第31話 火種は出産祝い

退院して10日ほど経つと、昼夜逆転生活も落ち着き、母乳と母乳の間の3時間はしっかり睡眠をとってくれるようになっていた。私は、その間に母に留守番を頼み気分転換に買い物に行ったり、春馬と一緒にお昼寝したり、読書をしたりと自由に過ごした。


退院当初、赤ちゃんは静かな方がよく眠れると思い音を立てないように気をつけていた。しかし、それもあまり意味がないことに気づく。妊娠中から聞いていた童謡やディズニーのCDを流していると、息子は安心して眠っていた。私も、無音状態を維持することに気を取られず楽に過ごせた。決まったBGMを流すことで、精神を落ち着けられるということを実感した。


この日も、春馬のお昼寝中に夫と伊勢丹へ行った。出産祝いのお返しを買いに行かなければならなかったのだ。


私関連のお祝いのお返しは、相手の好みや家族構成、趣味などを考慮し、お礼状を添えて送った。一人暮らしで甘党ではない女性には、今半のつくだ煮セット。ガンの治療で退院したばかりの家族が居るお宅には、千疋屋のゼリー。テニスが趣味の方には、おしゃれな水筒と水筒を洗いやすいブラシをセットして。お仕事でお疲れモードの女性には、ジェラートピケのリラックスアイテムを。


「早速、使ってるよ!」「お弁当に入れたよ。」

などのお返しに対しての反響があるとまた嬉しかった。


ただ、夫側の親戚へのお返しを私が決めてしまうわけには行かない。夫の祖母が、スイーツ好きなことは聞いていたが、出産祝いの相場3割返しに到達するほどのスイーツを送るわけにもいかない。ウェッジウッドも好きだと聞いていたので食器、ブランド物の肌触りのいいシーツやタオルケット、おいしいお米など困らないものを考え提案したが決まらない。


2時間近く、お返し2件で悩むなんて私には考えられない。夫に決めるよう促すと、「やっぱり、母親と買いに来るわ!」

と言うので、私はキレた。あなたは、結局なんでも母親なのねと思うと、怒りと共に悲しみが湧き上がってきた。


結婚祝いのお返しを、義母と夫が決めた時のことも思い出した。入退院を繰り返す夫の祖父母に、カタログギフトを送ったのだ。私の祖母は、ピンピンしているがそれでもカタログギフトは面倒だと私にくれてしまうことがある。しかも、なぜか中途半端な額のカタログギフトを2冊分送ったのも気になった。そうでなくても、カタログギフトは送料や手数料が含まれていて額面以下になる。それを二重に払うなんてバカバカしいし、意味不明だ。


私は、怒って「先に帰るから!」

と帰路を急ぐ。夫は、ひたすら後ろから追ってくる。それが私を余計にイライラさせた。そして、ふいに後ろから手を握られた。振り払うことが出来ない。小学生男女の痴話喧嘩みたい。


帰ってすぐ母に、このことを話した。夫は、結婚してもなお、自分の母親に何でも相談する。すると母は、涼しい顔でこういう。「うちのお父さんだって、結婚が決まった頃あったよ。一緒に買い物に行って、スーツを買うかどうか悩んだらおばあちゃんに電話してたもん。28歳で、自分で稼いでるのに。」

男なんて、いつまでもそんなものか。


結局、夫が悪かったと謝ってきたので、結婚後はじめてのケンカは解決した。これからは、なんでも二人で話し合って決めようと言ってくれた。話し合った結果、祖父母へのお返しはミキモトのペアの真珠付きボールペンに決まった。未だに、なぜこのお返しセンスになってしまったのかはわからない。





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