第19話戦闘の末

燃え盛る眼前の帝都を眺める。 


僕が造り出した帝都。

 それを焼き尽くした紅き閃光は最初に、放たれたものとは規模も火力も桁違いであった。


「ウルゥゥァァッ」


 勝利の雄叫びともいえる吼口が崩れ落ちた帝都に鳴り響く。


 今の威力を流石に生身で直撃していたら負傷は間逃れなかっただろう。

 淀んだ黒い靄に包まれながら僕はそう今の一撃を分析する。



 竜の熱閃。

 それは高密度に圧縮されたエネルギーの塊が光速で飛来する通常なら防ぎようのない即死の一撃だったであろう。


 だから避けられないと判断した時点で、僕に危害を及ぼす部分だけは消させてもらった。

 いや、正確には消したというより喰らったというべきだろうか。

 結果としてその判断は正解でいまだ僕は五体満足だ。



 片腕に漆黒に染まった歪な紋様を浮かべ、そこから飽和するかのように溢れ周囲に浮かぶ無数の黒点アーテル


 二次元とも三次元とも区別のつかない、本来、この世に存在することのない形で漂う『現象』とも言うべき不可思議な微粒子。




 それは全てを喰らう人の欲望だ。



 限界をも越えた人の欲望は留まることを知らず溢れだし、世界すらも歪める。

 人の原罪とも云える欲望の一つであるそれは、欲望のままに全てを喰らい尽し、貪り尽くし、己が糧にするまで止まることはない。



 故に『暴食』


人の罪の具現化。

 これが僕の固有武装オリジナルウェポン、『七つの原罪』の一つ、『暴食』の力。





「グラァァァッ!」


 僕が生きていた事に気付いたナーシェリアは咆哮と共に紅く染まる無数の球体が彼女の頭上に姿を現す。

数は優に100を超え、無数の球体は僕を睨むかのように紅く煌々と輝きを増し。

 紅く染まった彼女の瞳はこちらを正確に睨んでいた。



 そして、僕がアクションを仕掛ける時間すらも与えず紅い弾丸が豪雨のように降り注ぐ。


 僕は手を空に翳し黒点アーテルを前に集中させる。

 先程の熱閃と違い、一つの一つの威力は小さいが、積み重なれば致命打になるであろうそれは黒点が集中した黒靄によって不自然のように書き消える。


 あらゆるモノを喰らうことが出来る黒点アーテル


 この力は確かに強力であるがその反面、欠点もある。


 まず、黒点アーテル一つ一つはあらゆるモノを喰らう事が可能であるが、単体では一度に吸収できるキャパシティが小さく瞬時に喰らうことが出来ない。


 その為、今のように黒点アーテルを固めるように密集させて高エネルギー体を喰らわなければ吸収しきる事ができず、もし吸収しきれなかったらそのまま残ったエネルギー量は通過してしまうのだ。








 牽制ついでにナーシェリアに向けて黒点アーテルを飛ばすがものの数メートルで消滅してしまう。



「やっぱ、駄目か」


半ば予想通りの結果だったから失望の念はない。

そもそも存在が不安定な黒点アーテルは対象者である僕から離れたら維持できずに消滅してしまうのは想像がつく。



 まあ、その欠点を軽く補う程の利点もあり、使い勝手も良いから僕好みの力と言えるのだが。



 黒靄を前面に張りながら僕はナーシェリアに向かって徐々に加速していきながら近づいていく。



「グルゥゥ......」

焔弾の嵐の中、平然と近づいてくる僕に警戒するかのようにくぐもった声を漏らし、翼を大きく広げる。


 空中に逃げる気か。


 その動作をみて、僕は瞬時に加速しナーシェリアに接近する。


暴食の最大の欠点は距離だ。

空中に逃げられては暴食の範囲外になってしまうから厄介なのは間違いない。

だから、飛ぶ手段を奪わせて貰う。





 まずは竜の手羽先を頂こうかな。




 至近距離にいきなり近付かれた事で動揺したナーシェリアを傍目に黒靄を左腕に集中させ、竜翼を掴み、喰らう。


 硬いな。


 暴食で一撃で喰らうつもりだったが、竜ってのはかなりエネルギーが大きいようで、今の段階では無理のようだった。

考えてみれば確かに質量もサイズに合わないほど重くなっていたし、エネルギー密度が高いのは当然の事かもしれない。



 物質を微生物が分解するように、黒点達もじわじわと侵食し翼を黒点で覆い、咀嚼していく。



「グルゥァァァァッ!」


 悲痛の咆哮が空に響き、捕食された翼を振り払おうと身体を振るわす。

 生きたまま食べられるってどんな気分なんだろう。

 ......きっと最高に、怖いんだろうなぁ。



 黒点アーテルを剥がせない事に気づいたようで直ぐに切り替え今度はこの現象の原因である僕に肥大化した左腕で虫を叩き潰すように振り落としてきた。


良い判断だ。


 僕は先ほどより更に漆黒に染まった腕から新たな黒点アーテルを出し、守るように黒点アーテルを頭上に密集させた。

 それにより出来た黒霧は竜の一撃を受けとめ、そのまま蝿が集るように包み込み喰らい始める。




 既に片翼は食べた。

 次はこの手癖の悪い腕を食べて挙げよう。



 有言実行。

 僕は片翼を喰らっていた分の黒点アーテルも捉えた左腕に密集させる。

 結果、ナーシェリアの左腕を覆っていた紅の装甲、竜鱗を一つ残らず、食べた。



「グルゥァ、グルゥ、グキャゥァァ」



 さらに高エネルギー体のモノは即座に食べきれない事を利用して器用に黒靄を爪状にしながら動かし、悲鳴を主旋律にリズムを合わせて、右腕、右足、腰と竜鱗を一つ一つ剥いでいく。



