見世物小屋の少女
可哀想なはこの子に御坐いィ――
親の因果が子に報いィ――
生まれ出でたるこの姿ァ――……
朗々と口上が響く闇のなか、山高帽を目深に
その灯りが、見世物小屋の幕内を、幽かに照らしだしていく。
かれの名は
「これまでにない客入りだ」
安煙草を咥える鳥兜坐長は、紫煙
「どんな気分だ? だれもがおまえのその奇怪な姿を、ひとめ観にきているのだよ――」
哀れな少女は、答えない。覆面のなか、
斯様な非人道的な見世物は、当然きびしく法で禁止されている。紅天狗一坐は、無法の一坐だ。警察の手入れがある迄の、儚いひと幕。
「わたしは、いつになったら故郷に帰れるの」
覆面の下、少女は哀れを誘う声で問う。
「おまえに故郷なんて、もうないのだよ」
鳥兜坐長の溜息が、白く凍りつき、軈て消えた。
「おまえの両親は、奇怪な姿の娘を持て余し、端した金で
下っ端芸人の
客席には、大勢の影が詰めかけていた。これから始まる世にも珍奇な見世物への期待で、その
「さア、みなさん、お待ちかね」
鳥兜坐長が声を上げる。
「これからお目にかけますのは、異国より連れてきた世にも奇怪な少女で御坐居ます。その哀れな境遇は、きくも泪、語るも泪。産み堕とされたその日から、地下室に閉じこめられ実の親から子守唄代わり、“おまえは村に大いなる災いをもたらす”――と、
「興業を中止しろ!」
突如、客席後方から不穏な怒号が響いた。声の主は、青い制服を着た、
「非人道的な見世物が行われていると通報があった! いますぐ幕を下ろすんだ!」
もう嗅ぎつけてきたか――鳥兜坐長は舌を打ち、併し不敵にふんと鼻を鳴らす。
幕はすでに開いたのだ。
客席に輝く無数の好奇の眼を、塞げるものなら塞いでみろ――!
「不憫な彼女の名まえはアネモネ、世にも奇怪なその姿、篤とご覧あれ――!」
厭がる少女の覆面を、鳥兜坐長は剥ぎとった――一瞬の静寂ののち、長く艶やかな髪が、流れるように垂れ堕ちる。
嗚呼、労しいその姿。珍妙きわまるその姿態!
観客たちが、一斉にどよめいた。
「
「腕や足が、二本
「肌が滑らかだ。
観客たちは、口ぐちに叫んだ。かれらはみな「黒い冬」以後に生まれた若者たちである。四十四年前に起こった世界規模の核戦争のことを、かれらは
だけどそれでも、かれらは本能的に理解した。嗚呼、なんと奇怪な少女――併し同時に、なんと彼女は美しいのか。自分たちよりも余分に持ち、一方で足りないけれど、それこそが奇跡のように美しい。初めて眼にするその面妖な姿が、狂おしいほど懐かしい――それは恰で、人を造りたもうた神の姿。
嗚呼、嗚呼! そして神は自身に似せて、人を造りたもうた――筈ではなかったか!
悲鳴とも歓声ともつかぬ百千の咆哮のなか、少女は悲しげに呟いた。エキゾチックな相貌に輝く
「貴方はどうして、わたしをこんな処へ――どうしてわたしを、こんな目に」
「人類の過ちを、広く識らしめるためだ。『黒い冬』を引き起こした政府の罪は、隠蔽された。その真実を、暴くためだ。先祖返りとでも云う可きか――きみは奇跡的に生まれた最後の旧人類であり、生ける真実そのものなのだ。きみが望む望まざるに拘らず、きみの美しさが聖書のように人類を正しい方向に、ある可き方向に導くだろう。きみの存在は、人類全員の希望となる――そして、なにより」
鳥兜坐長は山高帽を脱ぎ、膝をつく。
「アネモネ、儂はきみを心から愛している。嗚呼、世界で唯ひとり、きみ丈けが完全で美しいのだ――吾らの女神。人類の
鳥兜坐長の
警官たちの怒号が響くなか、鳥兜坐長は少女のたった五本しか指のない美しい手に、うやうやしげに口づけをした。
客席では、枝が分かれるように生える無数の腕を振り上げ、怪物じみた観客たちの喝采が沸きあがる。
その躰じゅう、いくつも啓いた無数の口から、狂ったように、断末魔のような怒号を吐き出しながら。
2013年、原稿用紙換算7枚
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます