見世物小屋の少女

  可哀想なはこの子に御坐いィ――

  親の因果が子に報いィ――

  生まれ出でたるこの姿ァ――……



 朗々と口上が響く闇のなか、山高帽を目深にかむる燕尾服姿の男は、骸骨のような指で燐寸マッチに火をつけた。

 その灯りが、見世物小屋の幕内を、幽かに照らしだしていく。

 かれの名は鳥兜とりかぶと坐長――その直ぐ傍で鎖に繋がれ力なく坐するのは、頭陀ずだ袋のような粗末な覆面をかむせられた、華奢な肢体のひとりの少女である。

「これまでにない客入りだ」

 安煙草を咥える鳥兜坐長は、紫煙じりにう云って嗤う。

「どんな気分だ? だれもがおまえのその奇怪な姿を、ひとめ観にきているのだよ――」

 哀れな少女は、答えない。覆面のなか、ただ苦しげな呼吸音を漏らすのみ。

 紅天狗べにてんぐ一坐――世にも奇怪な珍獣奇品を見世物にする、旅の一坐である。黒い服を着た芸人たちの陰気な行進は、葬列のようとも形容された。かれらがこの廃墟のようなバラック街で根城としたのは、嘗ての地下鉄の廃線跡。混凝土コンクリイトの階段を降りた闇の先、提灯や蝋燭、おどろおどろしい看板で飾られた、異様な雰囲気の仮設小屋――。

 斯様な非人道的な見世物は、当然きびしく法で禁止されている。紅天狗一坐は、無法の一坐だ。警察の手入れがある迄の、儚いひと幕。しかし、自分たちとは異質な、奇怪な者をみたがるのは、大衆のさがである。いつの時代とて、その惨酷な人間の習性は変わらない。

「わたしは、いつになったら故郷に帰れるの」

 覆面の下、少女は哀れを誘う声で問う。

「おまえに故郷なんて、もうないのだよ」

 鳥兜坐長の溜息が、白く凍りつき、軈て消えた。

「おまえの両親は、奇怪な姿の娘を持て余し、端した金でわしに売った。おまえの親は、儂なのだ。おまえの帰るき場所は、この見世物小屋けなのだ。おまえにはほかに、寄る辺などありはしない。さあ、幕が開くぞ――!」

 下っ端芸人のしきみが、獣じみた敏捷な動作で幕を開ける。

 客席には、大勢の影が詰めかけていた。これから始まる世にも珍奇な見世物への期待で、そのおおきな眼を爛々と輝かせて。

「さア、みなさん、お待ちかね」

 鳥兜坐長が声を上げる。

「これからお目にかけますのは、異国より連れてきた世にも奇怪な少女で御坐居ます。その哀れな境遇は、きくも泪、語るも泪。産み堕とされたその日から、地下室に閉じこめられ実の親から子守唄代わり、“おまえは村に大いなる災いをもたらす”――と、ただ然う云いきかされて育てられてきた。生まれつき、姿が普通じゃないと云う、唯其丈ただそれだけの理由で!」

「興業を中止しろ!」

 突如、客席後方から不穏な怒号が響いた。声の主は、青い制服を着た、屈竟くっきょう相な警官たちである。

「非人道的な見世物が行われていると通報があった! いますぐ幕を下ろすんだ!」

 もう嗅ぎつけてきたか――鳥兜坐長は舌を打ち、併し不敵にふんと鼻を鳴らす。

 幕はすでに開いたのだ。

 客席に輝く無数の好奇の眼を、塞げるものなら塞いでみろ――!

「不憫な彼女の名まえはアネモネ、世にも奇怪なその姿、篤とご覧あれ――!」

 厭がる少女の覆面を、鳥兜坐長は剥ぎとった――一瞬の静寂ののち、長く艶やかな髪が、流れるように垂れ堕ちる。

 嗚呼、労しいその姿。珍妙きわまるその姿態!

 観客たちが、一斉にどよめいた。

おどろいた。眼がふたつもあるぞ。口はひとつ」

「腕や足が、二本ずつしかないじゃないか!」

「肌が滑らかだ。まるで、大理石のよう。髪も絹のように艶がある――なんと珍しい見世物だろう。こんな奇妙な人間が、真逆まさかこの世にいるなんて!」

 観客たちは、口ぐちに叫んだ。かれらはみな「黒い冬」以後に生まれた若者たちである。四十四年前に起こった世界規模の核戦争のことを、かれらはらない。夥しい放射線の影響で、人類が連綿と受け継いできた遺伝子が無惨にもズタズタに傷つけられたことを識らない。

 だけどそれでも、かれらは本能的に理解した。嗚呼、なんと奇怪な少女――併し同時に、。自分たちよりも余分に持ち、一方で足りないけれど、それこそが奇跡のように美しい。初めて眼にするその面妖な姿が、狂おしいほど懐かしい――それは恰で、人を造りたもうた神の姿。

 嗚呼、嗚呼! そして神は自身に似せて、人を造りたもうた――

 悲鳴とも歓声ともつかぬ百千の咆哮のなか、少女は悲しげに呟いた。エキゾチックな相貌に輝く翠玉エメラルドのようなひとみに、大粒の泪を湛えながら。

「貴方はどうして、わたしをこんな処へ――どうしてわたしを、こんな目に」

「人類の過ちを、広く識らしめるためだ。『黒い冬』を引き起こした政府の罪は、隠蔽された。その真実を、暴くためだ。先祖返りとでも云う可きか――きみは奇跡的に生まれた最後の旧人類であり、生ける真実そのものなのだ。きみが望む望まざるに拘らず、きみの美しさが聖書のように人類を正しい方向に、ある可き方向に導くだろう。きみの存在は、人類全員の希望となる――そして、なにより」

 鳥兜坐長は山高帽を脱ぎ、膝をつく。

「アネモネ、儂はきみを心から愛している。嗚呼、世界で唯ひとり、きみ丈けが完全で美しいのだ――吾らの女神。人類の原型イデア

 鳥兜坐長のかおの中央にたったひとつ啓かれた巨きな眼が、少女を見上げる。年齢は二十歳にもならぬ筈なのに、その相貌、十三本も並ぶ指には、深い無数の皺が痛ましくきざまれていた。

 警官たちの怒号が響くなか、鳥兜坐長は少女の美しい手に、うやうやしげに口づけをした。

 客席では、枝が分かれるように生える無数の腕を振り上げ、怪物じみた観客たちの喝采が沸きあがる。

 その躰じゅう、いくつも啓いた無数の口から、狂ったように、断末魔のような怒号を吐き出しながら。

 混凝土コンクリイトの墓場のような、地下深い見世物小屋――そこにはいつまでも、いつまでも、嗚咽と祈りが絶えることなく、止むことなく、高く、高く、響き続ける。――(了)


2013年、原稿用紙換算7枚

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