第20話魔隷の呪
魔族の実状をある程度聞いた後、より深い話を聞いていく。
「君の種族は透蜃族だっけ?」
「そうですよ」
「透蜃族は全面的に魔王グラハラムの部下なのかい?」
「うーん、そうですねぇ。そんな感じで間違いないんじゃないですかね」
「そっかじゃあ、魔王グラハラムはどんな種族なんだい?君たちとは同じ竜だったりするの?」
先程まで饒舌に喋っていたというのに突如黙り混んでしまう。
「.......」
「ふうん、まだそんな態度とってられるんだ」
「あ、違うんですよぁ....言えないんですぅ....」
こいつの媚びた敬語は不快感がつもるな。
「言えない?....どういうこと?」
彼女は何かを捲るように手を動かし、僕に小さな背中を向ける。
服を捲っていたのだろうけど、僕視点では常に全裸なので必要ない。
まあ、敢えて口に出す必要もないのでだまっているけど。
「これのせいですっ」
「その二竜の紋様がなんだい?」
彼女の背には刺青のように2対の竜が描かれている。
一頭の竜を補食するようにもう一頭の竜が口を開いている。
「これは、魔隷の呪というやつで、これを刻まれたモノは奴隷として扱われるちゃうんですよ.....」
「呪?.....それは魔術によるものなのかい?」
「んー、分類でいえば第8階梯の闇魔術に属してるはず、でした.....け?」
僕に聞かれても困る。
けど、第8階梯か。
確か宮廷魔術士クラスでも限られた人にしか使えない高等魔術のはずだ。
まあ、魔王グラハラムならその位簡単に使えるのだろう。
「じゃあ君は魔隷の呪によって行動を制限されているという訳か」
「んー、それはちょっと違うですねえ......。魔隷の呪には確かに行動を制限する事が可能ですけど、確か制限を付けると奴隷の行動に制限が加わるから弱くなちゃうとかでして」
要領の得ない言葉に続きを求め催促する。
「それで?」
「ん?」
「.....。あーつまり、制限を付けられると弱くなるから魔王グラハラムは制限を付けてないということでいいの?」
「私の場合は、そうですねっ」
「で、それじゃあ、その魔隷の呪は何の意味があるの?」
弱くなるから制限を付けてない。魔族の利点を消すのは悪手だと分かるから魔王グラハラムがそうしているのは分かる。
けど、そうすると、何の為にわざわざ魔隷の呪なんてものを使っているのかが、分からない。
「魔隷の呪には他にも色々とあるんですよ。私の場合、位置の把握とか、グラハラム様に敵対するような事を話した場合は伝わるみたいな仕組みになってたはずですね」
みたい、ような、はず、と自分事にしてはやけにあやふやな回答だ。
「自分の事だと言うのにやけに他人事のようだね」
ナーシェリアは少し困った顔を浮かべながら理由を説明する。
「いやー実は詳しくは説明されていないですよね。何となく言ったらまずいって感覚で分かるんでその場合は喋らないようにしてるだけなんで」
なるほど。ナーシェリアが言う通りであるなら魔王グラハラムは結構大雑把な性格なのかもしれない。
はっきりいて今話しているこの内容は十分魔王グラハラムに敵対しているという点に引っ掛かっていても可笑しくない。
だと言うのに問題ないようにペラペラと喋っている。
つまり、線引きがかなり曖昧で恐らく彼女自身がまずいと思った事にしか反応しないので、彼女の敵対の意思と言葉が合致したときに伝わる仕組みになっていたりするのでは無いだろうか。
まあ、あくまで推測ではあるが、そうでないと彼女のこの口の軽さで問題無かった事が証明出来ない。
「それの解除の仕方はあるの?」
「解除の仕方はありますよ。一人につき一つしか魔隷の呪は刻めないんで別の魔隷の呪によって上書きすれば良いだけっす。けど、相手の何十倍をも越える魔素が必要になるから普通は無理すね」
「僕の魔素量でも?」
「んー魔素量がどれ程のモノかなんて分からないです。相当魔素保有量に自身あるみたいですけど......いくらなんでもグラハラム様の何十倍もの魔素はあり得ないと思いますよ?それに、もし出来たとしても解除されては困るんですよね.......」
