第90話 帝都決戦 Ⅹ


「オオオォォォッ____」




眼前に立つ炎の化身『アモン』は咆哮と共に腕を凪ぎ払う。


それだけで業火の津波が巻き起きる。




大地を呑み込みながら迫る炎は何処か幻想的で儚い灯火のようだった。


僕は手を翳し、圧縮した空気を解放する。


弾けた空気は爆発的に弾け、迫る炎を押し退け拡がっていく。




「多芸なお人……以前見せた力だけじゃなかったのね」




ユニコリアの表情は先程と違い余裕に満ちた表情だ。


それだけこの怪物に信頼をおいているのが分かるが、それも納得がいく。


この怪物『アモン』と対峙して感じる圧力は今まで感じた事が無いほど強大で暴力的だ。




けど、勝てない相手ではない。


『アモン』は見た限り、炎系統を得意とする魔人だ。


以下に瞬間火力が高いとしても炎なら対応する方法は幾らでもある。いつも通り、冷静に確実に処理すれば良いだけだ。




「最終通告よ、仲間になるつもりがないのなら、ここで二人仲良く業火に焼かれることになるわ」




「俺の意思は変わらない、あんた達とは仲間になれん」




「そう、残念ね、けどいいわ。誕生の可能性が分かったのなら続けていけばいいだけ……」




ユニコリアの姿が突如消える。


もうここには僕とルカリデスだけ。




ルカリデスにより幻想種の誕生が理論上可能な事が分かっている今、無理してルカリデスを仲間に勧誘する必要が無いと判断して逃げ出したようだ。しかし




「やけに思いきりがいい」






ルカリデスにかなり固執しているように見えていたけど、思いの外あっさりと切り捨てた。




他に優先すべき事があった?この帝国での計画にまだ続きがあるのか?


