(1)
「うっ……」
瞼を開く。その瞬間、電流のように背中にズキリと痛みが走った。
「っつ! い、って……」
ゆっくりと体を持ち上げる。全身が軋んだ。立ち上がり、首元をさする。
どうやら気を失っていたようだ。体中に鈍い痛みも残っていたが、なんとか動く事は出来そうだった。
「あ、楓……」
――そうだ。楓は? 楓はどこだ?
階上に目を向ける。誰もいない。
「楓!」
叫びながら、本当なら既に昇り切っているはずだった四階に続く階段を駆け上がった。
「楓! 楓!」
廊下の先を眺めても楓の姿はなく、悟の呼びかけに対しての返事も返ってこなかった。
「楓。なあ、嘘だろ……?」
意識を失う前の光景を思い出す。
唖然とした楓の表情。その後ろで楓を殺そうと腕を振り上げるノーム。
――守れなかったのか。俺は。
悟は膝からがくりと崩れ落ちた。
終わりだ。終わりだ。殺された。守らなきゃいけない存在を、守りきれなかった。
「あ、ああ……」
ぺたりと地面につけた両手。
左手の傷が目に入った。
あの日の誓いが、崩れ去った。
最悪の他の何物でもない。
終わってしまった。
そしてもう一つ。ノームが自分達の前に現れたという事は、操も……。
「ああああぁぁぁあああああぁ」
理性が姿を消した。
だらしなく涎を垂れ流すかのごとく、自分の意志と無関係に声が零れ落ちていく。
壊れていくという実感すらなく、悟の心は限界を超えた。
視界はぼやけ、聴覚は揺らいでいく。五感が死んでいく。生きる能力が削られていく。
絶望。
望みは消えた。
後は己の死を待つだけ。
踏みにじられ、叩きつけられ、引きちぎられ、喰い尽くされる。
それで全て終わりだ。
もういい。早く殺せ。終わらせてくれ。
ピリリリリリリリリリリリリリ。
――ん?
音を放棄しようとした耳の奥に、くぐもった電子音が届いた。
ピリリリリリリリリリリリリリ。
音がクリアになっていく。聞き間違えではない。
どこかで電話が鳴っている。それも、とても近くで。
――まさか。
脳が一気に思考を加速させた。悟は慌ててポケットをまさぐった。
悟の携帯。そのディスプレイが光り、ピリリリと騒いでいた。
「なんで……」
先程まで学校内は圏外になっていたはずだ。それにこんな無機質な着信音に設定した覚えもない。だが間違いなく目の前の携帯は鳴っていた。
ディスプレイに表示された文字を読む。
その名前を確認し、悟は目を見開いた。そして慌てて携帯を耳にあてがった
悟が口を開く前に、電話口から声が聞こえた。
自然と顔に笑顔が戻った。
「悟ちゃん、今どこにおる?」
操の声が、ひどく懐かしく感じられた。
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