人よりも、人らしく。
人間為替市場の崩壊後、ハンダウクルクスは大いに荒れた。
都市運営の根幹であった人間為替が潰れたということで、市民達の生活も大きく変わらざるを得なくなったからだ。
人間株に投資していた人々は、財産の大半を失い、破産した者も少なくない。
都市の雰囲気や治安も、以前より殺伐とした空気に包まれ、人々は皆元の生活を取り戻すことに必死になっていた。
破産し泣き叫ぶ声に、どうにか儲けを取り戻そうと躍起になる商売人の声。
悲壮感の中にも活気がある、声の大きさだけでは以前よりも大きい、そんな喧騒だった。
そんな喧騒の中、一人の男の子が道端でつまずいて泣いていた。
「……ねぇ、ウェイル。あの子……」
以前ならばこんな時、道行く住人達は我先にと手を差し伸べていただろう。
しかし都市を状態を元に戻そうと忙しなく働く住民達に、道で転んだ子供に声を掛ける余裕なんてどこにもなかった。
泣き叫ぶ男の子。
そんな男の子を、面倒臭そうに睨む、冷たい視線の大人達。
「……なんだか変な気分だよ。たった数日前までは、ここは優しい人ばっかりだったのに」
それが今や、なんと冷たいことだろうか。
落胆しているフレスに、ウェイルが言う。
「恐怖によって強いられた親切なんざ、本当の親切とは言わないさ」
「そうだけどさ。なんか複雑だよ……」
「……まあ、そうだな……」
この状況だけみると、人間為替制度という人から監視されるシステムというのは、案外悪くない物だったのかも知れないと、ウェイルは考えてしまう。
「でも、これが普通なんだよな」
人間が暖かく接するのは、それこそ自分と家族、知り合いだけだ。
多くの人間は、およそ自分と関わりのない相手のことなどどうでもいいと考える。
「さみしいね」
「まあな……」
泣き止む気配のない男の子。
フレスが堪えきれず彼の元へ走る。
フレスはあたふたしつつも、男の子を宥め、何とか笑顔を取り戻させると、近くにいた治安局員に男の子を預けて戻ってきた。
「あの子、親とはぐれて、怖かったんだって。そこで転んだものだから、泣いちゃったんだね」
「……そうか。フレス、お前はやっぱり良い奴だよな」
「ボク、龍だから。人間の普通ってよく判らないだけだよ」
困っている人がいれば助けてあげる。
人間はそれが当たり前だと、誰もが口にする。
それでも、実際に行動できる人間は少ない。
だからこそウェイルはフレスのことが凄い奴に見えた。
「フレスは人間よりも人間らしいさ」
そんな親切で優しいフレスが弟子であることを、誇りに思えた一瞬だった。
――●○●○●○――
二人はハンダウクルクスから離れて、今は汽車の中。
実はあの後、二人はピリアと再会していた。
「お二人共、ルイのこと、本当にありがとうございました」
「気にするな。これが俺達の仕事だからな。それよりもルイの奴、ハンダウクルクスで普通に生活することが出来るようになるらしいぞ。良かったな」
「本当ですか!? ……はい……!!」
「ピリアさん! 身体だけは大切にしてね! もう無理しちゃだめだよ?」
「ウフフ、はい、判ってますよ! えっと、それと……すみません、ウェイルさん。私、報酬の方は今すぐには用意出来ないんです……」
「この都市がこんな状況なんだ。判ってるよ。だけど俺達は報酬を貰っているからな。だから気にしないでくれ」
「……えっ!?」
「ルクセンクも、まだ人間としての良心はあったのかもしれないな。自分が逮捕されると判ってからは、治安局に押収されることを恐れてかコレクションの時計を全て俺に譲ってくれたんだよ。俺としては預かったという気持ちなんだがな。ルクセンクは言っていた。奴隷にした連中には済まないことをしたと。せめてもの罪滅ぼしに、時計を売った金を彼らに渡してくれ、とな」
「……とても信じられません……」
「俺もそうだったんだがな。実はルクセンクを軟禁している間、奴からは色々な事を聞いたんだ。ルクセンクは昔、ハンダウクルクスでゴロツキに恋人を殺されたことがあったんだそうな。それ以来、そういうゴロツキや犯罪者のことを過剰に恨むようになってしまったそうだ。人間為替市場も、最初はそういう迷惑な連中を取り締まるために作ったものらしい。奴隷商売は人間為替を維持するための資金が不足した時に、やってみないかと声を掛けられて、手を染めてしまったのだと。誰に声を掛けられたかは最後まで言わなかったけどな」
「恋人が、ですか……」
「どんな事情があろうと奴のしたことは許されることではないけどな。それでも俺はその理由を聞いたからこそ、時計を受け取り、ルクセンクの頼みを聞いてやろうと思ったわけだ。他の時計は全部都市や地下スラムに住んでいた者に寄付してきて、残ったのはこの永久時計だけだ。これはピリアに渡そうと思っていたんだが、鑑定料のことを思い出してね。こいつはこのまま貰うことにするよ」
「それは一向に構わないんですが……。そうですか……。ルクセンクが……」
「それじゃ俺達は行くよ。達者でな」
「はい! またハンダウクルクスへ遊びに来てください! ルイと一緒に歓迎しますから!」
こういうやり取りがあったのだ。
ルクセンクにも事情があったことをピリアに告げると、彼女は神妙な顔をしていた。
――●○●○●○――
「フレス。ついにプロ鑑定士試験まで、一か月を切った」
「な、なんですとーーーー!?」
色々とあって忘れていたが、フレスが受験するプロ鑑定士試験の日程が間近に迫っていた。
「さて、フレス。この永久時計の動力は何だと思う?」
手に入れたばかりの永久時計を出して、フレスに問題を出す。
「う~~ん。確かウェイルが言ってたのは……金属の伸縮!?」
「惜しいがハズレだな。正解は空気の伸縮だ」
「むぅ。難しいよ……」
「永久時計について出る保証はしないが、アトモスという名前は出てくる可能性がある。覚えとけよ?」
「うう……。ボク、覚えきれるかなぁ……?」
「寝る暇はないと思え」
「いやあああああああ!!」
涙目になったフレスの悲鳴が、汽車内にこだましたのだった。
――深夜。
走る汽車の揺れに起こされたフレスは、大きく背伸びをすると、窓の外を見た。
「うう……。まだ暗い……。寝よ……」
毛布を被ろうとしたフレスだったが、ふとあることを思い出した。
「……そういえばあの音、なんだったんだろう……?」
深夜のハンダウクルクス駅で聞いた、謎の音。
結局音の正体が判ることはなかった。
「……うみゅうぅぅ……まあいいかぁ……」
どうせ考えたところで判らない。
切り替えの早いフレスは、またしてもウェイルの隣に移動すると、同じ毛布に包まり、寄り添うように眠り始めたのだった。
マリアステルへ戻る汽車は走り続ける。
『プロ鑑定士試験 第一次試験』は、もう間も無く始まる。
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