最後の提案

八子禅

第一章 博士

第1話 博士と呼んでくれ

 人工知能が、より身近になった20xx年。


 一家に一台、特にネコ型ではないロボットが、家事や日常生活のサポートをするのが当たり前になっている。

 彼等(彼女等)は、人間の文化的な生活を支える為には必要不可欠な存在になっていて、僕らはその恩恵を受け、生活をしている。


 人工知能の技術が飛躍的に進歩した頃、人間の尊厳を護れだの何だのと、一部の熱い方々が、デモなどをして大袈裟に拳を突き上げ、騒いでいたのも昔の話。


 現在は、実に精巧な人型のアンドロイドが、町の一部にすっかりと馴染み、違和感もなく溶け込んでいる。


 なんせ、彼等は優秀過ぎる。メンテナンスにかかる費用も、あるチップの開発によって軽減されて、僕らのような一般庶民にも親しみやすいお値段で提供されている。使わない人はいない。


 携帯電話が爆発的に普及した2000年代初頭を思わせる、爆買い即買いの機運からは落ち着いて、現在は一家に数人もざら、生産台数は年間数億体、とも言われ、元々は軍需産業の片隅に置かれた、人工兵士計画の恩恵とは思えないほどに、彼等はそれまでの生活を一変されてくれた。


 ユーザーが任意で設定できる詳細な約束事を、彼等(彼女等)は、遺漏なく遵守する。自由を与えたければ、その枷を外せばいい。


 彼等(彼女等)は、不満を表に出さない。ワガママを言っていい、という設定もあるようだが、そんなものを解除するヤツは、それが愉しいと思える人なのだろうから、それは好みの問題で、ほとんどのユーザーは、従順な態度を好んでいる


「好海様、お話なら、後にしていただけませんか」


 このみ、という自分の名前が、女の子っぽいという理由で、随分からかわれた。


「お洗濯の続きが、まだ残っているのですが」


 ボクの前に、ちんまりと座っている少女がいる。二人いる妹の趣味で、やたらとフリルがついた服を着せられている少女型アンドロイドだ。


 旧式ではある。メンテも難しく、稼働してから十年以上も経過して、次世代型とは格段に性能が劣る、と言われているシリーズ『フロイラインF』シリーズのハイエンドモデル。欧米で発売され、人気を博したシリーズではあるが、ネット界隈が色めき立つ様々な欠陥が続き、登場からわずか三年で、新型の『フラウA』に変わった、曰く付きのモデルである。


 我が国山家に、新しいアンドロイドが入ってくる事は、決まっている。

 この旧式モデル『フロイライン』の、稼働限界が、迫っているからだ。

 通常、アンドロイドは十年を目安に買い換えられる事が多い。精密部品が多く、日進月歩で開発が進められている昨今、発売から数年も経てば、半額以下に価格が下がる、代謝の激しい業界でもあるのだ。


 だが、人型である以上、『愛着』の度合いが、他の家電や道具、ペットなどに比べてかなり繊細、デリケートなのも事実。

 その手の問題が揉めて、年に何件か、大きな訴訟問題になったりしている。


 だからなのか、大抵のメーカーは、同じ容姿の改良型を発売する事が多い。蓄積されたデータは引き継がれるし、それなら新しい服に替えた同一人物、言葉の意味合いとして正しいかどうかはわからないが、とにかく違和感はないし、作動も良好で、最近のモデルの稼働年数は確実に伸びている。旧モデルにあった、人間らしい失敗をする『欠陥』の方が、より親しみやすいと思う愛好家も多いが、ミスをそのまま残す、という事は、開発者としては面白くはないようだ。


