シューゴくんは浮いている

小高つみき

プロローグ



「よろしくね、凪月ちゃん」


そう言うと、舟吾はにっこりと微笑んでみせた。

凪月は慌てて目を反らし、軽く頭を下げる。


「ど、どうも」


彼は紺色のポロシャツにスリムな黒のパンツというシックな装いがよく似合っている。


凪月は今さっき超特急で着替えた自分のコーディネイトが正解だったか、少し不安になる。


「どうぞ、座って。双葉、紅茶を淹れてくれる?」


雪子の言葉に、双葉はパタパタと台所に向かい、舟吾は雪子の隣に腰掛けた。凪月もそそくさと椅子に座る。隣に居た姉の双葉が居なくなり、凪月は心細くなる。気まずい。一緒に台所に向かえば良かった。



「舟吾くんはもう16になってるのよね。凪月と同学年だけど」


「はい。誕生日4月なので。ちょこっとだけお兄さんです」


メガネの奥から投げかけられる舟吾の優しげな視線に、凪月も一瞬、顔がほころんだ。

堂々としていて、落ち着きがある。とても同級生とは思えない。それにひきかえ、気の効いた事を何も言えずただ固まっている自分がひどくガキっぽいような気がしてきて、凪月は少し恥ずかしくなった。


おかしい。ここは住み慣れた我が家のダイニング。

舟吾の方が今日初めてここに招かれた、いわば「アウェイな状態」であるはずなのに、彼はごく自然に母の隣に座り、ごく自然に談笑している。

どう見てもアウェイなのは私だ。


そう思うと、ほころんだ表情もあっという間に消えた。




「高校生で一人暮らしだなんて大変ねぇ……大丈夫?」


「ええ、自分なりに、やってみようと思います。それに……」



舟吾は凪月の目をまっすぐに見つめた。




「これから凪月ちゃんと同じ高校に通えるのが、ホント楽しみで」



凪月は急激に顔が熱くなるのを感じた。すかさず下を向いてサイドの髪を垂らし、顔を隠す。



なんか馴れ馴れしくない?初対面で……



そう心で毒づいてみたが、本当はそんな事どうでもよかった。そんな事よりただただ気恥ずかしくて、この場から逃げたかった。


視界の隅にちらつく雪子の、『ふふふ、娘もお年頃ね……』とでも言いたげな微笑みが気に食わず、凪月は雪子を睨みつける。


しかし雪子はそんな凪月の心中を察する気配はなく、まるで見合いを取り持つ母親のような立ち位置でせっせと場を温めようとしている。おいおい、と凪月はうんざりする。




あーあ……お姉ちゃん早く戻ってこないかなあ……




凪月はそんな事を考えながら、なかなかクールダウンしない頬の熱をどうにかしたくて、手に取ったリモコンで冷房の温度を一度下げたのだった。

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