分からないな。




「はあ」




ついつい溜め息が溢れてしまう。




ああ、たく嫌になるね。


情報が少ないと後手後手に回され過ぎる。




けど、辺りはおおよそ鎮圧してきたし、そろそろ革命も終結するだろう。


そして、敵も終わり仕舞いに向けて何かをしている。


それなら、下手に欲張らず後片付けに入った方がいい。




もう何かさせる前に全て潰す。




「ルカリデス。君達は撤退して貰っていいかな?」




「全員撤退か?」




「そ、たぶんそこら辺にばらばらいたからさ、全員まとめて戦線から離脱しな。もう今回は色々と駄目だ。面倒事がこれ以上起きないように僕が片を付けるよ」




「だが、ユニコリアが何処に行ったのか分からない今、動くのは」




「そこら辺はもう何も気にしなくていいよ。万が一そっちにいったら僕が向かうよ、本気だしてさ」




ルカリデスは僕の言葉に一瞬考え込むが、直ぐに決断したようで大きく頷く。




「……分かった、離脱する」




「その決断の速さは非常に助かるよ」




僕がルカリデスを何かと重宝するのは彼が強いからではない。


思慮深い性格ながら判断に迫られた際に迷わず決断し、それを瞬時に行動に移す速さ。






これは只単に強い者より非常に価値がある才能だと僕は思う。


しかも、ルカリデスはその才を持ちながらも魔族の中でも上位に位置する戦闘力を誇っている。


ここで喪うには惜しい人材なのは間違いない。




僕の力を信用し今回快く離脱する事を承諾したルカリデスは振り返る事もせず、城塞から飛び降りていった。


一見飄々としていた様子に見えたが内心では他の仲間が心配だったのだろう。




「さて」




ルカリデスが逃げたのを確認しつつ、『炎の王』に向き直った。




ユニコリアの動きが気になる今、余りこの相手に時間をかけたくないのが本音だが、そう上手くはいかないのは今までの流れから想像がつく。




それに、この城に入ってからずっと感じていた纏わりつくような視線。


人を不躾に観察するその姿見えぬ敵に対しても警戒を怠る訳にはいかない。


というより、寧ろ警戒すべきのはこの視線の相手だろう。


この僕を実験動物モルモットのような眼で見てくるとは不快極まりないけど、それに見合うだけの力を感じる。




ここで全力を出して瞬間的に終わらせるのも手だけど、そう簡単に実力を覗きに見せるのも癪に障る。




さて、となると下手に能力を見せるわけにもいかないのだけど困ったことに今僕のお気に入りの権能『暴食』が使えないのだ。


というのもついさっきの事だけど突如して僕の制御から離れて勝手にどっか行ってしまったのだ。




強くなるのは良いことなんだけど、制御が効かなくなるのは困る話だ。




とりあえず、何となく『暴食』と繋がっている感覚は残っているから使えなくなる心配はしていないけど、現状目の前に立つ怪物相手に対抗するすべが減っているのは問題だ。






他の概念武装での対抗することになるが、『七つの原罪』のどれを使うか決めかねる。




思考が定まらない中、先に動き出したのは炎の怪物『アモン』であった。




アモンの周囲から炎がゆらぎ発生する。


その現象はモーションすらなく、只そこに突如発生したように見えた。




「……これが魔法か」




生物による奇跡の発現、それを人は魔法と呼ぶ。


魔法を行使する者はかつて神ノ御技としくて奇跡を発現させていた精霊を冠する種族に限られ、現在では数えるほどしか使える者はいない。


このアモンも精霊の因子を何かしらで組んだ固有武装と考えるのが妥当か。




アモンは炎を辺り一面に撒き散らしながら炎の推進力を利用し飛翔する。


その余熱だけで周囲が熔けてしまうかと錯覚するほど気温が上昇し、太郎の額から汗が一粒垂れる。




効率もへったくれもない飛翔方法だが、勇者の数倍以上の膨大な魔素を保有するアモンにとっては大した消費にはならないのだろう。






アモンは飛翔した後に旋回し此方の上空を過ぎる瞬間、炎弾が降り注いだ。




流星の如く降り注ぐ焔の雨の中、僕は概念武装を解放する。




あらゆる感情の中で最に異端。


全てに連結し内包する感情。


憎しむが故に怒り、愛しいが故に怒り、悲しいが故に憤る。


これは世界に対する『憤怒』だ。




左手に大気が『圧縮』されていく。静かに螺旋を描きながら周囲の大気が根こそぎ収束する。




『解放リリース』




空に向けて大気が解放される。


抑え込まれていた枷から解き放たれた途端、爆発的までに膨張し、全てを押し退け拡がっていく。




それは降り注ぐ炎の雨すらも弾き、アモンへと到達した。




慢心していたのか分からないが予期せぬ展開だったようでアモンは風による圧力で更に空高くまで吹き飛ばされる。


そのまま吹き飛べば良いもののしっかりと体勢を立て直し、炎の推進力を利用し、地上に戻ろうとしていた。




今ので殺れると思うほど僕も自分自身を過信していない。






「今回、時間を掛ける気はないからさ」






基本戦いにおいて受けが多い僕にしては珍しく先にうって出る事にする。