 そして、剥いだものはじっくりと黒点アーテルが食べていく。




 やがて、全ての竜鱗を食べ終わり、そこに倒れ伏すのは最初と変わらない姿のナーシェリアだ。


「う.....ぐぅぅ....」



 祖先である透辰竜の宝玉で造られた神遺物アーティファクト、フルティングスにより、彼女は強制的に自分の中を巡る竜の血に語りかけ、竜化していたようだった。

 竜化とは竜人族特有のスキルで、竜の姿に近付く事で魔素量、身体能力を向上させるものだ。

 だから竜の姿に近付く程、ナーシェリアが重く速くなっていた訳か。


 因みに僕が何故そんなことを知っているのか。


 答えは簡単だ。


 黒点アーテルが喰らったモノは知識として分析·変換され僕に還元されるからだ。

 これが暴食の利点ともいえるモノで、僕好みの力だと言った理由でもある。

 そして、これは僕に非常に都合が良いような力であることから一つの仮説が思い浮かんだ。


 力を欲する英雄王は一瞬で何倍にも強くなれる『限界突発』。


 覚えも要領も悪い蜜柑は一度で相手を模倣することが出来る『同型模写』。


 誰より優しい幼女は人を癒すことが出来る『聖女の癒し』。


 そして、僕の世界を造り出す『理想郷』、食べたものを知識とする『暴食』。



 僕らの限外能力、固有武装はどれもこれも自分自身の願いを反映している側面があるのだ。

 願いが叶えられる、それが異世界に召喚されたモノ達に与えられる特権なのかもしれない。


 まあ、鎌瀬山は知らないけど。

 どうせ、どこでも○アに憧れてたとかだろう。

 どうでもいいことだ。


 得た知識に対して情報処理を終えた僕は倒れ伏すナーシェリアに目を向ける。



「起きろ」


 横たわるいたいけな少女を僕は乱暴に蹴り飛ばす。


「..ーーうっ.....」



「状況が分かるか?」



 ナーシェリアは自分の腕輪を見つめながら、絶望した表情を浮かべ、小さな身体を震わしている。


「ああ、やっぱ、駄目だったみたいですねぇ....」


 その言葉の端々には締感の念を感じた。

 それも仕方ない事だろう。

 強制的に竜化までして自らの力を底上げしたというのに結果としてぼろぼろに倒れている自分を無傷な相手が見下ろしているのだから。


「じゃあ、これからどうなるか分かるよね?」


 優しい声音で案にこれからお前を拷問するぞと脅しかける。



「うう、あれですよね......私、食べられちゃうんですよね.....」


 そういったナーシェリアは何を勘違いしているのか小さな子どものようにポロポロと大粒の涙を溢し、泣き始めてしまう、


「グスッ......う、うわぁぁぁぁぁんッ!」



 いや、なんでそうなるんだ。

 勇者をなんだと思っているんだ.....いや、まあさっきまで色々と食べちゃってたわけだけどさ。それは君、理性失ってたから覚えてないよね。


 泣き叫ぶナーシェリアを傍目に溜め息を漏らしてしまう。


「あー食べないから騒がないでくれない.....」


 まあ、喋らないようだったら部分的には食べるかもしれないけど。


「嘘だぁ.....油断させておいて塩漬けして丸のみするんだっ」


 ······。


「......いや、しないってほんと」


 何で塩漬けなんだというツッコミをするのは我慢して僕はあくまで優しく接する。


「嘘だ嘘だ。だってグラハラム様が勇者に負けると食べられてしまうって。それに爺さまや婆さまも魔族は稀少だから散々弄られた後、高級料理として食べられるって言ってたし」



 一種の洗脳教育だろう。

 幼少期から勇者が危険な奴等と刷り込まれてきていたというわけだ。


「......それ嘘だから」


 歴史にも勇者が魔族の肉を食べていたなんて話、欠片も無かった。

 歴史には書けなかったと考えられるかも知れないが、召喚された勇者は殆んどが日本人であった事を踏まえると流石に魔族を食べていたとは思えない。


「ほんと......ですかぁ?」


 そもそもこれから色々と聞き出すのだからこの誤解を解く必要が無いことに気づく。

 寧ろ彼女からしたら僕がとんでもなく怖い奴に見えている方が都合が良いはずだ。

 自分の行動に疑問を覚えた僕はつい生返事をしてしまう。



「ああ.....」



「そうなんだぁ。良かったぁ」


 アホな子であるナーシェリアは、敵である僕の言葉だというのに簡単に信じたように安心した顔を浮かべる。


 こういうところが僕の調子を狂わせているのかも知れないな。

 そんな事を思いつつ、話を進める。



「これから質問するから、君は僕の質問に簡潔に答えて。いいね?」


「答えれる事だったら......」


「君、そんな事を言える立場?」


 少し顔を近づけ、にこにこと笑顔を浮かべながら僕が言うと、ナーシェリアは物分かり良く人形のように規則的に何度も頷く。


「宜しい。じゃあ、質問を始めよう。まずは」





  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄。



 

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