転の一  英雄《ヒーロー》

 今日はもう帰っていいと言われ、斜陽射す中、僕は帰路につく。


 そのまま家に帰るのも何か嫌で、しかし行く当ても見当たらず、

 気づけば僕は、公園のブランコに揺られていた。


 頭に浮かぶのは帰り際に社長に言われた一言。

 考えてみて欲しい、彼はそうとしか言わなかった。

 彼には言えなかったのだろう。会社のために無理やりにでも彼女を戦わせろ、とは。


 だけどそれは僕にしたって同じことだ。

 するべきことは決まっている。でもそんな事出来ない。

 していいわけがない。


 事情を話せば彼女は間違いなく勝負を受けるだろう。

 わざとらしく見えない様にサクリフィーチョを使うとまで言うかもしれない。

 そして彼女は更に傷を負うんだ。

 心に 体に 過去に 未来に



 出てる答えが出せないまま時間だけが過ぎた。


 時刻を確認しようと携帯を開くとおびただしい数の着信履歴が表示される。

 全て偉皆からのものだ。

 メッセージも何件かあり、確認しようとすると携帯が新たな着信を知らせる。


「兄さんっ今まで何で出ないんでないんですか!」


 電話をとると耳をあてる間もなく偉皆の怒声が飛んでくる。


「すまない。立て込んでたんだ。

 それに昼の態度も大人げなかったな」


 素直に謝っているとスピーカーから溜息が聞こえる。


「その様子だとまだジメジメと落ち込んでるんですか?

 明寺さんを捕まえて話は聞きました。落ち込んだって仕方ないじゃないですか。」


 従妹の言動が酷く残酷なものに聞こえ、思わず糾弾する。


「ふざけるな! 人の夢ってのはそんなに軽いものじゃない!」


 偉皆はまた溜息。 呆れたように言う。


「分かってます。だから悩むまでもないんじゃないですか」


 今の偉皆は何だ? 何が言いたいのか全然分からない。


「兄さんは明寺さんのヒーローらしいですよ? 救わないんですか?」


「救いたいさ……でも」


 それをすれば会社が潰れる。社長を裏切ることになる。


「じゃあヒントです。 明寺さんは― ― 






 渡したいものがある、そのように連絡して、早朝に兼定近くの公園に明寺を呼び出した。


 キックボードで現れた彼女は、目を腫らしているわ隈があるわで酷い顔をしていた。


 そんな彼女に片手をあげて挨拶し、昨夜、閉店間際に買いに走ったスケートボードを手渡す。


「餞別ですか?」


 彼女は挨拶もなくそんなことを言ってくる。


「違うよ。ファイトマネーの先払いって感じ」


 明寺はムッとした顔を作る。


「鏡花、辞表出しましたよね」


「残念ながらあれじゃただ落書きがしてあるだけの封筒だよ。

 君には副会長と再戦してもらう。」


 明寺は信じられないとでもいうような顔になる。


「嫌ですよ! 意味が分かりません。それに鏡花はもう戦えないんです。」


「戦って貰わないと困る。じゃないと事務所が潰れる。」


 明寺は目を見開いて驚く。そして投げやりに言う。


「はいはい 分かりました。やりますよ。せいぜい頑張って負ければいいんですね?」


「何を言ってる! 戦うからには勝とうよ。絶対に!」


 ぶはっ 彼女が噴き出す。 尊敬してた人が最低だった、そんな悲痛な笑いだ。


「それはどれくらいサクリフィーチョをすれば出来るんですかね?」


「ゼロだよ。サクリフィーチョは二度と使うな。」


 ふざけないで、そう声を上げる明寺を手で制す。


「質問させてくれ。 君の見立てだとどちらが勝つ? 副会長と―」


 明寺は、言うまでもないとでも言いたげなつまらなさそう顔をしていた。

次の言葉を聞くまでは。


「――浅間真翔が戦ったなら」


 明寺は目を見開いた後、急にうつむいたかと思うと必死に振り絞った声で答える。


「そんなの言うまでもないです」


 目から大粒の涙の流しながら


「浅間真翔に決まっています。 鏡花のヒーローは最強なんですぅ」


 そう言い切った。


 

 僕は、ゆっくりと彼女に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 ならば明寺も副会長に勝てると。


 ヒーローは決して諦めない。 諦めないから絶対負けない。つまり最強だ。


 明寺が僕をヒーローと呼ぶなら、僕はもう諦めない。


 明寺が僕を目指すなら、明寺にも諦めさせない。


 僕は明寺が負けること、諦めることを許さない。


 僕は明寺をヒーローにすることを諦めない。



「聞かせてくれ明寺!君はもうddsをしたくないか?」


 昨夜の偉皆の言葉を思い返す。

 明寺さんはもう戦いたくないと言っていましたか?

 確かに僕はその言葉は聞いていない。


 僕は泣きじゃくる明寺の答えを待つ。

 明寺は歯を食いしばって息を整え、目元を乱暴に袖で擦る。

 そして僕をしっかり見つめて言う


「したいぃ!ddsがしたいでずぅ」


 頬が熱く濡れる感覚、僕ら昨日から泣いてばかりだ。

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