第2話 朽ちた研究所②

 時間が来た。時刻は17時59分から18時へ変わる。


 ルージュは通信デバイスでそれを確認する。


 通信デバイス――掌から少しはみ出るくらいの大きさで、黒い板状の形をしている。それはあらゆる情報通信を可能にする生活必需品であった。


 それをレザージャケットの内ポケットに仕舞う。


 場所は本日二度目の廃墟区。

 午後六時、サイファーの指定された時間である。

 ルージュはすでに廃棄された研究所の前にいた。


 白い箱のような建物には黒いカビで斑点模様が彩られる。


 先の大戦時代に生物兵器の研究所として使われ、その後も生物工学の研究施設として動いていた。

 しかし十年前になって行政府がここへの資金援助を辞めたことにより、資金供給源が途絶え廃棄された。

 ちなみにその資金は行政府と治安警察の内紛に使われたのだそうだ。


 ――ここのトップは救いようがないわね。


 この都市は決して経済条件が悪いわけではない。

 しかし発展しないのは間違いなく上層部が腐っているせいなのは明白だった。


 研究所の門に手をかけて、それを軽く飛び越える。

 超人的な身体能力を持つノワールには楽なことだった。

 そして裏口に回り鉄のドアを蹴破る。

 埃が申し訳程度に舞った。

 本来ならセキュリティが作動するものだが、廃棄されたここにそんなものはない。


 ――記録では結構長い間放置されてるんだけど、あんまり埃が溜まってないみたいね。


 使われている形跡があると言うことだった。


 研究所内の一本道の通路を歩く。


 ジジジ――と切れかけた灯りが点滅していた。

 それ以外の通常の灯りは消えている。


 旧研究所内は陰湿な空気で満ちていた。

 常人ならば本能的に嫌な印象を受けるだろう。


 暗かったが、足下にある非常用の緑の灯りがあったので困ることはなかった。


 ルージュは研究所の中を進む。

 ある角を曲がると、光の漏れているドアが見えてきた。


 ――強い超力の気配は感じない……か。


 そこにはカタストルはいないと言うことだ。


 ルージュはその部屋に近づきドアをそっと開ける。


 広い空間だった。

 真っ白な灯りに、コンピューターの液晶が四方の壁と一体化していた。ここでなら運動競技の一つや二つはできそうな広さである。


 ルージュは周囲を確かめるが、人の影はなかった。


 壁と一体化しているコンピューターの液晶を見るが、何かの数値を示した棒グラフや円グラフに溢れ、ほとんど意味がわからなかった。


 その中で血圧や呼吸を測定している画面だけは理解できた。

 だから何だと言うわけでもないが。


 しかし中に入って何よりも気になる物があった。


 部屋の中央に位置する謎の楕円形をしたカプセルだ。

 人一人がちょうど収まるくらいの大きさで、冷凍催眠に使われる機械によく似ている。


 ルージュは恐る恐るそれに足を伸ばす。


 外から観察しても何かはよくわからない。上部に開閉用のスイッチがあるのを見つけた。


 ルージュは念のため、右手でホルスターから呪印銃を取り出す。

 そして開閉用のスイッチを押した。


 ぷしゅ――と空気の漏れるような音と共にカプセルの蓋が開く。

 白いガスがカプセルから漏れていた。


「!?」


 人がいた。全裸の少女が眠っていた。

 年齢は自分と同じくらいに見える。


 陶器のように滑らかな肌に整った綺麗な顔立ち。そこにはまだ発展途上を匂わせる幼さも残っている。白い花のような可憐なオーラがあった。

 背もルージュと同じくらいか。

 胸は背丈の割にそれなりにあった。


 何より印象に残るのは長い銀色の髪である。


 カプセル内の液体に沈む少女は目を閉じたままだった。

 まるでおとぎ話に出てくる眠り姫のようである。


 ――もしかして保護しろって少女はこの子なの?


 正体不明の少女。

 てっきりルージュは監禁でもされた人間を救出するのかと思っていたが、様子は違ったらしい。


 こんなことならもっと詳しい話を聞いておくべきだった。

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