「洗濯なんて、後でいいさ。それより、ボクの話をよく聞いて」

「よく聞く、という機能は備わっておりません。私は、設定された音量で、好海様の声を拾いますので」

「……気持ちの問題だよ」

「気持ちがあれば声が鮮明になるのですか。理解不能。学習します」


 彼女の頭の中で、軽い稼働音がする。

 新しい命令や、記録を更新する時には、かなり大きな音がする。

 昔は、気にならなかったこの音が、ボクは凄く嫌になっている。 


「我が家に新しい家族が加わる。君にも話はしたでしょ」

「理解可能。私のモデルでは、お役に立てなくなる、という事なのでしょう」

「理解しないで欲しい。ボクは、そんな事して欲しくない」

「理解不能。御主人様は、すでに私の廃棄を決定されています」


 彼女には優先順位がある。ボクの父が第一位で、母が二位だ。

 ボクと二人の妹は、三位。祖父母は同居していないが、親戚関係が四位。

 ボクの父親は、彼女を製品化した欧米メーカーの、日本支社に勤めている。詳しい話はよく聞いていないけれど、アンドロイドの社会進出を決定的なものにした、例のチップの開発に、加わっていたらしい。


「君に、いなくなって欲しくないんだ」

「理解可能。私も、好海様とお別れしたくはありません」

「そうだ。ボクは君と、別れたくない」


 深い群青色の髪に、同色の意思の強い相貌。薄く赤みのある唇。

 アンドロイドの開発に関わった人間は、本当に罪深い。これが、もっと機械色の強い、無骨なデザインだったら、これほど心を絞りこまれる事もなかったのに。


 優美、という言葉がぴったりと当てはまる。

 父は、頑なに彼女に名前を与えなかった。 それには母も同調している。

 子供のボクと妹達は、両親の前ではあまり使わないが、きちんと彼女に名前をつけた。フロイライン。当時、ボクらはまだ子供だった。ただ、花の名前っぽいよね、と三人とも思ったのだ。だから……。


「花、君はまだ枯れていないんだ」


 外見は、十代の少女である。

 子供だったボク達に会わせて、同じモデルでも特に若い、『少女』タイプを選んでいる。欧米ではあまり人気がなく、アジア圏での人気が強い。

 『フロイライン』シリーズを例にとることもなく、各モデルには、『少女』『淑女』『老婦人』タイプがある。男性なら『少年』『紳士』『老紳士』。

 世代によって、年齢を同世代タイプにしたい、という要望があり、中には年齢を細かく指定する客もいる。

 モデルを買い換える口実にもなるし、自分が年をとって、長年連れ添ったアンドロイドの容姿が変わらない、という事に気持ちが落ち込む、という事もあるみたいだ。


 確かに、彼女のモデルは、既に生産が止まっている。

 このまま、ボクがおじいちゃんになっても、彼女が若いまま、というのはなかなかにきついものがあるな、と思う。

 

「私は枯れません。壊れるだけです、好海様」


 花の人間らしい部分は、父の意向で随分と削られている。


「君のパーツを、ボクが交換する」

「それは無理です。感電する怖れあり。許可できません」

 胸の少し下にある、メンテナンス用ハッチに、ボクは手を伸ばす。


「服を脱いで。ボクの事は、博士とでも呼んでくれ」


 事前に、父の書斎から、難しい専門書を何冊か借りてきた。

 パーツの素材は、色々とアテがある。

 父の知り合いというか、叔父さんが、ジャンクパーツ屋をやっているのだ。

 必要な部品を知りたいから、写真をいくつか撮ってきて欲しい、とお願いされている。


「さあ、ボクに任せるんだ。ボクがきっと君を、救ってみせる……!」


 花の服に手をかけるボク。

 許可できません、と抵抗する花が、胸元を押さえて後じさる。

 四つん這いで追うボク。花の頭の中から、キュンキュンキュン、と忙しない稼働音が鳴った。初めての事態に、理解が追いついていないのだ。


「……兄貴、何してんのさ」

「うわあ、ついにここまで来ちゃったか……」


 ボクの双子の妹が、少しだけ開いた部屋のドアから、中の様子を伺っていた。

   

「お母さーん! 兄貴がたいへーん!」

 双子の姉、美湖みこが面白がって階下にいる母に告げ口した。

「お兄、とりあえず手、離せな?」

 双子の妹、いずみが、冷たい笑顔でボクの手首を掴む。


「現行犯ーーーーっ!」


 二人が同時に叫ぶ。「逮捕ーーーー!」



  

   

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