夢は叶った!?(5)

「もぅさぁ~。そんな感じで、私の上司ってホント最低最悪な人なのよぅ~……」

「へぇーっ。ハルカが配属された管制室にも、そういう変わった人が居るんだねぇー?」

「まあ~どこも似たようなモンよ。一人や二人は、どこでもそうした人は居るんだって! うちにも居るし……もう、嫌になるよ」 


「だけどさ、ハルカはまだ良い方なんじゃない? なんてったってさぁー! あの《【HOP】中央管理管制室》に入れたんだから。うちらからすれば、羨ましいくらいだよねぇ~」

「そうだよなぁ~。私たちと違って、ハルカは将来のエース間違い無し、だからなー!」

「あハ……ハハ……はぁ~……」



 《【HOPホップ】チャリアビティーポリス施設群》には、リング状の《【HOP】ゲート》が3基あり。他に、食べ物などを供給している《食料プラント》6基と《エネルギープラント》12基。そして多くの人が働き居住している全長5キロメートル、幅1キロメートルの三層構造で建造された《テラ・フロート》があった。


 この《テラ・フロート》内に、未来ハルカが配属された《【HOP】中央管理管制室》があるのだ。



 同施設内には、福利厚生施設としてショッピングモールやプールにジョギングマシン等のあるスポーツセンター施設や温泉や森林浴の出来るリラクゼーション施設がある。


 わたしは今、入社した際に知り合ったばかりの友人二人とリラクゼーション施設の温泉で、今日の疲れを取りながら愚痴を聞いて貰っていたのだ。



「ハルカの場合はさあ~『IR=IN!』なんつって。簡単になんでも記憶出来ちゃうんだから、羨ましいよねぇ~」

「だよなぁー♪」

「みんなは簡単によくそう言うんだけどさぁ~。意外とそうでもないのよねぇー……。特にうちのあの上司相手だと、全く意味無いしさぁ~……」


「っていうと?」

「それがさぁ~」




 勤務初日の帰り間際、《トラブル・シミュレーター》というソフトを使って緊急時の対応を神垣ミヤ《F-IS監視技師》指導の下でシュミレートして見たのだが。『IR=IN』でその対応マニュアルは得ていたから、特に問題もなくその通りに対応したら。



 ──ゴンンッツツ☆!!



 神垣ミヤ先輩が手にしていたマニュアルをその場でクルクルと丸め、それで有無も言わさず、無言でいきなりド突いて来たのだ。


「ちょっ、ちょっと! いきなりなにをするんですかあー!? 今のホントに痛かったですよ!!」

「『なにをするんだ』じゃないだろっ! お前、ホントにちゃんとマニュアルを読んだのか?」


「むっ! ちゃんと読みました!」

 《IR=IN》でね。だから完璧の筈なのに、なにさ!



「じゃあ、なんで間違えたんだよ」

「……え?」


 間違えた?? まさか!!! そんな筈は……。


「ホラ、ここだ。ここをよく、ちゃんと読んで見てみろよ」

「……へ?」


 その神垣ミヤ先輩が手にしていたマニュアルには、まさかの『赤ペン』で追加の手順が手書きで書き込まれてあったのだ。




「今時、『手書きの赤ペン』よー!? ちょっと信じられるぅ~??」

「それは確かに……ちょっと、びっくりだなぁ~。ハハハ」

「だけど、どうしてそこだけ赤ペン?」


「それがねぇー……」




「なんで、ここだけ赤ペンなんですかあーッ!? 修正とか訂正があるのなら、システム手順書マニュアルの方も、速やかに修正・訂正すべきなんじゃないんですかあー!? 

というより、ヒューマンエラーのリスクを減らす為にも、システム対応を何より優先すべきだと思いますっ! ついこの前の講習でも、そう習いましたし!」

「いや……残念だけど。これは、そのシステムチェック上の不備なんだ。大元の基幹システムの不備だから、今はメーカー対応待ちでな。直ぐには解決できないんだよ。

そんな訳で、信じられないことに暫定稼働中だから、こんな形で現場の私らが臨機応変に対応しなければならない。ちょっとばかり、やってられない気持ちはあるけどな。上からの指示なんだ。お前も、ここは大人しく聞いておけ」


「な……!?」

 システムチェック上の不備、って……うそーんっ!!!


「どのみち、コイツは24時間フルに休みなく運行しているシステムなんだ。下手に触れられないことくらい、お前なら簡単に想像くらい出来るだろう? バカじゃないんだ。 

だからな、取り敢えず現場の方でこんな形だけど臨機応変に対応する必要があるんだよ。まあ心配するな。このマニュアル通りにやれば、なんの問題もない」


「そ、そんなんで、ホントーに良いんですかあー!?」



  ──ゴンンッツツ☆!!



「『よく無い!』から、臨機応変にちゃんと対応するんだろっ! 実はバカか、お前はッ!?」

「い、痛いじゃないですかあー!! いちいち、叩かないでくださいよ! それに、バカじゃありませんよっ!」


「お前が、いちいち馬鹿なことを言うからだろ? 私から言わせて貰えば、バカそのものだよっ!」

「──ぬわああーっ!?」


 いちいちバカって……幾らなんでも、それは言い過ぎだと思う。しかも、バカそのもの、ってのはあんまりだ!