「何故だい?後、言っておくけど僕が君の都合を考慮するとは思わない方がいいよ」
「.....裏切る事は絶対に出来ねえんですよ。だからとっとと殺してくれて構わないです」
死の覚悟をしたのか、先ほどの取り乱した様子もなく落ち着いている。
そこまでして義理立てする理由が僕には良く分からない。
「素晴らしい忠誠心だね」
「そんなじゃないですよ.....殺されても魔隷は解除される。その場合はただの任務失敗になるんですよ。ですけど、強引に解除でもして裏切ったと思われたらグラハラム様に妹が殺されてしまうですし」
「......なるほどね。嫌々従わされていると言ったところなのか」
「まあ、魔族は上位者に従うものです。仕方ない事なんですよ.....」
「そうか。じゃあ、」
「ーッ..........ル......ナ」
訪れる死から瞳を閉じ、反らす。
溢れ落ちたそれは妹の名前なのだろうか。
それに対して僕は漆黒に染まった左腕を振りかざす。
瞬く間に少女の小さな身体を
「頂こう」
暴食の力は喰らうものを選択する事が可能だ。
この
けど、この力に喰らえないモノはない。
だから、身体に刻み込まれた魔術は間違いなく喰らう事が出来る。
その結果、ナーシェリアが死のうが、魔隷の呪の強制的な解除によって、裏切りと見なされ、妹が殺されようが、僕としてはどちらに転ぼうが関係ない。
ただ、この魔術は確実に今後役立つであろうから欲しい。
それだけだ。
まあ、上手くいけば魔術だけを喰らう事が出来、ナーシェリアは無傷のままでいられるはずだが、果たしてどうなるか。
「あれ?」
そして、成功した。
完璧なまでに。
喰らった闇魔術の膨大な知識を頭の中で整理しながらそう実感する。
もし強制的に魔隷の呪を解除した場合、その掛けられていた本人にも反動がかかるようだが、その兆候は見られなかった。
つまり、魔王グラハラムの方には彼女は任務によって死んだと認識されたはずだ。
何が起こったか理解していないナーシェリアは茫然としている。
死んだと思った自分が、未だ生きているのが不思議でしょうがないのだろう。
「ナーシェリア、魔族は上位者に従うんだよね?」
突然の僕の問いかけに間抜けな声を出す。
未だ、現状を理解できていないのだろう。
「へ、はあそうですけど」
「じゃあ、君は今日から僕に従え」
「いや、だからそれは出来な」
それに対して直ぐに反論を、返してくるのは妹を思っての事だと考えるならこの子はきっと優しい子なんだろう。
「君の魔隷の呪は喰らったよ、半分賭けだったんだけど上手くいった」
「え、いやいやいやいやいやいや、そんな簡単に解除出来るもんじゃないですよ......」
ナーシェリアは半ば懐疑的な目で長い髪を肩にかけ、服を捲り背中をみる。
当然そこには紋様がないが、彼女は信じられなかったのか、目を一度擦り、もう一度見返す。
「消えてますね.....」
「そうだね」
「つまり、強制的に解除されちゃったって訳ですね.....」
下に俯いてしまうナーシェリア。
「強制的に解除した。けど、あっちには死んだように認識されるようにしてある。だから妹は大丈夫だと思うよ」
「そんな事、可能なはずが」
「あまり、勇者を嘗めない方がいい。僕の固有武装ならそれが可能だ」
そういって漆黒に染めた腕を見せる。
不気味な程黒く暗いそれを見てナーシェリアは息を飲む。
「......なんか勇者の力にはみえないですね.....」
良いところをつくね。
その通りで返す言葉もないよ。
「......。 まあ、これで君の身体に刻まれた魔隷の呪は消したという訳だ」
「......解除じゃなくて、消去ですか.....それならあり得るのかもしれませんね」
「納得してくれたということは実例があったのかい?」
「歴史書に書かれてたのを覚えてただけなんですけど、始まりの魔王が使えたとかなんとか」
「始まりの魔王.....聞いた事がないね」
