第248話 運命の相手《ペア》

—1—


3月23日(土)午後7時36分


「みんな、不安なのは分かるけどいったん落ち着いて!」


 現代文の担当だったれみ先生が会場の中央、料理が並べられている長方形のテーブルの前で声を張り上げた。


 その声はオレやオレの隣にいる理絵りえの耳まで届いていたが、今はオレを含めて会場にいる大多数がそれどころではなかった。


 れみ先生の呼び掛けに反応したのは、女子ソフトテニス部でれみ先生の指導を受けていた数人だけ。


 他の人はというと、誰とペアを組むかという話で持ち切りだった。

 密室になった会場にいるのは全部で65人。


 荷物置き場に置いてあった参加者名簿によると、男が27人、女が38人いるらしい。


 政府選別ゲーム課から届いたメッセージには、『男女でペアを作れ』とあったので、自動的に女子が11人脱落することが確定した。

 逆に今回のゲームで男子が脱落する心配はない。


「いくぞ! せーのっ! くそっ、ダメだ。びくともしない」


 扉の近くにいた悠生ゆうせい先生と男子数人が、この空間から脱出するべく何度も扉に体当たりしていたが、一向に開く気配はなかった。


 ゲーム終了まで残り20分。


 すでにいくつかペアが出来始めていた。

 まだペアを組めていない女子には焦りが見え始めている。


 オレの目の前には、きょろきょろと首を動かして会場の様子を窺う理絵りえの姿がある。

 あの日、伝えられなかった想いを今ここで伝えよう。


 理絵りえが誰かとペアを組む前にオレが理絵とペアを組む。

 オレが理絵りえを救うんだ。


 そう決意を固め、視線を理絵に向けて口を開こうとしたその時。


理絵りえ、久し振り。よかったら俺とペア組まない?」


 野球部の石井いしいが横から声を掛けてきた。


「久し、振り、石井いしい


 理絵りえ石井いしいの顔を見て、若干気まずそうに挨拶を返すと、オレの顔をチラッと見てきた。


「あっ、もしかしてもう伊織いおりと組んじゃった?」


「あっ、えと、いや——」


「実はそうなんだよ。ついさっきオレが理絵りえにペアを組んでくれって頼んだところだったんだ。悪いな石井いしい。他をあたってくれないか」


 理絵の横に立ち、石井にやや鋭い視線を向けて突き放すようにそう言った。


「そっか。おっけおっけ。そういうことなら別な人に頼んでみるよ。どうせ男子が脱落することは無いし」


 石井いしいが右手を軽く上げて去って行った。


 石井は、小学6年生の時に大阪から転校してきた。

 中学校では野球部に入り、それ以来高校も大学も同じだった。大学では、研究室まで一緒という不思議な縁がある。


 友達の中で1番付き合いが長いかもしれない。

 しかし、年数を重ねるにつれてオレは石井のことを避けるようになっていた。


 きっかけは高校1年生の時、石井いしい理絵りえと付き合っていると発覚してからだ。

 当時、理絵のことが気になり始めていたオレは無意識に理絵りえの彼氏である石井いしいと距離を置くようになっていた。


 大学に入って少しして、2人が別れたと知った後もオレと石井は挨拶を交わすくらいの関係のままだった。


 大学は人が多かったからそれでも特に困ることは無かった。


伊織いおり


 優しい声でオレの名前を呼んだ理絵りえが、オレの首に手を伸ばそうとしていた。


「待って!」


 理絵りえが放つ空気になぜか恐怖を感じて思わず理絵の手を掴んでしまった。

 理絵りえの頭の上にはいくつもの疑問符が浮かんでいる。


伊織いおりは私とペアを組んでくれるんじゃなかったの?」


「あ、ああ、そうだよ。よろしくな」


「うんっ」


 理絵りえが再びオレの首に手を伸ばし、首輪の繋ぎ目に触れて指紋を登録した。


 登録の証なのかは分からないが、黒色の首輪の中央に緑色の丸印が浮かび上がった。

 オレも理絵りえの首輪の繋ぎ目部分に触れて無事ペアを組むことに成功した。