 わたしは不愉快気に顔を横に向け、神垣ミヤ先輩を半眼の横目で見つめ、口を開いた。



「なにが、バカなことなんですかあー!? どちらかって言うと、『よく無い』って分かっているのなら、ちゃんと適正なルールに則って、公正に正すべきが本当なんじゃないんですかあー?!」



  ──ゴンンッツツ☆!!



「だからお前は、バカだってんだ!! もうから『問題がある』と分かっているのに。実際、目の前でああして動いてんのに。その適正公正な判断とやらが来るのを、ただ呑気に指をくわえ何も対応しないで、しかも職業放棄までして、ぼぅ~っと黙って待っているつもりかぁあー? それで事故なんかが本当に起こってみろよ! お前はそれに対し、責任をどう取るつもりだよ?」

「い、痛い……。だ、だからそこは! 問題が有るなら有るで、その…………つまりは、そう! ちゃんと報告もやって! いっそ公表もやって! それから適正に対応したらいいじゃないですかあっ!!」


「バカ……問題を公表したら、その問題がそれで解決されるのかあ? それでその問題は、終わりかぁ~? 報告するだけで、問題解決したことになるのかよ? そこは違うだろ。そもそも、それとこれとは別次元なんだ。

第一、そこいらは私らが監督・管理するべき所じゃない。履き違えるなよ、ハルカ。この件は既に、上司にちゃんと伝達済みだ。つまり、私らがやるべきことはやった。対策だって、こんな不完全な形だが、上からのお墨付きで一応は取られてある。行政機関監察からのOKも出た。暫定稼働される際、技術屋の説明も受けた。結局のところ、先月、新規導入されたばかりの《新型【HOP】ゲート》ハードウェアとのミスマッチによるものだから、システムそのものを交換リプレースするしかないんだとさ。予算的な意味でな。

とりあえず、ちょっとばかし面倒だけど安定して稼働してるし。業務上困ってもいない。

まぁもっとも、こんな形での暫定稼働だから、現場で日々働く私らにとってはほんの少し余計に神経を磨り減らすし、不安なのは確かだけどな……」

「だ、だったら!」


「──だからと言って! それが気に食わないからといって、お前1人の勝手な判断で、組織全体の問題を外部へリークして良いってことにはならない。違うか? そんなことをやったら、余計な仕事が増えるのが落ちだろう? エンジニアだって、今は目の前の仕事をやるだけで手一杯なんだぞっ! 余剰人員なんてそもそも居ないんだ! これは他人事じゃないぞ、私ら現場も、その為にムダな時間と労力を費やされるのは目に見えてる……。そればなりじゃなく、この件に関わりある、人類の大切な限りある頭脳を、おおよそ迅速な対応とは無縁は事務資料とやらの作成に専念させ、数ヶ月または数年にも渡って延々とやらされるのはもうから見えてる。

だが、本当ならその時間をフルに使って、現実的な対応策を出来るだけ早く練り、優先し、速やかに執り行うのが何よりも建設的なんだよ。

そりゃあ……納得いかないお前の気持ちも分かりはするけどな?」



 何だか……凄い正論を言われた気がしないでもない。でも、



「だけど……言わなくても本当にやるんですかぁ? 言わなかったらサボタージュして、いつまでもやらないかも知れないじゃないですかあー! そうならない為にも公開して、外部から監視させることがとても大事なことなんじゃないかと思いますっ!」


「だからなぁ……『やる』『やらない』じゃなくって、うちらが『可能な限り必死になって、ここを守るんだろっ!』」

「……え?」


「現場で実際に働く、この私らがね! 

ハルカ、アンタは一体なにをしにここへ来たんだぁ~? この私と評論をわざわざここでする為にかよ?」


 あ……そっか。言われてみたら、確かにそうだった。まるで他人事みたいにどこか考えていたけれど、もう自分はここの関係者の一人だったんだ……。


 その事に今さら気づいたと同時に、わたしは何だか感動さえも覚えていた。ところが、



「そもそもな、システム外の『人為的対応』で、その局所的問題は一応クリアされてるんだから、結果、なんの問題もないんだよ。

仮にあった所で、それは上の者らの問題だろう? つまり、奴らの自業自得さ。

だから、私らがわざわざそう無理して責任被って公にする必要もないんだ。

もし公表するとしたら、対応済みとなったものを『即座に対応しましたあ~♪』つーことにして、外部には事後報告で伝えたらいい。その方が安心感が生まれ、寧ろみんなから尊敬もされ、お互いに幸せってモノなんだよ。な?」

「…………」

 

 神垣先輩ときたら、途中からクックッと意地悪そうに笑いながらそう言った。

 途中……納得してしまったけれど。これには何となく納得出来ない部分が相当かなりあった。


「わたしは……なんだかそういうの、好きじゃないですねっ!」


 

  ───ゴンンッツツ☆!!



「ちょっ、ちょっとぉー! いちいち、痛いじゃないですかああー!」

「当たり前だ。お前の好みなんか、誰も聞いちゃいないんだよっ、ぶわあ~か♪」


 そこでまた、ド突かれたのだ。

 もう何度も何度も、堪ったモンじゃないよぉ~。




 その時のことを思い出し、わたしはほぅと深いため息をつく。


「あんないい加減な人が上司かと思うと、なんだかもぅ~やる気なくしちゃうよ、ホントにぃ~……」


 わたしはそう愚痴を零し、顔半分をお湯の中にブクブクと沈めた。


 その後、二人が笑いながらでも励ましてくれたけれど。ここで仕事をやり続けていく自信なんて、もうから無くしちゃいそうだよぅ~……。


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