背負う覚悟

「き、貴様ら、一体どうやってここに!?」


 突如として姿を現したウェイル達二人に慄き、声が裏返るルクセンク。

 近くに置いてあった護身用の長剣を抜き放つと、その刃先をウェイルへ向けた。


「地下スラムに隠れていたんじゃないのか!?」

「少し前まではな。だがいつまでもいるとは限らないだろう?」

「派遣した警備隊の連中はどうなった!?」

「少しの間、監禁させてもらった。なぁに、心配しなくても死にはしないさ。水と食料を置いてきているし、二、三日で勝手に脱出できるようになる。ま、お前さんは心配なぞしてはいないだろうけどな?」


 ルクセンクは久々に恐怖という感情を味わっていた。

 自分より遥かに若い、この鑑定士の底知れない実力に。

 まさか常に強者の立場であった自分が、誰かより見下されよう日が来るとは。

 恐怖と同時に怒りも込み上げてくる。


「貴様、何が目的だ? 金か?」

「金が目的ならアンタに楯突くより媚びた方がよっぽど儲かるだろ? それに俺はプロ鑑定士だ。金には基本的に困らないさ。俺達の目的はただ一つ。この都市最大の癌である人間為替制度の撤廃だ」

「ねぇねぇ、ルクセンクさん、この制度、廃止にしようよ! みんな窮屈な思いをしているだけだよ?」

「ふざけてるのか!?」


 フレスの妙に軽い口調に、ルクセンクが怒りを爆発させる。


「この人間為替制度はワシが作り上げた史上最高の管理システムなんだよ! 見ただろう? この都市の住人達を! この制度があるからこそ、誰もが品行方正な素晴らしい人間になっている。親切で有名な都市にもなっている! この制度のどこが癌なのだ!?」

「言うまでもないだろう? ピリアみたいな奴隷が生まれてくることさ」

「奴隷だと!? フン、価値の無い人間など奴隷で上等ではないか。それとも何か? お前は人を殺したような重犯罪者に、人間としての価値があると思っているのか!?」

「さてな。確かに重犯罪者はしかるべき処分が取られるべきだとは思う。だが価値ともなると判らないな。何せ人に価値をつけようなんざ考えたことがない」

「ボクに言わせると、みんな同じ人間なんだから何がどう違うのか判らないよ?」

「それはお前達が人間の本質を見抜いていないだけだ! 人にはゴミはどうしてもゴミ、クズがどう更生しようとも、結局クズなのだ! 生きる価値のない人間はいる! それが何故判らない!?」

「判るわけがないだろう? 人の価値を決めるのはお前でも、はたまた鑑定士でもない。自分自身だと俺は思うけどな」


 意見の食い違いに、ルクセンクの目は血走っていた。


「……そうか。まあ、貴様の意見などどうでもいい。この都市ではワシが絶対なのだ。この都市の秘密を知ってしまったお前達を無事に帰すことは出来ない。その意味は判るな?」


 長剣をブンと振り、再び切っ先をウェイルへと向けた。

 だがウェイルはそんなことお構いなしにと、部屋に飾られた永久時計の前に行く。


「……うん。やはり美しい時計だ。正確に、確実に、無慈悲に、そして優しく時を刻んでくれる」


 見る者全てが虜になる。

 そうに違いないと思ってしまうほど美しい、アトモスの永久時計。


「なぁ、ルクセンク。時計は何故に美しいのだと思う?」

「時計、だと……?」


 突如時計の話を持ち出すウェイルに、ルクセンクは戸惑いを隠せない。


「俺はこう思うんだよ。一つ一つの歯車が、それこそ無駄な歯車なんて一つもないこれらが、奇跡的に噛み合い、永久に時を刻み続ける。これってさ。人間社会と同じだとは思わないか?」

「…………」


 ルクセンクに返す言葉はなかった。

 不覚にも、その通りかもしれないと思ってしまったからだ。


「この歯車、どれか一つでも欠けてしまえば、この時計は使い物にならない。全て揃って価値があるんだ。それはこの都市も同じだと俺は思う」

「……確かに、時計の美しさはそこにあるのかも知れない」


 ルクセンクは相当なコレクターだ。

 時計のことになると、どんな状況であれ自分の美的センスに嘘は付けない。


「鑑定士よ。お前の言うことはもっともだ。だがな」


 ルクセンクは、剣を握る力を強くする。そして。


「やはり時計と人間は違う! 人間はクズが多すぎるのだ! だから日々何かに怯えることで真っ当に生きていくしかない!! そうするべきなのだ!!」


 ルクセンクが剣を振う。

 ウェイルに向かって一直線に、刃を振り下ろした。


「駄目だよ」

「…………グッ!」 


 剣は宙を舞っていた。

 ウェイルに刃が届く前に、フレスが手から魔力を放出させ、剣を弾いたのだ。

 剣が落ちて、金属音だけが部屋に響いた。


 ――いや、実はもう一つ音があった。


「ルクセンク。アンタがどういう考えでこの制度を作り上げたのかは知らない。だけどな。俺はプロ鑑定士として奴隷貿易の温床となっているこの制度を認めるわけにはいかない。残念だがルクセンク、アンタを逮捕する。治安局が来るまで、ここで監禁させてもらう」

「バカ言うな! ワシはこの都市の都市長だぞ!? 一鑑定士がどうにか出来るような相手ではないのだ! それにワシの価値は凄まじい。そんなワシに手を出してみろ! ワシの株を持っていた者は全員破産だ! 鑑定士よ! お前はその若すぎる背中に、破産する人間全員から恨まれる覚悟はあるのか!? 重荷を背負うことは出来るのか!?」


 ルクセンクが再び剣を拾い、ウェイルへと向かってくる。

 ウェイルは軽々と剣を避け、ルクセンクの胸元に飛び込んで、耳打ちした。


「――当然だ」


 それと同時に鳩尾へ拳を叩きこむ。

 息が出来なくなり気絶するルクセンク。

 そんな哀れな支配者を見て、ウェイルは呟いた。


「俺は別に恨まれてもいいのさ。それが仕事だからな。たった一人や二人でいいんだ。俺のことを本気で信頼してくれる仲間がいればな。それだけで、どんなことでも背負える覚悟が出来るんだよ」


 チラリとフレスを一瞥すると、フレスは少しばかり頬を染めて照れていた。

 部屋に残されたもう一つの音。

 優しく時を刻む時計の音だけが、悲しく響き渡っていた。

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