悪魔の正体
「こっちの方から声が聞こえたよ!」
フレスの先導で、悲鳴の上がった方角へと向かう。
事件現場はすぐに発見できた。
そこは宿のすぐ近くの路地裏。
真っ赤に染まった地面が、ここが現場だと教えてくれていた。
「こいつは……!!」
「血、だね」
「ウェイル、あっちを見ろ!」
ヤンクが指さした先、そこにはいたのは明らかにこの世界の者とは思えぬ存在、醜悪な姿をした魔獣が立っていたのだ。
「くそ、酷いことしやがる……!!」
魔獣の傍らには、被害者と思われる人間一人分の肉片が転がっていた。
「ウェイル! 人がいるよ!」
魔獣の視線の先にいたのは、震えて怯える男女二人。
「助けないと!!」
「あの魔獣、『デーモン』族だね。本当に汚らわしい姿だよ……!!」
曲がりくねった角を生やし、剣のような爪を携え、ボロ雑巾のように汚れた翼を持つ禍々しいその姿に、睨まれている男女は震えて動けなくなっている。
魔獣に分類される代表的な種族『デーモン』。
魔獣の中でも取り分け人間に仇をなす存在として古くから恐れられている神獣だ。
「身体の大きさから見て下級クラスだね。でも人間二人くらいなら簡単に殺せる力を持っているよ」
このままではあの二人も、一人目の被害者のようになってしまうのは時間の問題。
「フレス、俺が囮になってあの悪魔を引き付ける! その隙にあの二人を助けろ!」
「そんなことしたらウェイルが危ないよ!?」
「俺のことなら心配するな。いいか、頼むぞ!」
「ウェイル!?」
フレスの心配をよそに、ウェイルはデーモンに向かって走り始める。
そして敵の背中に飛び蹴りを食らわせてやった。
「……グルルルルル……!!」
蹴りによってダメージを受けた様子はない。
だがデーモンの怒りの矛先は、思惑通りウェイルに向かったようだ。
動けない二人を無視して、デーモンはウェイルの方を追いかけ始めた。
「フレス! 今のうちだ!」
そう叫んで、ウェイルは走る。
少しでもフレスから離れ、助ける時間を作らなければならない。
数十メートル離れた路地に逃げ込み、デーモンの出方を待ち構えた。
「グルオオオオオオオオオオオオオオ!!」
デーモンの咆哮。
どうやら近くまで追いかけてきたようだ。
「さて、どうやって仕留めたものか」
ウェイルは愛用のナイフを取り出そうと腰に手を掛けた――
「――ナイフがない……!?」
――ウェイルの腰に、頼りのナイフがない。
それどころか道具を入れているベルトすらなかった。
「……そういえば!?」
そこでウェイルは、先程のフレスとのやりとりを思い出す。
フレスに声を掛けるためにナイフは机の上に置き、ベルトは就寝前ということで外してしまっていた。
これからデーモンと戦わなければならないというのに、今のウェイルは丸腰だ。
「クソ……!! ドジ踏んだか……!!」
反省するのは後だ。
ウェイルはすぐさま思考を切り替え、デーモンから生き残る方法を考える。
とにかく武器を手に入れなければ始まらない。
武器があるのはヤンクの宿。
そこまで取りに戻って、それから奴を倒すというのはいささか無理がありそうだ。
そもそも宿に戻る時にデーモンが追いかけてきた場合、店内の客にも被害が出る。それだけはしたくない。
「どうしたものか……!! ――――まずい、見つかった……!!」
デーモンは空も飛べる。
