第87話 決戦直前

◆  ◆  ◆


 銀軍の拠点、銀城内3階に将軍の林はいた。

 犬夜いぬやという細身の20代の男も一緒だ。2人は開かずの扉の前にきていた。


「この数字は扉が開くまでの時間でこっちの三桁の数字はなんだ?」


「さあ」


 2人は扉を見つめる。

 扉の中央にカウントダウンされているのが扉が開くまでの時間。その上に小さく赤い文字で440と表示されていた。

 この数字が何を表しているのか林にも犬夜にも分からなかった。


「440ポイント払えば開くとかですかね?」


「そうじゃないみたいだ」


 林がスマホを扉にかざしたが何の反応もない。


「それじゃあ、440を別な読み方で……ししお、ししまる」


「ん? ししまる……」


 ししまると聞き林が固まった。頭の奥に眠った記憶を呼び起こす。


「あっ、ししまるって言ったらそんな名前の武将がいたな」


「あー、藤原獅子丸ふじわらのししまるですね」


 藤原獅子丸は必修の歴史の授業で登場するので小学生でも知っている。


「だからどうしたって話なんだけどな」


「まぁ、時間まで扉は開かなさそうですね」


 犬夜が足を階段の方に向ける。

 すると、ドタドタと慌てて階段を上ってくる音が近づいてきた。


「しょ、将軍! 偵察部隊A班に続きB班、C班が壊滅しました!」


 呼吸を荒げながら男が林に伝えた。

 犬夜が林の顔を見る。


「分かってる。さっきからスマホが鳴りっぱなしだ。A班は矢口ありす率いる約200人の軍の攻撃を受けて壊滅。B班C班は新田はやと率いる小隊によって壊滅、だろ」


「そこまで分かってるんですか!」


 呼吸がようやく整った男が驚く。

 偵察部隊の彼ですらありすやはやとの名前を知らなかったのにその場にいなかった林は知っていた。


「どっちとも外で面識があるんだ」


「へぇー、そいつら俺が殺しちゃってもいい?」


 犬夜が表情を変えず林に聞いた。


「焦るな。まだ犬夜おまえが出る幕じゃない」


「せっかくゲームが始まったんだ。いつまでもこう退屈だと体が痒くなる」


 犬夜が腕をぽりぽりと掻く。


「ありすは銀城ここに向かって進行中。こっちはいつでも向かい討つ準備ができている。罠にかかったら思う存分犬夜も暴れてくれ」


「そりゃあ楽しみだ」


 林と犬夜、伝達にきた男が階段を下りて外に出た。伝達にきた男は自分の持ち場に戻った。


「将軍だ! 将軍が来てくれた!」


 林の姿に気付き作業を終えた銀軍の人々が林の側に集まった。


「みんな聞いてくれ! たった今偵察部隊から連絡が入った!」


 集まった人々がざわざわと騒がしくなる。


「偵察部隊のA班、B班、C班が敵の攻撃を受けて壊滅した。敵はもう近くまで迫っている!」


「大丈夫なのかそれは」


「偵察部隊って斧を持っていたんだろ」


「敵も斧を持っているのか?」


「城を落とされたら全員脱落だぞ」


 林は慌てる人々を見て大きく息を吸った。


「なに、焦ることは無い! 敵の襲撃に備えてみんなで力を合わせ準備をしてきたじゃないか! 少ない時間の中で最高のものが作れた! 安心しろ。貴族の俺が付いている!」


 林の声は良く通った。それゆえ人の心をがっちりと掴むことができた。


「戦いの前に一息つこう。水の差し入れを持ってきた。みんなで分けて飲んでくれ」


「ありがとうございます将軍!」


 集まった人々は林から水が入ったペットボトルを受け取っていく。

 この水も無料ではない。銀城の1階で林が自らのポイントを使って購入したのだ。


(さぁ、全ての準備は整った。金軍将軍、小塚英司こづかえいじはどう攻めてくるか)


 林は場を犬夜に任せて自分が指示を出して作らせた罠を見に向かった。

 歩きながらスマホを開く。


【金軍の将軍は小塚英司こづかえいじ。このメールは将軍にしか送られていない。他の者にこの情報を漏らすことは許されない】


 林がスマホをポケットに入れた。

 このメールは将軍ゲームが始まってすぐに林の元に届いた。

 林は小塚英司を知っている。貴族の間で話題に上がっていたことがあった。

 何カ月か前に大量のポイントを所持した小塚玲央こづかれおと一緒に貴族に挑戦しにきた奴だ。

 その時は貴族トップの凛花りんかと小塚玲央が一騎討ちしたみたいだから兄の英司の方の実力は分からなかったと聞いている。


「ここもよし」


 林が地面に手を触れそう呟いた。

 その姿を林に気付かれない距離から洋一よういち乃愛のあ、レイナが見ていた。



◆  ◆  ◆


 銀軍の偵察部隊A班を撃破したありす軍は銀城へ足を進めていた。

 あれ以来敵の襲撃はない。銀城に近づくにつれて辺りは妙に静かになっていった。嵐の前の静けさというやつだろうか。

 普通、城の近くは見張りや守備で固めるものだ。だが銀軍にはそれがない。

 一言でいうとこの状況は不気味でしかない。


「やけに静かだね」


 ありすもそれを感じていた。


「敵の姿が見当たりやせん」


「こちらも同じく」


 ロッドとジルも森に目をやり敵を探すがその姿は見つからない。


「私たちにビビって全員逃げたんだよ。そんな怖がるだけ無駄だって先輩せーんぱい♪」


揚羽あげは、お前はもっと緊張感を持て」


「はいはい」


 ジルが揚羽を叱る。

 揚羽はギルドに所属していてジルとロッドの後輩だ。もう結構長い付き合いになる。

 本名は木虎揚羽きとらあげは。19歳。名字に虎という文字が入っていることに関係があるのかは分からないが、虎のような鋭い目をしている。八重歯も特徴的だ。生意気な口調で馴れ馴れしいが、それは信頼している証拠でもある。


「もうすぐだよ!」


 ありすが後ろを振り向きジルとロッド、揚羽にそう言った。

 走り続けて10分近く、遂に開けた場所に出た。


「全員停止!」


 ありすの声で全員が足を止め、ありすと同じ方向を見た。

 そして全員がその光景に困惑した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る