第88話 張り巡らされた罠
ありすの目に映ったのは大量の切り株だった。木が切られてからそんなに時間は経っていないように見える。
なぜ木を切った?
敵の将軍の指示か?
そして奥に銀城が見えた。その前に岩を積み重ねて作られた石垣。また、石垣の手前には木製の柵があった。柵から石垣までは少し距離がある。
銀城に辿り着く為にはまず柵を超え、石垣か正面の門を突破しなくてはならない。
銀軍兵は目で確認できる範囲で15人ほど。全員石垣の上から顔を覗かせている。見張り役だろう。
誘い込もうとしているのは誰が見ても明らかだった。
しかし、副将に任命されたありすは攻めるという選択肢しか持っていない。
今ありすが攻めずに金城に引き返したとしてもいずれは敵とぶつからなくてはならない時が必ず来る。
(みんな覚悟はできている。あとはあたしか)
拳を握り銀城を指差した。
「全員突撃!」
すると、待ってましたとばかりにありすの両サイドから兵が木製の柵目指して走り出した。
「ボス、俺たちも続きやしょう」
「うん」
ロッド、ジル、
柵は雑な作りでジルやロッドの腹の高さぐらいしかなかった。
「よいしょっと」
揚羽も簡単に柵を超える。
これで次は石垣を目指すだけだ。門は閉ざされていたので外から開けることは難しいだろう。消去法で石垣をよじ登って超えるしかなくなった。
ありすが柵を超えて地面に足を着地させた時だった。悲鳴が聞こえてきたのは。
柵を超え石垣に向かっていた先頭集団の数が減っている。だが、敵の襲撃はなかった。
「ボス」
「急ごう!」
多くの人が立ち止まっている中を掻き分け、ありすが前に出た。
「酷い……」
先頭集団が消えた理由は落とし穴だった。それもただの落とし穴ではない。人ひとり以上が余裕で隠れるくらい深く、穴の底に竹や木で作られた槍が埋められていた。
穴に落ちた多くがその槍に刺さっていた。見たことのない
その悲惨な光景から目を逸らし嘔吐している者もいた。
「助げで下ざい! まだ、まだ死にだぐない」
槍が腹に刺さり身動きの取れなくなった男が口から血を流しつつ助けを求めた。
だが、その男は見るからに助かりそうにない。
「ひぇっ、俺もいつかこんな風になっちまうのか。嫌だ、嫌だぞ俺は」
穴を覗き込んでいた中の1人が足をふらつかせながら走り出した。それを見て何人かそれぞれ別々な方向に走り出した。
「待て! 勝手な行動はするな! それじゃ相手の思うツボだ。どこかで待ち伏せしているかもしれない!」
ジルが必死に呼び止めようとするが、走り出した者たちは足を止めなかった。
次の瞬間、
「うがっ」
男の呻き声をきっかけに至る所で落とし穴が現れた。
男と同じくこの場から逃げようとした数人が落とし穴に再び落ちた。
そう。落とし穴は1つではなかったのだ。
「厄介ですね」
「先輩、ボス」
揚羽がジルとロッド、ありすの顔を見る。
「ボス、ここは
「そうね。ロッドの言う通りだね。攻めることしか考えてなかったけど引くことも大事よね。攻軍はあたしに任せるって将軍も言ってたし」
ありすが退却を決意したとき、銀軍の見張り役の男がフライパンか何かを思いっきり叩いて鳴らし始めた。
それを合図に門が開き、中から斧を持った銀軍兵が大勢飛び出してきた。
「全員退却! 退却! 金城まで戻るよ!」
敵から逃げるべくありす軍は来た道を駆け足で戻り始めた。
来た道を引き返せば新たな落とし穴に落ちる心配はない。できるだけ広がらず柵まで走った。
「前の方もたもたするな! 後ろがつっかえてるぞ!」
一気に人が集中した為、柵の周辺が混雑していた。
これも敵の策の1つだろう。
