第59話 流行りの夫源病

1歳4ヶ月。この頃の春馬は、何しても「いやだぁ〜」

と言う。ごはんを食べる時も、お風呂に入る時も。とにかく、嫌なんだそうだ。せっかく、大人のご飯からきれいに取り分けてやっても、ヤダヤダしながら投げられたりするとついムッとしてしまう。


それも成長のうちとはわかっていても、「じゃあ、食べなくていいよ!」

と怒鳴りたくなる。私のお母さんは、もっと優しかったはずと自己嫌悪に陥ることも一度や二度ではない。


春馬は、本当に私のことをよく見ている。「パパから電話だよ!」

と言いながらケータイを取ると、春馬に横取りされた。「いまどこー?」

私にそっくり。夫は、大爆笑だ。


子育てに悩むことも多々あるけれど、春馬が1歳になり身振り手振りのおしゃべりが増えて格段に家族の雰囲気は良くなっていた。


そう思った矢先、父が大爆発した。馴染みのテニスメンバーとの飲み会に、気分良く出かけて行ったのが嘘のようだ。


そのテニスのメンバーとは、家族ぐるみの付き合いをしていた。毎週末、両親はテニス。私は、そこで泥んこ遊びをしたり、虫を捕まえたり、本を読んだり、自由に過ごしていた。


母は、私が中学から高校とだんだんに忙しくなり参加しなくなっても、父が単身赴任になっても、そのグループでテニスを続けていた。元は、父の友人たち。母は、父が行けなくなった時点で辞めても良かったと思う。それでも、メンバーが揃わなくなることを気にして母は辞めなかった。


ただ、高血圧もあり、上の血圧が200近くになったのを境に、毎週末のテニスから足は遠のいた。そう、私が結婚・出産し、父と10年ぶりに一緒に暮らすようになったあの頃から。


そして、今回の飲み会の席で、母が最近テニスに来ないことを訝しがる声が上がったのだ。酔っ払った仲間の一人が父に言った。「奥さんの血圧上がってる原因ってもしや…最近、夫源病ってあるしさ。」

父は、意味がわからないらしく「ふげんびょう?なんですか?それ。」

と真剣に聞き返した。


「知らない?夫が、原因で妻の調子が悪くなるっていう。夫が、居なければピンピンしてるんだけど、帰ってくると途端にぐったりして。」

別の一人が続ける、「別に、検査しても悪いとこなんてないんだよな。」

この一連の流れに父は、耐え切れなかったようだ。だからと言って、メンバーで最年少の父はその場ではグッとこらえた。


そして、帰るなり爆発したのだ。「俺のせいで、血圧上がってるんじゃないかって言われたよ。夫源病だろとよ。」

母は、意味がわからず狼狽える。「お前が病状を説明しないから、みんなに俺が責められるんだ。ふざけんな。」

酔っ払いは、説明がない。

「今すぐ出て行け!離婚だ!」

壊れたおもちゃのように、同じセリフが繰り返される。


みんなの言っていることは、見当はずれとは言い難い。男は、正論を言われるとバカみたいにキレる。認められないから、父もキレた。いや、壊れたという方が正しいかもしれない。


見かねた私は、冷静な声で言った。「前回、キレた時もお母さんに手を挙げたでしょ?もしかして、忘れた?」

父は、この一言で自室へと逃げ帰った。「俺は、もう疲れた。出て行け!」

と怒鳴りながら。


これが、流行りの夫源病の実態だ。私も、情報番組で聞いて、まさに私の両親の話だと内心感じていた。他人から見ても、そうだったなんてもう重症だ。



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