第19話「彼女たちの事情」

「おかみは、昔は私より細かったって言ってたよ。娘三人産んだら太っちゃったって」

「それって実は彩花さいかさん?」

「違うわよ。おかみさんの娘はみんな敦煌とんこうの外に嫁いじゃったわ。彩花はね、お嬢様なのよ。本当ならこんなところに出入りするような立場じゃないんだから。ホラ市場で、果物屋の先を左に曲がったところに、大きな衣装屋があるじゃない? あそこの一人娘なの」

「あれ露店じゃない、由緒ありげな大店おおだなじゃんか。そこの箱入り娘が、なんだってまた」

「それはね……」

 茗凛めいりんはため息混じりに話し始めた。

 両親・祖父母・使用人たちにそれはそれは大事にされてきた彩花は、だからこそ行動が監視・制限され、毎日が息苦しかったらしい。次第に鬱々としてきた娘を心配した父親が賑やかな瓜州かしゅう城市まちに行けば気も晴れるだろうと、仕入れに娘を同行させた。そして敦煌に戻ってきた折、たまたま門前で茗凛たち一座の公演を見たのだ。

 折りしもそれは、茗凛が出番の時だった。同じ年頃の茗凛がはつらつと踊り、たくさんの観衆に拍手喝采される姿に彩花には衝撃を受けたのだという。以来しばしば公演を見にやってきて、ついには一座に出入するまでになった。娘の気晴らしになるならと公演を見せることだけは渋々許していた彼女の周囲は、芸人などという下賎な者たちのところへ出入することには大反対した。酒の席で供されることの多い歌舞の演者は、芸だけでなく身体を売るものも少なくはなかった。そのため芸を生業とするものは、一般的に卑しい存在と考えられていたのだ。

 しかし彩花は周囲の説得にはまったく耳を貸さず、最後は周囲が根負けした。史一座しいちざが、敦煌の中堅どころの宿『沙州賓館さしゅうひんかん』のお抱え一座であり、芸のみを売っていることも、彩花の出入が許された大きな一因だったろう。

「遅くにできた一人娘だから、親はかわいくて仕方ないみたいよ。彩花もああみえてガンコだから」

 いまや彩花は朝早くから一座が居所としている『沙州賓館』の離れにやってきて、夕方の公演前まで一座と行動を共にする。お客さん扱いはしない、というおかみの言葉を、彼女は嬉々として、彼女の親は苦渋の表情を浮かべて了承した。何もさせてもらえない生活だったため、雑用さえ楽しくてたまらないらしい。最初はおろおろしているだけだったが、いまや一座の予定や所有物をしっかり把握・管理するやり手に成長した。女性としてもしっかり教育がされているため、料理も裁縫もお手の物。彼女が来てから生活がよくなったよなーと三兄弟が嬉々として話しているのを茗凛は何度も聞いた。 

「なるほどね。道理で一人だけ雰囲気が違うわけだ」

 珂惟かいは納得したのか、しみじみと頷きながら言う。なんだか面白くない。

 そりゃそうよ、と茗凛は思う。身内と縁が薄く、自力で生きていくためにこの一座に身を置く自分たち兄弟姉妹とは育った環境が違うんだから。

 彩花には「愛されてきた」ことが分かる余裕がある。何でも気前よくくれるし(気前よすぎて、おかみさんからたしなめられたほどだ)、いつもにこにこしていて怒ることもない。そしてみんなに守られている。何かあると、彼女なら「大丈夫?」とみんなが心配するけど、私なら「おまえなら平気だろ」と笑われて終わり。

 「だって彼女は弱いから」ってみんな言うけれど、好きになった人への押しの強さといったら――周囲のことなどお構いなしに気持ちのまま突っ込めるところなんて、私にはとても真似できない。なのに「同い年とは思えないよなー。おまえのかわいげのなさと言ったら」だなんてみんな、平気で言うんだもん。

 そうやって周りに大事にされる彩花が、時々憎らしくなる。でもそれって彩花が悪いわけじゃあない。なのにそんなことを思ってしまう自分がすごいイヤ。すっごい罪悪感。でも私には、大事にしてくれる人も、守ってくれる人もいなかった。そりゃ一座のみんなは家族みたいなもんだけど、家族じゃない。どこかに「他人の集まりだから、迷惑かけちゃいけない」という遠慮をみんな持っている。だからうまくいってるんだろうけど。

 だけど私だって、できればかわいく生きたかったわよ!

 などと悶々としているところへ、珂惟が言う。

「二人、同い年なんだ。見えないね」

「どーせ私はかわいげがありませんよ!」

 キッと睨みつけて言い返した茗凛に対し、珂惟は変な顔をして、

「おまえ何言ってんの? 俺そんなこと言ってないだろ」

 確かに。たちまち気まずくなり、口をつぐむ茗凛。

「ヘンなヤツ。まあいいけど」

 珂惟はそう言って首を傾げた。

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