上空からウェイルの姿を確認し、ウェイルめがけて一直線に突っ込んできた。
「――くっ……!!」
デーモンの体当たりは避けたものの、デーモンは地面スレスレで上昇し、また空へと上がる。
再び体当たりが飛んできて、それも避けたのはいいが、デーモンも同じく空へと上がった。
「……きりがないぞ……!! 考えろ、何かあるはずだ!」
デーモンが上空に上がる隙に姿を隠し、対策を考えるウェイル。
「武器や神器がない今、一体どうすれば……!!」
そう呟いた時、とある響きに引っ掛かりを覚えた。
「……神器? ……そうか!」
ウェイルは気づく。
もし奴が噂通りの悪魔であれば、あの神器があれば助かる。
魔を払う神器『ラルガポット』。
確かヤンクが持っていたはずだ。
ラルガポットさえあれば、噂通りならばデーモンは手を出してこないはずだ。
となれば早いところヤンクと合流せねばならない。
「時間を稼ぐためには……こいつだ!!」
ウェイルはその辺に落ちてあった石ころを拾うと、一つはデーモンに、一つはヤンク達のいる方向とは真反対に投げつけた。
「グオ……?」
ダメージには全く期待を持てないが、デーモンの気は反らせたようだ。
デーモンは石に当たると、続いて石が落ちた音がした方向へと視線を向け、そして移動し始めた。
「悪魔ってのは案外単細胞なんだな!」
この隙に一気に走るウェイル。
「――って、もう気づかれたか……!!」
デーモンもウェイルの計略に気づいたようで、翼をはためかせてウェイルの方へ飛んでくる。
そしてデーモンはウェイルを追い越すと、地面に降り立ち、ウェイルの進む道を塞いだのだ。
「ちっ、後少しだってのに……!!」
武器の無い今、ウェイルに勝ち目はない。
デーモンは、その巨体には似合わないほど機敏な動きでウェイルを追いかけてきた。
今背を向けて逃げてもやられるだけだろう。
じりじりとウェイルの方へ寄ってくる。
まるで獲物をどう料理しようか考えている余暇のように。
そんな絶対絶命な状況の中、ウェイルは「またやってしまった」と心の中で後悔していた。
ウェイルはしばしば師匠や友人からこう言われることがある。
――『お前の無駄な正義感は、いずれ自分を滅ぼすぞ』と。
今だって、本当に命が惜しいのであれば、悲鳴が聞こえたところで助けになど行きはしない。
被害に遭うのが自分でなくて良かったと安堵し、隠れたはずだ。
ウェイルはこういう自分の無駄な正義感が、あまり好きではない。
忠告通り、いつもこうして自分自身を窮地に追い込んでしまうからだ。
それでも体が勝手に動いてしまうのだから仕方ない。
もう自分はそういう性分だと諦めている。
「……今回は本当にやばそうだけどな……!!」
デーモンは十分距離を詰めたかと思うと、鋭い爪の一閃を放ってきた。
辛うじて避けたものの、代わりに命中した木箱は今の一撃によって粉微塵となっていた。
デーモンはウェイルの体を切り裂こうと、何度も何度も容赦なく爪を振り降ろしてくる。
爪の斬撃は激しさを増していく。
避け始めた当初こそ、爪の間合いを見切り、寸前のところで避けていたウェイルだったが、一向に止む気配のない連打に、身体が追い付かなくなっていく。
次第に身体が重くなっていった。
(クッ…、さっきステイリィに首を絞めらた時のダメージが……!!)
