恋愛・ラブコメの練習

グラップリン

女の子が柔らかいのはナゼだろう

 キミの耳朶を噛みたいと、そう頼めば、キミはためらいがちに頷いてくれた。

 さらとキミが髪をかき上げる。

 艶やかな黒髪が耳にかかって、しかし数本がほつれる。

 ハラリと、そんな音を聞いた気がした。


 どうぞ、と小さな声でキミが顔を突き出した。


 わずかに半身になって差し出してくれたのは右の耳だ。

 儚く透けるような白い肌が小さな曲線を描いている。

 決して詳しいわけではないけれど、白磁というのがこういう美しさだったような気がする。


 顔を近づける。

 もしも今ここに誰かが来れば、ボクらがキスをしようとしていると勘違いするかもしれない。

 それは違う。

 ボクはキミの耳朶を噛みたいのだ。


 近づく。

 キミの耳朶が、文字通り、目と鼻の先にくる。

 目立った汚れはない。よく手入れが行き届いている。

 自分の耳など見れはしないが、ボクなどは比べるのもおこがましいほどだろう。

 ピクリと、耳が跳ねた。

 知らずに息を吹きかけてしまったらしい。

 顔を近づけすぎたか。あるいは落ち着きを隠した心臓のせいだったか。

 いつの間にかボクの息は平素の静けさを失っていた。獣のように荒々しい。


 唇の先がほのかに触れる。

 また、耳が跳ねた。

 すれ違い様に袖が触れ合う程度にも関わらず、こうも反応されては少々気が咎めてしまう。

 ボクが思っていたよりもずっと耳が弱かったのだろうか。


 キミの手を握る。

 もう逃がさないという意思表示。

 少しだけ強引に、耳朶に唇を触れる。キスを、落とした。

 柔らかい。

 唇で触れたくらいでは判るはずもなかったかもしれないが、それでもボクにはそう感じられた。

 キミの耳朶はとても柔らかい。

 告げれば、キミは頬を染めて何も言わず、ただ如何にも落ち着かないという顔を見せてくれた。


 もう一度、唇を触れる。

 吸い付く。

 プルリとした柔らかさと芯のある弾力がボクを拒む。

 なだらかな凹凸が堪らない。

 以前、キミが虚飾ピアスに心惹かれていた時には気が気でなかったけれど、それが恐ろしい危機だったと今さらに再認する。


 行くよと告げて、耳朶を噛む。

 表面の危うさ。

 芯の強かさ。

 冷やりと感じるキミの温もり。

 ほのかな香り。

 かすかに舌をくすぐる潮の味。

 肉を貪る錯覚。


 このまま歯形をつけてしまいたい。

 衝動のままに噛み千切ってしまいたい。

 でもボクは、キミに嫌われたくなんて絶対にないから。


 口を離す。

 別れを惜しむように、キミの耳朶がボクの下唇に触れてくれた。


 ふと、キミと視線が合う。

 言葉が出ない。

 きっとボクの顔はキミのように赤くなっていることだろう。


 沈黙がこそばゆくて、ありがとう、とこぼしてしまった。

 キミは、少しだけキョトンとして、笑った。

 声は上げずにクスクスと。どんな花よりも可憐に。

 バカ、と笑ってくれるキミが、ボクを許してくれるキミがとてもとても愛しくて。


 ボクはもう一度、キミの耳朶を噛みたくなったんだ。


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