第29話 動き出す影
ゲームが始まったが、クラスメイトに銃を向ける者は、1人もいなかった。
緊迫した状況も時間が経つにつれて徐々に解けていき、普段通りの日常会話をするようになった。
授業がない。休み時間だけの学校。いつもと違うのは、全員が拳銃を持っているということだ。
トイレに行く人が出始めた辺りから、教室の外に行く人も出てきた。
半田先生も文化祭の資料作成があると言って職員室に行った。何かあったらすぐに呼びに来ることと言っていた。
俺たちは、教室で雑談をしたりトランプをしながら時間を潰していた。
だが、何時間も自由時間があるとやることがなくなってくる。トランプもそう長くは続かず、1時間ちょっとで飽きてしまった。
雑談にしてもずっと話をしていればネタもなくなる。遊びに行った先だったら景色も変わるし、次々と何かが起こる。しかし、教室は景色が変わらなければ特に何かが起きる訳でもない。
変化すると言えば、窓から見える雲の形ぐらいだ。
夕方、俺たちは気分転換に校舎の外へ散歩に行くことにした。
的当てゲームのルールで学校の敷地外に行くことはできないが、私立松林高等学校は、そこらの高校の中でも大きい方だ。なにせ敷地に裏山があるくらいだ。
その反面、色々と設備が整っている分、学費が高い。
俺の家は、裕福ではないけれどそれなりの暮らしはできているので、なんとかお金は払えている。この学校は、公彦のようなお金持ちが多いのだ。
歩いている内に3つのグループに分かれていた。公彦と蓮と芽以が先頭を行き、その後ろを海斗と真緒。それを俺と志保、ありすが歩いて追っていた。
「なんかじっくり学校の周りを歩くってこともなかったね」
「そうだね。いつも学校が終わったらすぐどこかに遊びに行ってたもんね」
「よく見るとここもいいもんだな」
体育館とプールの横を通り裏山に向かった。
先頭の公彦たちは、もう登り始めている。
裏山と言ってもそんなに高さはないので15分もあれば頂上に着くだろう。自然の空気が美味しい。まだ、紅葉には少し早いのか葉の色が少ししか赤くなっていなかった。
でも、それもそれで綺麗だ。
「着いた!」
「おーい!」
ありすが手を振り、一足先に頂上に着いていたみんなのところに走って行った。みんなは、頂上にあるベンチで休憩をしていた。
「洋一君、綺麗だね」
「あぁ、本当だな」
志保が夕日を眺めていた。
もう少しで沈んでしまいそうな夕日が校舎を真っ赤に染めている。俺は、スマホを出して夕日を写真に撮った。
「何やってるの洋一?」
蓮がニコニコしながら近づいてきた。
「いや、記念に撮っておこうと思ってさ」
「どうせ撮るならみんなで撮ろうよ」
「いいね! みんなー、写真撮ろー!」
志保がベンチに座っている人を呼んだ。
夕日をバックに8人で4人ずつ前と後ろに並んだ。
「で、誰が撮るんだ?」
「あー、ごめんごめん」
「おいおい、コントやってるんじゃないんだから」
後ろに立っていた公彦がツッコミを入れる。
「じゃあ撮るねー。ハイ、チーズ!」
しゃがんでいた志保がシャッターを切った。撮れた写真を確認する。
「みんな写ってるけど夕日は撮れなかったね」
「まあでも全員撮れてるからいんじゃね」
「そうだな」
志保から写真を転送してもらっているとき、スマホが鳴った。
「あれっ? 志保もう1枚何か送った?」
「送ってないよ。だって私にもメール届いてるし」
メールは全員に届いていた。スマホの画面をタッチしてメールを開く。
【長窪綾、脱落。Aチーム残り11人】
自分の目を疑った。綾がどこにいたのかは、わからないが学校にいたのなら空雅もいたはずだ。
誰も殺さないって決めたばかりなのにどうして。
「綾が脱落? 死んだってことか?」
「わからない」
俺は、首を横に振る。
「誰がそんなことを……」
「みんな学校に戻ろう。学校で何か起きてるのかもしれない」
Bチームは、全員裏山にいた。もし、誰かが綾を撃ったのだとすればそれは、俺たちではない誰かだ。
急いで山を下り、学校に向かう。
教室に入ると武が誰かと電話をしていた。
「ちょっと待って。今、洋一が来た!」
武に代わってと言われ、スマホを渡された。電話越しの相手が誰だかわからないが電話に出た。
