盗賊の襲来

「おい、警備隊からの連絡はまだか?」

「未だ連絡はありません」

「……クソ……!! もう警備隊を派遣して数時間以上経ったんだぞ……!? ドブネズミ如き、一捻りだろうに!!」


 地下へ警備隊を派遣したルクセンクは、連絡が来ないことにしびれを切らしていた。

 相手は何の価値もない奴隷以下の人間共。

 武力を持つ警備隊に適うはずもないのに、一向に地下を制圧したという知らせが来ない。


「地下で一体何が起こっているんだ……!?」


 ルクセンクにとって、これほどまでに焦燥したのは初めてだった。

 何せこれまで誰かに出し抜かれた経験などなかったからだ。

 自分が買い占めて、独占しようとした例の鑑定士の株も先に手を打たれ、次の手も予想はつかない。

 自分より先に動いた鑑定士のことだ。間違いなく人間為替制度についての詳細も掴んでいるはず。

 そして何よりピリアを失ったことが大きかった。

 ピリアから人間為替を用いた奴隷を作り出すシステムについて漏れた可能性が非常に高い。

 プロ鑑定士は大陸でもっとも信頼される職業。

 鑑定士が外部へこの事実を告発した瞬間、ルクセンクは終わりなのだ。

 地下スラムにいるという情報を掴み、警備隊を派遣させた。


「警備隊の奴らは何をモタモタやっているんだ!!」


 そして未だに鑑定士を確保したという知らせはやってこない。


「それに地下に蔓延っていたゴミ共も、何やら動き出したと報告があったしな……」


 ルクセンクは地下スラムの存在について以前から認知していた。

 地下は価値のない人間達の隔離の場に丁度いいとして今までわざと放置してきたのだ。

 所詮価値の無い人間クズ共の集まりだ。どうせ大したことは出来ないと高をくくっていた。

 しかしこの都市屈指の富豪、ペルーチャ家が地下と繋がりを持っていたことが最近の調査で判明し、見せしめにと価値を暴落させてやった。

 資金源を失った地下の者に出来ることなどない。


「……ルイだったか、地下のクズ共を率いているのは……!」


 ピリアの弟、ルイ。

 奴がこの屋敷に忍び込み、機密書類を盗んでいったのは二年ほど前のこと。

 奴の価値自体は暴落させてやったものの、その後の足取りの一切は掴むことが出来なかった。


「奴が何かしでかすのなら……」


 それは、自分の地位さえ揺るがしかねない大事件になる。


「ええい、連絡はまだか……!!」


 だからルクセンクはさらに焦燥を駆り立てていた。


「――ほ、報告します!!」


 突如部屋のドアが開き、執事の一人が息を切らせて入ってきた。


「鑑定士を捕えたのか!?」

「い、いえ、それはまだ連絡がありません。ですが」

「クズが! 今はその連絡以外興味はない! とっとと出ていけ!」

「しかし! それ以上に大変なことが発生しているのです!!」

「……それ以上に大変なこと、だと……?」

「はい! この都市に、なんと盗賊共が攻め入ってきたのです!!」

「――なにっ!? と、盗賊だと!?」


 為替都市『ハンダウクルクス』最大のトラウマ、盗賊の襲撃。

 多くの命や資源を失い、一時この都市を壊滅まで追い込んだ事件。

 その盗賊が、このタイミングで攻めてきたというのだ。


「ガセなんじゃないのか!? とにかく警備隊の連中がいるだろう!?」

「警備隊は未だ地下から戻ってはいません!」

「早く戻すように伝えろ!!」

「すでに使者は送っています! しかし、すでに盗賊は都市内に侵入、各地で暴力行為を繰り広げているんです!!」

「なんということだ……」


 タイミングが悪すぎる。

 鑑定士のことで頭が一杯だった時に、まさかの盗賊襲来。


「こうなってしまった以上、治安局に救援を求めてみるのはいかがでしょう?」


 ハンダウクルクスには治安局の支部は存在しない。

 代わりに警備隊を各地に配置して、治安を守ってきた。

 もちろん、治安局を配置しない理由は人間為替制度にある。


「バカか! そんなことすると人間為替制度が発覚するではないか!」

「確かにそうですが! この状況です! 市民の命を最優先すべきかと!!」

「市民だと!? 奴らのことなどどうでもいいのだ! 人間為替制度が発覚する方がまずいだろう!?」

「そ、そんな! それはあまりにも……!!」


 執事の顔に失望が浮かぶ。

 だがルクセンクは彼を一睨みし、口を塞がせた。


「市民の様子はどうなっている?」

「……市民の大半は都市から逃げようと駅へ集中しています。この混乱ですから、出国検査なども行われていないかと」

「ふざけるな! いいか! 誰一人として外に出すな! 逆らう者がいたら殺しても構わん!」

「……ルクセンク様……」

「さっさと行け! 絶対に人間為替制度のことを外に漏らすな!」

「……承知しました」


 うなだれた様子で出ていった執事が最後に見せた嫌悪の視線に、余計にムシャクシャしてくる。


「使えないゴミ共が!! この事件が終わり次第、全員奴隷にしてやる……!!」



「――おいおい、まさか自供してくれるとは思わなんだよ」

「――ほんっと、酷い人間だね!」



 突如背後から声がした。

 自分しかいないはずの部屋だ。ルクセンクは背筋が凍る思いだった。


「だ、誰だ……!?」


 顔を強張らせ振り向くと、そこには目的の二人がいた。


「……プロ鑑定士……!!」

「よお、また会ったな、ルクセンクさん?」

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