凄腕のオークショニア、ルーク
ウェイルはラルガ教会の帰りに、友人の経営しているオークションハウスへと足を延ばしていた。
オークションハウスと一概に言っても、言葉だけで言えば一種の商売形態の一つなのだが、このアレクアテナ大陸においては経済の中心を担っている存在になっている。
ハウスの運営も、個人から商業組合と様々で、中には王族・貴族が運営しているところもある。
毎日昼夜問わずに競売は行われ、オークショニアの声が飛び交うと共に、日々膨大な貨幣が動いているのだ。
「潰れちゃないだろうな」
オークショニア業界は、非常に厳しい競争社会としても有名で、客入りの悪い不人気なオークションハウスは、すぐさま撤退を余儀なくされる。
他ハウスに客を取られるばかりか、虎視眈々と詐欺行為を狙う連中に食い物にもされかねない。
積極的に集客キャンペーンを行ったり、不正排除を徹底していなければ、競売参加者から信頼されず、生き残るのは難しい。
「どうやら上手くやってるようだな」
三年ぶりに訪れた懐かしきオークションハウスは、以前にも増して参加者で賑わっていた。
このオークションハウスが客から信頼されている何よりの証拠だ。
客を避けながらハウス内を探索していると、目的の人物が腕を組みながらオークションの様子を見守っていたので声を掛けた。
「おい、ルーク。元気にしていたか?」
「ん? ――……おお!? おお!! ウェイルじゃねーか! 久しぶりだなぁ!」
ウェイルの背中をバンバンと叩く、あご髭を伸ばした短髪の男。
彼はルーク・ハリアウィークス。
この都市を拠点として大陸各地にオークションハウスを展開している『ハリアオークション社』の経営者である。
若くしてオークションハウスを設立し、成功を収めたやり手のオークショニアだ。
非常に気さくな性格でノリも良いのだが、競売に関しては一切の妥協をしない。
仕事とプライベートをきっちりと分けている、ウェイルの信頼している人間の一人だ。
「なかなか繁盛しているじゃないか」
「ま、ぼちぼちってとこだ。最近は降臨祭の影響で客が増えたけどな。一時的なものだろう。立ち話も難儀だ、こっちへ来いよ」
ウェイルは三年前までこのオークションハウスで専属の鑑定士をやっていた。
だからオークションにて取引を行う時は、ルークの経営するオークションハウスを利用することが多い。
ルークは自分の部屋にウェイルを招きいれてくれた。
「突然帰ってきやがって、連絡の一つでも入れろよ。迎えに行ってやったのに」
「ああ、悪い。次からは連絡を入れるよ」
「それで今回は一体どうしたんだ? まさか、またうちで働いてくれるってか?」
「魅力的な提案ではあるけどな。残念だが別件だ」
「いつでも帰ってきてくれていいぞ。お前ほど優秀な鑑定士の代わりは滅多にいないからな。まあ座れ」
ルークは大きなソファーに腰を掛け、ウェイルにも座る様に促してくる。
ルークの部屋は、流石社長と言うべきか、高価な家具で溢れている。
この革張りのソファー一つにしても相当な値打ちものに違いない。
見渡せば部屋にある装飾品もアンティーク品ばかりだ。
日々高級アンティークを鑑定して見慣れているウェイルすら、少しばかり慎重になってしまう。
「儲かってんだな。以前より高級品が増えている」
「そりゃ儲からねばオークショニアなんてやらないね。それで、今回はどういった要件だ?」
「珍しい絵を手に入れたんだ」
「ほほう。是非見せてくれ」
ウェイルは今しがた手に入れた龍の絵画を披露する。
ルークはその絵を覗き込んで、しげしげと見定め始める。
「ふむ。こんなタッチの絵画は見たことがないな。誰の絵だ?」
「それが俺にも判らないんだ」
バルハーから入手後、ざっくりとだが絵画全体を確認してみたものの、やはり作者のサイン等はどこにも見当たらなかった。
しかし今改めて絵画を見ても、なんと高揚感に包まれる絵画なのだろうか。
「正直自分でも驚いているんだが、どうやら俺はこの絵画に圧倒されたらしい。凄まじい力のある絵画だと、一目見た瞬間に衝撃を受け、絶句してしまったほどだ」
「プロ鑑定士のお前が? そりゃ珍しいな。俺にはさほど良い絵には見えんが」
「そこなんだ。元の持ち主ですら乱雑に扱って埃を被せていたくらいだからな。技巧的な意味でも普通の絵画だ。だが俺はこの絵が気になって仕方がない。だからこそ鑑定料の代わりに貰ったくらいだ。俺自身どうしてそんな提案をしたのかよく判らんが」
「へぇ。そこまでか。いいじゃねーか。鑑定士だってそういう時もあるさ。気に入ったものはどれだけ大きな代償を払ってでも手に入れる。ま、コレクター魂だな。だがお前が気に入って鑑定料を捨ててまで入手した絵画だろ? もしかしたら相当名のある画家の作品なのかもな」
「どうかな。名前もないし、特別に上手な絵ってわけでもない。それでもこいつは凄い、何かあると素直に思った。こんな感覚は久しぶりだよ」
「直観って奴か。う~ん、お前がそこまで褒める絵だ。もしかしたら何かあるのかもな。しかし作者が不明で、さらにこの保存状態。ここまで状態が酷いとそうそう高くは売れないぞ?」
「売る気は全くないんだ」
「オークションハウスに絵画を持ち込んで売る気はないとな。ならば何をしに来たんだ?」
「精密な鑑定がしたくてな。機材を貸してもらおうかと思ったんだ」
「なるほどねぇ」
ルークのオークションハウスには、以前ウェイルが使っていた鑑定道具がたくさん置いてある。
当然鑑定に必須な代物は持ち歩いているが、大掛かりな装置となればそうはいかない。
ウェイルがここを去った後も、ルークは処分せずに残してくれていたのだ。
「お前の鑑定道具だ、自由に使ってくれよ。俺もお前の鑑定を久々に間近で見てみたいし、お前の惚れたその絵画についても興味があるしな。手伝うよ」
「頼む」
ルークは鑑定道具一式や顕微鏡を取り出し、ウェイルは額から絵を取り外した。
二人は手袋を着けて、ゆっくりと慎重に絵の鑑定を開始した。
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