第43話 夫に喝!これはケンカとは呼べない
朝、何気なく毎朝の新聞チェックをしていると広報誌に驚くべき事実が載っているではないか。「市立病院の産婦人科医が、常磐線の車内で痴漢。お詫び申し上げます。」
主治医のことは疑わずとも、一瞬にして疑わしい人物の顔が頭に浮かぶ。もちろん、一人ではない。
結局、予想は的中した。市立病院の最初の主治医だった。常に言葉を濁し、影が薄く、気の弱そうなその医師は、私の帝王切開の抜糸をした人物だ。縫い付けに使ったホチキスの針のようなものを、ベッドにバラバラと落としていた。
その医師が行った、妊娠中の子宮がんの検査も、失敗し結果が出なかった。後の主治医に、「組織を取り出すだけだから、検査に失敗することは普通ないんだけどね。」
と一蹴されていた。
不幸中の幸い。毎日点滴を要するほどのつわりによる脱水と心臓の痛みには、悩まされたが今思えば危機回避とも言えるのではないか。未熟児だったとはいえ、健康に生まれて元気に寝返りを打つ我が子を見れば、痴漢医師に下半身を見られたくらいではへこたれなかった。
そんなことより、気になるのは夫の電池切れだ。インターンシップに行き、連続してバイト先の薬局での深夜の棚卸。車の免許も、夏休みに片付いた。資格欄に最低限欲しかった車の免許を手に入れ、棚卸での臨時収入も差し出してくれたが、もっとやれることがあるのではないか。そう思った矢先に、「中学の部活メンバーと飲みに行く。」
と約束が完全に決まってからの報告。
妊娠中、学生生活最後の思い出作りと言って男友達とディズニーランド。出産後も、高校や大学の友人たちと丸一日上野や浅草あたりに出掛けて行っていた。一方、私は地元の駅前で4時間友達とランチをしたのが精一杯。たまに、春馬をベビーカーに乗せながら家の前で立ち話をするのが楽しみ。それだって、私を気にかけて定期的に来てくれる友人があってこそ。全く、イーブンな関係とは言えないだろう。
「週末の課題、定期テスト、インターンシップ、車の免許。次々にいろいろあって大変だと思って、口出しせずにいたけどもうありえない。」
夫は、私が急にキレだしたのでキョロキョロしている。
「父親の自覚ある?大学卒業しなきゃ、何も始まらないからお金のことだって言いたくない。でも、やれることやらないなら話が別。インターンシップがないなら、人口芝のアルバイトしてお金入れて欲しいくらいだよ。本音は。」
新生児の育児がいくら大変でも、結局男性に出来ることは少ない。母親の睡眠時間を確保する手助けと、安定的な収入を得てくること。余力があれば、母親の育児の愚痴をただ聞いてやる。それくらいしか、産後の父親に出来ることはない。それなのに、あなたは何してるの!糾弾したくて、たまらない。学生生活を選んだのは、私たち。でも、普通の夫婦が羨ましかった。
「夏休みも残り、1週間。約束しちゃったから仕方ないけど、働きに行かないにしても就活に向けて動いてよね。」
私は投げやりに、怒りを鎮めた。一方的に、私が怒っているだけ。こんなのケンカじゃない。打っても、打っても響かない。お互い、丸い一日口を聞かなかったのはこれが初めてだ。
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