第6話 ゴミの町②

 廃工都市ウーノの西側の駅にルージュとルナは向かっていた。暗い空の下、二人で街外れの道を歩く。


 黒く汚れた灰色の景色がひたすら続いた。


 左右にはオンボロな建物が連なり、車の走らない道路が中央に位置していた。ひび割れたコンクリートが、その道路の使用頻度の低さを物語っている。

 廃墟を無理やり居住できるようにした影響だろう、斜めったビルは今にも倒れそうな雰囲気だった。


 ルージュはいつもの服装でライダースーツに黒いレザージャケットを羽織っていた。


 一方のルナは白いブラウスに青いミニのスカートを履いていた。活発そうな感じで、元が可愛いせいかとてもよく似合っている。

 さらに髪を左側に一纏めにしてサイドテールとなっていた。


 だがルージュの感想はもっと別のところにあった。


 ――これをサイファーが選んだと思うと笑えるわね。あのオヤジにこんな趣味があったなんて。


 サイファーの弱みを一つ手に入れられたような気がしてルージュは得した気分だった。


「なあなあ駅に何しに行くんだ?」

「乗車券を買いに行くに決まってるでしょ。これからアンタを組織の本部まで連れて行かなくちゃいけないんだから」

「じゃあ今から切符買って、すぐに行っちゃうってこと? いきなりだな」

「……どうやら、アンタのメモリの中にはドーム都市に関する情報はあんまりないみたいね」


 ルナの的外れな言葉を聞いて、それがわかった。


「ドーム都市ってのは、外部から汚染物質を防ぐために巨大なシェルターで囲まれているの。だからドーム都市自体が一つの国家のようなものね。そして当然、ドーム都市は一つじゃない。このノンブル大陸に数多くあるわ」

「ノンブル大陸って何? ユーラシア大陸とかじゃないの?」

「古い歴史はちゃんと知ってんのね。三回の核戦争と神樹戦争で地殻変動が起きて生まれた大陸よ。かつて存在していた大陸がボロボロになってくっついた大陸」


 それらの戦争によってかつて陸地は地表の三割を占めていたが、今ではその三分の一しか残っていない。海が九割を占めているのだ。

 昔の地図は子供の欲しがる宝の地図と同じようなものだった。詰まっているのは夢だけで、実用性は皆無に等しい。


「今の鉄道はドーム都市とドーム都市を行き来するためにあるの。その切符を買いに行くわけよ」

「何ですぐには乗れないの?」

「線路が一本しかないから。それに移動だって数日は必要だし、貿易も鉄道しか手段がないから常に満杯の状態なの。予約しても早くて十日、時期が悪ければ一ヶ月は待たされるわ」

「面倒なんだな」

「都市間の移動は楽じゃないのよ」


 特に今回は長旅になる。それがルージュとしては嫌だったのだ。もしウィリアム=レストンの名前が出てこなかったら即座に断る事案である。


 長話をしていると駅に到着した。

 横に長い一階建ての、茶色い塗装がなされた鉄の屋根が見えてくる。


               *


 閑散とした駅構内。

 汚れた緑のタイルの床の上に人はほとんどいなかった。列車を待つベンチがいくつも並ぶが、今日は老婆が一人腰かけているに過ぎない。清涼飲料水を扱った自販機はガラスが砕け、ただの置物と化していた。そんなものを置いたって、金を注ぐより壊して手に入れた方が早いと判断するこの都市の住人にはまるで無意味なのだ。壊した人間より、置いた人間の方が気が狂っている。

 奥には本来駅の改札があるのだが、列車の運行がない今日はシャッターで完全に遮断されていた。


 この駅では三日か四日に一度、列車が来るのだがそれ以外で混雑することはほぼない。


 ルージュはカウンターに二人分の申し込み用紙を受付のカウンターに提出する。

 ガラスで区切られた向こう側の男がそれを受け取った。

 受付の男がそれを見て口を開く。


「二人で六千ドルだ」


 ルージュは無言でデバイスを取り出す。それを横にあった丸い会計用の機械にかざして電子マネーで支払った。


「毎度」

 男はガラスの開いた口から、ひょっこりと紙のチケットを二つ手渡してくる。

 ルージュはそれを受け取った。


 そしてキョロキョロと観光客のような挙動をするルナの元に向かった。


「これアンタの分」

「あいよ」


 ルージュの差し出したチケットをルナは受け取る。


「出発は十二日後か。それにしてもすげえな、最高級の席じゃん」

「そっちの方が一般席より早く取れるの」

「でも高かったんだろ?」

「ノワールの収入は命懸けてる分かなりいいのよ。でも使う機会もないから貯まっていくだけ。こう言うときくらいしか散財するチャンスはないの」


 ノワールは基本的にいろんな都市を回って仕事をする。だがその性質上、一つの都市に留まらないので家を買ったり投資をしたりすることはないのだ。

 故に勝手に金は貯まっていくばかりである。


「目的地は蒸気都市ドゥーエか。相棒は行ったことある?」

「あるわ。ここよりは大分ましね」


 ルージュはジャケットのポケットに購入したチケットを二つに折って入れる。

 まだ使うのは当分先のことになるので帰ったら家に保管しておこうと考えていた。


 そして帰ろうと出口を向いた時である。


「ルージュ」


 初老のネットリとした声が耳に入ってくる。


「何よ?」


 不機嫌を態度で隠そうともせず、声の主にルージュはそう言い放った。

 スキンヘッドの男、サイファーが駅構内に足を踏み入れてくる。


「新たな任務だ」

「護衛任務はいいわけ?」

「悪いがそれと平行して通常の任務も行って貰う。お守りだけさせとくわけにもいかんのでな。こっちも人手不足なんだ」

「組織が人手不足じゃない時代を私は知らないのだけれど」

「奇遇だな、私もだ」


 サイファーはそう言ってニヤリと笑う。


「北のゴミ山にカタストルが確認された。そこに向かえ」

「わかった」

「たぶんお前なら問題はないレベルの相手だ。頼んだぞ。それとルナ君に少し話がある、いいだろ?」

「好きにしなさいよ。外で待ってるわ」


 ルージュは二人を残して、駅の出口に歩き出すのだった。

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