このアモンという存在に興味はあるけど、大局を見誤る訳にもいかないし、これ以上後手後手に動くのも癪だからだ。




何かさせる前に先に潰す。






『七つの原罪』が一つ、発動。




あらゆる存在を掌握するは我が右腕。


光も闇すらも逃れる事は叶わない。




全てはこの掌の上。




『強欲』の権能。展開。




空に掲げた右腕は空高くに位置するアモンへ向けられ、そしてアモンはバランスを崩したかのように急落し始める。




表情の変化は甲冑から読み取れない。そもそも感情があるのかも定かではないが慌てた様子は無い。


しかし、抵抗しようと炎を逆噴射しているところをみると考える頭があるらしい、あるいは反射で動いただけか。




けど、どっちにしろ無意味だということに変わりない。


この手からは逃れられない。






『強欲』の権能は極めて単純な力だ。




認識した対象物を引き寄せる。その際の引力は腕の筋力に比例する。


それだけだ。


だが、単純だからこそ抗えない。


僕と一対一で力を競いあって敵う生物なんて、相当限られる。




僕の引力にこの星の引力が合わさり、アモンは高速で落下してくる。


アモンは抗えない事を理解したようで原因である僕を睨み、大剣を構える。


この速度での落下となると流石に受け止めるのは厳しいだろう。


確実に避けるためにギリギリまで距離を縮めてから左腕に貯めていた大気を解放し、その風圧によってノーモーションで後方に飛び退く。




直後、大地が砕けた。


その発生源たるアモンは土埃に紛れどうなったのか確認出来ない。


普通なら生きている筈がないだろう。


しかし、アレ・・がこの程度で傷を負っている筈がない。




クレーターの真ん中で炎の竜巻が巻き起こる。


その中心には人影がはっきりと見えた。




「_____ォ!」




言葉にならない特殊な咆哮が響く。


それだけで瞬時に炎が発現する。




「全く、魔法ってのは便利だね」




全方位から炎が螺旋を描き迫りくる。


先程までとは文字通り火力が違う。




見たことは無いけど、推定11階悌にはなるか。


真っ向からは受けられない事はない。


けど、これだけの規模の炎となると酸素が足りなくなる。


酸素無しでの継続戦闘時間は測定したことはないから、避けたいところだ。




『強欲』により右方からの炎を先に引き寄せ、『憤怒』によって炎を圧縮する。それにより逃げ道が何とか出来る。


その空いた隙間を瞬時に駆け抜けるために先程のアモンの噴射のように圧縮した炎を射出する。




「おっ_!」




急激な加速により体勢を崩す。


加減が難しいな。


今の動きの反省をしつつ、体勢を反転させ炎心地から抜け出す。




ここで一呼吸起きたい所だが、生憎そんな暇はない。




此方に遠くからの有効手が無い以上、厄介な魔法をこれ以上射たせる訳にはいかない。


即座に『強欲』により高みから見下ろしている怪物を此方に引き摺り降ろす。




二度目ともなるとアモンもこの能力の性質を理解したようで抵抗するのではなく、炎弾による攻撃を放ち、此方を潰しにかかる。




瞬来する炎弾を片腕で弾き飛ばす。




熱い。が、問題はない。




僕が炎弾を軽く弾き飛ばしたのを目にし、炎ではダメージを通すことは出来ないと即座にアモンは判断し、慣れた手つきで大剣を前に構える。




その取捨選択の速さは歴戦の猛者を彷彿とさせ、この怪物が優れた知能を持ち、また戦い慣れしている事がわかる。




だが、近接戦なら此方も得意だ。








ゼロ距離になる直前、アモンが僅かにぶれる。


それは直線最小の動きだけの変化であり、普通なら認識すら出来ない微少な変化。




しかし、確かにその動きを捉えた。




この速度でのぶつかり合い中でモーション変化が視られないように予め構えてからの刺突。




既に距離を詰めた状態でのこの隙のない一撃は喩え左右に普通に避けれたとしても、軽く横に振るうだけで相手を切り裂くことが出来るだろう。




咄嗟にこれだけの技量。


乱暴な炎の扱いとは裏腹に剣術においては繊細な技術を持ち得ているようだ。






この業火の剣の直撃だけは避けなければと身体が警戒音を鳴らしている。


ああ、全くそんなこと身体に言われなくても脳で分かっている。




『強欲』による引き寄せで剣を胴体への直撃から曲げる。




アモンは一瞬抵抗するが即座に引力の発生源である右腕を叩き斬る事に切り換える。


けど、その動きは読んでいた。




身体を捻らせ胴体を軸に円を描く。


そして、剣先から右腕を逃がしつつ、アモンの胴体に蹴りを打ち込む。




轟音。




鉄が砕ける音が響く。


怪物の巨体が浮き、藍色の鎧に皹が入る。




想定より堅い。


直前に僅かにだが、障壁を突き破る感覚があった。


恐らく、全身を包む蒼炎が障壁としての効果を持っているのだろう。




アモンは身体を浮き上がらせつつも、甲冑の隙間から此方を凝視し、業火の大剣を片手で軽々と振るう。