そのダメージはウェイルの足にとって重い枷となる。
まさかあの厄介事が、こんなところで響いてくるとは思いもしなかった。
じりじりと距離を詰められ、ついに壁まで追い込まれた。
「……クソ……!!」
死は目前だ。
それでも死を受け入れる覚悟なんてあるわけない。
どうにか逃げようと助かる道を模索する。
「グガガガアアアアアアアアッ!!」
デーモンの咆哮に心臓が握り潰されるような感覚に陥る。
人間の神経を焼け焦がすような、戦慄の叫びがウェイルの鼓膜を貫いた。
「くっ……! こんなところで死ぬわけにはいかないんだ!!」
こうなった原因を作り出した奴の顔が脳裏に現れる。
二ヤつくステイリィの顔を思い浮かべながら死ぬのだけは御免被りたい。
追い込まれたウェイルに、デーモンは容赦なく襲い掛かった。
「――おりゃぁぁぁぁぁ!!」
突如轟いたその声と共に、ウェイルの目の前からデーモンの姿が消え去る。
デーモンが元いた場所には巨大なハンマーが地を割らんと振り降ろされていたからだ。
「ちぃ、かわされたか……!!」
巨大なハンマーを担ぎ直したのは、なんとヤンクだった。
「逃げ足の速い奴だ! おい、ウェイル、無事か!?」
「……あ、ああ、助かった。ありがとう。本当に死ぬかと思ったぞ……!」
「ほら、さっさと立て。お前さん、結構お疲れみたいだからな、もう休んでろ」
「そうもいかないだろ。俺はプロ鑑定士なんだ。神器絡みの事件には介入しないとな」
「だがお前さん、フラフラなんだぞ!?」
「関係ないね。こんなの、一週間連続徹夜で鑑定依頼をこなした時に比べたら大したことはない」
「そうかい。ならば共に奴をブッ飛ばしてやろう。武器はあるか?」
「それがないから困っている」
「こいつを使え。さっき出るときに持ってきたんだ」
ヤンクが取り出したのは、大きめの包丁。
デーモンに対し武器になるとは思わないが、こんなものでもないよりはマシだ。
「ヤンク、ラルガポットはあるか!?」
「無論だ。こいつが俺を守ってくれるらしいからな。あいつは俺が仕留めてやる!」
ヤンクはハンマーを背負ってデーモンを追い掛けていく。
豪快にハンマーを振り回すその姿はまさに悪魔だ。
しかし本物の悪魔の素早い動きに翻弄されてか、次第にヤンクも息を切らし始めた。
「ちょこまかと……!! 大人しく潰されろってんだ……」
ハンマーを杖のように降ろし、一度息を整える。
その時こそヤンクの見せた隙。
これを好機と見たデーモンは、ここぞとばかりにヤンクへと襲い掛かった。
「――ヤンク!!」
立つのがやっとの状態であったが、友の危機に身体は動いてくれた。
ヤンクへ襲い掛かるデーモンに対し、体当たりを食らわせ、包丁を突き刺してやる。
「クソ、ざまあみろ……!!」
「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
初めてまともにダメージが入ったのか、大きく咆哮するデーモンだったが、痛みにもがき苦しみ暴れだし、ウェイルも一緒に振り飛ばされてしまった。
「――しまった……! うぐぐっ!?」
思いっきり背中を地面に打ち付けられてしまった様で、少しの間体が動かない。
動けないウェイルは逃げることすらままならない状況に陥った。
痛みに耐え、怒り心頭のデーモンは、ウェイルを八つ裂きにすべく一歩一歩近づいてくる。
そんな絶体絶命の中のこと。
「あらら、師匠ったらやられちゃってるよ」
血なまぐさい、緊迫した夜の都市に、のんきな声がこだまする。
「ふ、フレス……?」
「うん。ウェイル、大丈夫?」
声の主はフレスだった。
いつの間にかウェイルの隣に立っていたかと思うと、今度はウェイルを庇うかのように、デーモンの前に立ち塞がる。
「フ、フレス! 何やっているんだ!! お前も危ないぞ!!」
「えーと、だからさ。ボクなら大丈夫なんだって。まあ見ててよ」
フレスはそう言って、デーモンに向かって手のひらを向けた。
気のせいか、フレスの手が光ったように見える。
「下級デーモンの君には、これくらいで十分かな?」
フレスの手は闇を切り裂くように青白く輝き始めた。
その光の影響か、フレスの周囲はひんやりと温度が下がっていく。
「ウェイル、今助けるからね!」
フレスがそう囁いた瞬間だった。
強烈な光と冷気が放たれるのと同時に、何かが突き刺さったかのような生々しい音が周囲に轟いた。
それは一瞬の出来事だった。
そしてそこで見た光景は、にわかには信じ難い光景であった。
――デーモンから、大きな赤いツララが、生えるようにして飛び出していたのである。
デーモンは断末魔さえ上げることも出来ずに、一瞬のうちに息絶えていた。
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