第53話 コイントス

「ゲームはこの10円玉硬貨5枚を使う。誰でもできる簡単なゲームだ」


 小塚玲央こづかれおはテーブルに置いた10円玉5枚を右手に集めた。


「コイントスは知ってるだろ。表か裏のどっちが出るかを予想するゲーム。今回は10円玉5枚を同時に投げて10円と書かれた面をより多く出した方の勝ちだ。簡単だろ?」


「えぇ、ルールも簡単ね」


 コイントスは運要素が大きいから誰にでも勝ち目はある。

 どうせなら玲央が有利になるゲームを提案すればいいのにどうしてコイントスなんか選んだのだろうか。仮に玲央側が勝負に負けてもデメリットがないからだろうか。はたまた純粋に勝負を楽しんでいるのか?

 

「そんじゃ、そっちから代表者を1人出してもらおうか」


「代表はあたしよ」


 ありすが玲央の前に進んだ。

 こんなふざけたゲームでこころや里菜、ありすの誰かが敵の手に渡ることになるなんて絶対にあってはならない。自信有り気な玲央の態度も気になる。俺が、俺がこいつをぶっ倒さないと。


「ちょっと待ってくれ! 俺に代表を任せてくれないか?」


「何言ってんだよはやと。ここはありすに任せるべきだ」


「そうよはやと君。ギルドのボスとして必ず勝ってみせるわ」


 洋一とありすに反対された。だがここで食い下がってはいけない。何より俺の彼女のこころの命が懸かっている。ここで負けてしまったら玲央の椅子として扱われてる女のようになってしまう。こころを玲央こいつの奴隷にさせる訳にはいかない。


「ありすが出るべきなのは分かってる。だけど俺にやらせてくれ。頼む!」


「はやと……」


 こころがはやとを見つめる。


「あーもー面倒くせぇーな! それならそっちは2人でいいから早くやるぞ」


 玲央が苛立ちを見せる。


「いいのか?」


「こうしなきゃいつまで経っても始まんねーだろ。先攻と後攻も決めていいぞ。俺は心が広いからな」


 どの口が言ってんだ。と、思ったが口には出さなかった。


「先攻をもらうわ」


「おっけー。これがゲームで使う5枚だ」


 ありすは玲央から10円玉を受け取った。


「特に細工はなさそうね」


「当たり前だ。よし、始めだ!」


 ありすが両手で10円玉を包みしゃかしゃかとシャッフルする。全員がありすの手に集中していた。

 確率的に言えば10円と書かれた面は5枚中半分の2枚から3枚は出るだろう。しかし投げるのは1人1度きり。0枚かもしれないし5枚かもしれない。完全運任せのゲームだ。


「いくよ!」


 ありすがテーブルの上に10円玉を投げた。何度かくるくると回転すると5枚全てが出揃った。


「2枚か。はっ、余裕だな!」


 玲央が足を組み女の尻を叩いた。女が苦痛の声を漏らす。


「ふらふらしてんじゃねぇーよ」


「す、すみません」


 玲央はテーブルから10円玉を回収すると躊躇いもなくすぐさま投げた。テーブルの上を10円玉が転がる。


「おし、まず俺の1勝だな」


 4枚が10円玉の面を向いていた。4枚対2枚、ありすの敗北だ。これでこっちは追い込まれた。俺が勝ったとしても1勝1敗。玲央に勝つには2連勝する必要がある。


「絶対倒してやる」


「ほぉ、できるもんならやってみろ」


 10円玉を右手で握り締める。

 善い行いをしてきた人には運が付いてくるとどこかで聞いたことがある。俺が今まで行ってきたことは善いことだったのかわからない。だが、少なくても目の前にいる玲央こいつよりは確実に善い行いをしてきたと言える。もし神様がいるのならこの瞬間だけ俺に運を、力を与えてくれ。


