(7)

「くそ、ここもだめか……」


 悟はがっくりと項垂れた。横にいる楓もはあ、とため息を漏らした。

 残念ながら二階も全て封鎖されており、外に出る事は叶わなかった。もはや封鎖というよりも、学校という空間に封印されているようにさえ思えた。

 悪夢なら早く覚めてくれ。何度そう願おうとも目の前の世界は変わらない。目が覚めて、いつものような朝を迎える事はないかもしれない。そう思うと自然に心細くなり弱気になりそうだった。だがもちろん弱気になった所で、同情した世界がこちらに手を差し伸べてくれるわけでもない。

 悟は腹から息を吐き出し、己に喝を入れ直した。


「楓、動けるか?」

「うん、大丈夫」

「上に行こう」

「うん……」


 楓は明らかに疲弊していた。理解出来ない現実の連続に心も身体も蝕まれている。何とか最後の一線、僅かに灯る正常な精神を綱にこらえている。だが長くは持たないだろう。


 ――早く脱出しないと。


 その時、悟の頭に一つの可能性が思い浮かんだ。

 確証はないが、それがもし出来れば助かる可能性は一気に広がる。


「楓、屋上に行こう」

「屋上?」

「ああ。もし屋上の扉が開けば、電波はとれるかもしれない。扉が開けばの話だけどな」


 窓も扉も開かない。

 外に出てそのまま脱出する事だけを考えていたが、とりあえず携帯さえ使えればなんとかなるかもしれない。

 しかし思い付いた瞬間は名案に思えたが、よく考えればその可能性は薄い。だが、今は一つでも、僅かな光でも、そこに希望があるなら逃したくなかった。


「分かった。行こ」


 楓の言葉に悟は頷いた。目的地を屋上へと変え、再び二人は歩み始めた。

 階段を昇り、三階を素通りし四階へと進む。屋上は五階。目的地はそう遠くない。

 楓の身を案じていた悟だったが、正直悟もかなり疲弊していた。階段を昇る足は重く、一段一段の進みは普段の足腰に比べて芳しくなかった。それでも前に進みたい。休むのは屋上を調べてからにしよう。そう決めて足を動かした。

 もうすぐ四階。右足を上げ、次の段に足を伸ばす。

 だがその時。


 ――え?


 一瞬何が起こったか理解出来なかった。首元がぐんと後ろに下がり、伸ばした右足は階段から遠ざかった。両足は地面から離れ、気付けば悟の体は完全に宙に浮いていた。


「いやっ! 悟!」


 楓の悲鳴が後ろで響いた。

 パニックになった悟は両足をバタつかせるが、むなしく空を漕ぐだけだった。


「っぐ、なっ……!」


 何かに掴まれている。そこまで認識出来た時にはもう遅かった。宙に浮いた体が、再度後ろに勢いよく引っ張られた。

 急に景色が緩やかになった。世界の速度が落ちていく。悟の体は空を漂い、だんだんと降下を始めた。

 見えなかった自分の背後の世界が次第に明らかになっていく。自分が一体何に掴まれていたのか。徐々に。徐々に。


 ――おい……。


 楓の顔が見えた。空中に放り投げられた悟をただ唖然と見つめていた。


 ――やめろ……やめろ。


 悟は懇願した。

 何故なら、楓の後ろには。


 ――頼むから、やめてくれ……!


 楓の真後ろに、ノームの姿があった。

 目の前の対象物を叩き潰すかのように、ヤツは右腕を振り上げていた。


「やめろおおおおおおおおおおおお!」


 その右腕が勢いよく振り下ろされた。

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