第64話 俺の夢

「そうだべ。地下帝国だべ」


 コロモが大広間の隅の方へ歩き出した。モニターの前にいる50代の男をちらちらと目の端で確認していた。それがあの男を怖がっているように見えた。


「新国家に見放されたといってもやることは今までと変わらないべ。新国家に来る前に選別ゲームで脱落したら奴隷にされるって噂を聞いたことないべか?」


「あっ、その話聞いたことあります」


「私も!」


 高校で選別ゲームが始まる前に噂で聞いたことがあった。脱落したら奴隷同様かそれ以下の扱いを受けるという話だった。


「その噂は多分ここのことだべ。地下帝国では新国家から依頼された業務を行ってるんだけどもそれがかなりきついのさね。だから逃げて行く人も多いべ」


「業務って何をするんですか?」


「その時その時で変わるけど今は建築作業をしてるさ。何に使うか分からないけど城を2つ建ててるべ」


「おーい! コロモ、説明は終わったかー?」


 モニターの前にいる50代の男がコロモを呼んだ。男の周りにいる取り巻きがコロモを見てニタニタ笑っている。

 俺はどうもあの集団が下級エリアにいた東南連合に見えて仕方がなかった。


「すいません。まだ終わってないべ」


「真面目に細かく教えなくても要点だけ伝えればいいんだよ! 早くお前もこっちに来て賭けするぞ」


「わ、分かったべ……」


 コロモが俺と未来に向き直る。


「ずっと思ってたんですけどなんであの人あんなに偉そうなんですか?」


「あの人は野黒のぐろさんだべ。ここら一帯をまとめてる人なんだべ」


「だからって何も言い返さないんですか?」


「無駄だべ。この世は弱肉強食だべ。田舎から出てきたおいらは周りの勢いに負けて弱者になるしかなかったんだべ。だから仕方ないんだべ」


 コロモが伏し目がちにそう言った。


「自分で弱者と決めつけてたら一生死ぬまで弱者のままですよ」


 言葉は生き物だ。マイナスな言葉を口に出してしまったら本当にマイナスな方向に物事が働いてしまう。


「弱者でも生きていけるならおいらはそれでいいのさ……」


 コロモは尚も伏し目がちにそう言った。

 俺はそんな姿を見ていられなかった。気付いたら体が動いていた。


「ちょっと、はやと君?」


 未来が不安そうな声で俺の名前を呼んだがそれを無視してモニターの前にいる野黒の元に向かった。


「おい! 聞け!!」


「あん?」


 野黒たちが談笑を止めて俺を見た。


「俺は新国家の王を倒して新しい国王になる男だ! 国王になったらこんな狂ってる国、変えてやるよ! それと同時にな、あんたらのような歪んだ奴らも変えてやる!」


「はあっはっはっ、何を言うかと思えば王を倒して新しい国王になるだ? 随分と笑える冗談言ってくれるな。良い笑いのセンスしてるよ」


 野黒の取り巻きも野黒と一緒になって馬鹿にするように笑った。中には俺のことを指差したり、手を叩いて笑っている奴もいた。


「冗談なんかじゃねぇ。俺は本気だ!」


「だとしたらしらけるからそんな馬鹿みたいなこと大声で言うのはやめろ」


 取り巻きが嘲笑う。


「そもそもお前はどうやって王を倒すんだ? どうやってここから地上に上がるんだ?」


「そ、それはこれから考えるところだ」


「ふっ、分からねぇのにそんな大口叩いてたのか。いいかお前こそよく聞け。地下帝国から地上に上がる為には100ポイント必要なんだ。1日1ポイント増えるが、飯を食うのに毎日1ポイント減る。今まで何人か飯を抜いてポイントを貯めようとした奴がいたが全員死んだよ。100ポイントだ。そんだけ貯めるのに最低でも100日はかかる。それに大体の奴は労働中にくたばっちまうんだよ。怪我せず働くには飯を食わなきゃならねぇ。でも飯にポイントを使ったら地上に上がることはできねぇ。だから無理なんだ。俺たちみたいにこのモニター見て賭けをしたり仲間とわいわいやって最後まで過ごすしかねぇんだ。それが利口なやり方っつうもんよ」


 地上に上がるには100ポイント必要なのか。脱落者は1ポイントも持っていない。

 野黒の言う飯を抜くやり方をしても数日に1回食事をしないと体がもたないだろう。そうなると100ポイント溜まるのは1年以上かかりそうだ。

 当然、俺にはそれだけの時間を使っている余裕はない。下級エリアに残ったみんなの元に早く戻らなくてはならないからだ。


「さっきから聞いてれば何が利口なやり方よ。どうしようもない状況だからって1人の人を嘲笑って馬鹿にして。あなたたちは群れて傷の舐め合いをしてるだけじゃない。それなのに自分のことを正当化しないで!」


「未来……」


 強い口調で未来が野黒とその取り巻きに言い放った。野黒と取り巻きが押し黙る。


「行こうはやと君」


「う、うん」


 未来が俺の手を力強く掴むと大広間の外に向かって引っ張った。


「はっ、お前たちもどうせ数日後にはあの世だ。せいぜい足掻くんだなこの地獄で」


 野黒の言葉を背に受けつつ俺と未来は大広間を後にした。


「未来、ちょっと手が痛いかな」


「あっ、ごめんね」


 ぱっと未来が手を離した。


「私、悔しかったんだ。はやと君があんなにかっこいいことを言ったのにあの人たちは馬鹿にすることしか言わなかったから。どんなに理不尽な世界でも人のことを馬鹿にしたり下に見たりしちゃダメだと思う。人類みんな平等、でしょ?」


「うん。未来の言う通りだ。人は平等であるべきだ」


 理不尽な世界だからこそ基本的なことを忘れてはならない。何をしたらダメなのか何をしたら犯罪になるのか。この世界はそういったルールが薄れている部分がある。

 だからといってそれを破っていいことにはならない。平気で破るようになったらそれはもう人間とは呼べないだろう。

 どたどたと重そうな足音が後ろから近付いてきた。


「2人共待つべ」


 振り返るとコロモが一生懸命走ってきた。


「はぁ、はぁ、この先行くところなんてあるべか?」


「いや……少し歩いてここら辺のことを把握しようかと」


「そうべか。でも把握するのは多分無理だべ。地下帝国は新国家全てのエリアの地下にあるべ。それが迷路みたくなって全部繋がってるべ。あんまし遠くに行くと迷子になるべよ」


 新国家全てのエリアの地下にあるだと。下級エリアだけでも結構な敷地だった。一体何人の人が地下帝国にいるんだ?


「全エリア分の敷地なら戻って来れなくなりそうだね」


 未来は右に伸びている通路を見て頷いた。


「まぁ、色んなところさ行くのはいいんだけど最後にはあそこの穴に戻って来るべ。そこの隣がおいらが普段寝てるところだから」


 コロモが曲がり角の近くにある穴を指差した。わざわざそれを伝えに来てくれたのか。


「ほいじゃ、おいらは戻るべ」


「あそこに戻るんですか?」


「野黒さんに呼ばれてるんだべ。おやすみ」


 コロモが大広間に戻って行った。

 結局コロモは弱者であることを選んだみたいだ。すぐに生き方を変えるのは難しいか。

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