「これでとりあえず心配ないね!」


「そうだな」


 脱落の心配がなくなって安心したのか理絵が子供のように無邪気に笑った。


 なぜだろう。

 理絵りえがオレの首に手を伸ばそうとしたあの時。オレはそのまま首を絞められると錯覚してしまった。


 理絵がそんなことするはずないのに。あり得ないはずなのに。


「どうしたの伊織いおり? そんなに怖い顔して」


 理絵がオレの顔を覗き込んで訊いてきた。

 短い黒髪がさらさらと揺れている。


「いや、何でもないよ。残り時間も少ないのに意外とペアが出来ていないと思ってな」


「そう言われてみればそうだね。えっと、タイムリミットまで後13分だね」


 理絵が時間を確認すると、スマホを革ジャンのポケットにしまった。

 タイムリミットの午後8時を迎えると何が起きてしまうのだろうか。


—2―


3月23日(土)午後7時51分


 政府選別ゲーム課に指示された制限時刻まで10分を切った。

 会場を見回すと、20ペアくらいは出来ているのが確認できる。


 男が27人で女が38人ということは、27ペア出来る計算だ。

 会場の隅では、まだペアを組めていない女子たちによるアピール合戦が繰り広げられていた。文字通り女の戦いだ。


「ねぇ、石井いしいくんお願い。私とペア組んでよ」


 女子に囲まれた石井元気いしいげんきがそれぞれの顔を品定めするように見比べている。


「はいはい、智恵ちえは引っ込んでていいよ」


 最初に石井いしいに声を掛けた智恵ちえが横から割り込んできたあずさに突き飛ばされ、テーブルの角に頭を打った。

 女子たちは、ペアを組むことに必死で智恵ちえを助ける素振りも見せない。


石井いしいくん、私とペア組まない? 私と組んでくれたら石井いしいくんがしてほしいことなんでもしてあげるよ」


「ブスのあんたにしてほしいことなんて無いわよ。それより、私と組めば私のテクニックで石井いしいくんの石井いしいくんを気持ち良くしてあげるよ」


「結局、日菜子ひなこはそういうことしかできないじゃん! まあ高校の時からそういうことでしか男に構ってもらえなかったから仕方ないか」


 あずさ日菜子ひなこの顔を見て嘲笑う。


あんたは誰からも見向きもされなかったくせに! 顔もブスで心もブスだからしょうがないか。可愛そうだね」


「こいつ!」


 日菜子ひなこが鼻で笑うと、あずさ日菜子ひなこに飛び掛かった。

 歯止めの利かなくなった2人は、お互いの服や髪の毛を引っ張り合い、揉みくちゃになった。


 その間にも刻々と時間は過ぎていく。


「ほんっとくだらない」


 女の醜い争いをやや離れた位置から見ていた切れ長の目が特徴的な女、澤出千鶴さわでちづるがテーブルの上に置かれていた未開封のビールをグラスに注いで一気に飲み干した。


「そういうづるっちゃんだってまだペア組んでないじゃん。いいの?」


 耳のピアスが目立つ元野球部の正捕手、佐藤祝太さとうしゅうた千鶴ちづるのグラスに自分のグラスを合わせた。


祝太しゅうた沙耶さやと組んだんだっけ? 私には、なんであそこまで必死になれるのか分からないだけ。生き残りを懸けて戦えって、ひと昔前に流行ったデスゲームじゃないんだから」


「ははっ、づるっちゃんらしいな。まあ、もう時間も無いし、づるっちゃんも一応誰かと組んでた方がいいんじゃない? 残ってる男子はパッと見いなさそうだけど」


 祝太しゅうたが周りを見渡しながらそう言うと、後ろから黒縁眼鏡をかけた荒川元也あらかわもとやが近づいてきた。


づるっちゃん、もしかして空いてる?」


 元也もとやの声を聞いて、千鶴ちづるがグラスをテーブルに置いた。


っくんならいいよ」


 千鶴ちづる元也もとやが同時に指紋の登録を完了させると、時計の針が8時を指した。

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