼いでいる状態。
その間にも肉塊はその質量を増していきぶくぶくと巨大化していく。
その動作のせいなのか、攻撃の手自体は緩くなんとか二人でカバーできる状態ではあるが。
徐々にその動作も早くなってきているのは事実。
いずれこの防衛線が崩れるのも時間の問題だ。
「ねー」
「わかってます」
フジネの声にプラナリアは振り返ることなく応える。
同じ景色を見ているのだ。彼女が言おうとしていることがわかってしまう。
眼前。
視界に映るのは、皇帝だった肉塊に口のようなものが出現し、その中に光の様なものをため込んでいるのを。
これから肉塊が何をしようとしているのか、その光がどこに放たれようとしているのか、猿でもわかる。
見ただけで分かってしまう。
あの光線は、放たればその直線上を焼き尽くすだろうと。
そしてその口が向いているのは自分たちだ。
「や、あれはむりむり」
フジネも茫然と立ち尽くすだけ。
どう防ごうか。
プラナリアは思考をフル回転させて考えるが……打開策は見つからない。
単純な威力の一撃。
それを防ぐだけの攻撃も防御も彼女は持ち合わせていない。
絶望が頭を埋め尽くす。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
皇帝は吠え、その光線はフジネとプラナリアを滅ぼすために放たれる。
辺り一面を覆いつくすようなその一撃に。
目を瞑る。
「間に合ってよかった」
声が聞こえた。
いくら待ってもその光線は届かず、絶望は襲い掛からない。
「貴方は……ッ」
プラナリアは目を開け、自分たちを助けてくれたであろう人物を見て驚く。
眼前の状況。
皇帝の放った光線は巨大なガラスの壁に遮られ、吸収されていた。
未だ皇帝は光線を放ち続けてはいるが光の壁はビクともせず、プラナリアをフジネを、負傷した兵士たちを守っていた。
そして、そのガラスの壁を使っているであろう人物。
「喰真涯健也ッ!!何故貴方が!?」
帝国勇者・喰真涯健也。
今回の革命で最も倒すべき敵の一人。
「色々と説明するのはめんどくさいから後にじっくりで頼むよ。……一言言うなら、芽愛兎が守ろうとしたものを芽愛兎の代わりに守ろうとしてるだけ」
プラナリアの言葉に喰真涯は呟いて、その手に刀を顕現させる、
固有武装『御霊刀装』
「それと、帝国勇者の尻ぬぐいしないといけないからね。ほんとに」
その口調は、今までの喰真涯健也のような恐怖を覚えるものではない。
芽愛兎や鎌瀬山と同じような、そんな柔らかさをプラナリアは感じた。
「問おう。この地に果てた英雄たちよ。今、貴方らの主君を救うための光を俺に授けてくれ」
その声音は小さいながらも帝国中へと響く。
否、死したものだけが聞こえる声音。
死者の願いを、希望を叶える刀。
革命半場で死した者、民を守りながら死した者。
帝国を想いながら死した英雄の魂は御霊刀装に宿る。
帝国中から力を経て、『御霊刀装』の刀身は光の柱へと変わる。
「目を覚ませ皇帝。これは、貴方がこれまで守って来たものだ」
喰真涯は呟き、『御霊刀装』を振り下ろす。
「あぁぁぁぁぁぁぁ……」
その光に、皇帝は抵抗しない。
浄化されるように、声を小さくしていき。
『御霊刀装』は、塔よりも高く肥大化した肉塊と化した皇帝を真っ二つに切り裂いた。
そして現れるは、巨大な魔核。
「それが核だ。後は頼んだぞ鎌瀬山」
喰真涯は呟く。
喰真涯の背後に位置する家屋の屋根に。
「誰だよおめえ。だが、あれを壊せばいいんだな」
そこには、ボロボロでありながらも急いで駆けつけたニーナと鎌瀬山の姿。
喰真涯を訝し気に見ながらも、むき出しにされた魔核をその瞳に捉えた。
「鎌瀬山様!!」
プラナリアに歓喜の声が上がる。
彼がここに来ているという事は、九図ヶ原戒能に勝利したという事。
そして、何よりもその無事が喜ばしかった。
「これで終りだ!!」
その手に刃を紅い泥で覆った『聖鎌ジャポニカ』を構え、振りかぶる。
ジャポニカの形態変化。
その刃は振りかぶった瞬間に巨大化し、その斬撃は空へと放たれる。
そして、時空の歪みに消え。
瞬間。
魔核のすぐそばに時空の歪みは表れ。
魔核と斬撃が衝突し轟音が鳴り響き、魔核はバラバラに砕け散った。
砕け散った魔核は、小さな粒になって上空へと飛散にキラキラと、降り積もる。
「あれは……」
その幻想的な景色の中。
プラナリアは一人、自分に向ってくる影に気づいた。
否、人と言っていいのかわからない程その姿は醜く。
かろうじて人のシルエットをしているだけ。
喰真涯とフジネはその人影を切り伏せようと刀を構えるが、プラナリアがそれを制す。
肉塊の近くから現れたその存在を、プラナリアは誰だか薄々感づいていた。
姿がいくら変り果てようとも、帝国民ならばその魂を見間違う筈もない。
プラナリアは、涙をこらえてその存在に跪く。
同様に、周囲に散らばっていた兵士達も、プラナリアの後ろに並ぶようにソレに跪いた。
かろうじて人の形をした醜い存在はその光景を見ながらに、プラナリアへと王家の紋章が記された手に収まるほどの箱を差し出した。
それは、皇帝に代々受け継がれる『神遺物』『10の指輪』。
「迷惑を……かけたな。すま、な、い。てい、こ、くをたの……む」
かろうじて人の声を出せたそれは、聞き間違う筈もない、バルカムリアの声。
プラナリアへとその箱を渡すと、一言そう呟いて崩れ落ちる。
もうそれは動くことは無い。
もう、皇帝は動かない。
「必ずや……ッ!!」
人族の英雄・皇帝・バルカムリア・ダーバックの物語は閉じる。
それと同時に、革命も終わりを告げる。
プラナリア達は、長い間そこで、皇帝へと頭を垂れ続けた。
先代皇帝の退位、次代皇帝の誕生の最中で。
「あれ?えっとえっと、あのすっごい大きい人の、ばらばらになった魔核が無いよ?」
鎌瀬山に連れそう赤毛の少女・ニーナはぽつりと呟いた。
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