第14話 決意の成人式
妊娠7ヶ月になっていた。随分前から準備していた真っ白な花嫁さんのような振り袖は、お蔵入りになった。代わりに着るお洋服を選ぶために、ショッピングに出掛ける気力もない私。母が、私の好きなセレクトショップでゆったりと着られるチュールのワンピースと、レースが縫い付けられた華やかなショールを買ってきてくれた。
夫の紫のネクタイと私のアナスイの紫のコサージュが、お揃いのようで嬉しかった。特に示し合わせたわけではない。以心伝心。久しぶりに会う同級生に、質問攻めに合うことを心配していた私の手を、夫はずっと握っていてくれた。
白塗りに、肩をはだけて、花魁のような着こなしで彼氏としなだれ合う新成人。レディーガガのように、ソフトクリームヘアの晴れ着姿の女。仲間内でそろいの袴を着て、風を切る男衆。毎年、ニュースで繰り広げられる光景を目の当たりにした。
式典が行われるホールには、振り袖に合わせた襟巻きのファーが舞い、ムシューダの香りと、美容院仕込みのおばさん用の化粧品の香りが立ち込めていて、慣れるまで時間がかかった。国家を歌い、市長が「子育て支援に力を入れたい!」と意気込んでいるのを聞き、その点にだけ同意した。
中学校卒業以来会っていない同級生が、たくさん居た。皆、林家ペーパー夫妻のように、常に写真を撮りながら、今しがた聞いたばかりのうわさ話に花を咲かせていた。
「中学生の女の子を妊娠させて、結婚したんだって。」
「大学中退して、今はプラプラしてるよ。」
「なんか、あいつネズミ講やってるらしいから注意しな。」
「お金貯めて、性転換手術をしたらしい。名前も変えたみたい。行動力あるよね。」
「みんなに、借金して回ってるよ。キャバクラで働いてたけど、精神的に参っちゃったみたいでさ。」
私のできちゃった婚など、ニュースバリュー的には全く話しにならないレベルのようだった。「あいつ、なんで振り袖じゃないの?」
と、空気を読めない男が聞いたのをすぐに誰かが否していたのは耳に入ったけれど。本当にそれだけ。
それにしても、成人式って何だったのだろう?自分を大人だと言える人は、いるのだろうか?自分の今の近況を、他人に語れるほどの人はほとんどいないなと思う。50%以上が大学に行き、20歳で社会に出ている人間が稀なのだから当たり前といえば当たり前なのだが。
そんな中でも、今やりたいこと、将来の仕事の話を前向きに語る仲間もいた。
「音楽を仕事にしたいけど、歌が上手い人はたくさんいる。だから、音響の方をやってみたい。春から専門に行くんだ。アルバイトで、お金も貯めたし。」
「やっと、観光学部のある大学に入ったけど、せっかく卒業しても観光に関わる仕事に就く人ばかりじゃないみたい。私は、せっかくこの学部選んだんだから、それはもったいないと思うんだよね。アルバイトでも、経験になるよう、スカイツリーで働いてみることにしたよ。遊びに来てね。」
私は、この仲間たちを素直に羨ましく思った。やりたいこと、今の立ち位置を俯瞰して、しっかり未来に向けて準備していた。その姿が、輝いて見えた。
明確ではないけれど、私にも密かな目標が出来た。「次、この同級生たちに会う時には、他人の噂ばかりでなく、自分の話を自分の言葉で出来るようになっていたい。」
そう思った。別に、大それたことじゃなくてもいい。それでも、自分は今これをやっているって人に話せる、そんな風になりたいと強く感じた。
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