その一閃は大気の水分を蒸発させ、熱量で空気を歪ませる。




当たるわけにもいかないので身体を反らし避ける。




こういう場面で武器の有る無しで後手に回されてしまう。




只の武器では膂力に耐えきれず壊れてしまうし、僕の筋力を最大限行使できる武器ともなるとそう簡単に見つからない。


そうなると、結局徒手空拳に落ち着くのだが、それでは困る。




せめて固有武装の一つに武器があればよかったのだけれど、残念ながら全て概念みたいなだ。


形の無い武具のようなものだ。






となると大剣を扱う相手に対しては距離を詰め、相手に好き勝手振り回させないようにするのがセオリーだ。


しかし、アモンの剣術から鑑みるにその手のすぐ思い付くような策に対して対応策を考えていない筈がない。




なら、どうするか。




簡単な話だ。素手が不利なら相手も素手にさせれば良い。


今日は脳筋、ごり押し先方だ。


つまり結局セオリー通りいって相手が剣を振るえない状態にする。






続けてくる連撃を何度か避けつつ、振り抜いた後の腕を掴み、強引に投げる。


この怪物に関節が存在するか分からないが取り合えず、腕を嵌めようとする。


しかし、関節など存在しないかのように腕をぐるりと回し手首の動きだけで此方に大剣を振ってきた。




予想とは異なる展開。


だけど、これでもいけるはず。




剣速は先程より明らかに遅く、無理な体勢から一撃なのは間違いない。




軽い足さばきで大剣を避け、そのまま大地を強く踏み締める。




「フッ!」




回転と共に軽く漏れる息遣い。




勢いをつけた全力の一撃。


狙う先は無防備に大剣を掲げているアモンの右腕。




回し蹴りが音を置き去りにしながら、高速で振り抜かれる。




「______″″__″」




直後、咆哮が聞こえた。


大剣は大地に突き刺さり、その数秒後剣とは別の重量物の落下音が響きわたる。


それはアモンの右腕に他ならなかった。




「____……」




しかし、咆哮と共に一瞬感じた怒りの気配が直ぐに霧散する。




アモンは右腕の喪失から一度距離をとらねばまずいと冷静に判断したようで周囲から焔が形成される。




僕を焼き尽くす。業火。


至近距離での一撃に対して回避する余裕はない。


だからといってこの好機にわざわざ距離を離す訳にもいかない。


咄嗟に両腕を前に構え、『強欲』『憤怒』を発動する。




高熱の炎を『強欲』で引き寄せ『憤怒』で圧縮し、強引に正面から受け止める。


しかし、それだけでは圧縮のキャパシティ的にも間に合わない。


だから、圧縮と同時に解放を行い、炎を相殺する。




かなりの無茶であるが、ここは無茶を押し通す時だ。




そして、それは成功した。八割方だけど。


僅かに貫通してきた炎を両手で受け止めて非常に熱かった。


きっと水ぶくれになっただろう。




アモンはというと僕が炎をまともに直撃したのだと勘違いしたようで大剣の突き刺さった方向へと飛び去ろうとする。




だけど、悪い。君の一撃は受けきった。




『強欲···』を発動し、残り火の中を突き抜け、離れようとするアモンを左腕で掴む。




「““_“““_“___ッ」




その言語は相変わらず会読不能だが、驚愕しているのだけは分かった。




僕は右腕を大きく振りかぶり、アモンの心臓部目掛けて振り切る。


アモンは動揺しつつも残った片腕でその一撃をしっかりと受け止める。




だと言うのに怪物の悲鳴が響いた。




「_____″″ッ″″ッ」




「見事にひっかかってくれたね」




大地に突き刺さっていた筈の大剣がアモンの胸を貫いていた。




流石の怪物も重症のようででガチャリと地面に膝をつく。




種明かしをすれば簡単な話だ。


『強欲』で予め剣を視認し、いつでも引き寄せられるようにしておきアモンが対角線に立つように誘導した後に『強欲』により引き寄せた。


謂わば、僕の投擲を背後から受けたようなものだ。






しかし、まだこれくらいでは動いてくる。


たまから『強欲』によりアモンの胸に突き刺さった剣を引き抜き、柄を掴む。




瞬間、拒絶するかのようにノイズがはしり、大剣を纏う炎が暴れだす。


しかし、不思議なことにノイズは直ぐに消え、逆に長年使い込んできたかのように手に馴染んだ。




よく分からないが好都合だ。




「これで終わりだ」




生憎、大剣の扱いは素人だ。ある程度効率の良い動きを意識すればまだ様になるだろうけど、そんなこと気にする必要は今はない。




今必要なのは怪物を叩き斬る為の一撃。




大剣を豪快に振る。




甲高い音が響く。




渾身の一撃が倒れかけている怪物に直撃する。


その一撃は風を切り、蒼炎の障壁を切り裂き、胴体を両断した。




完全に倒れ付した炎の魔人、『アモン』は蜃気楼の如く揺れ動き跡形も無く消え去った。




これで後はユニコリア。






君を殺せばこんな馬鹿げた祭りも終わりだ。


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