第47話「嬉しい疎外感」

「今日は気合入ってたなあ」

 拍手喝さいを背に受けながら息を弾ませて天幕に戻ると、茗凛めいりんが頭上から下ろした小皿を受け取りながら毛巾タオルを手渡してきた珂惟かいが、そう声をかけてきた。

「見ごたえ十分だった。足止めてる客もいっぱいいたしな」

茗凛は毛巾を受け取りながら、

「本当?」

 思わず笑顔になる。彼の言葉が自分の満足感と一致しているのだからなおさらだ。珂惟はうんうんと頷きながら、やはりニコニコ顔のおかみに目を向けると、

「ちょっと茗凛をお借りしたいんですけど、いいですか?」

 綺麗に両の口角をあげて礼儀正しく訊いた。おかみは頷きながら、

「ああいいよ。ここのところ色々大変だったからねえ、ちょっと羽を伸ばしといで」

 そう言うと、お小遣いを珂惟に握らせる。「うわやった、ありがとうー」と無邪気に喜んでいる珂惟を横目で見ながら、「あのケチ――もとい、しっかりもののおかみさんが! 明日は雨が降るかも」と心の中で思っていると、おかみがじろりと茗凛に目を向け、

「おまえが今どう思ったか、あたしはちゃんと分かってるからね」

「やあだあ、おかみさんったらそんな怖い目をして。『おかみさんありがとう!』って思ったに決まってるじゃん」

 茗凛は無理やり笑顔を作りながら汗を拭き、首輪やら腕輪やらを外しにかかると、珂惟が「じゃあ外にいるから」と言い残し天幕を出て行った。

 茗凛は大急ぎで着替えを済ませると、珂惟の後を追う。

「お待たせ」

「ああ、じゃ行こうか」

 珂惟の後に続きながら、袖口をバタバタさせたりして、まだ火照る身体にさりげなく風を入れる。その音にふいっと珂惟が振り返る。なんだか決まり悪くて、茗凛は静々と歩き出した。そんな茗凛を珂惟は面白そうに見た後、また前を見てどんどん進んでいく。


「うわあ奇遇だなあ」

 珂惟が白々しい声をあげたのは、往来で琅惺ろうせいたちに出会ったからだ。どう見ても「待ち伏せ」していたにもかかわらず、琅惺に従っている然流ぜんりゅうは「ホントですねえ」とのんきな声だ。

「今日はいつもの沙弥しゃみじゃないの?」

 茗凛が訊くと然流は頷き、

「前回、琅惺さんに巻かれたので、今日は私が行くようにと言われました」

 などと本人を前に言うものだから、琅惺は苦笑している。珂惟は、

「考えるよなー。さすがにおまえを巻いたりしないだろうからな」

「そうしていただけると、助かります」

「あれだけご迷惑をかけたのですから、さすがに申し訳なくて……」

 そう言うと、男三人はからからと笑った。

 あれ? なにこの和やかさ。

 茗凛は一人輪の外で戸惑いを感じていた。珂惟は笑いながら、

「これ以上の騒ぎを起こしたら長安に帰れって言われたそうじゃんか」

「他人事のように言ってるけど、君が乱暴狼藉を働いても同じことだそうだぞ。思按しあんさまが何度進言してくださっても、君のことは断じて寺には入れないと上座かみざはおっしゃってる。相当問題児だと思われてるようだから――自戒して欲しいね」

「あれ? 俺なんかやったっけ?」

 珂惟が傍らの然流を振り返ると、彼は「いやあ」と首をかしげ、

「珂惟さん、何もしてないと思うんですけどね。今回の件も、珂惟さんと琅惺さんのせいじゃないのに、『問題』って……。琅惺さんにいつも誰かが付けられてるのも、珂惟さんが寺に入れない理由も腑に落ちないし。あげく長安に帰れなんて、もはや意味不明なんですけど」

 無邪気にそんなことを言う。すると。

「――あれ? 僕、なんかおかしなこと言いました? どうしたんですか、みなさん」

 二人の視線が一身に集中してることに、然流はたじろぐ。珂惟と琅惺がお互いの顔を見合わせたあと、再び然流に視線を戻し、

「やっぱそう思うよな!」

「いつも一緒にいる沙弥が、正直、息苦しいと思っていたんですよね」

「あーやっぱり。あの人そんな感じですよね」

 またしても笑う男三人。

 完全に蚊帳の外――だけど茗凛は、悪い気はしなかった。

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