結の八  スマザードメイト

 あまりの強い痛みに意識が飛びそうになるが、落下して地面に背を打ち付けた衝撃で我に返る。

 殴打を受けたお腹を見ると、一撃を喰らった場所の服は真っ黒く焼け焦げ、その周りではパチパチと火種が燻っている。

 あぁ! お気に入りのジャージだったのに……そんな悲壮な感想が浮かぶけど、それどころじゃないと思い直し、服の火種をすぐ揉み消す。


「熱ぃだろ?」


 服の熱に顔をしかめた鏡花に近づいて来る副会長が無表情で言う。


「でもな、私の方が遥かに熱い! 燃えているのは私の腕だからな。熱くて痛くて腹立たしい!」


 鏡花に聞かせるようでも、独り言のようでもある愚痴を聞き流しながら、彼の足元に意識を集中し、陰引金を仕掛ける。

 単純に体勢を崩させるもの、別にこれで戦局がひっくり返ることを期待しているわけではない。

 ただ少し相手を揺さぶれたら、今の絶望を和らげるために放った必中の一石。


 しかし、それが発動することはなかった。副会長は不可視の罠をわざとらしく跨いで回避する。


 ハッキリしてしまった。絶望的な憶測が確証にシフトする。それは絶望が加速させた。

 間違いなく彼の目は陰引金が見ることが出来る。これは距離をおいて闘うことの不可能性を十分に証明してしまった。


 真っ白になる頭を叱咤し、自分の中の引き出しを必死で漁って次の一手の検索をかける。

 しかし、用意していない策なんて頭をひっくり返しても出てこなかった。


 いよいよ歩み寄って来た副会長が見下ろしてくる。感情の読めない青い瞳で。


「倒れてる人の横に立つなんて……下着見えちゃいますよ?」


 下らない冗談で虚勢を張る。咄嗟に出てくるのはこんな悪知恵だけなのだから情けなくなる。

 副会長は袴姿でもスカート姿でもないのだから当然下着は見えない訳だけど、小気味よく突っ込まられることはなく、鏡花は片手で首を掴まれると、その燃えたぎる腕で締めあげられる。


 息がしづらい。首が熱い。それより何より、肺に侵入した熱風が体内を焼く感覚が苦しかった。

 振りほどこうと両手を焼くことも考えず必死でもがいた。

 その最中偶然見てしまう。炎の火元、彼の腕にあるいくつかの隆起した痣のようなものを。これってもしかして……


「根性焼き?」


 無意識で口にしたその言葉に副会長は鏡花を開放するという形で応じる。

 盛大に咳き込むが、すぐに最低限の構えはとる。この程度で副会長相手に何かが変わるわけではないけれど、こうでもしないと気持ちの上でのグラブが完全に下がってしまう気がしたから。

 チラと両手の被害を確認すると、感じた熱の割に火傷が見られない。あの炎は身体より精神により干渉する秘剣なのかもしれない。


 副会長が口を開く


「よく知ってたな。この煙草の痕は両親が私に残した唯一のもの。とんでもない屑共だったが、奴らが不審火で死んだことが起因して私がお父様に出逢えたのだからその一点でのみ意義があったな。

 そしてこの痣が発端で目覚めたのがこの、怒りを勝手に炎に変換する装置、腕が傷付かなくなる代わりに痛みを伴う割に合わないこの秘剣だ」


 虐待によって目覚めた怒りの秘剣。恐らく両親を襲った火災は……嫌な考えに思い至り気分が悪くなる。

 親からの猫可愛がりを受けて育った鏡花には、互いに傷つけあう家族の話が酷く悍ましいものに聞こえた。

 副会長はそんな鏡花を見下ろしながら退屈そうに言葉を続ける。


「こんなものでも場合によっては役に立つ。この眼の力は至高だが意識の全てが持っていかれるからな。条件反射的に発動するこの腕は都合がいい」


「そのカラコンにずいぶんな自信があるんですね。とてもそんな立派な武装には見えませんけどぉ?」


 敢えて煽るようにしてより多くを引き出そうと画策する。

 見え透いているんでしょうけどね。こんな浅ましい意図……

 んっ? あさましいいと……! 並び変えると[愛しい浅間]になりますね。なにこれ凄いっ!


 そんな[あさましいいと]を知ってか知らずか副会長は鏡花の疑問に応える。


「武装か……この力を武のカテゴリーに入れるべきかは迷うが、事戦闘に関してはこう呼ぶべきだろうな。唯一の武力と。

 この秘剣の比類なき性能を力と認めたら、他に力として扱えるものなどありえないのだから」


 唯一の武力。その言葉には流石に疑問を覚えた。見えない秘剣を知覚できる程度の力にその評価はどう考えても大げさだ。きっと思い違いがある。考え直さないと。

 しかし考えてばかりもいられない。まだ全貌が掴めてないうちに攻めに転じられたら一たまりもないから。


 違和感を解決するためにも接近戦を仕掛けるしかない。自分の身体の至る所に陰引金を配置する。攻撃のパターン読まれないように満遍なくだ。


 右足は力が入らないのだから、左足で地面を蹴り込み距離を詰める。両腕で受け止められぬように腹部を狙って右ストレートを放つ。しかし上体を逸らして躱される。

 これは想定内。崩した体制のまま両手を地面につき、勢いをつけて右足を鞭のように振るい足払いを仕掛ける。

 あくまで虚を突くために、感覚のない右足に秘剣すら纏わせず放った一撃。

 それも彼の足を払うことはなく、逆に彼の足に踏みつけられる。


 想定しようがないはずの捨て身の一撃だったのに。息が荒くなるのを感じる。動揺が隠せない。


「チェスを知っているか?」


 ぼそりと副会長は呟く。絶体絶命の鏡花にかける言葉としてはあまりに不自然で耳を疑う。


「あれで追い詰められた王は、負けに繋がる動きが出来なくなる。どんな動きをしても負けが確定した場合がチェックメイトだ。

 最善策をうち続けろ。私はいつでも貴様を殺せるのだから」


 それを言うと、副会長は鏡花を蹴り飛ばす。

 恐らく彼は鏡花に出せる限りの力を出させ、その悉くを踏み砕いたうえでの勝利しか認めない。鏡花に敢闘したなどの評価を一切与えないように。


 本当に参りましたねこりゃ。

 口内の血を吐き捨てて、再び構えをとる。

 しかし、やはりうつべき一手が見当たらない。さっきまでとは事情は違うんだけど。

 彼の目の力が分かってしまったかもしれない。だからこそ[手]がだせない。


 恐らく彼には見えているのだ、戦局が盤上の駒の様に。

 つまりは未来視。それが唯一の武力の正体なんでしょうね。

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