「銀城に向かう際は大してこずらないが、逃げる際は落とし穴がある以上それを避けて人が特定の箇所に集中する。そこで時間を取られていると後ろから斧を持った兵が追撃してくる、と。なかなか考えられているな」
「感心してる場合じゃないでしょ。先輩も早く超えて!」
揚羽に促されジルが柵を超える。
「どちらにせよ追いつかれるのも時間の問題だな」
「そうだな」
ロッドとジルが後ろを振り返り斧を持った銀軍兵の人数を数える。
銀軍兵はありすの攻軍と同じぐらいの人数だった。落とし穴で何人か死んでしまったので敵の方がやや多い。
森に入り金城を目指す。ありすは味方を先に行かせたのでほぼ最後尾にいた。
指示を出す副将が最後尾にいる為、連携が取りづらい。
ジルとロッドもありすの代わりに指示を出すことはあるが、今はありすを守っている形なので場を離れることができない。
「あーーー」
「上だ! 木の上に敵がいるぞ!」
前を行く仲間の頭上から槍や土のう袋が降ってきていた。
「こいつら最初から木の上にいたのか!?」
降り注ぐ槍に直撃し串刺しになっている者、土のう袋が体に当たり手で押さえている者、どこに逃げたらいいのか分からなくなって足を止める者など、もはや軍は機能していなかった。
「足を止めないで北に走って! 早く! あたしについてきなさい!」
ありすが何度も声を掛けながら早足にその場を抜けていく。
「おら、ボスに続け!」
「俺たちのボスはここにいるぞ!」
「こっちよ!」
ロッドとジル、揚羽もありすに続く。
4人の声を聞き、行き場が分からなくなっていた人たちが走り出した。
少し行くと槍と土のう袋の雨は止んだ。しかし、斧を持った銀軍兵はまだ追ってきている。
攻軍の人数は当初の半分以下になっていた。80人ぐらいだろう。
金城までの距離は半分を切っている。このまま追いつかれなければ味方と合流できる。そうすれば敵も引き返すはずだ。
だが、現実はそう甘くはない。銀軍兵はすぐそこまで迫っていた。
「ジル」
ロッドがジルを呼ぶ。
ジルはロッドの真剣な声に何かを感じ取ったようだ。
「そうだな」
ジルとロッドが同時に足を止めた。
「ジル、ロッド何を!?」
ありすが振り返り2人の姿を見る。
揚羽も振り返った。
「
「頼んだぞって、ジル先輩……」
揚羽は2人がこれから何をしようとしているのか悟り涙を流した。
「ボス、今まで本当にお世話になりやした」
「ロッド、だめぇぇぇえええええええーーーーーー!!」
足を止めようとしたありすの腕を揚羽が引っ張った。
「行きましょ。ボスがここで足を止めたら先輩たちが作ってくれた時間が無駄になっちゃいます」
「でも、ジルとロッドが。全員で助けに行けばまだ助かるかもしれない」
ありすは引っ張る揚羽の手を振り払い足を止めた。そしてジルとロッドがいる方へ手を伸ばす。
「ありす!」
普段調子のいい揚羽がボスであるありすを呼び捨てにして叫んだ。
「あなたは金軍の副将で、この攻軍の全員の命を背負ってるんだ! ジルさんとロッドさんは軍のみんなの命を守る為に自ら犠牲になることを選んだ。もちろんありす、あなたの命もそこに含まれてる。この軍を動かせるのはあなたしかいないの。2人の思いを無駄にしないで!」
揚羽は涙を流しながらありすに思いをぶつけた。
頭の中にジルとロッドと過ごした思い出が次々とよみがえってきていた。
ありすが下唇を噛みしめ、金城の方へ体を戻した。そして走り出した。
「全員死んでも走れ!」
溢れ出る感情を、思いを、力に変えてありす率いる攻軍は金城目指して走り続けた。
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