第224話 国竹と浩二の対立

—1―


9月5日(水)午後1時8分


 捕まった泥棒が入る牢屋に指定されている体育館。

 そこには、警察チームが勢揃いしていた。体育館の中心に集まり、今後の方針について意見を出し合っている。


 もちろん体育館には、ペナルティーを受けた清と健三の姿もある。清と健三の2人は、体育館の前方、ステージの上に座っている。

 警察側からステージから下りないように指示されたのだ。ステージの上は、正面の入り口から最も遠い場所にある。


 仮に泥棒側が2人を助けに来たとしても、2人に触れる前に防衛している警察が捕らえる作戦だ。


「それじゃあ、次はここを守る人数だな。恭子さん、大吾、奈美恵さん、克也の4人でどうだ?」


 頭に赤色のバンダナを巻いた小太りの男、奈緒の父である早坂国竹が1人ずつ名前を呼んで指を差した。


「お父さん、みんなの意見もちゃんと訊いた方が」


「おい奈緒、いつお前が喋っていいと許可した? 子供は黙って親の言うことを聞いてればいいんだよ!」


 頭の上からそう怒鳴られた奈緒は、肩を震わせて小さくなった。

 奈緒の隣にいた克也が奈緒の背中を撫で、国竹のことを睨む。


「なんだ克也、その目は。いい気になってんじゃねえぞおらっ!」


 克也の顔面に国竹の拳が迫るが、寸前のところで止まった。


「国竹さん、いくらなんでもそれはないんじゃないか?」


 凛花の父、浩二が国竹の腕を掴んだのだ。


「浩二さん、そんなこと言うならあなたも黙ってないで何か意見を出して下さいよ」


 国竹が浩二の手を振り払う。

 警察チームの成人男性は、国竹と浩二の2人。体育館に来てからというもの、やや乱暴な形で国竹が作戦を立てていた。


 浩二は、それについて何も言わず、その様子を静観していたのだが、さすがに暴力は見逃せなかったようだ。


「どうしたんですか国竹さん。今のあなたは、いつもの国竹さんらしくありませんよ」


 浩二の言うように選別ゲームが始まる前の国竹はこんなに荒々しくなかった。どちらかと言えば温厚な方だった。

 それが、ドロケイが始まってからは人が変わってしまった。別人と言っても大袈裟ではない。


「俺らしさだと? 馬鹿なことを言うんじゃない! 俺は元からこういう人間なんだよ。やらなきゃ全員脱落する状況で、いつまでもいい顔ばっかりしてられっかってんだ。分かったら浩二さんも意見を出して下さいよ」


 早口でまくしたてる国竹。

 浩二は、少し言葉を溜めてからゆっくりと話し出した。


「俺は、妻も娘も泥棒側にいるんだ」


「だから?」


 国竹が、それがどうかしたのかという心からの疑問をぶつける。


「だから俺は今回のゲームを下りさせてもらう」


 そう言って、国竹に背を向ける浩二。

 それを国竹が黙って許すはずがない。


「分かった。それじゃあ、俺が最初に捕まえるのは真登香さんか凛花に決めた」


「なんだと」


 これには、浩二も振り返らずにはいられなかった。自分の妻と娘をターゲットにすると宣言されたのだ。


「何か変なこと言いました?」


 国竹が分かりやすくとぼけて見せた。


「浩二さんがゲームを下りるのは自由ですよ。だから止めはしない。でもそうした場合、俺は真っ先に真登香さんと凛花を狙います。誰を狙おうが俺の自由でしょ。どのみち、全員捕まえないと警察チームは全員脱落してしまうんですから」


 国竹が言っていることに間違いはない。

 警察チームが生き残るためには、家族など親しい人物を捕まえなくてはならない。それは親しい人間を殺して、自分が生き残るということだ。


 国竹にはその覚悟があって浩二にはない。

 そして、これはどちらが間違っているという話でもないのだ。どちらの判断も否定することはできない。


「どうです? それでもゲームには参加しませんか?」


 国竹の脅迫ともとれる言葉に浩二が下唇を噛む。


「分かった。参加はする。だが、俺は自分のやりたいようにやらせてもらう」


「まあ、いいでしょう。それじゃあ、体育館の防衛は恭子さん、大吾、奈美恵さん、克也の4人ということで。残りの4人は、泥棒を探しに行こう。ただし、捕まえるのは多くて2人までだ」


「どうして2人なんですか?」


 克也の母、阿部麻紀が疑問を口にした。麻紀は警察チームで最年長だ。


「そんなことも分からないんですか?」


 7つ年の離れている麻紀に対して馬鹿にした口調で国竹が言う。


「麻紀さん、ルールをちゃんと読みましたか? 泥棒は、最後まで捕らえられていた人が脱落します。そして、捕らえられていた人数だけ逃走している泥棒にも罰があります。泥棒は全部で8人。ペナルティーで清と健三はすでに捕まっているから残り6人。つまり、あと2人捕まえれば生き残った泥棒は全員罰を受けることになる」


 麻紀がなるほど、と手を叩く。


「あと2人捕まえたら泥棒チームは、捕まっている人を助けなくてはならないってことね」


「そういうことです。そのタイミングで助けに来た敵を全員仕留める。別な方法として、捕まっている泥棒を再度逃げられなくするために殺すという手もあるが」


 国竹の視線がステージ上にいる清と健三に向く。

 それにつられて警察の数人も2人を見た。


「ふざけんじゃねぇ! 殺されて堪るか!」


 話を聞いていた清が吠えるが、国竹は無視した。


「なにも、逃げられるリスクがあるのに生かしておく必要は無いと思うんだ。だが、今はやめておいた方がよさそうだな」


 みんなの表情を確認した国竹がそう決断した。


「防衛は、克也を中心に任せた。俺たちは4人で1人を捕まえていく。その方が確実だからな。よしっ、行くぞ」


 国竹を先頭に麻紀、浩二、奈緒が体育館を後にした。

 いよいよ、泥棒と警察の攻防が始まる。

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