「もしもし」
『洋一か?』
「あぁ、空雅か」
『メール見たか?』
「うん。俺のチームは、全員読んだよ」
『なら話は早い。綾が誰かに殺された。頭を撃たれてて即死だ。スーツの男の人が外に運んで行ったよ』
「頭を……誰がやったかわかるか?」
『銃声がして駆け付けたんだけど犯人はいなかった』
「そうか。みんなを1回集めよう」
『そうだな。教室に戻るよ』
空雅と電話をしている最中、メールを見たのか何人かが教室に戻ってきていた。まだ戻って来ない人には、蓮と公彦が中心となって電話をかけて呼び出していた。
教室に人が集まりだし、少しして空雅も戻ってきた。
「詳しい話は全員揃ってから聞かせてくれ」
「わかった」
空雅と2人で黒板の前に立ち、全員が揃うのを待った。
綾が死んだことでみんなの表情が暗い。
「ねえ、まだなの?」
葵がスマホを見ながら聞いてきた。貧乏揺すりをしていて、イライラしているのが伝わってくる。
「連れてきたよ!」
芽以と志保が半田先生を連れて教室に入ってきた。
俺が先生を呼んでくるように2人に頼んでいたのだ。
「先生も何が起きたか知ってますよね?」
「はい。2人から聞きました」
半田先生は、先生用の席に座る。
「みんな聞いてくれ!」
みんなの視線を集めた俺は、空雅に頼むと言った。空雅が頷く。そして、落ち着いた口調で話し出した。
「綾に何があったのかみんなに説明しながら、俺自身も今回の件を整理していきたいと思う。あの時、校舎の中にいた人なら知ってると思うけど、夕方いきなり銃声が1発聞こえた。校舎の中でだ。それで、教室にいた何人かで音がした場所に向かっている途中、みんなのスマホにメールが届いた。あのメールだ。結論を言うと綾は死んでいた」
女子の何人かが手で顔を覆う。鼻をすする音も聞こえてきた。
「どこで綾は死んでたのよ!」
葵が机に手を付き、立ち上がって前のめりになった。葵がいつも一緒にいるグループに綾も入っていたのだ。葵が普段遊んでいたグループは、周りから見ても仲が良さそうだった。
「女子トイレの個室の中だ。酷かった。俺たちが音が聞こえた女子トイレの前まで行くと祥平が立っていたんだ。綾の第一発見者は祥平だ」
「じゃあ、何? 祥平が犯人ってこと?」
祥平は、誰とも目を合わせようとせず、窓から外の景色を見ていた。
夕日はもうすっかり落ちていて真っ暗だ。
「いや、祥平は犯人じゃない」
「なんでよ!」
「酷かったって言っただろ。綾の血が個室のドアに結構付いていたし、ドアの外にまで血が飛び散っていた。祥平が犯人だったら返り血を浴びていたはずだ。でも俺が駆け付けた時、祥平の服に血は付いていなかった」
「じゃあ誰よ綾を殺したのは! この中にいるんでしょ!」
葵が後ろを振り返り1人1人睨んでいく。
誰も葵と目を合わせようとしない。
「葵、やめろ。俺らは犯人を捜し出そうとしているんじゃない。事実をみんなに知って欲しかったんだ。それに犯人がこの中にいないと俺は信じたいけど、仮に犯人がこの中にいたとして、綾を殺したのは私です。なんて出てくるはずないだろ」
空雅の言う通りだ。犯人が仮にこの中にいたとして自分から出てくるはずがない。初めから出てくる気でいたらとっくに名乗り出ているはずだ。
「もーいや! こんなの!!」
「何か空雅の話していたこと以外に知ってることがある人いる?」
誰も口を開かなかった。
俺は、祥平のことを疑っていた。何を考えているかわからない。何か隠しているかもしれないような不気味なオーラが祥平から出ていた。いいや、考えすぎか。
「俺もまだ心の整理がついてないんだけど、とりあえずは1人にはならないように行動してくれ。夜の学校は、暗いから注意するように。本当に何があるかわからないからさ」
何もないはず、と思ってはいても実際にことが起こってしまっているから注意することが大切だ。
何もないではなく、何かあるかもしれないと考えて行動しないといけない。
俺は、みんなに注意を呼び掛けた。自分自身にも気をつけろ、と、言い聞かせるように。
夜が俺たちの心を不安にさせる。
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