第54話 大切な存在

「りなおねーちゃん、こころおねーちゃんは?」


 隣のテーブルでご飯を食べていたミナトが俺たちのテーブルにやってきた。


「こころお姉ちゃんは忘れ物があるからって取りに行ったんだよ」


「ふーん。そーなんだー」


 里菜が上手く誤魔化した。


「ミナト君、もうご飯食べ終わったの?」


「うん!」


 ミナトが笑顔で頷く。


「ギルドに戻りましょう」


「ボス、お持ちしやす」


「ありがとう」


 ありすのおぼんをロッドが持ち返却口まで持って行った。


「はやと君、ギルドに戻ろう」


「あ、はい。そうですね……」


 ありすに声を掛けられた。

 こころに電話を掛けても繋がらなかった。どこに行ったのかもわからないし、もうどうすることもできない。

 俺の大切なものはいつも掌からこぼれ落ちてしまう。俺と関わりを持った人間が決まってそうだ。目の前にいるこの仲間もきっといつか。

 それも全て選別ゲームのせいだ。選別ゲームさえなければこんなことになってはいないはずだ。


「はやと! ねぇはやとってば!」


 顔を上げると里菜がいた。


「いつまでぼうっとしてるのよ。みんな店の外で待ってるわよ」


「ごめん……」


「もう! こころならあとで助けに行けばいいでしょ」


 里菜に腕を引っ張られ立ち上がる。


「あとで助けに行けばって、そんな簡単な話じゃないだろ!!」


「簡単な話よ! 仲間が捕まったら助けに行く。これより簡単なことがあるの?」


「口で言うのは誰にでもできる。東南連合の拠点がどこにあるのかもわからないのにどうやって助けに行くんだよ」


「みんなで考えればいいじゃない。1人で抱え込まなくていいのよ。はやとには私たちがいるんだもの。どろけいで剛や、俊介を助けた時のように今度はこころを救出しましょ。私は、はやとについて行くわ」


「里菜……」


 里菜と話をしたことで胸に突っかかっていた何かが取れたような気がする。コイントスでは俺が、俺がと1人で解決しようとして空回りしていたのかもしれない。周りが見えなくなっていた。


「ほら、みんな待ってるわよ」


「あぁ」


 俺は食堂を後にした。


「遅せぇーぞはやと」


「ごめん」


 腕を組んだ洋一に睨まれた。


「それじゃ行きましょ」


「ありす! 俺、ちょっと行くところがあるから」


 行くところと言ったが洋一は今日下級エリアに来たばかりのはずだ。


「わかった。あまり遅くならないようにね」


「おっけ」


 洋一は、北区のさらに奥に向かって歩いて行った。俺たちはギルドのアジトに戻った。


「ボス、おかえりなさい!」


 部屋に入るとギルドのメンバーが並んでありすを出迎えた。


「今日は、はやと君たちはここに泊まるといいわ。それが嫌なら外で寝るって手もあるけど。外には虫がいっぱいだよー」


 ありすがそう言うと里菜がぶるっと震えた。


「じゃあ、すいません。お世話になります」


「うん。こころちゃんのことはこっちでも調べておくから」


 ありすは真剣な顔に変わった。


「おやすみなさい」


 ジルとロッド、他にも数人連れて奥の部屋に入って行った。


「ミナト君、もう寝る?」


「うん」


 里菜がミナトをソファに横ならせると体にタオルをかけた。しばらくしてミナトは眠りについた。

 部屋の中にはベッドや布団が無かったが、風を凌げるというだけで十分だった。里菜は虫が苦手だったみたいだし。

 里菜と剛はそれぞれ椅子に座っていた。俺は外の風に当たりたい気分だったので2人に断ってから外に出た。ギルドのアジトは正直、立派な建物とは言い難い。それでも2階建てで部屋数も多くどこか温かみを感じる。

 北区の食堂からの帰り道、ジルとロッドに聞いたところによると下級エリアで家と呼べるところに住めているのは片手で数えるくらいしかいないらしい。その1つにあの東南連合も入っている。東区代表の小塚玲央こづかれおは奴隷を従えていることからという2つ名が付いているそうだ。今頃こころは大丈夫だろうか?


「くそ、ダメか」


 やはり電話は繋がらない。


「ここにいたのか」


「剛、どうした?」


「いや、その、俺も外の空気を吸いたかったんだよ」


 剛が大きく深呼吸する。

 アジトの周りは木や植物が生い茂っていて空気が美味しい。まぁ気のせいかもしれないけど。


「里菜は?」


「ミナト君のことを見てるよ。なんか母親みたいだよね」


「そうだな。あのさ、剛は夢とかあるのか?」


 剛が俺の顔を見る。


「どうしたんだよ急に」


「普通に過ごしてたら高校卒業して大学行って就職してって流れだろ。その普通が無くなった訳じゃん。だから今、夢とかあるのかなって」


「うーん。本当は小学校の先生になりたかったんだけど、見た感じ新国家には学校が無さそうだよな。ミナト君を除けば全員高校生以上だし」


 剛がはははっと笑う。優しい剛に学校の先生はぴったりだ。心配性なところはあるけどその分、細かいところまで目が行き届くだろう。


「新国家での夢は、好きな人を近くで見守りたいってことかな。夢なのかわからないけど」


 剛の顔が少し緩む。


「誰だよ好きな人って?」


「えっ……り、里菜だよ」


「ちょっと何が里菜だよ、なの?」


「うわ!!」


 俺と剛の背後に里菜が立っていた。一体いつから聞いていたのだろうか。


「いやいや、なんでもないから。悪口とかじゃないから全然気にしなくて大丈夫だよ」


 剛が言葉に詰まらせながらも必死にその場を繋いだ。


「まぁいいわ。それより剛、早く部屋に来て! 虫が出たの! もう気持ち悪いったら」


「わかった。それじゃあ、はやとも気分転換が済んだら部屋に戻ってきなよ」


「おう」


 里菜に引かれるように剛がアジトに戻って行った。

 すると、ずっと鳴らなかったスマホがようやく鳴った。こころからだ。


『もしもしはやと』


「こころ、大丈夫か? 怪我とかないか?」


『うん。平気だよ』


「今どこにいるんだ? すぐに助けに行くから場所を……」


『大丈夫だから! 安心して、私は平気だよ。敵の隙をついて逃げれたから』


「俺たちはありすさんの好意でギルドのアジトに泊めてもらうことになったんだ。だからこころも」


『はやと……好きだよ。大好きだよ。はやとならきっとこの先も生き抜いていけると思う』


「こころ何を言って……」


『こんな姿の私をはやとは受け入れてくれない。だからねはやと。今までありがとう。最後に話せてよかった。ばいばい』


 電話が切られた。


「なんだよ。何があったんだよ」


 突然、彼女から別れの電話。そこら辺のカップルが別れるようなどこにでもあるような話ではなく一生の別れのような。もう2度と会うことができないとでも言うような。この電話はそんな雰囲気だった。

 命は無事で怪我もない。脱出にも成功したようだ。それなのになぜ?

 俺の掌から1番大切な存在がこぼれ落ちた。

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