躍れっ!! 合氣少女!!

有憧礼音《ありどうれいね》

第一章 セーラー服の合氣少女

一、衝撃の出逢い

 一学期が始まって間もない春の日の学校の屋上。

 俺の目の前には三人の同級生がいる。

 そいつらが口元にうすら笑いを浮かべて、意地の悪い目付きで俺を見ている。

「オイ、ちゃんと持って来たか?」

 こいつが、大隈亮。

 一七〇センチくらいのバランスの取れた体格。

 少し長めの茶髪に鋭い一重まぶたの瞳。

 三人のボスだ。

「……うん」

 俺はしぶしぶ学ランのポケットから二つ折りの黒い財布を出した。

「早く出せよ!」

「あ!」

 俺の手から財布を引ったくったのが、短髪だが後ろ髪だけ少し長い小太りの三好マサル

「どれどれ……なんだよ。これっぽっちかよ」

 財布から千円札を抜いて、ひらひらさせながらぼやいたのが小柄な今川ハジメ

 眉毛の上でそろえた前髪が軽く風に揺れている。

「今日はオレら映画行くから最低三枚は持ってこいって言ったよなぁ~?」

「そ、そんなこと言ったって、俺の月の小遣いは五百円だから急に三千円なんてムリ……ウッ」

 俺はその場にうずくまった。

 亮のパンチがミゾに入ったんだ。

「いいな。明日はちゃんと持って来いよ」

「……」

「オイ! 聞いてんのかよ!」

「分かったら返事しろよ!」

《ドガッ! グフッ!》

 亮に続いて、マサルとハジメも俺に蹴りを入れた。

 ちくしょー、なんだって一体、俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ。

 せっかく二年になってクラス替えしてこいつらと離れられると思ったのに。

 またおんなじクラスだなんて……。

 長尾直人ながおなおと

 それが俺の名前。

 東京の春海明境はるみめいきょう中学ってところに通っている二年C組の男子だ。

 その俺の学校生活は……見ての通りサイアクだった。

 こんな日がこれからも、ずっと続くかと思うと俺は今すぐにでも死にたかった……。

「オラッ! 返事しろって言ってんだろ」

《ドグッ!》

 また亮の拳が俺の腹をえぐった。

 しっかりしろ、俺。

 なんでやられっぱなしなんだよ。

 悔しくて涙が出てきそうになるのを俺は必死にこらえるのがやっとだった。

「ちょっと、アンタ達、そこで何してんの?」

「あ?」

 俺を取り囲んでいた奴らが、急に飛んできた声に振り向く。

 俺も三人の隙間から目をらして見る。

 紺色のセーラー服の女の子。

 そのコが胸の白いスカーフを風になびかせながら、屋上の扉のそばに立ってた。

「何よ。誰かと思ったら亮じゃん」

「なんかよーかよ。愛氣あいき

「別に。でもさ、まさかアンタ達イジメとかしてないよね?」

「ちょっと、遊んでるだけだよ。向こう行ってろ」

「なあ、あいつ今度いっしょのクラスになった上杉だろ」

「亮、知り合いなのか?」

「別に」

「同じクラスの長尾君よね? 大丈夫?」

「――!?」

 ビビッた。

 さっきまで亮達の向こうにいたのに。

 俺がまばたきするかしないかだった。

 まさに瞬間にその“上杉愛氣”がいつの間にか俺の横に来ていたんだ!

「――!? なっ……」

 上杉が俺の腹に手を当てた。

「ちょっとじっとしてて……おなかやられてるね」

「……」

 なんで? 見ていた訳でもないのに。

「なっ、どうやったんだ」

「なんだ、こいつ」

 マサルとハジメも、何が起こったか分からず呆気あっけに取られているようだ。

「愛氣、テメェ。縮地法を」

「しゅくちほう? なんだよそれ」

「こういうことよ」

「――!?」

 今度は、上杉はそう言葉を発したマサルの後ろに立っていた。

「なっ。テメェ、なめやがって。女だからって容赦ようしゃしねぇぞ」

 そう言うとマサルは振り向いて右手で上杉の左肩をつかもうとした。

「バカッ! マサルやめろっ!そいつは――」

「え!?」

 亮の言葉が終わるよりも早く、マサルの腕は上杉に軽くかわされ、バランスを崩して身体からだが宙に浮く。

 ポンと上杉に軽く押されて灰色の屋上の床に叩きつけられるマサル。

「な、なんだてめぇ!」

 今度はハジメが上杉に向かって右足で蹴りを放った。

 瞬間、またもや身をかわした上杉が軽くその脚に触れる。

 するとハジメの身体がスピンしてマサルの横にころがって行った。

「亮、アンタもやる?」

「……行くぞ」

 亮は下に転がっているふたりに向かって小さく言う。

「逃げるの? 結局ひとりじゃ何も出来ないのよね」

「なんだと!」

「だってそうでしょ? 道場だって、黙って来なくなったと思ったらイジメなんてダサいことしてるなんてカッコ悪い」

「テメェ、言わせておけば。クソッ、やってやんよ」

 そう言うと亮は両手を上下にして前に出して手のひらを開いた。

 それはまるで剣を構えてるみたいだ。

「中段の手刀てがたな。へぇ~、まぁ~だ構え方だけは覚えてたみたいね」

「うっせぇ。行くぞっ!」

「下がってて」

「え?」

「危ないから」

「……」

 俺は言われるままに、二人と距離を取った。

「ちょっと出来るからって、いつまでも調子に乗ってんじゃねえぞ」

「いいから。かかってきなさいよ。受け身取りそこねて怪我しても知らないから」

「お前こそ、俺の打ち込みかわせんのかよ」

「やってみればわかるっての」

「ちぇっ。クソッ」

 亮は構えた手刀を上段に振りかぶって、上杉の頭に振り降ろした。

 当たるっ!

 と、思った瞬間上杉の身体は亮のすぐ横に並ぶように立っていた。

「覚えてる? 正面打ち呼吸投げ」

「――!?」

 ふたりから少し離れた俺の所からも、亮の顔が青ざめて行くのが分かった。

 しかし、その表情を見られたのもほんの一瞬だった。

「それっ!」

 上杉が亮の右腕に自分の腕を重ねて振り降ろすとカクンと亮の身体が前に傾いた。

 かと思うと、今度は亮の身体が弾むバスケットボールのように起き上がる。

 それにタイミングを合わせるように上杉が、人差し指を立てた右腕を亮の左のコメカミに突き刺すように振りかぶる。

「ィエイッ!」

 亮はそのまま後ろに反るようにして放物線を描き、宙に放り出されて行った。

「スゲェ……」

 俺は、呆然と呟いていた。



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