「こっちに伝わる半ば伝承めいたものなんで事実かどうかもあやふやな話が人間側が知ってるとは思えないですねぇ」
「そうだね。.....もう少し魔族について知る必要がありそうだな」
「.....まあ。 それで、私は今度は貴方に従えば良いんですよね?」
「やけに素直だね」
驚いたように少し声を裏返してしまう。
「だってそれしか選択肢無いじゃないですか.....」
げんなりとした顔で彼女は呟く。
やはりこの子はアホではあるが、ある程度は考える頭があるようだ。
「話が早くて助かるよ。ふむ、そうだね。雇用という形にしようか」
「雇用?ですか?」
対価に対して報酬を与えるのは良い信頼関係を築くのに欠かせない事案だ。
「そうだ。君が僕の元で働く対価として報酬を出そう。何がいい?」
「......勇者ってのは皆、そんな強いんですかね?」
「ん?まあ、そうだね。一人一人が化け物みたいなものだ」
僕より強いかどうかは分からないが、ナーシェリア程度なら鎌瀬山でも殺れるだろうし、化け物と言っても差し支えないだろう。
「じゃあ、グラハラム様を倒しても透辰族は見逃す事は出来ますか.....」
見返りは自分にではなく、種族に対してか。
「どうして種族の事をそんな気にするんだい?」
「いや、そんなふかい理由はないですよ。私が......族長の娘だからってだけですから」
「そういうことか。面倒ではあるけどそれくらいなら、まあ出来ない事でも無いだろうし構わないよ」
「ありがとうございます」
「後、雇用の形にするといったけど、君を完全に信頼した訳ではない。悪いが魔隷の呪である程度は縛らせて貰うよ?」
「いや、魔隷の呪はそんな簡単に使えるものでは」
「さっき覚えたから大丈夫だ」
そういって細い首に触れる。
女性特有の柔らかい肌からは脈動を感じ、生を強く感じる。
「そう、ですか」
瞳は僅かに揺れ動き不安そうな表情をしている。
まあ、そう簡単に信じられないのも無理はない。
「じゃあ、いくよ」
自分の体内に巡る魔素を指に集中させ、得られた知識通り、術式を精密に構築していく。
第八階梯ともなるとかなり複雑な工程になるので普通なら術式を書き出してから転写し魔素を流し込むようだが、手先に自信があったのでその手間を省き、直接身体に刻み込んでいく。
「凄い.....」
完成した術式は藤紫色に発光し、やがてそこには紋様が浮かび上がる。
女神の廻りに蛇が絡み付いた紋様だ。
「終わったよ」
「信じられないです.....勇者ってのはこんなにも桁違いなんですね」
「まあね。契約完了だけど、何かあるかい?」
「いえ、何も。クルルカ·ナーシェリア、今から旦那に忠誠を誓いますよ」
「僕は東京太郎。君には期待しているよ」
「あ、いや、あんまり期待されても困りますよぉ、旦那」
何故、旦那なんだと気になるがそこは口には出さない。
「まあ、いいか」
「で、私はどうすればいいんですかね?」
「まずはそうだね。君を堂々と連れ歩く為に、魔隷の首輪を手にいれる必要があるね」
「なんですかそれ?」
「簡単に言うなら、魔隷の呪が込められた首輪といったものかな」
「ふーん、分かったっす」
「まあ、それまではその腕輪で姿を隠していて」
「あ、これ持続時間あるんでずっとは無理ですよ」
「え、そうなの?どれくらい持つ?」
「んー、これかなり使用魔素量が大きいんで私の場合だと、8時間くらいですかねぇ」
面倒だな。仕方ないから近場の宿を借りてそこに待機させておくか。
どのみち魔隷の首輪は後数日で手にはいるだろうし。
「分かった。とりあえずは近くの宿を七日程借りとくからそこにいてくれ」
「はーい。何かようがあったらすぐに呼んでくれっす、旦那」
「ああ。まあ、くれぐれも騒ぎ起こさないで置いてくれ」
「はーい」
元気よく返事をするナーシェリアを見る。
ああ、これからこの子と付き合っていくのかと思うと少し憂鬱になる。
さて、そろそろ戻らないといけないか。
僕は世界を閉じた。
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