「おりゃあ!!」


 テーブルに10円玉が転がりしばらくして止まった。


「やっ、やった5枚だ!」


 剛が前のめりになり立ち上がった。どうやら神は俺に味方してくれたらしい。


「ふふふっ、面白れ-じゃねぇかお前。ゲームはこうでなくちゃな。どれどれ、どうすっかな」


 どっしりと座っていた玲央もこの状況にようやく立ち上がった。だがその顔に焦りは見えない。

 この時、剛、里菜、こころは勝利を確信していた。目の前の勝利はもう揺らぐことがないと。しかし、はやと、洋一、ありすは玲央が放つ異様なオーラにより勝利を信じ切れないでいた。不幸なことにそれが現実になってしまう。


「俺は運を必要とするゲームで負けたことがない」


 玲央がそうつぶやくと投げた10円玉が全て止まった。裏に描かれている平等院鳳凰堂が見えることはなかった。つまり……


「引き分けだ。サドンデスといこうか」


 なんていう強運だ。運を必要とするゲームで負けたことがないだと。世にも信じがたいことだが、玲央が嘘を言っているようには見えなかった。それにテーブルの上にある10円玉が真実を物語っている。


「負けない」


 掌に10円玉を集める。ふと自分の手が震えていることに気が付いた。俺のこの一投に全てが懸かっている。プレッシャーと恐怖で震えが止まらない。


「はやと、大丈夫だよ。はやとならきっと出来る」


 こころの優しい声が身体に響いた。1回目を瞑って深呼吸をする。するといつの間にか震えが止まっていた。


「出てくれ!」


 10円玉がテーブルでバウンドする。4枚が動きを止め残り1枚が回転を続けていた。表が2枚裏が2枚。


「表こい! 表こい!」


 最後の1枚が止まった。表だった。これで俺は3枚が表。勝利するには玲央が0枚から2枚でなければならない。3枚だったらまたサドンデスだ。


「随分と必死だったな。必死なのは全然構わねぇんだがゲームはやっぱり楽しんでなんぼだろ。俺は1枚減らして4枚でやってやるよ」


「!?」


 そう言って1枚をポケットにしまった。


「これがラストだ」


 10円玉を投げて早くに2枚が表面を上にして止まった。残り2枚は横回転を続けている。2枚とも動きが少しずつ鈍くなりながら端の方へ動いて行った。回転の力が無くなってきたところを真上から見ると平等院鳳凰堂の模様が上を向いていた。


「勝った! 勝ったぞ!」


「喜ぶのが入んじゃねーのか」


「えっ?」


 再びテーブルに目をやると回転の力が無くなった10円玉同士がぶつかり合い、2枚とも床に落ちた。床に落ちるとすぐに動きが止まった。


「嘘だろ……」


「な! 言っただろ俺は運を使うゲームで負けたことがないって」


 4枚とも表面が上を向いていた。


「じゃあ、勝負は決まったし1人もらうとするか。さっきお前をやたら応援してた彼女! 彼女を今日から東南連合東区代表小塚玲央こづかれおの部下として迎え入れよう」


「いや! いやよ私。はやと……」


「そう怯えることはない。しっかり可愛がってあげるから安心しろ」


 玲央はそう言い椅子になっている女の胸を揉んだ。


「首輪持ってこい!」


「うっす」


 玲央の仲間が青色の首輪を玲央に渡した。


「早くこっちに来い!」


「いや! やめて!」


 玲央がこころの腕を引っ張る。


「やめろ! こころの手を放せ!」


「おい」


 こころを玲央から引き剥がそうとしたが、玲央の仲間が壁となり行く手を阻んだ。


「飯はもういいや。お前ら、先に戻ってるぞ!」


 玲央とこころが店から出て行った。


「おい! 玲央! 玲央!!」


 洋一もありすも扉に向かおうとしたが、玲央の仲間によって足止めを食らっていた。しばらくして玲央の仲間も店から姿を消した。

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