またいつか
空前絶後の大暴落を味わった住人達は、もはや誰一人として人間為替に対する興味が消え失せていた。
この制度自体を作り上げたルクセンクが死んだのだ。
制度の撤廃を主張する住民達も少しずつ出てきていた。
そんなところへ押し寄せて来たのが治安局とプロ鑑定士協会。
これがまさにトドメとなり、為替市場は完全に沈黙。制圧には何の苦労もなかった。
この日、人間為替市場は正式に、完全崩壊と至ったわけだ。
ようやく地下から脱出してきた警備隊の連中も、何故か大勢いる治安局の姿に驚き、なす術なく拘束された。
尋問には素直に応じ、これまでハンダウクルクスで何が行われてきたかなど、機密情報含め何もかも治安局にあっさりと自供したそうだ。
彼らの自供により明らかになった違法な制度の数々を受けて、これらがまたも再発しないようにと治安局はハンダウクルクスに支部を置くことを決定した。
もはやルクセンクのことを気にかける者はどこにもいない。
何せ無価値の人間に成り果てたのだから。
ウェイルの目的は、ルクセンクを軟禁することでピリアが吹聴してまわった噂を、より真実に近づけることである。
その目論見も上手く事が運び、死亡説が流布する中、治安局はルクセンクの身柄の捜索を開始した。
――ルクセンク邸前――
「おらおらーー!! 誰よりも先に私達がルクセンクを見つけるんじゃーー!! 全ては私の出世のため!! 判ったか、お前らーー!!」
「「「すごくよく判りました、ステイリィ上官!!」」」
毎度お馴染みステイリィもこの都市へ乗り込んでいて、今まさにルクセンク邸へと突撃を開始しようとしていた時でだった。
「上官、ルクセンク邸から誰か出てきます!!」
「一体誰だ!?」
「よお、やっぱりステイリィか。こいつがルクセンクだ。持ってけ」
三日前までこの都市に君臨する暴君であった面影は一切なく、深く項垂れるばかりのルクセンクを連れて、館からウェイルが姿を現した。
「おっ! 気が利くねぇ! これで更なる出世も間違いなーし!! ――って、ウェ、ウェイルさん!? どうしてここに!?!?」
あんぐりと口を開いて驚くステイリィの顔は何ともマヌケなアホ面で、とても面白かった。
「しかもルクセンク持っとる!? どういうこと!?」
「そりゃ俺が逮捕してたからな」
「そういえば告発人が持ってきた書類にウェイルさんの名前があったって話を聞いていたんですが、あれってガチだったんですね……。まーた事件に巻き込まれたんですね」
「まあそういうことになるな。別に好きで巻き込まれたわけじゃないぞ」
「それにしたって色々と巻き込まれ過ぎですよ。こりゃ何かに憑りつかれてますよ、絶対。例えば青い髪をしたブッサイクな弟子とかに」
「ちょ!? ボク全部聞こえてるよ!? 陰口は本人のいないところで言ってよ!?」
「ち、やっぱりいやがったか」
「いちゃ悪いの!?」
もはや見慣れたステイリィとフレスのいがみ合いに、思わす笑いが込み上げてくるも必死に堪える。
「なぁ、ステイリィ。今回の事件を告発した奴はどうなった?」
この事件を外へ告発したのはルイである。
ルイはその後どうなったのか。
このことはウェイルにとってかなりの気がかりだった。
「彼ですか? 彼は貴重な告発者ですので、治安局が総力を挙げて警護していますよ。何でも彼自身も人間為替制度の被害者なそうで。調書を取り次第、再びこの都市で暮らせるように手配すると思います」
「……そうか」
それを聞いて胸を撫で下ろす。
「ウェイル、ルイさんはピリアさんと一緒に暮らせるの?」
「そういうことになるな」
「そっかぁ! よかったね!」
「そうだな」
ようやくルクセンクによって引き裂かれた二人が、一緒に暮らすことが出来るようになった。
これだけでもピリアの依頼を引き受けて良かったとも思える。
こんな性格だからこそ色々と巻き込まれてしまうんだろうなと自分自身に苦笑した。
「それではウェイルさん! 私はこれにて退散いたします!! うっしゃああああああああああ! 何も苦労もなく手柄をゲット!! お前ら! 喜べ! 大いに喜べ!!」
「「「上官! おめでとうございます!!」」」
「さっさと帰って宴じゃああああああ!!」
「「「うおおおおおおおおお!! 今日は上官の奢りですね!!」」」
「いや、奢らんけど」
「「「うおおおおおおおおおお!!」」」
「いやいや、叫んでも奢らないよ!?」
「アホだな」
「アホだね」
賑やかにルクセンクを連行するステイリィ達を、二人は冷めた目で見送った。
