第20話「待っている人」
「でもあの娘、だいぶ
「――やっぱり、分かっちゃったか……」
まったく経験のなかった一座の仕事にはすっかり慣れた
なんだか色々思い出してしまい、
「なーんで全然喋ったりしてないのに、あんなに入れ込めちゃうんだろ」
「一目惚れってヤツだろ」
「一目惚れ? そんなん、ないって。ありえないよ」
母さんもあたしの父さんに一目惚れだったって言ってたけど、結局ダメになってるわけだし。見た目だけで人を好きになるなんて、ありえるわけないって。
そう肩を竦める茗凛を、隣の
「あるよ」
まるで諭すように、穏やかに、だけどきっぱりと言ってきた。
なにその断定口調。まるで実体験だと言わんばかりに。
あーそうか。きっとそれが、「長安の彼女さん」なんだ。
だからその他の女の人はどれでも一緒ってことなんだ。飲みさしを交換したり、
背後からガラガラガラという音が大きくなってきた。馬車だ。その音にそっと紛れ込ませるように、茗凛はポツリと呟いた。
「バカみたい」
「おい危ないぞ」
目の前にさっと腕が伸びてくる。いつしか足を止めた珂惟がこちらを振り返り、茗凛を道の端に寄せた。あー、やっぱり慣れてる感じ。珂惟は何にも考えないでこういうことする人なんだから、それにいちいち反応するのは、もうやめよう。茗凛は心にそう決めた。
往来の人々がこぞって端に避けていくのにならい、二人も壁に背を預けた。ほどなく目の前を、高官らしき老人を乗せた屋根つきの馬車が通り過ぎていった。
珂惟はうっとおしそうに、立ち込める砂煙を払うように袖を振りつつ、
「――にしても本当に雨が降らないなあ。こっちに来て
「そういえば長安は今頃が一番雨の降る時期だって言ってたもんね」
「そう。おかげで夏の長安はどこでも草葉が生え放題伸び放題で、草いきれにむせ返りそうになる。だから暑さももっとじっとりした感じで、ここみたいに日陰は涼しいって感じがそんなにしない。草取りが日課みたいになるんだけど、あれが暑くて、また」
「うんざり」と言わんばかりの言葉が並ぶものの、口調はどこか優しい。それはやはり、
「やっぱり帰りたいんだ。――待ってる人もいるし?」
自分でもビックリする言葉が出た。しかも随分と意地の悪い声で。
しかし珂惟は腕組みをしながら思案顔を見せて、
「ああ寺の連中? 俺がいないから掃除領域増えちゃってるだろうからな。さっさと帰ってこいよと思ってるかもね」
またとぼけちゃって! 胸がムカムカする。茗凛は思いっきり目線を外しながら、
「だから、そんなんじゃなくて!」
「じゃあどんなんだよ」
思わず、とばかりに大きくなった茗凛の反論に、珂惟が静かに問いかけてきた。
「じゃあ、どんなんだよ」
再度の問いかけは、随分と優しいものに聞こえた。きっと同じ眼差しを向けてきているんだろう……そう思うと、一人で過剰反応している自分がにわかに恥ずかしくなった。とても目なんか合わせられない。茗凛は肩を竦めて、口ごもりながら、
「あの、待ってる彼女さん、とか。琅惺さんみたいに」
「ああそっちか。いるわけねーだろ、俺修行中の身で、そんなヒマないし」
「そうなの!」
「何そのデカい声。そんなに驚くことか?」
ああまた……自分に集まる人々の視線に顔が上気するのを感じながら、何故かそれ以上に嬉しい気持ちがこみ上げてくる。顔がどうしてなのか綻んでしまう。茗凛は必死に顔を引き締めながら、
「長安って緑がいっぱいなところなんだね。いいなー、お肌は潤いまくりだし、国中から色んなものが集まる都だし、きっと洗練された綺麗なものがいっぱいあるんだろうなあ。いいなあ、見てみたいなあ」
「来ればいいじゃん」
「――え?」
「だから、来ればいいじゃん、長安に。なんなら俺たちが帰るとき、連れてってやろうか?」
「…………」
やっと静まりかけた胸がまたしても高鳴り始めるのを、茗凛はどうすることもできない。
「あ」
言葉が出ない茗凛を尻目に、珂惟が小さく声を上げた。
だけでなく、向こうからも同じような声が重なった。先を行く形の珂惟が立ち止まったので、茗凛もそれにならう。
「あ」
そこで茗凛も、やはり同じ声を上げた。
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