彼らが連行していくルクセンクの後姿だけが酷く印象的だった。
「……ルクセンクも、昔は人を信じることが出来たんだろうな……」
「そうだね」
ボソリと呟くウェイルの手を、フレスはそっと握ったのだった。
――●○●○●○――
ルクセンクをステイリィに託した二人は、改めてハンダウクルクスを見回っていく。
あちこちで飛び交う、奴隷達の歓声や、破産を嘆く慟哭。
人間為替市場の崩壊がこの都市に与えた影響を、崩壊させた張本人として肌で感じたかったのだ。
喜びの声は安堵をもたらすが、破産によって泣き叫ぶ声はグサリと胸に突き刺さる。
それでもウェイルは耐えなければならない。
それこそが『背負う覚悟』だと自分自身を戒めた。
全身が責任の重責に苦しむ中、ただ一か所暖かい所があった。
フレスの握る手だけは、とても暖かく、その温もりは救いに思えた。
二人はしばし無言で、ただひたすらに混乱する都市の様子を見て回った。
その後、二人は戦友である
団員の何人かと再会し、互いの無事を確認し合うことが出来たが、『無価値の団』幹部三人の姿だけは見つけることは出来なかった。
「あいつ等、やっぱり逃げたようだな」
「たっくさん暴れていたもんね」
「少しやりすぎなほどにな」
「でも怪我人は出さなかったんだって」
「なんだかんだであいつ等は優しかったのさ」
ルクセンクの館の窓から、彼らの暴走を見ていた二人は、クスリと互いに笑いあう。
例え作戦とはいえ、あまりにも暴れすぎだ。
間違いなく顔を見られているだろうし、もしかしたら明日にでも手配書が出回るかもしれない。
そそくさと逃げたと見て間違いないだろう。
「あの三人、また会えるかな?」
「……出来ればあまり会いたくはないけどな」
「うう……、それは確かに……」
そして二人は最後に人間為替市場へと訪れていた。
会場の周囲は治安局員が取り囲み、内部にはプロ鑑定士協会が調査の為入っていた。
警備する治安局員の一人に声を掛ける。
「プロ鑑定士のウェイルだ。この事件の関係者として、色々と話がある」
すぐに中に通され、調査中のプロ鑑定士協会に事件の真相を全て伝える。
その情報はすぐさまサグマールのところへ向かうことだろう。
聞けば彼がここの制圧を指揮したそうだ。
また協会側の話によると、この人間為替市場はこれから普通の為替市場として経営をプロ鑑定士協会主導で行っていくことが決定したとのこと。
一通りの報告を終えると、二人は例の掲示板がたくさん置いてある会場へと再び足を踏み入れた。
荒れ果てた掲示板。
怒り狂った人々が破ったと思わしき、ルクセンクの相場チャートグラフ。
破られていくつかの破片になったそれを集めて元のグラフを見た。
そこには、『無価値の団』の作戦開始以降の、ルクセンクの相場推移が描かれていた。
「こいつは面白い推移の仕方だな」
「まさに急降下だね」
実際の株式ではないためストップ安などもなく、ただ地の底へ向かって一直線のチャートに、思わず笑ってしまう。
そして二人は自分達の値段を見た。
「やっぱりゼロだね」
「……だな」
二人は互いに株を全て所有しあった。
この都市では互いは互いの所有物であったわけだ。
したがって価値は付かない。
しかし人間為替市場の崩壊により、二人はもう互いに縛られる関係ではなくなった。
「……これでお前との婚約も破棄されたわけだ」
人間為替市場が崩壊したということは、互いの価値を持ち合うといった行動も全て無に帰したわけだ。
「……そう、だね……」
そう呟くフレスはどこか寂しげだった。
そんなフレスの頭を、無言でウェイルは撫でてやる。
「……まあ、またいつか、な……」
ポツリと呟いた一言。
「え? 何? 何か言ったの?」
「いや、なんでもないさ」
ウェイルはフレスから顔を背けて、一人でズンズン外へ向かって歩き出した。
「ちょっと、ウェイルってば!」
「何も言ってない!」
ウェイルの顔は真っ赤に染まっていて、それを見られるのだけは師匠としてプライドが許さなかった。
「ウェイル~~!! 待ってよ~~~~!!」
「ええい! くっついてくるな!」
甲斐甲斐しくついてくるフレスを背に走りだすウェイル。
フレスはそんなウェイルを笑顔で追いかけた。
(……ボクも、またいつか、ね……♪)
ウェイルはフレスが地獄耳だということを、この時失念していた。
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